Episode022 ウサギの綿飴



 聖剣闘技会当日になった。

 いつにもましてセシリアが緊張している。おそらく、ユナミルも出場するからだろう。ユナミルの実力であれば必ず勝ちあがってくる。ぶつかってしまう可能性が高いので、妙な緊張感が消えないのだ。


 フルーラから奥義の扱いについて教わっていたセシリアとユナミルだが、冰力量と敏捷性ではセシリアに分があり、攻撃力と奥義の扱うセンスではユナミルに分がある。


 妙な友情で手加減……ということのないよう、ベルティスは開催日前日によくセシリアに言い聞かせていた。手加減はむしろ相手に失礼だ。ユナミルだって手加減されて喜ぶような人間ではないだろうと。

 

 セシリアはすんなりと聞きいれたから、闘技会が始まれば緊張も薄れるだろう。あとは闘技会を楽しめと言っておいた。優勝を目指してほしいのはもちろんだが、楽しまなければ剣士なんてやっていられない。剣を振るう喜びを感じれば、向上心が増すというもの。全体のパフォーマンスが向上する。


「このときセシリアがみせた笑顔は永久保存版だな」


「マスター、声に出てますよ」


「おっと、これは失敬」


 冰結宮殿、710階層。

 セシリアが闘技会場の控室で、自分の出番を今か今かと待っているあいだ、ベルティスとローレンティアは会場周辺にある出店巡りをしていた。


 予選のトーナメントを眺めたところ、強そうな人間もユナミルも同じブロックにいなかったので興味が失せたのだ。セシリアが予選を突破するのは目に見えている。わざわざ雑魚との勝負を見る必要はない。


 ありのままの本音をセシリアに伝えたらこじらせそうなので、セシリアが最高に活躍するところだけを見たいと伝えると、顔を真っ赤にして「が、が、がんばりましゅ!!」と早々に噛んだ。

 可愛かった。

 ものすごく可愛かった。

 やばいくらいに可愛かった。

 人目も構わず抱きしめてしまったくらいだ。周りの視線を気にしたセシリアの慌てぶりも、かなり感慨深いものがあって……。


「そういえばマスター、本当に予選を見なくてもよろしいので?」


「ん? ああ、セシリアが勝ち上がることは見えてるからね」


「いえ、セシリアのことではなく、他のブロックのことでございます。ユナミルの様子と強豪選手を確認なさった方が、あとでセシリアに伝えることができますし」


「心配いらない。左目で視る・・・・・


「なるほど『千里眼』ですか……」


 二重世界の並行処理。

 スキル『千里眼』でも上位に位置する難関技術だ。右目で現在見えている世界を処理し、左目ではあらかじめ冰術を仕込んだ場所からその世界を見おろす。


 今回、ベストポイントと思われる場所に冰術処理を施した。人が足を踏み入れない場所なので、調査班でも入らない限り絶対に見つかることはない。

 並行処理はかなり負荷がかかるが、ベルティスであれば問題ない。


「それより、あそこの綿飴はかなり美味しそうだ」


 向こうにある出店の一つ。

 若い女性が大きな綿飴を売っている。


「甘いものがお好きでしたっけ?」


「セシリアにお菓子をあげてたらいつの間にかね。ティアにも買ってあげるよ」


 女性から綿飴を二つ受け取り、ピンク色のをローレンティアに差し出す。

 口の中にいれるてみると、綿飴が一気にとけて甘みが広がる。とても美味しい。

 セシリアのお土産にいいかもしれない。特にこの、ウサギの風船に入った綿飴はセシリアも喜びそうだ。


「娘さんにですか? お若いパパですね」


 隣にローレンティアがいるからなのか、ウサギの綿飴が欲しいと言うと、女性がそんなことを言ってくる。否定しようかどうしようか、いやでも否定するほどのことではないと思って「ええ」と微笑んでおく。


 するとなぜか、若い女性の顔がどんどん真っ赤に……。

 ローレンティア、君もか……。


「なんで君まで顔を赤くする必要があるんだい?」


「マスターのお嫁さん…………ふふふ、お嫁さんですか…………子どもは何人がいいでしょうね。わたくしとしては、最低四人は欲しいところです」


「聞いてるか?」


 ダメだ、聞こえていない。

 彼女の脳内はお花畑だ。ピンク色のオーラが出ている。

 

「ん?」


 向こうから、誰かが走ってくる。

 このあたりは人がごった返しているので、走ってくる人物の姿が完全に見えるわけではない。しかしベルティスには、彼女から感じる冰力の気配から、あの人物が誰なのかだいたい予想できていた。


「ローレンティア」


「どうしたんです?」


 綿飴の露店から少し離れたところで、


「僕は今から姿をかえる・・・・・。君は普段通りでいい」


「もしかして、アレですか?」


「ああ、アレだ」


 久しぶりのアレ。

 ローレンティアが何故か嬉しそうなのが気がかりだが、ベルティスは気にせず、彼女の後ろに回る。


「──この姿になるのは久しぶりだから緊張するね。声とか大丈夫かい? ちゃんと女の子になってるかな」


 ローレンティアの背中からひょっこり現れたのは、17、18あたりの可憐な少女。

 短めの白髪に、やや垂れ目がちな赤い瞳。

 短いスカートからのびる網タイツが美しく、細身ながらも出るところは出ている美少女だ。


「ふふ。マスターってば……女の子になると可愛さが倍増いたしますね」


「ボクは男だから可愛いって言われるのは慣れないよ。それにね、この姿の時はベルって呼ばなきゃダメだよティア」


 ローレンティアを見上げる白髪少女ベルは、ふふっと蠱惑的な笑みを浮かべる。

 二人の横を通り過ぎていく男たちは、チラチラと視線を送っていた。

 ──誤解するなかれ、コレでも中身は男である。


「さて」


 あの綿飴の店の前にいる少女は《冰魔の剣姫》だ。

 ベルティスは、冰魔の剣姫を遠目から見たことがある。そのときに、彼女にも顔を覚えられた可能性が高い。『ある理由』があって、いまはまだベルティスとして彼女に会うわけにはいかないのだ。


「女性が女性に話しかけるのって、ナンパじゃないよね?」


「もちろんでございます、マス…………ベルお嬢様」


「だったらいいんだけど、……さてどのタイミングで話しかけようか」






 

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