第4話


 水中酸素破壊剤オキシジェンデストロイヤー。怪獣研究家の芹山がその名前を知らないはずもないが、この場で挙げられる兵器としては適切ではないため「なんだそれは……」と呟いた。初代の映画ゴジラにおいて、東京湾を死の海へと変貌させる代わりにあの巨体をにした――完全に死滅させることに成功した兵器。海中であってもオーバーキルなのに、ギャオーの体内で使用する?


「まさか、実在するというのか」


 とはいえ現場へ急行するため、芹山は事務所の車を出す。助手席には忠治が乗り込み「僕は電話するので」と言って忠信が後部座席に座った。

 応接間から直接ギャオーの体内にはアクセスできない。ギャオーの現在位置に続く道は救急車両が多く、反対車線はギャオーからなるべく遠くへ、また、指定された避難場所へと移動するための乗用車でごった返している。迂回路なり狭い抜け道なりを進みたいところだが、バイクでは三人で移動できない。


「これから作ったり持ってきてもらったりしちゃう」

「これから!?」


 忠治は芹山の驚きを「ノブくんが今電話してくれちゃってるからぁ」と軽く流した。ルームミラーでその様子を窺う。


「うちには『もしもボックス』みたいな能力者がいてぇ、ほしいものをなぁんでも作ってくれちゃう」

「そんな、材料は」

「無から有を生み出す能力。すごくなぁい?」


 等価交換の原則だとか質量保存の法則だとかの原理を無視してきた。ネコ型ロボットの秘密道具のひとつ『もしもボックス』が引き合いに出されたが、あれも世の中の常識を電話ひとつであべこべに変えてしまう恐ろしい兵器だ。確かにが……あまりにも現実離れしすぎていて、にわかに信じがたく、変な笑いを浮かべてしまう。


「クリスさんはぁ――その子はクリスさんって名前で、これぐらいのちっちゃくてむすっとしている男の子でぇ。あ、でもぉ、あとで会えるからいっか。ちっちゃいって言うとふてくされるからやめてね」


 これぐらい、を人差し指と親指で表現してくるあたりはその人は愛されているのだかその人を小馬鹿にしているのだか。


「信じてなさそうな顔しちゃってるじゃあん」


 忠治に不満そうな声で指摘されて、表情に出ていたかと思う。芹山は「そりゃあ、まあ」と特段否定しない。


「ギャオーの動力源ってゆうガイアエネルギーも似たようなもんだったりしなぁい?」

「というと?」


 ガイアエネルギーはガイアエネルギーである。他に言い表しようがない。この車がガソリンなしでは動けないように、ガイアエネルギーなくしてギャオーはここまで成長しなかった。


「俺は怪獣研究家じゃないから間違ってたらごめんだけどぉ、ゴジラがあれだけ大きくなっちゃったのは放射能を浴びたせいだったっけぇ?」

「多くの作品ではそうされている」

「で、実際の放射能って生物をでっかくすることってできちゃったりしちゃう?」


 赤信号で停車する。映画の出来事は映画の出来事であり、現実には起こり得ない出来事も多い。それどころか、映画というひとつの作品のドラマ性を高めるために、実話をモデルにした物語だろうと一部に脚色や演出が入る。ドキュメンタリーであっても、制作サイドの伝えたいメッセージを観客に届けるためにデータを選ぶものだ。


「……しかし、ギャオーはあのように巨大化した」


 言いたいことはわかった。それでも、苦し紛れに言ってしまう。ガイアエネルギーにしろその能力にしろ、ゴジラ映画の中の世界にある放射能のような――現実には起こり得ない現象を起こす力があり、この世界では実在するものとして認識しろと。金髪の天然パーマとこざっぱりとした顔に灰色のスーツの男は、そう言いたいのか。婉曲的に。

 運転席と助手席の間のスペースに後部座席のほうから忠信の右腕がニョキっと生えてくる。右手にはスマートフォンが握られていた。その画面は忠治に向けられている。忠治は口から出かけていた言葉を飲み込むと忠信に「クリスさんが代われって」と言われるがままにスマートフォンを受け取った。


『チビって言ったのはお前か?』

「言ってなくなぁい?」

『129.3cmよりはあるんだが?』

「ドラえもんの身長と張り合っちゃう?」

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