空から少女が、ではなく、上から青年二人が降ってきた。二人はジェットパックを背負っていて、この飛行器具によってギャオーの頭部まで上昇し、口の中へと侵入してきたようだ。人間は自力では空を飛べない。恵美子は知る由もないが、こちらも【創造】により生み出されたものである。したがって、現実に存在するジェットパックそのものに酷似した形状ではあっても、飛行機能は強化されている。余談ではあるが、忠治は「両足に装着するみたいな立体機動装置みたいなのがほしいなぁ!」と所望していた。すぐさま忠信が「急いでいるんですから贅沢言わないでください」とたしなめる。

 メガネをかけているほうはキーボードのようなものの上を踏みつけながらも「はい、どーも!」と右手を挙げて挨拶した。もう一人、金髪のほうはパイナップルほどの大きさの物体を抱えて「とっとっと」とよろめいてピンク色の壁にもたれかかる。


「ど、どうも」


 見るからに年上の男性が現れて、恵美子は椅子に座り直して首だけを上下に動かす。このギャオーの体内に入ってこれた自分は、きっとヴェルタースオリジナルのキャンディを受け取れるぐらいの特別な存在なのだと感じていたら、どうやら違ったらしい。しょげて肩を落とすと、壁からにゅっと触手が芽を出し、ツルのように伸びる。先端が恵美子の頭を撫でた。


「きも」


 金髪のほう――忠治の見たままの感想を、(耳のような器官は見当たらないのに)触手は聞き逃さない。もたれかかった壁から無数のツルが発生し、その身体を壁に括り付けた。


「うっわ!」


 咄嗟にパイナップルほどの大きさの物体こと『クリスが【創造】の能力で作り出したオキシジェンデストロイヤー級の爆弾』は手放したので、巻き込まれずに済んだ。忠信はキーボードの上から床に降りると、コロコロと転がる爆弾を拾って回収する。転がしておいてもいいのだが、壁も床もピンク色のこの空間、床から触手が生えてこないとは言い切れない。ガイアエネルギーだとかいう得体の知れない力によって動いているギャオーのことだから、触手で弄ばれたら製作者クリスの意図しないタイミングで暴発してしまう危険すらある。丁重に扱えとも言っていた。

 この爆弾は二人からある程度の距離が離れると起爆するように設計されている。時限式ではないのは、忠治が恵美子を助け出す前に炸裂する、といった最悪の展開を未然に防ぐためだ。


「ノブくぅん……」


 忠信は助けを求めて懇願する忠治に「このままギャオーと一緒に爆散しませんか?」と意地の悪い提案をする。頭部には巻き付かれていない。会話は可能だし、冗談じゃない、とかぶりも振れる。


「ルームサービスは頼んでないんですけど、何しに来たんです?」


 恵美子は恐る恐るといった調子で訊ねる。ルームサービスでもなければ出張双子漫才をしに来たのでもない。

 二人の顔をジロジロと見ているところから察するに、また「かな?」と思われているに違いないと忠信は思った。そもそも双子ではなく、彼らは元々一人の人間が【分裂】した存在なので、厳密にいえば同一人物であり、便宜上各々の名前を名乗っているのであるが、ここであれこれと説明していても事態は好転しない。双子ということにしておいて「恵美子さんを救出しに来ました」と答えた。こうやってやりとりしている間にもギャオーの歩みは止まらない。


「救出って、ここから?」


 恵美子は別段困ってはいないのだけど、そういえばおなかがすいたような気がして「出られるなら一旦出たいかも」と付け加えた。


「一旦?」

「ごはんを食べたら戻りたいです」


 予想外の返答に、忠信は絶句する。代わりに忠治が「どうしてもここにはいたいってこと?」と聞いた。芹山は『ギャオーが恵美子を連れて行こうとしている』と主張していたが、恵美子自身に目的がありそうだ。芹山の予想は何も当たっていない。


「ギャオーは父親パパに会いたがっていて、わたしも『また会いたい!』って思っているから」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る