Episode013 魔女の館


「やっとこの日が来たんだわ。これでようやく、私も奥義を習得できる!」


 興奮した様子で、ユナミルが部屋の扉を押し開いた。

 とてつもなく豪奢な部屋。

 薄暗い点を除けば、世の少女たちがときめきそうなほど可愛いらしい。


 その中央に立っているのは、黒いドレス姿の美しい女性。

 胸の強調が激しく、臀部にかける滑らかなラインはとても妖艶だ。

 セシリアの目は、その豊かな胸に釘付けである。


「おっきぃ…………」


『────』


「なにを喋っているのかしら。……せっかくセシリアちゃんを連れてきても、言葉が通じなかったら意味がないじゃない。『奥義』を習得できると思ったのに残念ね」


「奥義ってなに?」


 聞いたことがない言葉だ。


「奥義っていうのは主要なアサルトスキルのことよ」


 ユナミルが言うには、奥義というものは自分で編み出すより他人から教わる方が上達が早く、妙な癖もつかないという。魔女フルーラは、自らの武器に炎を纏わせる『爆風炎』という奥義を持っているそうだ。何十匹もの魔獣を一瞬で塵にできる強力な広範囲技で、ユナミルはその奥義を会得したいという。


 セシリアを連れてきたのは、とりあえず興味を持ってもらうため。

 なんでもフルーラは、誰にも奥義を教えたことがないのだという。


「大剣のアサルトスキルのなかでも、最高峰の威力を誇る奥義が『爆風炎』よ。絶対自分のものにしたいって思ってたのに……」


「あの女の人、生きてないよ?」


「ウソ!? …………ほんとね、冰術で幻影を作り出しているんだわ」


 魔女フルーラがいないならここに来た意味がない。

 どうやってユナミルを慰めようか……。


「仕方ない。会話が無理ならあの霊体フルーラを倒すわ!」


「え、えええ!?!?」


「もしかしたら、戦闘中に奥義を使ってくれるかもしれないわ。それにフルーラを倒したら、いい経験値がもらえると思わない?」


 やる気満々といった様子で、ユナミルが腰から剣を抜く。

 

「ほら、セシリアちゃんも剣を出して。一緒に戦いましょうよ」


「……う、うん」


 ベルティスに何も言わず、こんな家のなかで戦闘なんて始めてよかったのだろうか。

 ただ、流れるままにセシリアも冰剣ツヴァリスで、霊体フルーラに攻撃を開始。

 セシリアとユナミルが強すぎたのか、霊体フルーラが弱かったのか。

 意外にもあっさり決着がついた。

 

「すご~い! セシリアちゃん、とっても強いのね!!」


「そ、そんなことないよ。リアよりユナミルちゃんのほうがとっても強かったよ」


「ううん、セシリアちゃんのその実力は本物よ。この私が保障してあげる」

 

 ユナミルの身体能力の高さには驚いた。

 この可愛らしい出で立ちで、あんな大きな剣を振り回せるなんて。……憧れる。


「でもユナミルちゃん、奥義は覚えられなかったね」


「ううん、一回生で見れたからいいの。後悔はないわ。……それよりセシリアちゃんにお礼をしなくっちゃね。半日私の誘拐に付き合ってくれたお礼……何がいいかしら」


 そうだ、自分はユナミルに誘拐されたのだ。

 でもユナミルはとてもいい子だ。

 彼女と友だちになりたい。


「と、友だちになってください……!!」


 こうなったら全霊で頭をさげよう。

 そう思い至った結果が、セシリアの全力ポーズである。


「こんなことがお礼だなんて、むしろ私の方が恥ずかしいくらいよ。……でもよろしくね、セシリアちゃん」 

 





「ユナミルちゃんってどこに住んでるの?」


「710階層」


「意外に近いんだね。リアね、702階層に住んでるの。ベルお兄ちゃんとローレンティアさんの三人暮らし」


「702階層!?」


 ……そんなに驚くことだろうか。

 きょとんとするセシリア。


「702階層ってあの、たった一人の男が七割の土地を独占しているっていう!? うそ、あなたエルマリア家の娘なの!?」


「え、エルマリア……?」


 そういえば、ベルティスの名前がそんな感じだったような気がする。いつもベルお兄ちゃんかお兄ちゃんとしか呼ばないので、セシリアは気にしたことがなかった。


「なに、どうして教えてくれなかったのよ」


「なんか誤解してるみたいだから言っておくね、リア、そのエルマリアっていう家の人間じゃないの……」


 奴隷、という言葉が尻すぼみになっていく。

 

「血がつながっていなくても、エルマリア家の人間であることには変わりないわよ」


「……ありがとう、ユナミルちゃん」


 エルフだったという時点で、ユナミルは気付いていたのかもしれない。

 慰めの言葉が、今はとても嬉しい。


「で? もしかして、さっき言ってたベルお兄ちゃんっていう人が、702階層を牛耳ってる男なのね?」


「牛耳ってるってどういうこと?」


「フィネアネス皇国は都市化が進んでて、自然がすごく少ないの。あったとしても貴族や皇族がその土地を持ってるわ。702階層は、一等地並みの自然と絶景が拝めることで有名なの」


 思い返してみれば、いつもセシリアが走り回っている林の近くにはとても美しい湖がある。

 自然と接するのが当たり前なので、あまり実感がわかない。


「そんな別荘に最適立地の場所を、貴族でも皇族でもなんでもない人間が七割の土地を所有しているのよ? あそこに住んでるエルマリアっていう男は誰だ、ってみんな言ってるわ」


 へえ……。

 ベルお兄ちゃん、もしかしてすごく偉い人なのかな。

 ローレンティアさんは《大賢者》って言ってたけど……。

 

「もしかして、今日ここに来てるのかしら? ぜひ挨拶しに行きたいわ」


「う、うん…………、あ、お兄ちゃんいた……」


 ベルティスとローレンティアが大きなお店のなかに入っていく。

 呆けたように見つめてから、セシリアとユナミルは二人が入った巨大な建物を見上げる。


「ザッハミティエでも選りすぐりの複合型の巨大娯楽施設ね。この建物のなかに巨大賭博場ロイヤルカジノとか人間サーカス、風俗とか、法律上グレーゾーンが多い店が入ってる関係で年齢制限がかかってるのよ」


「ふーぞくって?」


「ちょっとえっちなお店」


「え、えええなんでお兄ちゃんがこのなかに!?」


 顔が真っ青になっていくセシリア。

 ユナミルはしばらく腕を組んだあと、



「よし。この中に私たちも入っちゃいましょう」


 

 

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