Episode018 背中の流し合いくらい当然らしい



 セシリアの奥義を調整していくと、あっという間に二週間が過ぎていた。

 奥義『霊廟冰寒帯ベニック・アストーラ』は、対魔獣戦闘において圧倒的な強さを誇るが、なにぶん威力が威力ゆえに対人戦闘には使いづらい。下手すれば殺人を犯してしまう、それはいただけない。

 最強にはまだ遠いが、セシリアのステータスはまだまだ上昇する余地がある。


《──開眼──》


 セシリア  13歳

 職業    冰剣使い

 固有スキル ナシ

 会得スキル 《無想状態》

       《増幅炉(D)》

       《武装(B)》

       《抗呪(D)》《抗毒(D)》

 片手剣奥義 『霊廟冰寒帯(ベニック・アストーラ)』

 HP  598 

 MP  783 

 攻撃力 693 

 敏捷力 889 


《──閉眼──》


 しかし、ベルティスとフルーラがセシリアに剣を教えるのも限界がある。

 二人とも冰力使いであって、剣士ではない。

 剣ならではの戦いや剣士同士の決闘となれば、やはり同じ剣を扱う師範の存在が必要になってくる。そのため、魔獣のなかでもっとも剣の扱いに長けていたラミアナを、ベルティスは探していた。


「フルーラがまた出し惜しみをしてくるんだ、ティア」


「出し惜しみとは?」


「ラミアナの情報が欲しければこの問題を解いてみろ、だとかそういうの。彼女、勝負が好きなんだ。好きなのはいいんだけど、暇つぶしがてらに持ってくる問題がこれまた面倒で、セシリアと過ごす時間が減って困ってる」


 紅茶を嗜んでいたローレンティアが「まぁ」とティーカップを机に置く。

 

「セシリアが来てからというもの、マスターは表情が柔らかくなりましたね」


「そうかい? 自分じゃあ分からないな」


 頬をつねってみる。

 その顔をみたローレンティアが、上品に微笑んだ。

 

「マスターに頼まれてセシリアの写真を撮り続けてきましたが……」


 差し出された一枚の写真には、セシリアと自分が写っている。

 確かに自分の顔は緩んでいる。

 ……あとセシリアが可愛い。


「うん、いい顔をしてる。あと十枚は複製をして保存しておきたい」


 何が可愛いかと言われれば、一番はセシリアの笑顔だろう。13歳らしい幼さのある顔で、大きな瞳が特徴的だ。肩につく程度のふわふわとした髪の毛もお気に入りの一つ。


「今日はセシリアを甘やかす日にしようと思う。最近セシリアをフルーラに任せっきりだし、ユナミルのおかげでセシリアがどんどん自立しているからね。たまには彼女の保護者らしいことをしたいなぁと思ってさ」


「よろしいかと思われます」


「今日は拗ねないんだね」


「ふふ、今晩はマスターの部屋に参りますのでご安心を」


「──さぁてセシリアのところへ行こうかな」


 立ち上がりかけ、ローレンティアに肩を掴まれてイスに戻される。

 やはり恐ろしい怪力だ……。


「マスターが可愛がってくれないので寂しいんです」


 眉を八の字にするローレンティア。

 可愛がっていないつもりはない。いや、可愛がり方を分かっていないだけかもしれない。どうも自分は、女性への接し方を分かっていない部分があるらしい。前世では結婚もせず死に、現世でも女性を異性と意識したことはほとんどない。


 セシリアにお嫁さんになると言われた時は、いろんな意味で驚いたものだが……。


「人の姿だからいけないのですか?」


「かもしれない。……許可提示、あるべき姿に、『猫』」


 四皇帝魔獣はもともと動物の姿を保持している。ローレンティアの本来の姿は屋敷よりも大きい猫だ。

 さすがに元のサイズになるわけにはいかないので、今回は普通サイズの猫に戻ってもらう。

 毛並みが美しい黒猫だ。

 黒猫を持ち上げ、膝の上に乗せる。


「どうだい? これでは満足できないかな」


『ふふ……マスターの膝のうえを独占…………これは人の姿では味わえない至福のひとときですね』


「満足してもらえてなにより」


 …………さて、この黒猫ローレンティアを相手しながら、どうやってセシリアのところにいこうか。



 


 

 やはり、セシリアを釣るには黒猫をそのまま有効活用したほうがいいだろうと思って、ベルティスはセシリアを呼びだしていた。

 黒猫をみたセシリアが目を輝かせている。

 いちおうローレンティアだということだけ伝えておく。セシリアはすんなりと納得し、黒猫の毛並みを撫で続けていた。


「ローレンさん可愛いですね……」


 彼女の毛はとても肌触りがよく、一度撫で始めればなかなかやめられない。

 

「お兄ちゃん……」


 猫を撫でながら、セシリアが見上げてくる。

 どうしたのかと尋ねれば、セシリアは恥ずかしそうに俯いてしまう。さぁこのときのセシリアの可愛さといったら一文二文では語り尽くせないものがあるが、写真に納められない今の状況なので、しっかりと記憶には焼き付けておいた。


「言ってごらん?」


「リアね」


「うん」


「お、お兄ちゃんのお背中を流したいです!! 今日のお風呂、リアと一緒に入ってください!! お、お、お願いしますっ!!」


「………………」


 はたしてこのとき、どのような表情をすればよかったのだろう。

 ローレンティアのような蠱惑的な女性が言えば意味合いが違ってくるだろうが、相手は可愛いセシリアであり、いっても13歳の子どもだ。


 いやまて、13歳?

 13歳の女児といえば思春期真っ盛りもいいところではないか。ちまたの噂によれば男を異性として認識し始めてもいい年頃だという。


 仮に世間の一般常識が正しいとして、風呂を一緒に入りたいというセシリアは、この場合世の人間の思春期に当てはまるといえるのか?


「いや、あくまでセシリアはエルフ族だ。エルフ族は長寿種族だから人間の発育具合と若干異なるところがある。……待てよ、たしか地下の書斎にエルフ族に関する詳しい文献が」


「……おにーちゃーん」


 移動後。


「普通、人間の娘であれば父親同然の男との混浴を嫌忌する。それは思春期というものだ、だから仕方ない。……セシリアは、まだ思春期を迎えていないのか」


「おにーちゃん」


「第一次成長期という彼女の状態を鑑みればそれも納得だが……しかし、ここでセシリアと一緒にお風呂に入ることで、剣士育成計画に何かしらの悪影響があっては困る」


「ローレンさん、お兄ちゃんが聞いてくれないよー」


『マスターはこうなると手がつけられません。檻のなかでうろつく猛獣だと思ってそっとしておいてください』


「はぁーい」


「あった、エルフの文献」


 目的のものを見つけたベルティスが歓喜の声音を発する。

 

「……エルフ族はより密集性の高い村落で生活をともにするため、男女問わず寝床が同じことが多い……」

 

 納得するベルティス。

 つまり、入浴の経験を引き金にセシリアの性格が豹変するなどというリスクはないわけだ。

 しばらく他の本を探し回り、自分なりに納得したベルティスは、黒猫を抱き抱えたまま立ち尽くすセシリアに向き直る。


「一緒に入ってもいいよ」


「っ本当ですか!?」


「……そんなに喜ぶことかい?」


「だってユナミルちゃんが『お兄様みたいになりたいのなら、お兄様とより親密になるのが手っ取り早いわ。だから背中の流し合いくらい当然よ』って教えてくれたんです!!」


「へ、へぇユナミルがねぇ……」


「今晩決行するってユナミルちゃんに伝えたんで、明日は報告会になるんです。そのつぎは、男のひとをメロメロにする女の必殺ファッションを教えてもらうんです。ユナミルちゃんすごいんですよ! なんでも知ってるんです!」


 ──あの娘っこセシリアに妙な色恋沙汰教えてやがる。


「え、お兄ちゃんいま何か……?」


「なんでもないよ。とりあえず今晩だね、うん、予定はないから君のタイミングでおいで」



 


 

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