Episode017 奥義『霊廟冰寒帯』



 指定危険エリアといっても、宮殿の下層に潜れば潜るほど、そのエリアの大きさと難易度は跳ね上がるものだ。セシリアとユナミルの実力を低く見ているわけではないが、やはり実力にあった場所にと考え、今回は《旧ディドルト古墳群》という612階層にあるエリアに行き先を決定。


 ここの佪獣は集団行動しない。たいてい一個体と遭遇する可能性が高いため、初パーティを組んだ二人にも対処がしやすいだろう。


 セシリアとユナミルは手を繋いで、意気揚々と遺跡のなかへ入っていく。

 仲がいいのはいいが、さすがにアレではとっさの対応に支障をきたす。注意してみると、名残惜しそうにセシリアがユナミルから手を離した。


 大きな剣で勇猛果敢に戦うユナミルに、セシリアは強い憧れの念があるらしい。

 たまにユナミルの剣の型を真似たり、大剣を持たせてもらっていることもある。

 セシリアの冰剣ツヴァリスは、スキル《武装》の効果を最大限に生かせるよう設計し、彼女の身の丈に合わせて最軽量かつ高硬度を実現している。が、見た目の派手さと大剣特有の攻撃力が存在しえない。


 そのためか、最近セシリアが自分の剣に不満を持っているような素振りがある。

 最初こそベルティスが初めてプレゼントした剣ということで喜んでいたが、13歳の乙女心とは複雑奇怪なもので、ユナミルの持つような大きな剣で戦いようだ。


 ……しかし、ベルティスも譲るわけにはいかない。


 ユナミルが大剣を傍若無人に振り回せるのは、彼女がもつ筋力値の高さ、いままでの剣への経験値ゆえである。エルフ族であるセシリアは将来にわたる筋力値に期待できない。たとえ大剣で戦えるようになっても、無駄な冰力を腕の筋力値や体力温存に使ってしまっては、《奥義》や《武装》に回せる冰力が減ってしまう。彼女の敏捷性や柔軟性を伸ばす今までの訓練さえ、水の泡になってしまうだろう。


 今回の指定危険エリアでの探索で、セシリアにはやはり、ツヴァリスの冰剣の価値を再認識してもらう必要がある。

 

 となれば、やることはただ一つ。

 ツヴァリスの冰剣でこそセシリアの真価が発揮される《奥義》を発見すればいい。

 

「……セシリア」


「どうしたの、お兄ちゃん」


 指定危険エリアに到達して早二時間。

 数々の徊獣を倒してきた少女二人だが、すでに大きな差が出来てしまっている。

 

「セシリアは、どんな感じの奥義を使えるようになりたい?」


 ユナミルが、八割がた奥義をものにしている。

 対してセシリアは、まだどんな奥義を身に付けるかどうかも決まっていない。


 セシリアは首を傾げていた。


「とにかく強くてかっこいいのがいい」


「じゃあ、その強くてかっこいい技を出している中央にセシリアが居たとしよう。……技のイメージは何色だい?」


「色?」


「そう、色。ユナミルは炎だから主に赤色だ、君は何色を真っ先に思い浮かべる?」


 本人の直感というのが、意外にも自分の知らない相性探しに役立つことがある。

 

「…………銀。リアは銀色だと思うんです」


「それはなぜ?」


「銀は金属の色。金属はとても美しいけど、とても冷たい。リアは、小さいころのことほとんど覚えてないけど、周りがとても寒かったのを覚えるんです。環境も、周りにいた人間の目も」


「殺されるくらい冷徹で、残酷で、無慈悲な大人たちの目。それはきっと奴隷を捕まえてくる人間の目と、あの市場に連れてこられるまでの環境の酷さをイメージしてるんだろう」


 こくりとセシリアが頷く。

 

「ユナミルの奥義は強さと美しさ、炎の蝶を連想させる気高き剣だ。ユナミルの出自や立ち振る舞い、その容姿の美しさからでも、『爆風炎』との相性の良さは折り紙付きといっていい。……けれどセシリア、君はあくまでセシリアであり、ユナミルじゃない。身分は奴隷だったね」


「…………」


「環境がよかったわけじゃない、僕に出会うまでエルフの言葉しか喋れなかった君は奴隷エルフだ。その冷遇の心象は銀の色となって君の頭に浮かび上がったんだろう。……ムリに色をかえよう、嘘の色を言わなかったセシリアはさすがだね」


 銀。

 美しき金属の色。

 鉄剣の色であり、殺人をにおわす色であり、セシリアの髪の色でもある。

 

「僕と同系統だ、さすが一番弟子は違うね」


「?」


「いまから《旧ディドルト古墳群》の奥地にある遺跡に入る。二人ともついて来なさい」


 歩き出したベルティスに、セシリアとユナミルは無言で付き従った。

 この地で一番大きな遺跡の深部へ。

 途中で遭遇した小型の徊獣を蹴散らすとユナミルの奥義がほぼ完成した。セシリアの表情をみるに、素直に喜んではいるものの、やはり自分も早く奥義を会得したくてうずうずしている。

 

 そしてさらに奥に進むと、やや格式ばった部屋に到着した。


「お兄様、ここは?」


「……いわゆる魔獣を封印してた部屋だ。その壇上に、大昔の魔獣を封印してたはずなんだけど……」


「なにもない……」


 ここに存在しているはずの、魔獣の体。

 四皇帝魔獣黄金喰らいの王ラミアナが、いない。

 ラミアナは四皇帝魔獣のなかで最も気性が激しく、暴走状態になったときは、よくここに縛り付けて躾をしていた。いわゆるお仕置き部屋というやつだ。

 ここから解放するまえにベルティスが死んでしまったため、千年間ずっとここにいたはずである。


 セシリアを買うまえは、確かに魔獣は存在していた。

 それがいない。

 封印の冰術はことごとく破壊されている。

 いまはただ、濃厚な魔獣の残滓が残っているだけだ。


「やったのはエルフ族か……」


 そのとき、部屋の隅っこから暗い煙が発生した。封印を破壊した際に漏れ出た彼女の力が、いま新たな魔獣を生み出そうとしているのだろう。


「君達をここに連れてきたのは、あの魔獣を倒してほしいからだ」


「「!?」」


 もちろんでっちあげだ。

 もともとベルティスは、フルーラの言っていた情報が正しいかどうか確かめにここまでやってきたのである。指定危険エリアをここに選んだのも、それを成し遂げるため。

 ラミアナが何者かの手によって運び出されたのであれば、ここの封印を解除する必要がある。ここに来れば、相手方の戦力を窺えると思ったのだ。


 かなり巧妙に隠されているものの、この冰力の残滓は間違いなくエルフ族のもの。

 強いエルフ族の冰力使いがここの封印を破壊し、ラミアナを運び出した。


 まぁ、詳しい調査はこの魔獣を倒してからでいい。

 コイツはセシリアの奥義会得の礎になってくれるだろう。


「僕は後ろから見てるよ」


 そう言って、ベルティスは部屋の入り口付近まで後退した。

 ちょうど反対側では、暗い煙が魔獣ミノタウロスの姿へと変貌を終える。セシリアとユナミルが油断なく剣を抜き放ち、それぞれ攻撃のタイミングを窺っている。


 ちなみに、セシリアもユナミルも魔獣と戦うのは初めてだ。初戦闘がミノタウロスなのは荷が重いかもしれないが、いい経験値になる。限界にまで恐怖を感じ本能を引きずりださなければ、セシリアは奥義を掴めない。


「はァ!!」


 ユナミルは一撃一撃が重い攻撃だ。

 ミノタウロスの攻撃が避け、まずはミノタウロスのふくらはぎを削ぐ。ミノタウロスの姿から、上半身の鈍重性を見出したのだろう。やや体勢が崩れたところで、敏捷性の高いセシリアが背後から切り刻む。


 ツヴァリスの剣は切れ味が鋭い。魔獣に対しても遜色はなく、ミノタウロスの背中にはいくつもの裂傷が刻まれている。

 けれど、魔獣は異常なまでに再生能力が強い。あの程度の傷なら、ものの数十秒で塞いでしまう。


「じゃあ私が!!」


 ユナミルが叫び、剣のかまえを取る。

 ──奥義『爆風炎』

 大剣に纏う灼熱の炎。対象物を熱であぶり、さらには持続効果もある。

 これでミノタウロスの心臓を破壊できればよかったのだが、残念ながらミノタウロスは耐えきってしまう。ユナミルは13歳にしては強い方だが、それでもまだ13歳だ。

 

 魔獣ミノタウロスは本来、騎士団の騎士クラスが数人がかりで倒せる相手。

 このままでは負ける。


「──セシリア」


「お、お兄ちゃん!」


「殺す気で攻めろ。弱い存在が最初から躊躇なんて考えるな。殺せ、全力で殺しにいけ」


 いつも教えていることだ。

 ルーティンの言葉がけだけでも、セシリアには十分な効果が見込める。

 その証拠に、


「はい!!」


 セシリアの表情がかわった。

 ミノタウロスを「倒す」対象物から「殺す」対象物へ。

 ギリギリまで体勢を低くとり、剣にエルフの冰力を流し込む。


 ──そして、部屋の温度が下がった。

 

「セシリアちゃん、まさか!?」


「いくよ、リアの奥義わざ!!」



 ──片手剣武装奥義『霊 廟 冰 寒 帯ベニック・アストーラ



 最軽量かつ最高硬度を誇る金剛石で冰剣をコーティング。

 威力は限界突破。

 斬撃と同時に、相手の細胞を微動させて内部崩壊を起こす一撃必殺技。


『───────ッ!!』


 ミノタウロスの断末魔が響く。

 

「まずまずかな。アレを対人向けに仕上げるには、時間がかかりそうだけど」


 ベルティスは呟き、舞い上がって喜ぶセシリアのところに近付く。

 そして、今回の遠征は終了。

 ベルティスは二人を連れて自宅に戻った。


 



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