エピローグ
「もう支えきれん! 落ちるぞ」
「ちょっと金剛さん。貴方、それでも
いきなりごそごそと、超空手部の部室脇にある樹々から物音がしたと思ったら、
「そもそも、ご令嬢一人だけを支えればよいはずだったろう?」
「そんな弱音を言っている暇があるのでしたら、しっかりとロープをお持ちなさい。ほら、もうちょっとでいいところですのに」
「ふぬおおお! もう無理だ!」
そうやって、ドドドドドっ、と茂みの中に落ちてきたのは――
「あのう……例によって、またですか?」
僕は呆れを通り越して、絶対零度の冷たさでもってその人たちを見つめるしかなかった。そう。例によって、金剛先輩、鳳会長、そして取り巻きたちまでたくさんいるのはなぜだろうか……
僕は、すももさんが手放した拳銃を手に取ると、
「いや、待つんだ、荒野くん。これはだな。何かと深い事情があってだな」
「そうそう、そうですわ。込み入ったお話なのですわ」
「ええと、どこらへんが込み入っているんです?」
僕は銃口を二人へと交互に向けた。
「そもそも、貴方がいけないのですわ。この
うっ!
急にダメージを与えないでほしい。ていうか、何でそのことを鳳会長が知っているんだ?
「で、でもですね。僕は三日前のあのとき、ちょうど告白するタイミングだったんですよ。何より、今、この瞬間だって――」
「いや、それはだな……」
そこで言葉を切って、金剛先輩はぽりぽりと頬を掻いた。
血の涙を拭き取っていないので、もうほとんど巨体の化け物にしか見えないのは気にしないでおきたい。
「すまん! 前回も、今回も、とりあえず面白そうだったから、つい特攻してしまった!」
やっぱり、あんたがすべての元凶かいっ!
そして、僕は「ん?」と眉間に皺をよせた。涼果すももさんの方に振り向くと、
「じゃあ、まさか……今回のすすもさんの『好きだよ』もまたドッキリみたいなもの?」
でも、すももさんはしっかりと僕の片手を握ってくれた。
「本当に好きだよ、荒野くん」
そのウィスパーボイスに僕はついついぽわんとなったけど、何だか金剛先輩や鳳会長たちから白々とした視線を受けているような気がしたので、ぶんぶんと頭を横に振って話をもとに戻した。
「ええと、もう一度確認したいんだけど……ねえ、すももさん。僕のことを好きだというなら、三日前の件も含めて、いったいどういうことだったの?」
「ごめんなさい。実は私も……荒野くんになかなか伝えられなくて……」
てへ、と。舌をちらっと出す、すももさん。
うーん、こんな可愛らしい表情を見せられたら、最早どんなことだって許してしまえるぞ。うん。
「だから、お姉さんとお兄さんが色々と荒野君のことを試そうとするのを止められなかったの」
「お姉さん? それにお兄さん? 試すって……どういうこと?」
つまるところ、これまでの乱痴気騒ぎは全て、僕がきちんと告白するように仕向ける芝居だったらしい。
実は、鳳会長はすももさんの遠い親戚で、だからお姉さんというのはあながち間違った表現じゃない。そして、その婚約者が金剛先輩。
でもって、いつまで経ってもすももさんに好きだと伝えない優柔不断な僕に対して業を煮やした鳳会長が、僕の真意を確かめる為に一芝居を打とうとしたところ、いきなり金剛先輩がアドリブで特攻――その結果、すももさんも仕方なくシナリオを変更して乗っかってしまったというわけだ。
「って、ちょっと待ってください」
僕は三日前にスマホに実装されたソシャゲの占いのことを思い出した。
「もしかして、マッハパンチまでもが仕込み?」
でも、すももさんは不思議そうに首を傾げた。
ただ、鳳会長は「ふん」と不敵な笑みを浮かべて、金剛先輩もピューとわざとらしく口笛を吹いていた。
よくよく考えてみれば、鳳会長は世界有数のグローバル企業の御曹司で、僕がやっているソシャゲの制作会社を傘下に置いている。この人の性格なら、問答無用で「やれ」と命じるのは容易いことだろう。
それに加えて、金剛先輩もミリタリマニアな上に、画像加工などが得意なことから情報処理関連に強そうだ。つまり、ちょっとした諜報戦の延長で、僕に気づかれないようにスマホを勝手にいじって、占いの結果を調整することも出来るかもしれない。
もっとも、さすがにスマホを勝手に触られたことに僕はやや気分を害されて、抗議する意味も兼ねて眉間に皺を寄せていたわけだけど、
「しかしながら、荒野くん。お前は今回のことで学んだのだろう?」
金剛先輩はというと、からかうような調子でこう聞いてきた――
「恋はいつでも?」
「……ゴッドパンチ、です」
渋々といったふうに、僕はその言葉を仕方なく返した。
「聞こえないな。そんなことでは今後、同じような苦境を乗り越えられないぞ!」
「そうですわよ。またすももさんに煮え切らない態度で接するようでしたら、本当に超生徒会を代表して、貴方を除籍処分にいたしますわ!」
すると、金剛先輩や鳳会長たちに面白半分に加わるようにして、すももさんまでもが一緒になってからんできた。
「ね、荒野くん。恋はいつでも?」
あー、はいはい。
分かりました、言いますよ。ちゃんと大声で――
「ゴッドパンチだあああああっ!」
夕日はいい具合に赤々と僕たちを照らしていた。
きっと、これからどんなことがあろうとも。僕はもう決して怖気づいたり、躊躇ったり、惑ったりすることなんかしない。だって、僕には――この拳があるんだから。
もちろん、かなり恥ずかしいってことぐらい分かっているさ。
でも、僕にとってはとても大切なことだから。
皆のもとにも届いてほしいんだ。
そう。これがゴッドパンチにまつわる話の全て――いや、実のところ、全てというか……何というか……
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