第7話 王都への旅路
親父たちが王都から戻った日から3日後、入れ違うように俺は王都に向けて出立した。
親父はゾルドを道中に付けて王都に向かわせるつもりだったようだが、丁重に断った。
当初難色を示した親父だったが、意外にもゾルドが後押ししてくれたお陰で、まぁそれも勉強かと、割とあっさりと認めてくれた。
『今更ぼっちゃまにこの老兵がついて行って、小言をいってもさして効果は期待できません。それよりも道中は心身の充実に当てるべきかと。
……ぼっちゃま、信じておりますぞ』
俺の計画に合わせた講義の準備など大変だったろう。
やりきった人間特有の、いい顔をしていた。
この2ヶ月半の間、老体に鞭を打ってとことん付き合ってくれたゾルドには感謝しかない。
王都へは2週間の路程だ。
専用にあつらえた馬車で、ドラグーン侯爵領都、ドラグレイドまで12日。
そこから魔道列車に乗って1日半。
この世界の地図は縮尺がいい加減で、机上で勉強しても今ひとつ距離感がつめなかったが、ドラグレイドまででも、大体東京ー福岡間くらいの距離だろうか?
ちなみにこの世界にも魔導車という、魔石を動力源として魔力で進む車はあるが、魔導車そのものが高価な事に加え、燃費が非常に悪く、おいそれと貧乏貴族が利用できるものではない。
出立当初は何度も山を越えて、チラホラと魔物も出たので100km程の距離を進むのに3日もかかったが、そこからは先は街道が整備されてており、割と順調に進んだ。
ちなみに、万が一にも怪我をしたら大変と、戦闘に参加する事は親父に厳に禁止されている。
そもそもこの世界の治安はまぁまぁいいし、親父が奮発してC級探索者をドラグレイドまで護衛に付けてくれたので、さらに危険は少ない。
護衛はゴリゴリの前衛職40後半のおっさんで、テンションはだだ下がりだったが、道中に組み打ちの稽古をつけて貰ったので別にいい。いいったらいい。
おっさんの名前はディオ、槍使いで、これまで組み打ちといえば田舎道場の師範か、母上を始めとした家族としかしてこなかったが、いずれも剣を使った稽古で、槍を相手にするのはいい訓練になった。
危険だという理由で、棍棒と木剣を使った突き技無しの稽古しか受けてもらえなかったが、それでも当初はボコボコにされた。
対槍の剣術というのはまるで別物と知れただけでも収穫だ。
ドラグーン侯爵領に着く頃に、何とか槍の間合いに慣れて、ある程度稽古らしくなったかな、というレベルだ。
結局一本も取れなかったけど。
座学には自信があったけど、これ実技大丈夫か?
すっかり意気消沈した俺に、おっさんは言った。
「当初はボンボンのお遊びに付き合わされて、面倒でかなわんと思っていたが、中々どうして根性もあるし、センスもある。
経験はそのうちついてくるから、ボンなら心配ない」
この無口なおっさんは、子爵家の子息である俺を道中一度も誉めなかったし、何なら当初は露骨に護衛に徹していた節があったが、別れ際にこんな事をいって励ましてくれた。
田舎も田舎のロヴェーヌ子爵領でC級探索者として燻っているおっさんの太鼓判ではいささか心もとないが、落ちたら落ちたでしかたない。
俺はそう割り切っておっさんと別れた。
◆
ドラグーン侯爵領都、ドラグレイドから、1日半の旅程の魔導列車に乗り込んだ。
ドラグレイドは、夜になるとネオン輝く非常に魅惑的な街だった。
俺は今世では、やりたい事を気の向くままの風まかせにやって生きると決めているので、ここでこの世知辛い学歴社会からドロップアウトしたい気持ちに駆られたが、ゾルドの顔が頭に浮かんでやめた。
アウトローになるのは王都で受験に受かってからだな。
魔導列車は、夜の10時に出発した。
出発直後は寝台で窓の外を眺めていたのだが、ドラグレイドから少し離れるとすぐ真っ暗で何も見えなくなり、魔力圧縮の訓練をしていたらいつの間にか眠ってしまった。
慣れぬ旅の疲れが出たのであろう。
翌朝は珍しく朝の6時まで寝坊したが、朝食と昼食を携帯固形非常食を食べながら勉強して、帳尻を合わせた。
外は馬車の旅と大して代わり映えしない田園風景だ。
最初はワクワクしていたが、流石に飽きてきた。
日本の路線と違って駅が少ない上に、直通便だから途中で停車もしない。
今日のノルマはこなしたので、暇に任せて寝台から出た。
専用列車かと思うほど、受験生と思しき同年代が山ほど乗っている魔道列車の旅で、どれ一つ友人でも見つけてやろうか、と夕飯の弁当を買うついでにウロチョロしてみた。
だが、どいつもこいつも目の血走った保護者同伴で、近づくと胡乱な目で見られたのでアホらしくなってやめた。
夕食後、暇だったので、デッキ車両に出て風を受けながら、ディオとの稽古を思い出す。船の甲板のような、屋根も座席も無い、手すりで囲まれただけの車両だ。
あと5年もしたら、ディオに後れをとる事はないだろう。
だがそれでいいのか?
たかだか田舎子爵家で燻っているC級冒険者を超えるのに5年。
出世に興味はないが、面白おかしくやりたい事を気の向くままに…そんな生き方をするにはどうしたって実力が必要だ。
そんな12歳ぐらいにありがちな焦燥感に駆られている自分に苦笑しながら、身体強化魔法を使って丁寧に素振りをする。
魔法の出力ゼロの状態から一気にアクセルをふかし、振り切って戻す。
再び構えた時にはいささかも魔法を使用した余韻が残らない。それが理想だ。
縦に割る。
戻す。
横に薙ぐ。
戻す。
切り上げる。
戻す。
実戦ではこんなに綺麗に振れることはほぼないだろう。
だが、理想とする型をまずおさめた、その先に応用があると思うのだ。
一心不乱に剣を振りつづけて、ディオの幻影を振り切る。
負け癖がついたまま、試験に臨むわけにはいかないだろう。
◆
気がつくと朝の日が差していた。
まずい…睡眠時間3時間は確保しないと、翌日に差し障る。
列車は朝10時に王都に着く予定だったから、今から寝ればまだギリギリ睡眠時間は取れる。
俺は木刀を放り投げ、ストレッチを始めた。
「いいものを見させて貰ったよ」
後ろから女に声をかけられたが、無視する。
夜半から車両上部に登るための作業用階段に腰掛けて、こちらを見ている視線には気がついていた。
かれこれ6時間近く、人の素振りを見ていたこいつは、控えめにいって変人だろう。
君子危うきに近寄らず。厄介ごとの匂いがプンプンする。
俺が危険を察して早めにストレッチを切り上げ、自分の寝台に帰ろうとしたところ、女はついてきた。
案の定、空気を読まないタイプらしい。
「凄い集中力だったね〜!僕は魔道具士志望だからそれほど武術の訓練をやってこなかったけど、君のやっていた素振りの違いはわかるよ!」
ほう、魔道具士志望とな。
しかも素振りの味が解ると。
一瞬姉上の顔が脳裏をよぎり、俺の脳内アラートは即座にイエロー(注意)からレッド(危険)に引き上げられた。
それに伴って、歩速も一段引き上げる。
名乗るなよ〜!俺らは顔は見たことあるかな?というレベルの他人だ!
俺が心の中で立てたフラグはたちまち回収され、女は聞いてもいないのに自己紹介を始めた。
「あ、自己紹介が遅れたね! 僕フェイルーン・フォン・ドラグーン。君も王立学園の受験でしょ? ロヴェーヌ子爵家の御曹司君。僕の事はフェイって呼んでね!」
ふふふ。
よりにもよって、この列車に乗っている可能性のある中で。デンジャーレベルMAXのドラグーン家、しかも
さらに俺がロヴェーヌ子爵家の者だとバレているとはな…
確かに俺が振っていた木刀にはうちの家紋が彫ってある。
だがいくら寄り子の子爵家だからといって、いちいち記憶しているか?
まぁドラグーン家の寄り子の家紋は全部覚えている俺がいうのもなんだけど…
ここで無視を続ける事はできない。
だが無難な会話で通過することも難しいだろう…俺の本能がそう言っていた。
だが俺には前世も合わせて都合48年の経験値がある!
前にでろ、俺!
ここで攻めに転じなければ、姉上と同じようにオモチャにされるぞ。
「これはこれは、まさかドラグーン家のご息女様、しかも天才と名高いフェイルーン様とはツユシラズ、ご挨拶が遅れ失礼いたしました!
私、ロヴェーヌ子爵家の三男で、アレンと申します」
俺は靴を舐めんばかりの勢いで土下座した。
フェイルーンなんて名前は聞いたこともないが、今年受験の侯爵家の人間だ。
どこかで耳にしていても不思議はないだろう。
「受験のプレッシャーで眠れぬもので、不安に駆られて汗を流しておりましたらつい徹夜で素振りをしてしまいました!
ここでお会いしましたのも何かの縁!是非是非お近づきをお願いいたします!!」
くっくっく。
どうだこの小物感。先程までは無視を決め込んでいたにも関わらず、
うちのような何ちゃって貴族とは訳が違う、正真正銘の大貴族、ドラグーン家だ。
しかもどうみても
へこへこと擦り寄ってくる輩には、うんざりしていると相場が決まっている!
だが、返ってきた反応は俺が想像していたものと違っていた。
「ぷっ。きゃっはっはっは!面白いね君!
最初は由緒あるドラグーン家の貴族学校卒業生の中でも、近年稀に見る才女と名高いローゼリア・ロヴェーヌの弟君を見かけたから、ちょっと様子見がてら素振りを見てたんだけどね」
彼女はライオンを思わせる目をランランと輝かしながらいった。
「君にも興味が出てきたよ。是非、これからも仲良くしてほしいな」
俺の脳内アラートが勢いよく点滅しはじめた……
3分以内に即刻退避の合図だ。
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