第5話


 父親パパというワードから、忠信は作倉卓さくらすぐるの言葉を思い出していた。芹山が扉を叩く十分前、作倉は忠信と忠治の両名を呼び出して「我々の組織は、これまでもこれからも、死んでも治らぬバカの稿を破っていかなくてはなりません」と語り出す。


「バカって誰のことだったり俺たちのことだったりしちゃう?」

「あなたたちではありませんよ。今から九年前に死んだ首相のことです。今回の責任は、あのバカにありますよ」


 作倉の能力は、過去と未来を視る【予見】である。この能力でギャオーの名前を特定した。


「今回?」

「パンはないのでお菓子でも食べて待っていましょう。依頼人が青ざめた顔してやってきますからねぇ」


 九年前の2000年12月26日。11月3日に恵美子の小学校を訪れていた首相は、風呂場で足を滑らせて亡くなった。彼の【威光】は、彼が想像した出来事を現実化する能力である。要するに、『恵美子のイラストを見た首相がギャオーという名前を与えた(名付けとなった)ことでギャオーはこの世界に誕生し、それから九年間の年月をかけて不思議なガイアエネルギーを蓄えて巨大化、恵美子と共に首相に会いに行こうとしている』というのが、今回の事例のだ。


「いませんよ。その父親パパは。覚えていないかもしれませんが、2000年にちょっとした事故で帰らぬ人になっています」


 亡くなったニュースは全国紙の一面や各ニュース番組で報道されたので、この世界の国民なら知っているはずだ。しかし、恵美子は「えっ!?」と初耳であるかのような反応をする。現在高校一年生の恵美子の九年前は小学校一年生。当時の恵美子にとっての首相が『休日参観にやってきた見知らぬおじさん』だだったとしても無理はない。あるいは『自分の落書きを褒めてくれたおじさん』か。


「死んじゃったんだって、ギャオー。聞いた?」


 恵美子は壁に向かって話しかけた。忠信と忠治には聞こえないものの意思疎通ができているようだ。ああでもないこうでもないと一方的な語り掛けが続く。その間、忠治は身体をよじって触手から抜け出すことに成功した。


「ギャオーはずっと土の中にいたから知らないよね……」


 やがて壁からまた触手が何本も生えてきて、恵美子の身体の周りをぐるぐると取り囲む。見ているうちに、ピンク色の繭が完成した。


「包み込まれちゃった」

「僕らにはギャオーの言葉がわからないのでどういう意図なんだかわかりませんが、仕事はしますか」

「おっけー!」


 忠治は繭を抱えて、忠信は爆弾をキーボードのようなものの上に置く。せーのでジェットパックを起動し、飛び立った。入ってきたときと同じく口から退出すると、起爆するラインで着地する。

 そこには恵美子の母、桃子の姿があった。芹山が車を全速力で走らせて連れてきたのだ。忠治が地面に繭を置いたタイミングと、ギャオーの体内で爆弾が破裂するタイミングはほぼ同時であった。

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