Episode012 こわいのは苦手です!


 ユナミルに腕を引かれ、しばらくしたあとのこと。

 いつのまにか繁華街のはずれ、豪邸の目の前にセシリアはやってきていた。


 なにより驚くのはその大きさだ。

 外から見るだけでも窓の数は五十を超える。ベルティスが住む家もそこそこ立派だったが、この大きさはもはや貴族や皇族が住むレベルだろう。


 好奇心旺盛で有名なセシリアだが、この巨大な屋敷に侵入してみたいとはとても思えなかった。

 なぜなら、今にもユウレイが出てきそうなほど不気味なのだ。

 確かに豪奢で立派な建物であるが、はげた壁や割れた窓ガラス、庭は雑草という雑草が伸び放題という不気味な状態。


 このあいだ多くの佪獣と遭遇した指定危険エリアのほうがマシに思える。

 

「ユナミルちゃん、もしかしてこの中に入るの……?」


「そうよ、なにか問題でも?」


「り、リアね! お兄ちゃんから他人の家には勝手に入らないよう言われてるの!」


「大丈夫よ、ここはもう廃墟だから誰の家でもないわ。……強いて言えば、館の主人はユーレイかしら?」


「ユウレイ……?」


 この不気味な屋敷に住む主人とすれば、もはやそれしかない。


「ここの主人はとっても怖い、長い髪を持った女のユーレイなの」


「ひええ。……ユナミルちゃん、やっぱり無理だよ。ね? 今すぐ帰ろう?」


 ユウレイといえば、剣や冰力が通じない相手の総称だ。

 よく絵本なので登場する生命体だが、夜ベットでベルティスから聞かされて以来、すっかりセシリアはユウレイが苦手になってしまっている。


 しかし、ユナミルがセシリアを気遣う素振りは一切なかった。


「あらごめんなさい。そういえばまだ、あなたを誘拐した理由を話してなかったわね」


「誘拐でもなんでもいいから、ここに入るのだけはやめようよ」


「それじゃああなたを誘拐した意味がなくなるわ。いいこと? ここは何年か前に没落したフィーリード子爵の持ち物だった家よ。さっきも言った通り、女のユウレイがここに住みついてるから、今では誰も近寄らなくなってるの」


「…………うん」


「今回あなたにやってほしいのは、ただ私と一緒にこの中に入って、その女ユウレイに会ってお話しするだけ。ね? 簡単でしょ?」


「どーしても、ユナミルちゃんはユーレイに会わなきゃダメなの?」


「これは私からのお願い。お礼も弾むし、なんなら……友だちになってあげてもいいわよ?」


 友だち。

 今まで友だちという存在がいなかったセシリアにとって、とてもキラキラと輝いた言葉だった。

 ユナミルは悪意を持って接しているわけではない。

 

「うん、分かったよ。ユナミルちゃんのために、リアは頑張る!」


 相手を信頼した証として、ユナミルの手を掴んで振る。しばらくユナミルは呆気にとられていたが、突然小さく噴き出すと、腰をくねらせながら笑った。


「すごい、セシリアちゃんはとっても面白い子なのね。私気に入っちゃった」


 そんなにおかしかっただろうかと、小首を傾げるセシリア。

 ユナミルは笑いを収め、小さく咳ばらいを一つ。


「行きましょ、セシリアちゃん」


 とはいえ。

 この薄暗さと雰囲気、そしてユーレイが出るという事前知識が組み合わさり、いつも以上にセシリアは恐怖を感じていた。

 やれ窓の隙間風が女の悲鳴に聞こえるだの。

 やれそこのベットカバーが人間の死体に見えるだの。

 子犬のように震えるセシリアに対し、ユナミルの堂々とした佇まいは圧巻だ。


「ユナミルちゃん、なんで怖くないの?」


「慣れてるからかもね。……あとごめん、セシリアちゃんの反応があまりにも可愛くて言いそびれてたんだけど、女ユーレイがいるのはウソなの」


「ウソ!? な、ななななんでっ??」


「ちょっとした悪戯心」


「うぅ、リア信じてたのに~」


 ふぐぅと、頬を膨らませずにはいられない13歳である。


「ここにいるのは、魔女。代々フィーリード家に仕えていた超高齢の女性よ」


「魔女?」


「そう。賢者っていうのは、世のため人のため、代々の皇帝が授けた称号のことだけど、魔女はむしろ悪いことをした人間に使われる名前なの。ここの魔女は、昔はかなり悪いことをしていたらしいわ」


 その魔女は、長寿の薬を飲んで生きながらえているだとか、様々な噂があるようだ。

 それのせいなのか、エルフには興味があるという。

 エルフを連れて行けば、もしかしたら会ってくれるかもしれない。

 ユナミルはそう思ったらしい。


「さあ、この部屋が魔女のいるところよ」




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