第4話 人生設計

 この世界はかなりの学歴社会で、王立学園か侯爵立の貴族学校出身かそれ以外かで、その後の就職、出世に大きな差があるといわれている。


 そのような大事な受験がすぐ目の前にあって、頑張れば何とかなりそうな状況に、つい条件反射的に合格を目指してしまった。


 だがよくよく考えてみると、前世の教訓で、王立学園さえ出れば安泰、などと言われても、とても信じる気にはならない……


 この世界は8歳から12歳までの期間で簡単な読み書き計算や、地理歴史などの一般常識を教える幼年学校がある。


 俺も一般的な子爵の3男よろしく、地元にある庶民も通う幼年学校に昨年まで通っていたのであるが、この1年は通っていない。


 11歳の時、魔法の素養がかなり高いことが判明し、王立学園入学も視野に入るということで、専属家庭教師じいによる徹底的な受験勉強を課されたからだ。


 ちなみに、優秀な人材を広く拾い上げる目的で、国が主催して年に2度開催される模試のようなものまである。



 1か月前の最後の模試での試験成績を見るに、合格確率は20%以下(可能性あり)とのことだった。


 ご丁寧に合否の可能性判定まであるのだ。


 幼年学校を終えて、一定以上の魔法的な素養があれば庶民も進学するのが一般的だ。


 その方が就職に有利だからだ。


 進学率はなんと7割を超えるらしい。


 ちなみに、なぜ上級学校が12歳受験と決められているかというと、8歳ごろから伸び始める魔力の基礎容量が、遅くとも12歳には伸びが止まるからだ。


 子供の概ねの才能が見えるのが12歳というわけだ。


 進学先としては、王立はもちろんとして、9つの侯爵家が運営している、侯爵立の貴族学校(庶民も入学可)もあるし、有力な伯爵が運営する私設学校もある。


 どうしても学費生活費が苦しいものは、探索者協会が運営する探索者養成学校なら、無償で戦闘訓練等の技能訓練を受けられるらしい。


 それにしても、転生してまで受験戦争をすることになるとは……


 せっかく剣と魔法の世界に転生したのに……


 前世は地頭の悪さで苦労した俺だ。


 あれほど焦がれた「学歴の代名詞的学校」合格が、あと2か月本気で取り組めば手の届くところにあるのだ。


 まったく惹かれないといえばウソになる。


 だが、首尾よく合格したとして、前世同様学校でも必死に先だけを見て勉強するのか?


 そしてその結果王国騎士団に入団できたとしてどうする?という疑問もある。


 入団後もどうせ騎士幹部学校を目指して勉強に訓練に明け暮れて、出世競争に明け暮れて、上司と部下に挟まれて胃痛に悩まされて、あわよくば男爵ぐらいを叙爵される、そんなゴールを目指して生きていくのだろうか?

 転生してまで?


 このままズルズルと流されると間違いなくそうなる。


 俺は別に偉くなどなりたくない。

 貧乏だってかまわない。


 前世の会社でも出世欲のようなものは特になかった。ただ、漠然と安定のようなものを求めて……そして何も得るものなく死んだ。


 自分でいうのは悲しいが、幸福な人生ではなかった。


 ……うん。

 自分のやりたいことやろう!


 今生では、自分の本当にやりたいことを突き詰めて、好きなことに熱中して生きたい。


 立身も、安定もくそくらえだ。


 この世界には剣と魔法があり、探索者がいて、未知なる世界が広がっているのだ。


 前世の最後、病院の窓から見ていた、ぷっかりと浮かぶ真っ白な雲を思い出した。



 そうだ、あの時。


 あの雲のように、風に流されるまま、気の向くままに、自分がやりたい事は何かを見つめて生きていればよかった……

 そう強烈に後悔したのだった。


 正解なんてものはない。

 今世は最後に、『楽しい人生だった』と思える一生を送ろう。

 今世の座右の銘は、『風任せ』だな。



 朝の5時に起きて走力トレーニングをしながら、そんな事を密かに決心しながら、さて日課の素振りをしようと庭に出た。


『アレン』は、実践的な組打ちなどの練習を好む傾向があり、基礎を疎かにする傾向があった。



 それでも実力の伸びは、少なくともこの田舎では群を抜いていたのだから、確かに才能はあるのだろう。


 しかし……覚醒した今ならわかる。「型」を突き詰めていくことの意義が。

 地味な反復練習を積み重ねることの楽しさが。



 そんな訳で、朝は主に体力の向上と、剣技の基礎練習を、夜はこれまたサボっていた魔力圧縮の訓練時間を取っている。


 やや才能に恵まれているとはいえ、チート要素が見つからない今、基礎能力が低いと明るく楽しい異世界ライフなどどこにも見つからない。



 木刀を手に庭に出たところで、見ごろの花をつけた木の下で植え込みの手入れをしている、庭師のオリバーをみつけた。


 彼は確か昔探索者をしており、引退後、うちの庭師になったはずだ。



「相変わらず朝早いな」


 俺は後ろから声をかけてみた。


「これはぼっちゃん。今朝もトレーニングですかな?」


 最近、朝の自主トレを始めたのを見られていたか?


「あぁ、最近は勉強ばかりで体がなまって仕方がない。

 気分転換だ」


「近頃は人が変わったように勉強に打ち込んでいると、ゾルドさんが言っていましたからな」


 苦笑しながら答えると、オリバーも気持ちはわかると言わんばかりに笑った。


「この花をつけた木はなんて名前の木なんだ?」


 そんな事を聞かれると思っていなかったのだろう。オリバーは意外そうな顔をした。


「あぁ、これはハナミズキの木ですな」


「へぇー、なるほどなぁ〜、薄紅色だ」



「薄紅色……

 なるほど確かにピンクとも朱色とも違う。

 言われてみれば、薄い紅色、というのが1番しっくりきますな」


 ぼっちゃんは感性がみずみずしいですなぁ、なんてオリバーは感心しているが、日本人なら大体同じ事を言うだろう。



「なぁ、例えば探索者となって立身出世するのってどれくらいの年月がかかるんだ?

 ある程度の実績を詰めば、そこから騎士団に入団することも可能なんだろ?」


 いきなり突拍子もない質問をされ、オリバーは沈黙した。


 少し前まで受験が嫌で勉強をサボりまくっていたのを当然知っているのだろう。


 ここで下手なことを言って妙な問題になったらたまらんと顔に書いてある。


「勘違いするな、勉強がいやだとか、王立学園への受験をやめたいとかいうつもりはない。

 だが、勉強をするにも『なぜ必要か?』という、動機の有無は、成果に直結する。

 探索者も庭師も同じだろ?」


 俺は笑顔で努めて軽い調子で聞いてみる。



 それを聞いたオリバーは納得したのか、やや疑惑の残る表情のまま口を開いた。


「そうですな、確かに庶民で生活に余裕の無いものが、探索者として日々の暮らしを立てながら、実績を積んで騎士団に入団するというケースは聞きますな」


 ほう。

 お勉強ばかりしているよりも、そちらの方がよほど魅力的だ。


 俺が食いついたと見て、オリバーは慌てて続けた。


「ただし、坊ちゃんが目指す王国騎士団ともなると、なまなかな実績じゃ、とても無理ですな。

 最低でも特殊技能を持ったB級資格。

 それなりの待遇をと思うとA級資格の実績が欲しいところでしょうな」


 AとかBとかきた!これは異世界マニアとしてぜひ設定を確認しておかなくては!


 覚醒前の俺は、探索者=貧乏人の日雇い労働者と考えていたので、全く興味がなかったのだ。


 俺はさして興味の無い体を装いながら続けた。


「ふーん。ちなみにランクっていくつあるの?」


「探索者協会に登録した段階でまず最初はG級資格をあたえられますから、A級までの7等級ありますな。その上に一応S級もありますが、これは勲章を授与されたものの名誉階級のようなものですな。」


 ふむふむなるほど。


「等級上げるのって大変なの?」


「そうですな、E級資格まではとにかく決められた依頼数をこなせば上がるので、ぼっちゃんほどの身体強化の才能があれば、頑張れば2年ほどもあれば上がれるかもしれませんな」


 ここでオリバーはひげもじゃだけど、どこか優しげな丸い顔を、厳つい表情に変えた。


「ただし、EからD等級への昇格は、決められた依頼数をこなすほかに、協会が指定する数か月単位必要な依頼を達成する必要がありますな。

 その間に人格・識見を審査されますんで、運もからんで早くともおおよそ5年はかかりますな」


「Dまでで5年かぁ、それはまた随分と気の長い話だなぁ」


「妥当なところですな。D等級の探索者と言えば、仕事人としてどこの世界でも通用する人材だと、探索者協会が太鼓判を押すということですからな。

 D等級の探索者なら、腕っぷしに覚えがあれば上級貴族のお抱え私兵として声がかかることもありますな。

 わしも15年こつこつ実績を積んで、D等級まで昇級したからこうして庭師として旦那様に雇ってもらえたんですな」



「へぇ~ちなみに、D等級の探索者って儲かるの?」


「うーん、坊ちゃんの感覚からいうと、儲からないですな。子供が2人もいれば、奥さんにも働いてもらわんと、生活は苦しいでしょうな」


 俺は前世でいう中小企業の係長くらいを思い浮かべた。

 う~ん夢がない……


「ちなみに、うちの庭師とか、貴族の私兵とかならそれなりに儲かるの?」


「わしの給金は、稼ぎとしてはD等級の平均的な探索者よりは少ないでしょうな。

 危険がないんで当然ですな。

 わしは独り身なんで、安定して今の給金が貰えれば十分ですがな。

 貴族の私兵も最初は似たようなものでしょうな。

 なってから出世していけば、それなりにはなるでしょうがな」


「ふーん。世の中甘くないなぁ。ちなみに、BとかAに上がるのはどれくらい大変なの?」


「う~ん。そこまで上の世界になると、田舎もののわしには、はっきりとはよくわかりませんな。このあたりにいるのはC級探索者がせいぜいでしたのでな。それでもわしからしたら大した人たちでしたな。

 その人たちは少なくとも15年、20年のベテランでしたな。

 A級B級となると、経験はもちろん、特別な才能をもっている方らがほとんどではないですかな」


「そっかー、じゃあ王都とかまで行かないと、そのクラスとかはいないってこと?」


「うーん、王都はもちろんですが、例えばドラグーン侯爵領都のドラグレイドまで行けば、A級探索者も何人か所属していると思いますな。

 あそこの近くにある遺跡群は魔物の量と素材の質が王国でも指折りだと言われておりますからな」


 そこで、オリバーはふっと笑って、植木の剪定ばさみを置いた。


「しかしそんなこの国の探索者のトップ連中の多くが目標にしているのが、王国騎士団への入団なんですな。

 そこに入るかもしれないぼっちゃんは本当にすごいですな」


「え!A級探索者ってそんなに夢がないの?!」


 聞き捨てならない話が出てきた。

 つい先ほど『自由にやりたい事をやって生きる!』なんて結論に到達しつつあったのだ。


 異世界転生して自由気ままに生きるとすると、まず真っ先に頭に思い浮かぶのは冒険者とか探索者の類だ。



 適当なところで競争社会からドロップアウトして、探索者としてアウトローな生活をするのも楽しそうだ……なんて気持ちもなくはなかった。


「そのクラスまで行くとさすがに儲からないってことはないでしょうし、社会的地位も高いでしょうがな。

 なんせ王国騎士団は別格中の別格ですからな。

 地位も名誉も待遇も強くなるためのノウハウもまるで別物と聞きますな。

 この広いユグリア王国にも1000人もいない、王国の切り札、軍閥の頂点ですしなぁ」


 オリバーは常識でしょうとでも言いたげに、不思議そうな顔をした。


「それにA級などの仕事はそれほど多くはありませんからな。

 強力な魔物の討伐は精強な王国騎士団が請け負うのが一番確実で被害も少ないですしな。

 なので、A級探索者などが騎士団の討伐任務で露払いのような仕事をして、働きが認められたら小隊長あたりの待遇で、王国騎士団に召し抱えられるのがA級探索者のゴールとなるんですな。

 まぁ集団生活ができないやらで、あえて生涯探索者として終える人間もいるにはいるようですがな。

 とにかく―」


 再び剪定ばさみを持ったオリバーはいい笑顔で締めくくった。


「ぼっちゃまが手をかけている王立学園への入学は、その王国騎士団への入団を大きく引き寄せる魔法のようなチケットですな。どうか受験頑張ってくださいな」


 地位も名誉も金にも別に興味はない。


 だが、わざわざドロップアウトして、何十年もかけて探索者として実績を積んで、最後のゴールが、王国騎士団入団ではさすがに徒労感が半端ない。



 ちょっと受験に集中できるよう誘導している節があるので裏取りは必要だが、さすがにすぐばれるようなウソはつかないだろう。


 俺の中で王国騎士団の評価が一段上がり、探索者の評価が下方修正された。

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