Episode004 冰力使いと剣士
あれから二カ月後。
さすがに子どもといったところだろうか、セシリアの習得スピードはとんでもない早さだった。
簡単な文字書きならすでにマスターし、かなり会話も成り立つようになっている。
セシリアの口数が増えると、ベルティスのだらけた顔も増えた。
「……ど、どうしようローレンティア!」
「どうしたのです?」
紅茶を嗜んでいたローレンティアが怪訝そうに面をあげる。
ベルティスは興奮してローレンティアの肩をがっしり掴んでいた。
「セシリアが、セシリアが…………将来僕のお嫁さんになるって!」
「幼少期のたわごとの一つでしょう」
「どうしようどうしよう。僕さ、セシリアを自分の娘くらいにしか思ってなかったんだよ。ムリだよ、セシリアはまだ13歳だよ!?」
「とりあえず落ち着いてくださいマスター」
「これからあの子を……お、女のひととして見るなんて」
「見なくてよろしい」
ローレンティアはあくまで毅然としている。
大賢者という堅苦しい称号を持ちながら、ベルティスのどこか抜けている部分は良い面でもある。いかめしくて仰々しい、面白味のない人間であればローレンティアとて今でも彼に従っていないだろう。
元四皇帝魔獣の一人は自分の快楽追及のため、ベルティスの傍にいるのだ。
「と、それよりもマスター。それそろセシリアを剣士にするか冰力使いにするか決めてはどうです?」
「……悩むんだ、これが」
ベルティスがいま最も頭を悩ませているのは、セシリアをどちらに特化させて育てるかという点。
大賢者の弟子として、自分と同じ冰力使いに育てる。
もともとエルフ族は筋力より冰力量にアドバンテージがある。ならば秀でた点を伸ばすのがセオリーというものだろう。
「エルフ族は塔の下層区域に暮らしている影響で、最下層の汚れた空気や腐敗した肉に接触する機会が多い。昔から魔獣に抵抗性のある冰力をたくさん宿しているから、冰力使いとして育てればもしかしたら……」
「マスターより強くはなりません」
「分からないだろ、相手は人じゃなくてエルフだ。育てるのはこの僕だし、この時代じゃどっちが強いかなんて分からない」
《大賢者》としての前世と《賢者》としての今のベルティスとでは、冰力量が比べ物にならない。魔獣全盛期と呼ばれた千年前の大賢者は、一般冰力使い二千人分相当の冰力量を誇り、一万人相当の兵力を保有したのだ。
今は平和なのでベルティスは本気を出したことがないが、感覚からして前世より弱くなっているだろう。
冰力使いとしてセシリアを育てるのは、とても面白いとベルティスは思っていた。
前世では自分一人が最強であり続けるため、真面目に弟子をとったことがなかったのだ。
セシリアが強くなれば、いい暇つぶしになる。
しかし。
「でもそれじゃあ、エルフ族という特徴をそのまま活かして育てているだけにすぎない。僕の弟子が、世の一般常識に囚われる存在じゃ面白くないんだ」
「というと?」
「エルフ族の欠点である体力、筋力量の不足を考えて……あえて剣士として育てる」
「…………マスターにこのような発言をするのはどうかと思いますが、あえて言うと、やはり下策としか思えません」
エルフ族の冰力量はぴか一だが、その点体力がないことで有名だ。
戦法と言えば電光石火一択。
超火力でもって相手をねじ伏せる。
彼らの辞書に持久戦などという文字はない。
「もちろんマスターが育てればそこそこ強い剣士になるでしょうが、それでもエルフの中では強いというだけです。とても最強クラスの人間と闘わせられるとは思えません」
「やっぱりローレンティアは冰力使いにさせるべきだと思う?」
「常識的に考えて、ですね。でもマスターの決定事項を覆そうとは思いません。どうぞ、哀れな下僕の意見だと思って聞いてくださいませ」
「よし決めた。セシリアを剣士にする」
「……。……さすがマスター、一刀両断がお早いことで」
「もちろんできる限り彼女の冰力を有効に使える戦法を編み出すよ。それでも彼女には剣士になってほしい」
大賢者が育てるのだ、平凡な剣士になっては困る。
彼女だけの、オリジナルの戦法でもってセシリアを最強の剣士にする。
なんと素晴らしい考えだ。
なんと面白いことだ。
これほどの娯楽がいままであっただろうか。
ベルティスは、自分がいまとてつもなく興奮していることに驚いていた。
「途中で逃げ出すかもしれませんね」
ベルティスの感極まった表情に、ローレンティアは小さな疑問をぶつける。
確かに、最強を目指すにはそれ相応の努力が必要だ。
それに耐えかねて、セシリアが逃げ出してしまう可能性は充分に考えられる。
「いや、彼女は逃げないよ」
「まさか洗脳?」
「あんな小さな子にそんな物騒なことしない。いいかい? セシリアはあのとき「よろしくお願いします」と言ったんだ。あれはもう、自分の運命から逃げないっていう決意の表れだ。彼女は逃げないよ」
セシリアは弱い自分があまり好きではない。
ベルティスはそれを汲み取り、彼女に手を差し伸べた。
彼女は、その手をとったのだ。
「よし、さっそくセシリアに話をしに行こう。明日から体力づくりだ」
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