第3話 講義の時間
そんなわけで、何とかして体外魔法を使用するための検証をせっせと繰り返している。
もっとも、じいの講義が朝の8時から夜の19時まであるので、自由に動けるのは朝食前と、夕食後から就寝前までだ。
通常、王立学園に代表される上級学校入学前の貴族の子は、朝は剣術か魔法の実技訓練、午後に講義でそれぞれ合わせても1日の研鑽時間は4時間くらいと言われている。
実技はすでに及第点を十分クリアしていたため、大幅に遅れている勉強を取り戻すため、ゾルド肝いりの『絶対合格プロジェクト』が当主(親父)にプレゼンされ、半年前から午前も午後も座学へと切り替えられている。
だがーー
~~~絶対合格~~~
8時~9時:朝食
9時~10時半:言語学・文章学
―休憩―
11時~12時半:物理学・魔法理論
12時半~13時半:昼食
13時半~14時半:午睡
14時半~16時:歴史・地政学
―休憩―
16時半~18時:軍略・政治
~~~~~~~~~~
ぬるい……
浪人時代、悪い地頭で一日18時間365日という猛勉強をして、根性で有名私立に進学した俺だ。
俺の勉強部屋に張り出されたこんな張り紙を見て、ほんとに合格させる気があるのか心配になってしまったほどだ。
一日6時間勉強など小中学生レベルだろう。
まぁ12歳ということを考えれば妥当なのかもしれないが……
あまりにぬるいので、覚醒翌日にスケジュールの改定を要求した。
講義時間を8時から19時までとし、休憩と午睡を削って昼食は15分で十分だろう。
元ガリ勉としては、朝の6時から夜の24時まででもよかったのだが、能力の検証その他確かめたいこと考えたいことが山ほどあったので、泣く泣くこの辺を落としどころに留めておいたのだ。
時間が空けば効率的に自習をする自信もあったし。
「しかしぼっちゃま、ただ時間を長くすればいいというわけではありませんぞ。
ぼけっと時間が過ぎるのを待つ時間を長くすれば成績が伸びる、というわけではありません。
私はとてもこのスケジュールでぼっちゃまが気を入れて勉強をできるとは思いませんな」
ゾルドはやる気は評価するものの、よく若者が陥りそうな過ち、と婉曲に言っていた。
その指摘は正しい。
昨日までの俺ならば、闇雲に時間を増やしても逆効果となっていただろう。
だがさすがにこれ以上は勉強時間を削りたくはない。
この受験の成否のインパクトが、実際のところどれほどのものなのかつかみ切れていないのだ。
『アレン』時代は、落ちても貴族学校に行って、就職の試験で今度こそ頑張ればいい、なんて安直に考えていた。
だが今やらないやつは、いつまで経ってもやらないだろう。
人生設計はゼロ、この社会の構造など何も理解していない。
せっかく転生したのに、いきなり極端に人生の選択肢が狭められ、気が付いた時には社畜になるより他道がない、なんて事態は避けたい。
「何を悠長な……この3か月に一生がかかっているといっても過言ではないんだ!
俺の双肩にはロヴェーヌ子爵家700年の伝統と悲願がかかっているんだぞ?もっと危機感を持て!」
ゾルドは一瞬何を言われたのか分からないように呆けていたが、やがて顔を真っ赤にしながら震え始めた。
「昨日の勉強態度にこのゾルド、感服いたしましたが、まさかそのようなセリフをぼっちゃまより聞ける日が来るとは……本気なんですな!」
「わかってくれたかじい!」
「わかりましたとも!
このゾルドが責任をもって、王都に行ってらっしゃる旦那様にお手紙でプロジェクトの変更を進言しておきます!
休憩は講義の間に10分だけ、昼食の1時間は仕方ないとして午睡はなし、今更後悔しても逃がしませんぞ!」
どれだけ受験を舐めてるんだこいつは……
「じいよ、なんで昼飯に1時間も必要なんだ?今の俺にのんびりとダイニングに移動して、給仕が温めた、あったか~いスープを飲んでいる余裕があると思うのか?
サンドイッチでも弁当でも何でもいいからパパっとこの部屋で済ませれば15分もあれば足りるだろう」
「へ?
しかしそのような冷たい食事はさすがに貴族の子息としてどうかとーー」
「うるさい!いくら貴族とはいえ、騎士団に入れば討伐任務に当たることもあるだろう。
いつ魔物に襲われるかわからん戦地で、いつも温かいものばかりを食べられると思うのか?!」
俺の勢いにたじろぎながらも、じいはまだどう止めさせるか?という姿勢で話を聞いているな。
俺は顔色を見ながら続けた。
「いいかじい、ぬるい考えは今捨てろ!
ここは追い詰められた戦場なんだ!孤立無援。
入学試験という敵は強大で、劣勢だ。だが倒すほか生きて帰るすべはない。しかも期限が切られている……
人生にはゆとりも必要だ。何のためか?それは、どうしてもやらなくてはならない時に、底力を絞り出す必要があるからだ。
俺が踏ん張らなければいけない時はいつか?
妥協してはいけない時はいつか?
それは今だ!
決めたぞ!明日から俺の昼飯は野営用の携帯非常固形食だ!ここで午後の予習をしながら食べる。文句はないな!」
俺の煽りに困惑気味だったゾルドの目に闘志がみなぎってくるのがわかる。
くっくっく。
お前はこういう熱いセリフが好きだよなぁ。
「朝8時から夜19時まで休憩はなし、昼食は15分……で、よろしいんですな……?
昨日まではことあるごとに、しっこだうんこだと講義を中断しておりましたのに。
持病の頻尿はもうよろしいので?」
じいの口元は笑みを浮かべているが、目は全く笑っていなかった。
「くどい!お前はこのロヴェーヌ子爵家の専属家庭教師だぞ。もっと自覚を持て自覚を!」
その言葉を聞いた瞬間、じいの目からすっと色が消えた。
しまった、ガキみたいな過去の行動を指摘されてつい口が滑った。
親父の代から立派にこの家の子供たちを育て上げてきた家庭教師としての誇りを、そして俺に魔法の素養があると判明したときから、誰よりも王立学園合格を切望してきたじいの気持ちを、よりにもよってこの俺に虚仮にされたのだ。
それは、踏み込んではいけないラインだった。
◆
こうして俺は、無事万全な1日のスケジュールを確保した。もっとも、口が滑らかに回りすぎて多少の手違いはあったが。
「なあじい、お前まで携帯非常固形食を食べる必要はないんだぞ?
コックに言ってサンドイッチでも作ってもらえよ」
「結構。ここは戦場ですぞ。他者へ情けを掛けている場合ですかな?」
目が据わってる……
「じい。年寄りは近いだろう。俺は課題を進めておくから、トイレ休憩ぐらい取れ」
「結構。
オムツを穿いておりますので、不測の事態にも安心です」
怖いって……
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