第9話 姉上と母上
きっかり3時間睡眠を取った俺は、急いで携帯非常固形食を摂取して、1番に下車できるよう降車扉の前で待機した。
どうせ姉上が迎えに来ているに決まっている。
万が一、あの
しかしこの固形食はホントに素晴らしいな。
前世はビールが著名な食品・飲料メーカーに勤めていた俺だ。
食事の楽しみはそれなりに分かるつもりだが、それはそれとして、この固形食の出来には感心させられる。
味も悪くないし、腹持ちもいい。
見た目はボソボソとしていそうなのに、食べるとしっとりほろほろと飲み物なしでいける点も評価ポイントだ。
プレーンタイプとドライフルーツが入っているタイプがあるが、俺は断然プレーン派だ。
だが、さすが王都だな。
魔導列車は、前世の電車とは違い、時速50kmほどの速度しか出ていないとはいえ、かれこれ1時間以上は街の中を走っている。
どこか牧歌的な子爵領からは想像もできない、10階以上ありそうな建築物もちらほらと見える。
俺は前世の記憶があるからそれほど驚かないが、田舎から初めて出てきたお登り貴族の子息は、試験の前に、まず雰囲気に呑まれない事が大事になるだろう。
列車がゆっくりと減速し、ホームに到着する。
ドアが開くと同時にホームへ飛び出して、1番に駅舎を出た。
さて、お迎えは……
キョロキョロと辺りを見渡しながら歩速を緩めずズンズン歩いていくと、
「アレン君!」
懐かしい声で呼ばれた。
丁寧に一本に編み込んだ、コスモス色の髪は腰の辺りまで垂れている。
腰を帯で締めたシンプルなダークグリーンのワンピースは、雨に濡れた夏草を思わせて、コスモス色の髪がよく映える。
「……姉上……綺麗になりましたね」
「ふふふ。ありがとう。アレン君もますますカッコ良くなったね」
これはちょっと驚いた。
◆
まさかいつもの研究スタイルである、芋くさいちゃんちゃんこを着てくるとは思っていなかったが、これほど垢抜けるとは……
恋でもしたか?
しかしこれはいかんな……
平々凡々とした顔の俺と違い、人目を引くほど愛らしい顔立ち。
控えめに膨らんだ胸はまぁいいとして、大人になりかけの時期特有の、ほんの少しだけ艶めいた気品というか、この時期特有の雰囲気を漂わせており、非常〜に周囲の関心を引いている。
駅舎からは続々と、人が出てきている。
……そしてもう一つ、人々がこちらを注視する原因となっているのがーー
「よかったわね、ローザ。今のアレンのセリフはお世辞じゃないわよ。
朝から何時間もかけて洋服を選んだ甲斐があったじゃない。
まったく、着ては脱いで着ては脱いで。どれも似合ってるっていっているのに」
身長が150cmほどしかない姉上の後ろから、頭ひとつ抜けた顔に、鋭い眼光。
ひと目見て、常人ではないと思わせる隙のない佇まい。
「お母様〜!言わないでぇ!」
うん、そうだね。俺もそんな話は聞きたくなかったよ。
顔を真っ赤にして、アワアワしながら人差し指を口に当てて振り返る姉を、母上は「家に帰ったらあの脱ぎ散らかした洋服の山を片づけなさいよ」の一言で切り捨てた。
「母上。ご無沙汰しています」
「見違えましたよ、アレン」
俺の髪色とそっくりな、ダークブラウンの髪を団子にまとめた母上は、これまた控えめに言って美人だ。
生家もいいし、なんであんなうだつの上がらない親父と結婚したのか不思議で仕方がない。
七分の袖にレースがあしらわれたアイボリー色のブラウスに、すらっと長い足には濃紺の、くるぶしが覗くパンツを合わせてあり、春らしいいでたちとなっている。
華奢な手に握ったぶっとい青龍刀がなければ、良からぬ輩がひっきりなしに声をかけているだろう。
……目立つ。余りにも目立つ。
「ところでアレン」
ドンッ
母上は手に握った青龍刀を肩に担いだ。
とてつもない緊張感が駅前広場に広がった。
先程からこちらをチラチラと見ていた、見回りの王国騎士団員と思しき人物が慌てて目を逸らす。
いや王国の切り札、仕事しろし。
「貴方まさか1人できたの?そんな大きなリュックを小さな体に背負って?
……あの人は一体……何を考えているのかしら……」
もう帰りたい……
俺は恐ろしい王都の雰囲気に、到着して5分で呑まれた。
◆
説明を要求する母上を、立ち話も何だからと、何とか動かして馬車に乗り込んだ。
とにかく駅前から移動しないと、フェイの事は置いておいても悪目立ちしすぎる。
「そんなわけで、勉強の方も順調でしたし、俺も王立学園を目指すからには、責任ある1人の人間として、自立した行動をしたいと、猛反対する父上を何とか説得して、もちろんドラグレイドまでは護衛を付けていただいた上で、こうして1人でやってきたわけです、はい」
馬車の中で正座をしながら何とか説明を終えた。
一頭引きの小さな馬車だ。中は狭い。
対面に座っている母上の顔は、息がかかるほど近くにある。
母上は俺の目をキッカリと見て、俺が長々と説明している間、一度も視線を外さなかった。
いや、瞬きすら一度もしていない。
昔から母上には嘘はつけない。だから有り体に話した。
「よくわかりました。
……まぁいいでしょう。本当に見違えるほどにしっかりしましたね」
母上はようやく張り詰めた空気を緩めた。
よっしゃ〜!ミッションコンプリート!やったぜ親父!
「きゃ〜!!!私のかわいかったアレン君が!アレン君が!アレン君が〜!」
姉上は俺の隣にピッタリと座り、俺の腕を抱きしめながらパニックを起こしている。
ふにふにと柔らかい感触が腕に当たる。
下着つけろし。姉の胸とか何となく気まずいからやめて……
「でもアレン?」
俺が気を抜いた瞬間を狙い、母上は一瞬のうちに空気を再度張り詰めて、凍えるような声でいった。
「あの人は本当に、『猛』反対をしたのかしら?」
母上の強烈な揺り返しに俺の頭は真っ白になり、つい目を逸らして答えた。
「も、もちろんです」
どもった……
母上は空気を張り詰めたまま、「あの人とは話し合いが必要ね」といってニコッと笑った。
ごめん親父……俺はベストを尽くした……
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