Episode015 オークキングダムとロイヤルチップ一万枚



「どう考えたって無理よ。だって制限時間が五時間以内よ、そんな短時間でロイヤルチップ一万枚なんて、現実的に不可能だわ」


「確かに、そんな短時間でロイヤルチップを一万枚稼ぐ場所は、このカジノには存在しません。ただし、法律上セーフな部分では、の話ですが」


「どういうこと?」


「ロイヤルチップ千枚を持参したうえで勝負できる裏カジノがここには存在します。べらぼうに難しく、かつ破産額が桁違いなので、めったに挑戦者は現れませんがね」


 ローレンティアの説明に、頷いたのはフルーラだ。


「そうだ。おそらくあの愚弟子は、まず三時間半を使ってロイヤルチップ千枚を徹底的に稼ぎ出してくるよ。そして残り一時間と半分で、この裏カジノ……《オークキングダム》に挑戦するはずだな」


 現在、ユナミルとセシリア、ローレンティア、フルーラの女性四人組は、その《オークキングダム》が行われる会場の客席にやって来ていた。客席とはいえ、挑戦者の現れない薄暗い会場を、硝子越しに見つめるだけだ。

 セシリアとユナミルは、現実的ではないチップの枚数に顔を青くしていたが、ベルティスの従者であるローレンティアは、主の勝利を確信しているようだった。

 ちなみにフルーラは、あくまで勝負をするベルティスを眺める、という娯楽を楽しむ予定のようである。


 しばらくして、眼下の会場にベルティスが姿を現した。

 

「ウソでしょ……この短時間で、ノーマルチップをロイヤルチップ千枚に変えたって言うの?」


 何者なの、彼……という言葉が、ユナミルから洩れる。

 挑戦者が現れたことによって《オークキングダム》はいよいよその全貌を現す。中央にあるのは何かの操作卓だろうか。上部には何かを映し出す巨大映写幕(スクリーン)がある。


 さらに不気味だったのは、部屋の四隅にみえるぽっかりと空いた穴だった。

 洞穴をモチーフにしているのだろうか。

 あそこから、まるで闇の亡者でも出てきそうな……。


愚弟子ベルティスはこの《オークキングダム》をやったことがない。アイツがカジノでがっぽり稼いでいたときは、こんなのなかったからな。これができたのは三十年かそこら前だが、誰一人としてコイツが溜め込んだチップを吐き出させることはできなかった」


 今まで、いったいどれだけの人間からチップを吸い上げてきたのだろう。

 考えただけで恐ろしい。


「《オークキングダム》ってどんな賭け事なの……?」


「所有者の冰力射出を制限されたなかで、なおかつ冰術で作り上げられた魔獣オークと戦いながら、オークキング……つまり冰術演算によって生み出された機械人形でくのぼうとチェス勝負する。勝てば一攫千金、負ければチップを一瞬で失う。……いわゆる悪魔の釜口さ」


 その瞬間、スクリーンにチェス盤が表示される。オークキングが後攻、ベルティスが先攻。

 ベルティスが操作卓で駒を動かすと、洞穴から一体の魔獣が現れる。

 歩兵のオークが一体。


「なによあれ。チェスの駒通りにオークが出てくるって言うの? あれじゃあチェスに集中できないわ」


「駒通りじゃない。手数の数字でオークの数は増えていくさ。だから言っただろ、あれは悪魔の釜口だ。あれはそれこそ、博士並みの賢さと集中力、そして騎士団長並みの体術がないとクリアできない代物だ」


「そんなのって……」


「まぁ……」


 とりわけ、ユナミルのことを気遣ったわけではなかろう。フルーラは、魔女と呼ばれるのに相応しい嗤いを浮かべて、会場にいる愚弟子を見おろしていた。


「うちの愚弟子は、冰力量でも体術でも、それこそ考え方すらアタシより化け物さ。なんたってアイツは自分の快楽にしか興味がない。あれほど自分の快楽に素直な人間、初めて見たよ」


 ちょうどその頃、ベルティスは足蹴り一発でオークの体を粉砕していた。

 つねに右手を顎にかけながら、ブツブツと何かを呟いている。

 手数が四十を超えると、オークの数も凶悪なものになる。

 

「なるほど」


 呟いたその瞬間、手際よく操作卓に戻って駒を動かすベルティス。

 猛烈な集中力のせいなのか、周りのオークを気にするぞぶりがない。

 オークたちは品のない嗤いを浮かべて、一気にベルティスに襲い掛かった。


 ──いまならアイツを殺れる──と。



「────遅い」



 その一言で。

 挑戦者が不正行為をしないよう、冰術を弱める役割を持っていた腕輪が木っ端みじんに破壊され、威力過多な冰術が会場中にばらまかれる。

 暗い会場が一瞬にして細氷の舞う極寒地帯に。

 ベルティスを囲んでいたオーク八十七体は、その一瞬で体をハチの巣状にくり抜かれていた。


 ──なにが起こったのか?


 この光景を見おろしていたセシリアとユナミルには、ただ圧倒的な冰術が使用され、オークが瞬殺されたということしか分からなかった。

 時同じくして、今まで多くのチップを溜めこんできた悪魔の釜口が、ようやっと断末の叫びをあげはじめる。


「──はぁ。面白くない愚弟子だねェ」


 麗しの師匠が見つめるなか、ベルティスの眼前にはこんもりと盛られたロイヤルチップが存在していた。 







「空気を読め愚弟子。あそこは負けて、アタシに頭を低くしてお願いするところだろうが」


「負け戦は嫌いなんでね。それじゃあ、これはロイヤルチップ一万枚。約束は約束だ、ラミアナの居場所を聞かせてもらおうか」


 ロイヤルチップをたんまりと入れた籠を置き、ベルティスはさっそく本題に入った。

 ちなみにセシリアは、隣にいるローレンティアにこっそりラミアナという人物のことを聞いていた。なんでも剣術に長けた女性らしいが、連絡が取れないのだという。

 

 フルーラは鼻を鳴らした。


「ふん……詳しい場所は知らん。アタシが知っているのは、ただラミアナらしき『狼』がどこぞの辺境伯に捕まったという話だけだ」


「どこで仕入れた?」


「アタシの使い魔さ、アタシはアンタみたく便利な『千里眼』なんて持っちゃいないからね。600階層からこの辺りまではいたるところにアタシの使い魔がいる。ソイツが見たんだ、金色の『狼』をちんたら馬車で運んでいるところをね」


「暴れなかったのか」


「かなり憔悴している。アイツのサイズからすれば、馬車で運ばれているアレのサイズは犬同然だったよ」


「なるほどな。……階層は? その辺境伯とは誰のことだ?」


「まぁ、待て。……階層自体は612階層だが、そのあと転移門ゲートで馬車ごと移動しやがった。移動先までアタシの使い魔じゃ分からんよ」


「辺境伯というのは?」


「使い魔が覚えてる家紋を辛うじてアタシが読み取っただけだ。ただし偽造っていう可能性も、なくはないぞ」


 ここまで話を聞いても、セシリアはちっとも面白くない。

 そこで再び、頼れるローレンティアに質問してみた。


「マスターはセシリアのために、再びラミアナと会おうとしていらっしゃるのですよ」


「でもさっきの話じゃ、なんか狼とか犬とか出てきたよ。ラミアナってペットのことなの?」


「いいえ。ラミアナはわたくしと同類ですから、フルーラ様は親しみを込めてそう呼称しておられるのです」


「ローレンティアさんと同類って……?」


「いずれ分かりますよ」


 ──そして。

 セシリアとユナミルはベルティスに《姿くらまし》の冰術をかけてもらい、無事ロイヤルカジノから脱した。

 セシリアとユナミルは次の日から、フルーラに奥義を教わることになった。

 ベルティスは、ラミアナと再会するべく情報収集を開始した。




 

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