Episode016 入れ代わり立ち代わり
冰結宮殿、702階層。
ベルティス宅にて。
セシリアがフルーラから奥義を教わるようになって、ベルティスの屋敷はかなり賑やかになっていた。
賑やか……という一言で済むかどうかは、いまいち分からない。
フルーラがここを訪れるようになってから、セシリアに笑顔は増えたが、ベルティスの不満顔も増えた。
「おぉ久ぶりだねェ。こんな風にアンタの時間を邪魔できる快感というのは、おそらく千年前に味わったっきりだよ」
元賢者であり、蔑称魔女と呼ばれる妙齢の女性フルーラ。
つい二時間ほどまえ、セシリアとユナミルに奥義を教えていたはずだが、どうやら抜け出してきたらしい。
「どうだい、知識吸収のほうは? 順調にいっているかい?」
「まぁね」
前世で死んでから、もう1000年は経過している。空白期間の知識をすべて吸収したいのだ。セシリアと過ごす時間以外は、寝食忘れて読書に打ち込む。
さて、そんな大切な時間を邪魔しにこられたフルーラは、にやにやと意地の悪い笑みを浮かべていた。
「なに?」
「いやぁねェ、あれだけ可愛げのなかったアタシの愚弟子にも、少しは可愛いところがあるじゃないかと思って、ねェ?」
「可愛げ?」
「セシリアのことさ。アンタ、あの子を買ったんだろ? ローレンから聞いたよ。アタシはついぞ、アンタは他人に興味を抱かない男だと思ってたさ」
「そんなことはないと思うよ。観察対象として、あるいは今後の戦略を練るために興味を抱くことはあるしな」
「でもセシリアに感じている感情は少し違うだろ?」
「茶化すなフルーラ。……それより、奥義の進捗具合は?」
ユナミルは奥義『爆風炎』を教わりたかったらしく、初めからそれに向けて訓練している。セシリアに合う奥義は現在模索中だ。
「アンタが見込んだだけあって、二人ともとても筋がいいよ」
「セシリアはともかく、ユナミルは僕が連れてきた子じゃないよ」
「セシリアの友だちだろう? ユナミルのステータスを見てみたが、あの子は恐ろしいね」
「……」
「なにツンケンしてるのさ。自慢の娘が他人の娘っこに負けているのがそんなに悔しいのかい? へぇ、あんたでも悔しいとかそういう感情を覚えるんだねェ、撮影機(カメラ)で撮っておこうか」
「────」
「でもこれは仕方ないことだよ。なにしろセシリアが特訓を始めてからまだ一年も経ってない。対してユナミルは、小さい頃から剣を仕込まれてる」
ユナミルのステータスについて、もちろんベルティスは把握している。
冰力使いA⁺、剣士S⁺という職業適正値を出した逸材だ。
いま現在において、セシリアはユナミルに敵わないだろう。
まだまだこれからだ。
「大賢者に育てられたエルフ少女が普通の剣士じゃ面白くない。このさき、彼女はもっと強くなるよ。必ずユナミルも倒せるほどの実力を持つ」
「すっかりバカ親に仕立て上げられちゃって。最強の大賢者も可愛いエルフ娘を持つと表情筋が緩むんだね。これでもし、セシリアが死んだらどんな顔をするか気になるところだけれど。……──なんだいそんなおっかない顔してさ、麗しの師匠に物騒なもん向けるんじゃないよ」
──氷槍。
フルーラに首に、鋭利な切っ先がちらつく。
「冷やかしだけならもう満足だろう? さっさとセシリアのところへ戻ってくれないか」
フルーラの茶化し好きは千年前と何ら変わっていない。
問題なのは、この茶化しの中にトリックを入れてくることだ。
「いや、今回は素直に帰らせてもらうよ」
──どうやら今日は、本当に茶化しに来たようだ。
フルーラは軽やかな足取りで窓枠から離れ、得意の浮遊術で向こうへ飛んで行ってしまう。(曰く、歩くと足に筋肉がついて自慢の美脚が失われるとかどうとか)気にせずベルティスは読書を続行。
そして三十分後。
今度はローレンティアがやってきた。
「マスター、わたくしが元の姿になる許可をください」
「……いまなんと?」
「わたくしが元の姿になる許可をください」
驚いた。なにしろローレンティアはとても真面目で、自分から○○をしたいなどとあまり言わないのだ。その彼女が、魔獣の姿になる許可を取りに来るなどと。
「なにかあったのかい?」
「恐れながらフルーラ様を八つ裂きにします」
「何があったのか想像できてしまった自分が恐ろしい……」
「あの女、あまつさえマスターを侮辱いたしました。わたくしの目の前でそんな侮辱発言、とてもではないですが聞き入れられません。たとえマスターのお師匠様といえど、限度があります」
ローレンティアの殺気が凄まじい。
この殺気にあてられただけでも、並みの人間は気絶してしまうだろう。
ベルティスは慣れているので心配いらない。
「お願いです許可を」
「セシリアへの暴言ならともかく、僕への悪口はそんなに気にしなくていい。それにここで元の姿になると……色々と面倒なことが起こりそうだから」
周りの目も考えて。
できるだけ穏便に伝えてみると、我に返ったローレンティアがほんのりと顔を赤らめる。感情的になってしまったことを恥じているようだ。
「申し訳ございません、そこまで考えてませんでした」
セシリアには、まだローレンティアが四皇帝魔獣の一人であることを教えていない。
千年前の大賢者とベルティスが同一人物であることに、あまり反応を示さなかったセシリアでも、魔獣となると話が違ってくるだろう。どこかのタイミングで話さなければいけないが、今はそのタイミングではない。
「それでマスター、セシリアがユナミルと一緒に出掛けたいと申しております」
セシリアは、ユナミルという同い年の友だちができたことを非常に嬉しく思っているようで、彼女がここにやってくることを心待ちにしている。一緒にどこかへ行きたいと思うのは当然だろう。
「それくらい構わないよ」
強力な法具を持たせれば何かあったときの保険にもなるわけだし。
「ショッピングにでも出かけるのかい? 無駄遣いだけは注意しておかないとな」
「いえ、どうやら街ではなく指定危険エリアに出かけたいそうです。危機管理能力の向上、実戦の経験を増やしたいと」
「可愛い娘には旅をさせろ方針か…………いや、もしもということもあるしな。本を読みながらでも二人の護衛は務まるだろうし。よし、僕も同行する」
「あの、わたくしは……」
「悪い、君には留守番を頼む。なにしろフルーラがいる。家に帰ってきたら設置型の冰術だらけ、なんてことにならないよう、師匠を丁重に監視してくれ」
「………………はい」
明らかにローレンティアが落ち込んでいる。
とりあえず彼女が長時間拗ねないように、少しだけ甘やかしておこう。彼女の本質は『猫』と一緒だ。頬骨あたりと頭を撫でてやれば、それだけでも気持ちよさを感じるという。
あんまりやりすぎると部屋に連れていかねないので、このあたりでやめる。
「よし、行ってくる」
「行ってらっしゃいませ」
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