Episode021 魂の契約



 魔女フルーラにまつわる噂や伝説は様々ある。

 実は千年前に存在していた賢者フルーラと同一人物、自分の美貌を保つために人間の生き血を使用していた、Sランク相当の竜種を瞬殺した、皇族と深いつながりがあった。

 確かなのは、数年前に没落したフィーリード子爵に仕えていたということだけ。

 

 フルーラはかなり気まぐれで、滅多に人前に現れない。過去何回も騎士団が彼女を捕えようとして、悪質なやり方で弄ばれたあげくネズミのように追い返されたという話だ。


 しかしフルーラはいま、ミラルバの唯一無二の娘、ユナミルに奥義を教えている。

 おかげでミラルバは、苦労することなく魔女フルーラと対面することに成功した。


「《冰魔の剣姫》をどうにかしろ、か。……アンタ、自分が何をしようとしてるのか分かってるんだろうね」


「あの子に万が一にでも負けてもらっては困るのです。ユナミルは同世代の子たちとは違う、あの子は天才なのです……!! 私の夢を、あの子が持つ栄光の階段を、たかだかエルフ族の娘に潰されては困ります!」


《冰魔の剣姫》の強さは、現在の騎士団長と同等レベルと噂される。

 ユナミルは強い。しかし13歳で騎士団長と同等レベルに達しているかと問われれば、それはノーだ。ゆくゆくそのような強さを身に付けていくにしても、まだその段階に達していない。


 では、今回の聖剣闘技会を辞退して次の開催を大人しく待つかと問われれば、それもノーである。

 イスペルト家のミラルバは、この機を逃せば家の盛り立てはもう二度とムリだと直感していた。


「お願いします! 剣姫さえいなければ、あの子の優勝は約束されたも同然です」


「……なるほどねェ」


 このときのフルーラに慈悲の観念はない。

 どうすれば素晴らしいエンターテイメントショーを臨めるか、自分の余生を楽しめるか。ゲームの終盤にさしかかる盛り上がり部分を、いかに特等席から見下ろすことができるのか。

 彼女が考えているのはその一点のみ。

 

「じゃあ、アタシが剣姫の出場を辞退させてみせるよ」


 さして迷う素振りもなく、魔女の口は開いていた。


「剣姫が辞退すればユナミルの優勝は決まったも同然だ。アタシも、自分が教えている子が優勝できれば誇らしいってもんさ」


「なんと、なんという神のご慈悲!! ありがとうございます魔女よ! この御恩は一生忘れません」


「ただしアタシと魂の契約を結びな」


 魂の契約。

 一度結べば、どんな冰力使いでも抗うことのできない最高位の契約冰術だ。

 

「そんなに怯えるほどのことじゃないさ。アタシが剣姫をどうにかするって言っても、口から言った出任せかもしれない。ちゃんと約束を守る保障がこの契約さ。つまりこれはアンタのため」


「え、ええ……そうですわね。私としたことが、つい言葉の重みに反応してしまって……」


「いいってことさ。さぁ腕を出しな。いまから魂の契約を結ぶよ」


 腕に契約印を刻むのだ。

 契約がちゃんと果たされれば自然消滅する。破ればペナルティが発生する仕組みだ。


 フルーラがこの契約を達成するには、二つやるべきことがある。


 一つ目、冰魔の剣姫と呼ばれる人物を聖剣闘技会に出場させない。指定されていないので方法は自由。

 二つ目、闘技会当日にユナミルにドーピングをすること。


 フルーラは快諾し、続いてこの契約を履行するための報酬を要求する。


「ユナミルにアタシとの、正式な師弟関係を結ばせる。そして、今回アタシがやること……冰魔の剣姫とドーピングの件を包み隠さずユナミルに言いな。これがアンタに出す要求だよ」


「そ、そのようなことでよろしいので? 正直にいえば、あなたと契約を結ぶために商会のお金まで用意したんですの……」


「金はいっぱいあるからいいし、契約の場で嘘は言わないよ、これがアタシの要求だ。……嫌なら破棄するよ」


「……分かりました」 


 

 

 そのあと、イスペルト商会の本部が置かれる710階層では、こんな話が流れていた。

 ──聖剣闘技会への出場を予定していた冰魔の剣姫が出場を辞退した。

 理由は不明。

 本人の体調不良なのか、エンベール家本家の意向なのかは知らされていない。

 闘技会開催が近づくと、新たな優勝候補筆頭は誰なのかという話が持ちきりとなる。

《騎士公爵家》の隠し玉が出場辞退ということで、駆け込み出場が増えるのではないかと噂されていた。

 


 もちろん、この男も今回の話を気にしている一人である。



「《冰魔の剣姫》が出場を辞退か。むしろ、出場しようとしていたことのほうが驚きだったな」


 ベルティス・レオルト・エルマリア。

 彼はいま、ローレンティアの膝を独占している。膝枕をしてもらっているのだ。


「……内心ではホッとしているんでしょう」


「まあ……ね」

 

 見上げたさきにある絶景は、服を盛り上げる大きな双丘と妖艶な美女を一緒に拝めるというもの。

 ベルティスは大して表情をかえないが。


「正攻法でセシリアは《冰魔の剣姫》に勝てない。彼女が辞退してくれれば、セシリアの優勝もより確実なものになります」


将来冰魔の剣姫に勝つ日がやってきたとしても、今はそのときじゃないしね。ここでズタボロにやられたら、さすがのセシリアでも再起不能になる」


 同じエルフ族の女性に惨敗する。

 セシリアが冰魔の剣姫とぶつかってしまえば、確実に起こり得る出来事だ。正攻法で剣姫に勝つことはできない。セシリアが嫌がるのを覚悟で、ドーピングなり反則技なり仕掛けなければムリだ。


 体調不良等で出場を辞退してくれたのなら好都合だが……。


「公式発表はされてなかったけど剣姫の出場は確実視されていた。なのに辞退……さて、騎士公爵家はそれを許すかな」


「お調べしましょうか」


 ローレンティアが動いてくれるのなら、自分はこうやって寝ているだけで済む。

 下手に冰術を使った盗聴よりも、ローレンティアが違う人間に化けて潜入調査してくれたほうが安全性がある。彼女は絶対にムリをしないので、その点でも安心だ。


「辞退した理由と…………闘技会の演目に変更があるか調べてくれ」


「了解です」


 ベルティスは目を閉じる。

 しばらく彼女の太ももを感じたあと、


「……ティアってどうしてこんなに柔らかいの?」


「さあ、どうしてでしょう。猫だからかもしれません」


「なるほど……」


 しばらくして、ベルティスの小さな寝息がローレンティアの耳に届いていた。

 彼が疲れていた理由は、姿をくらましていたフルーラを探すため。

 102時間連続で『千里眼』を使い、極微量の冰術痕を感じるために58時間連続で『高位探知』を続けた。


 範囲は、フィネアネス皇国領土内すべて。

 フルーラに本気で隠れられると探すのが困難だ。

 前世以来の長丁場だったため、ベルティスは途中からローレンティアの膝を借りていた。

 

「マスターに頼られるのは嬉しいことですが、その原因が『セシリアのため』というのが、やはり妬けますね……」


 結論、フルーラは見つかった。

 場所は騎士公爵本家の敷地内に一回と、710階層に一回の反応。

 710階層では高位冰術の残滓を確認している。


 ここ最近ユナミルの姿をみないのと密接な関係があるのだ。

 

 



 

 

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