第8話 フェイルーン・フォン・ドラグーン



「それにしても、さっきの素振りは変わっていたね!

 普通、僕らの年代で身体強化の稽古といえば、最大出力を上げることに主眼を置くと思うんだ。

 よほど才能がある人でも瞬発力、つまり出力を上げるスピードを速くする稽古をする」


 フェイはニコニコと笑っている。


「でも君は、身体強化魔法の余韻を消すことに主眼を置いて稽古をしていたよね。

 まぁ、魔力の節約になるから無意味とは言わないけど…はっきり言って、受験直前のこのタイミングに、不安で眠れないからといってやることじゃあ、無い。

 相当先を見据えている人間がやる稽古だよ」


 はー、なるほどねぇー…。


 いや、どんな相馬眼だよ。


 俺がやってたのはただの素振りだよ?


 俺が逆の立場で他人の素振りを見ていたとして、何の目的で剣を振ってるかなんて何時間見ても分かりっこ無い。

 この道何十年の達人じゃあるまいし…


 しかも魔道具士志望?


 王立学園ってこんな化け物がウヨウヨいるの?


「そこまで評価していただくとは、光栄の至りです。

 しかし、ひじょーに残念なことに、かいかぶりです、フェイ様。実はお恥ずかしながら、私は魔力量が騎士としてはギリギリでして。

 やむに止まれず魔力を節約する稽古をしていた次第です、はい」


 どこに地雷が埋まっているか分からない状況だが、とりあえず脱出の糸口を探るしかない。


 俺は無難に切り出した。


「そお?君の魔力量は大体2480くらいでしょ?特別に訓練するほど低いとは思えないけどな」


 フェイはニコニコと笑っている。


 そんな馬鹿な!

 いくら素振りを見ていても、最大魔力量なんてわかりっこ無い。限界ギリギリまで振り絞って訓練していた訳じゃないんだ。


 カマかけ…という線も考えたが、あまりにも数字が具体的だ。

 最後に測った時は2400位だったが、コツコツと魔力圧縮の訓練をしているので、今は大体2480くらいだろうという感覚がある。


「ぷ。そんな驚かないでよ。もちろんただ見てて分かった訳じゃ無いよ。

 じゃーん」


 フェイは手提げの中からビデオカメラのようなものを取り出した。


「これは僕が開発した魔力量を測る魔道具でね。対象の魔力の残滓から最大魔力量を推定するんだ。

 ま、30分くらい対象を観測し続けなきゃいけないから、実戦じゃまだ使い物にならないけどね。

 …普通は30分くらいなんだけど、君は残滓が少なくて測るのに2時間近くかかったよ。

 まだまだ改良が必要だね。

 …それにしてもすごい魔力操作の精度だね!」


 フェイはニコニコと笑っている。


 そんな伏線なかったよね?


『魔道具士志望』だけのヒントで、これを予測するのは流石に無理だ。


「いえいえ、そんな。ただ昔からの習慣で、何となく続けているだけのことで…。私など戦闘力5…ただのゴミです」


 初手から地雷を踏んで焦った俺は、よく分からないことを口走る。


「きゃははは!流石に戦闘力なんて、技量も関わる総合的な能力を魔道具で測るのは無理だよ。

 …いやでも、確かにそれがある程度測れるとリターンは大きいね。

 必要は発明の母だ。アレンは面白い発想をするね」


 フェイはニコニコと笑っている。


 そうじゃない!俺が言いたかったのは、俺はただの道端のゴミだと言うことで、深い意味など何もないのだ!


「フェイ様は姉上をご存知で…?」


 自分の迂闊な2手目を呪いながら、俺は強引に話題を変えた。


「そりゃ知ってるよ。何せドラグーンの貴族学校から上級魔道具研究学院へ20年ぶりに進学した才女だ。


 あそこはほぼ王立学園の卒業生しか取らないからね。


 僕も同じ魔道具士を志す若手として、王都に行ったら一度ご挨拶に行こうと思っていたところだよ。

 いやーラッキーだったなぁ、こんな所であの『憤怒のローザ』の弟君と友達となれるなんて。紹介してね?」


 フェイはニコニコと笑っている。


 またまたとんでもない地雷を踏み抜いた。


 この危険人物を紹介?あの姉上に?

 憤怒のローザ…?何をやらかしたんだ?

 気になるが、全くもって聞きたいと思わない…。


 仮に紹介なんかしたら。何がどう転んでも血の雨が降る未来しか見えない…。


 だがここでこれを断る合理的な理屈はない。


 一旦引き受けて、2度と会わない、これ以外に道はない。

 あとは速やかにこの場を離脱する。


 方針を固めた俺は、笑顔を貼り付けて口を開く。


「もちろん紹介させて頂きます!姉上もフェイ様ほどの才覚溢れる若手との交流は望むところでしょう。おっと、持病の頻尿が…」


「ぷっ。アレンは最低でも6時間は素振りをしてたよね?

 水分補給もせずに。大量の汗を流しながら。

 大変な持病だね?

 それと、友達なんだから、様はいらないよ?」


 フェイはニコニコと笑っている。


 先程はスルーしたが、2回目の友達認定か。

 もう口先だけでは無理だ…。


 俺は居直った。


「そういう病気なんだ。

 加えて俺は、最低でも毎日3時間は眠ることを自分に課している。魔道具士のフェイは平気かも知れないが、もう到着まで3時間半しかない。

 おしっこ漏れるから帰るぞ」


 そう言って、強引にこの場を振り切る。


「きゃはははは!それはごめんね。ぷっ。魔道具士はどうも睡眠を軽んじるところがあって…。おやすみアレン」


 フェイはショートに切り揃えられた艶のある髪をかき上げながらウインクした。

 目のくっきりとした猫を思わせる活発な女子の雰囲気だったが、すっと細い真っ白なうなじには、不思議と色気を感じる。


 まぁそんなことはどうでもいい。

 早く寝て、ちょっと素振りしただけとは思えないほどヘトヘトになった疲れをとって、明日(もう今日だが)に備えないと…。


 うんざりしながら寝台へと帰る俺の後ろから、フェイが声をかけた。


「そういえば、貴族が理由もなく膝をついて頭をさげちゃダメだよ?

 あれは罪人が裁判の場で取らされる姿勢だからね!きゃはははは!」


 フェイは最後まで笑っていた。


 土下座の文化ないのか…

 親父がしょっちゅう母上にあの姿勢で謝っていたからこの世界でも普通に存在する文化かと思っていたのに…。

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