Episode007 試練①


  上の階層から《昇降盤》で降りる際に発生する簡単な通過儀礼をおえて、500階層の指定危険エリア入り口にやってきていた。

 

「お兄ちゃん、リア、一人でこんなとこ……」


 セシリアがことさらに不安げな様子をみせる。

 いまから自分はこの中に、一人で入るのだ。

 果たして大丈夫なのだろうかと、ベルティスに訴えている。

 

「できるかな……」


「君はまだまだ最強ではなく、むしろ弱いほうの存在だからね。よって今回は、姿をかえて君のあとを追うよ」


「お兄ちゃんそんなことできるの……?」


 姿くらましの術式は、対象が自分の容姿からかけ離れれば離れるほど高難度になっていくが、ベルティスには簡単なものだ。


「できるよ。本当にピンチになったら君を助けにいくから、それまでは自分で頑張りなさい」


 ベルティスの姿が一瞬で消えてしまう。

 独りぼっちになったような空しさが、一気にセシリアを襲った。


「ダメ……お兄ちゃんが見守ってくれるって言ってくれたんだもん。大丈夫、リアはやれる!」


 声に出して自分を勇気づける。

 セシリアはいま、初めて木刀ではなく真剣を持っていた。

 ベルティスから貰った、装飾煌びやかでとても美しい剣。何かすごい効果のある剣なのではないかと思ったが、残念ながら普通の剣らしい。


 いまから道具の力に頼るのは悪い癖になるとベルティスは言っていた。

 

 そう、自分は試されているのだ。

 この剣とともに試練を突破できるかどうか。

 今回の試練はとても重要な意味がある。

 絶対に突破したい。


「強くなる。強くなる。……弱いのなんか、嫌いだ」


 お守りがわりに剣の柄を握りしめながら、指定危険エリアと呼ばれる場所に足を踏み入れる。

 危険エリアといっても、種類や呼び名は様々だ。

 例えばここは、街全体が廃墟になって危険区域になっている。


 いまにも崩れだしそうな建造物や教会、屋根ごと崩落している家々、あるいは干からびた噴水のある広場などなど。


 少し不気味だが、森などと違って見晴らしがいい。


 セシリアがベルティスから受けた試練は、この先で咲き誇っているラフレシアの花の採取だ。ラフレシアといっても、ただのラフレシアではない。

 薬の素材として扱われる希少品種を見つけて取ってこいというものだった。


 とにかく匂いがなく、他のラフレシアより色が薄いのが特徴らしい。


「うぅ……見つけられるかなぁ」


 とりあえず進んでみるしかない。


 しばらく歩いていると、人の気配がした。

 セシリアは物陰に隠れ、よくよく目を凝らしてみる。

 一人は、細身の男。全体的に目つきが鋭く、怒っている様子だ。

 もう一人は大柄の男。筋肉質で、こちらはいかにも強そうな感じだ。


「……どうしよう。ここまっすぐ行ったらラフレシアの花畑なのに……」


 エルフの嗅覚からすれば、ラフレシアの花畑を見つけること自体なんのことはない。

 問題は、ここを通ればあの二人に見つかってしまう可能性が高いということだ。


「あれもお兄ちゃんが化けてるのかな……」


 あの強い青年が、はたして二人もの人間に化けられるのだろうか。

 それともこの試練のために用意した仕掛け人?


 なにはともあれ、二人の会話を盗み聞いてから判断しようとセシリアは決心する。

 

「そっちはどうだキング」


「こっちはいねぇぞブレイク」


「ったくよぉ」


 会話の流れからすると、大柄の男はキング。

 細身男はブレイクという名前らしい。

 二人は誰かの命令でこの指定危険エリアにやってきたという。


「ロッキーさんも人が悪いよなぁ。いくらなんでも、あんなクソみたいなガキを横取りされたからって、そのイライラを俺達に向けなくてもいいのによぉ。しかも半年も前のことだぜ? 因縁ぶけぇ」


「あぁ……確かに顔はちょっと可愛かったが、いってもまだガキだぜ。あのとき売られてたもう一人のエルフのほうがよっぽど美人だったよな!?」


「ちげぇえねえよ!」


 すぐ分かった、あれはベルティスではないと。

 ベルティスはあんなふうに下品に笑わない。

 自分をバカになんてしない。


「そういえばあの娘、ステータスボロボロなんだってな! 貧弱エルフ、まさに奴隷に相応しい呼び名だよ。あれでもしロッキーさんに襲われでもしたら、アイツの価値は地に落ちたも同然だ」


 ……笑われている。

 悔しいという感情を、セシリアは久しぶりに味わった。


「あの男もよくまぁ無価値な娘を買ったよな。すげぇ大金で買ったらしいぜ」


「もったいないもったいない! 俺ならもっといい方法でそのお金を消費するよ!」


 げらげらと笑う二人。

 ふと、ブレイクが我に返ったようにキングを見る。


「それよりさ、どうする? ロッキーさん、あれからずっとイライラしっぱなしだぜ。でも、俺のレベルじゃラフマニノフのツノなんて採取できないぞ」


「俺も正直怪しいな……」


 ラフマニノフという単語は、ベルティスから注意すべき徊獣の名前として教えられた。

 見た目は巨大なサイに似ていて、立派なツノを持つ大型の獣だ。

 ツノは高額で売れるが、ラフマニノフは凶暴でかなり危険らしい。


「もう俺さ、あんな狸についていくのやめたい」


「俺も」


「──誰に向かって狸だと言ってるんだえ」


 セシリアとは異なる建物の陰から、その男は醜悪な顔をさらした。

 

「ろ、ロッキーさん!?!?」


「ど、どどどうしてあなたがここに!?」


 


 

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