Episode003 理由と決意



 冰結宮殿、フィネアネス皇国領。

 702階層、ベルティス宅。


「やっぱり怖がってるのか」


 セシリアはさきほどから、部屋の隅っこで縮こまったままだ。

 本能的に、ベルティスとローレンティアの強さを察知してしまっている。

 こちらとしてはどうしようか困りものである。


「あの子、喋れないのでしょうか」


「たぶんね。エルフだから、ありがとうとかそういう単語しか喋れないんだろう。教えてあげたいのはやまやまなんだが、セシリアがあの状態じゃあ……ね?」


「……どうしてわたくしを見るのです?」


 頬杖をつきながらベルティスが言えば、ローレンティアは不思議そうに小首を傾げる。

 

「いや、見た目が大人な女性だから……君ならなんとかセシリアの緊張を解きほぐせないかなと思いまして」


「……やってみます」


 ローレンティアは大人な女性的外見の持ち主だ。

 怪力ぶりさえ除けば、彼女は母性が強い。


「セシリア、というのですね」


「…………」


「これからわたくしのマスターがご迷惑をおかけいたしますが、どうか末永くよろしくお願いいたします。この愛くるしい顔立ち通り、マスターにはちょっぴり天然が入っておりまして、たまにおバカをいたしますことがありますが、笑って許してあげてください」


「…………」


「ふむ。マスター、もう彼女は怯えてませんよ」


「ほんと?」


 確かにいまのセシリアの様子は、さきほどよりもよくなっている。

 ローレンティアに撫でられているセシリアは、少しだけ緊張を解いていた。

 

「ほら……ちゃんとマスターにご挨拶を」


「ローレンティア、君とセシリアは違うんだ。彼女にマスターと呼ばせるのはおかしい」


 ローレンティアは小さく肩をすくめ、セシリアの背中を軽く押す。

 セシリアはゆっくりと見上げてきた。


「……お兄ちゃん……」


 一度、初めて『お兄ちゃん』と呼ばれたときは驚いたものだ。

 勇気をふりしぼって、彼女がベルティスのために大声を出してくれたのだ。

 

「…………お兄ちゃん、リア、……ぶたない?」


「ぶたないさ。こんな可愛い女の子を誰がぶつものか」


「……リア、弱い」


「知ってる。だから買ったんだ」


 ベルティスがセシリアを買った理由。

 それはひどく単純なものだ。


「基礎体力は20とちょっと、敏捷、筋力は軒並みエルフの平均以下。ただ見た目がちょっといいってところの、いわゆるどこにでもいるエルフ。これでもし、エルフの言葉じゃなくてこっちの言葉を流暢に喋れたらよかったんだろうけど……」


「…………」


「つまり僕にとって育てがいがあるってことだよ」


 確かにセシリアのステータスは平凡で、これといった特徴もない。

 ある程度の鑑定能力を持った人間がセシリアを見てしまえば「おまえは平凡だ」と投げかけてしまうかもしれない。


「改めて君を購入した理由をちゃんと説明しよう。もう一度自己紹介するけど、僕の名前はベルティス・レオルト・エルマリア。歳は……21でよかったか?」


「前世の年齢を考えなかったら、です」


「そそ。精神年齢はおっさんだけど、肉体年齢は21歳の若者だ。隠れて『賢者』やってる」


「……1000年前と違って今では絶滅種ですけれども」


「それで僕の職業『賢者』による固有スキル、『魔眼』のステータス鑑定によってセシリアのステータスを鑑定させてもらった。これには表のステータスと裏のステータスがある。いわゆる裏のステータスは僕のような『賢者』じゃないと測れないものだ」


 裏のステータスとは、今現在彼女のステータスではなく、今後の努力次第でのびるかもしれない伸びしろの面。


「君をあのまま奴隷市場で、誰かのメイドやら鑑賞対象にしておくのはすごくもったいない。君は才能型ではなく、努力型の人間……じゃないエルフだ。僕の知識と君の根性さえあれば、君は最強のエルフになれる」


 ……通じてない、のか?

 言葉が難しすぎて、エルフのセシリアには理解できないのだろうか。

 

 じっと、セシリアの愛くるしいまん丸の瞳がベルティスを見上げる。


「…………よ」


「よ?」


「よろしく……お願、い……します」


 ふわふわの銀髪が地面につきそうなほど、頭をさげるセシリア。

 難しい話は分からなかったかもしれないが、ベルティスが悪意を持って接しているわけではないと悟った様子だ。

 自分の奴隷としての境遇を受け入れ、ベルティスのもとで新たな人生を歩もうと決意した表情。

 なんとも頼もしい信念だ。

 愛情を感じずにはいられない。

 そうでなければ面白くない。


「ど、どどうしようローレンティア! セシリアがぺこって……セシリアがぺこって僕にお願いしてる! これ写真に撮っちゃダメかなっ?」


「落ち着いてくださいマスター。教育者魂がさっきの一言でただの親バカに変貌しつつありますよ」


「だって可愛いから」


「マスターの決定事項に逆らうわけではありませんが、このローレンティア、セシリアに嫉妬しそうです……」


 大人っぽい彼女がツンとした表情でそっぽを向いている。

 ローレンティアはベルティスにとって忠実なしもべ・・・・・・・の一人だが、やや独占欲が強い。


「じゃあローレンティアにお願いがある」


「なんなりとお申し付けくださいませ」


「1000年前、君達と死闘を繰り広げた仲だからこそのお願いだ。セシリアに言葉を教えてほしい。言葉がないと伝わらない。伝わらなければ楽しくない。楽しくないジンセイなんて、なんのために現世に転生してきたんだって話だよ。君もそう思うだろ?」


 その言葉に、ローレンティアは妖艶な微笑を浮かべた。

 膝をつき、重々しい仕草でこうべを垂れる。


「なんと欲深き人間でございましょう。さすがは大 賢 者サクスヴェーダ様、あなたの快楽を追求するその姿勢、わたくしはとても大好きでございます」


 ローレンティア。

 またの名の《黒血のバーサーカー》。

 

「元四皇帝魔獣、ローレンティア。千年前にあなたに敗れてから、わたくしはあなたのものとなりました。輪廻転生しても、あなたに尽くしてまいります」


「よろしく頼む」


 ここに来たれり。

 大賢者の生まれ変わりとしてこの世に生まれ落ちたベルティス。

 四皇帝魔獣の一人ローレンティアが、さっそく輪廻転生の気配に気づいて接触してきたのは、ベルティスが三歳になろうかというタイミングだった。


 そしていま。


 賢者ベルティス、元四皇帝魔獣の一角ローレンティア。


 最強のエルフを誕生させるため、再び手をとりあった。

 


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