第1話

「巨大生物には」


 怪獣研究家の芹山秀人せりやまひでとが用件を切り出そうとすると、色の濃いサングラスをかけた老人はすかさず「ギャオーですよ」と訂正を入れた。


「ギャオー……?」

「報道ではの一辺倒ですけどねぇ。こちらの調べで、あの巨大生物はギャオーという名前であると判明していますよ」


 芹山は一つの目的のために、とある組織のオフィスを訪れていた。見た目は怪しいが、この組織を頼りにしたのは間違いではなかったようだ。安堵する。

 首都へ向かって秒速五センチメートルで進んでいく巨大生物もといギャオー。予想される進路の先に、この国の中枢部があった。ギャオーは建物を薙ぎ倒し、川にかかる橋を落とし、道路を踏み壊し、止まらない。無差別で無慈悲だ。


「……訂正いたします。ギャオーには、恵美子が――私のはとこが内蔵されています」


 老人の両サイドに立っている二人の青年のうち、片方の――金髪の方が「ぽっぽー」とさえずると、もう片方のメガネをかけた青年が「こら」と頭を引っ叩いた。二人は双子のようにそっくりで、名前は日比谷忠治ひびやただはる日比谷忠信ひびやただのぶという。


「それで?」


 老人――この組織の代表者である作倉卓さくらすぐるはサングラスを外して、事務机の上に置かれたメガネ拭きでそのレンズを拭き始めた。相対している芹山にはまるで興味がないかのような振る舞いだ。そういえば、この部屋に通されてから名前を確認されていない。芹山は「助けてください! このままでは彼女がギャオーごと殺されてしまいます!」と堰を切ったように話し出す。


「ギャオーは確かに、街を破壊しながら前進していますが! 彼女に罪はないんです! この破壊活動は、彼女の意志ではありません!」

「どうしてそう言い切れるんですか?」


 作倉ではなく忠信が質問する。つまらなさそうに爪をいじり始めた作倉をにらみつつ、芹山は「こちらをご覧ください」と持参したアタッシュケースを開き、その中に収まっていたノートパソコンの画面を忠信にも見えるように回転させた。


「ギャオーは九年間、地球の中心部コアからガイアエネルギーを吸収して体内に蓄積してきました。いよいよその巨体を陸上で動かせるほどのガイアエネルギーを蓄えましたので、地中にあるその棲家から出発したのであります」


 芹山は怪獣研究家としてだけで生活しているのではない。本業は建築士である。九年前の冬、恵美子が家族と住む家の庭に駐車場を作る話が持ち上がり、地質調査をしたところ、地中深くに生命の鼓動を発見した。当時のギャオーはまだ芋虫ほどの大きさだったので、芹山も見逃したのである。


「なぁんで最初にみっけたときに掘り起こしたり潰したりしなかったわけぇ?」


 忠治がごもっともなツッコミを入れる。その時に対処していたら、大事おおごとには至っていなかった。その通りだ。結果論のたらればで図星を突かれて、芹山は下唇を噛む。


「道端でカブトムシの幼虫を見つけたら、忠信くんや忠治くんはどうします?」


 作倉は左右の二人に問いかける。二人はそれぞれ「触りたくないんでそのままにしておきます」と「埋め直しちゃうかなぁ?」と答えた。


「なら、芹山さんを責められないでしょうよ。――彼の指示に従って、その恵美子さんを救出してください」

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