第2話


 不服を申し立てようとしたのに、作倉から「無事にやり遂げれば霜降そうこうさんが褒めてくれますよ」といった魔法の呪文を唱えられた忠治はすっかりその気になって手のひらを返す。返した手のひらで忠信の手首を掴んで、二人して芹山の建築士としての事務所までついてきた。この金髪頭は、思い人たる霜降伊代そうこういよの名前を挙げればたとえ火の中水の中、どのような困難にでも立ち向かえてしまう。


「もう一度聞きますが、今回のギャオーの進軍が恵美子さんの仕業ではないと、なぜ言い切れるんです?」


 応接間。巻き込まれた忠信は咳払いしてから、先ほど明確な答えの返ってこなかった問いかけをする。芹山の部下がまだ湯気の立つ湯呑みを三人の前に一個ずつ置いた。


「その質問、必要?」


 一口飲もうとして、その熱さに手を引っ込めた忠治が口を挟む。忠治にとって、恵美子の意志が介在しているかどうかなど些細な話だ。この場所に来たからには、いかにスマートかつスピーディーに、被害を最小限に食い止める形で恵美子を救出する計画を練りたい。


「わざわざ助けなくてはならないような対象なのかって、僕は疑っています。芹山さんが作倉さんに依頼しに来るまでにもギャオーはたくさんの命を蹂躙しました。芹山さんにとってははとこですけど、僕らは恵美子さんがどんな人間かも知りませんから。ギャオーと共に命をもって償うべきではないかと考えてしまうわけです」


 同じ顔をしていながら、メガネひとつで違う立場の意見をつらつらと述べる。僕とひとまとめにされた忠治は渋い顔をした。が、この芹山と恵美子の血縁関係しか知らないのは事実であるため、その表情をごまかすようにお茶へ息を吹きかけて一口啜る。

 芹山はノートパソコンを操作した。恵美子の家の付近住民がスマートフォンで撮影した映像を再生する。忠治と忠信に見えるように、テーブルの短辺にノートパソコンの背の部分を合わせた。

 画面の右端からギャオーの頭が現れて、二階までその首を伸ばし、住宅の内部に突っ込んでいく。


「桃子さんが庭の異変に気付いて、二階に上がった時には恵美子が丸呑みされているところだったと」


 恵美子の母・桃子は、腰を抜かしつつも怪獣研究家である芹山に連絡した。芹山はすぐさまバイクを飛ばす。近付くにつれてギャオーのその全身像が見えてきて、最初に見逃してしまったのがどれだけ愚かな行為であったかと、後悔した。現在進行形で起こっている災害に責任を感じている。終わらせなければならない。


「それぇさぁ、はとぽっぽはギャオーのお腹ん中で消化されちゃったり死んじゃったりしてなぁい?」

「恵美子さんですよ。オリジナリティ溢れるあだ名をつけないでください」


 ヘビが有精卵タマゴを飲み込んだらそのタマゴがヘビの体内でかえる――なんてことはない。消化酵素の働きによってじっくりと死に至る。芹山はタッチパッドを人差し指でなぞり、デスクトップにある別のファイルを開いた。


「サーモグラフィーです。ギャオーの胸部にある熱源が、人が椅子に腰掛けている形に見えませんか?」


 芹山の人差し指が液晶画面で赤とオレンジ色に表示されている部分を囲う。忠信と忠治は、液晶画面に目を近づけて「言われてみれば?」「あー」と反応を返した。ギャオー自身の体温よりも、体内の恵美子の体温のほうが高いらしい。


「ギャオーは、恵美子をどこかに連れて行こうとしているのです。目的地がなく、行き当たりばったりにただただ進んでいるようには思えないのです」

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