Episode002 魔眼




 魔獣がはびこり腐敗した大地に、神のご慈悲によって建設された巨大な塔がある。

 その名も《冰結宮殿》──

 最上階層は783階層。

 1階層から400階層は人間が積極的に足を踏み入れない未開拓地。

 401階層から500階層をエクスタリア王国が支配し、501階層から上階層をフィネアネス皇国が支配している。


 ベルティスが主に活動しているのはフィネアネス皇国領内。

 

「セシリア、まず髪を洗おうか」


 太鼓腹男を従業員がなだめてくれたおかげで、無事セシリアの購入手続きを済ませることができた。あとは家に連れて帰るだけだったのだが、さすがにこの煤だらけの顔と汚れた衣服では悪い注目を浴びてしまうということで、風呂屋に連れてきている。

 

「と言っても、君を買うために全財産の三分の二を使っちゃったから、高いところにはいけないんだけど」


 笑いかけても、セシリアはなんの反応も示さない。

 おそらく男に警戒しているのだ。あるいは恐怖か。

 自分はこれからどうなってしまうのだろう、そんな感情だろうか。

 

 正規の奴隷市場から購入したランクの高い奴隷なので、購入特典として契約の首輪を渡されるが、これは持ち主の考えが優先される。絶対服従させたいなら使っても良し、善良的に奴隷を迎えたいなら嵌めなくても良し。

 セシリアが脱走、あるいは他人に危害を加えるようには見えなかったので、ベルティスは首輪を鞄の底深くにしまっていた。


 せめて喋ってくれないかなと期待しながら、

 

「セシリア、ここが風呂屋だぞ……おんぼろだけど」


 セシリアを風呂屋のなかへ。

 店の人間に一人分の料金を払う。


「あんた……その子どうしたんだい?」


「ゆ、誘拐じゃないですから。ただ遊んで泥だらけになっただけですから!」


 店の人間に不可解な視線をもらいながらも、ベルティスはセシリアの腕を引っ張る。

 風呂屋といっても、ここは個室のシャワータイプ。

 嫌がる様子のないセシリアにシャワーヘッドを近づけて、温水で汚れを落としていく。


「一人でできる?」


 頭はともかく、服を脱がせるわけにはいかない。

 セシリアはこくんと頷いた。


「よし、じゃあ外で待ってるから。終わったらこの服を着るんだ」


 好意で店側に用意してもらった服を置いてベルティスは外で待つ。

 しばらくして、小綺麗になったセシリアが出てきた。

 綺麗な銀髪で、澄みきった蒼色の瞳が特徴的だ。


「おぉ可愛い。エルフだからやっぱり耳が長いんだな……」


「…………と」


「ん?」


「ありがとう、ございます」


 セシリアがぺこりと頭をさげる。

 礼儀正しい、とてもいい子だ。


「君を購入した理由なんだが」


「……?」


「僕は人より少しだけ目がよくてな、人の個性とか特性とかよく分かるんだ。簡単に言えば……気に入ったってことになる。いわゆる一目惚れってやつだよ」


 セシリアはきょとんとしている。

 直感の話をされても子どもは楽しくないだろう。


「詳しい話はお家に帰ってからしよう」


 風呂屋から出て、セシリアの手を握ろうとするが、セシリアはまだ少し怖いようだ。

 仕方ないと割り切るしかない。

 ──と。


「いたいた。こいつだよ、ロッキーさんに無礼を働いたっていう男」


 街の路地裏からひょっこりと顔を出してきたのは、柄の悪そうな二人の男。

 一人は街中なのに短剣を抜き身で構える細身男。

 もう一人はやや横に大きな筋肉質の男。


「あんたには悪いが、ちょっと締めてこいって言われてるんだ。一回ボコらせろ」


「それはちょっと嫌かな……」


「おいおい腰が引けてんぞ…………お?」


 明らかに細身男の興味がそれたのは、ベルティスの背後で縮こまっていたセシリアの存在を見たあとだった。

 煤だらけのボロ少女が一変して、さぞ美しく見えるだろう。

 細身男は見るからに鼻のしたを伸ばしている。


「あの男をぼこったら、一回くらいいいよな」


「ああ」


 短いやり取りをかわし、細身男がベルティスを睨む。

 

「セシリア、君はさがってて」


「うん……」



『賢者』の固有スキル《魔眼》を発動。



《──開眼──》


 左側の男のステータス鑑定を開始。

 ブレイク。

 職業『さすらいの冒険者』

 固有スキルナシ。

  

 ──左足に暗器。


 右側の男のステータス鑑定を開始。

 キング。

 職業『見習い傭兵』

 固有スキル『筋肉増強』

 ※一時的に攻撃力を増強。

 

 ──武器無所持。


《──閉眼──》



 ベルティスは低く腰を落とし込み、細身男の攻撃をかわす。腕を強く掴んで投げ飛ばし、地面に頭から叩きつける。驚いたように飛びかかってくる隣の男。相手の固有スキルが発動した気配がしたので、下手に取っ組みをすることなく、相手の攻撃をすべてさばききる。


「くそ!! なんで、こんなほっせぇ男に!!」


 カウンターが狙えない相手の隙をつき、背中にまわりこんで腕を後ろにしめあげる。顔面を地面につけ、足で男の体を固定。

 

「へっ! 背中ががら空きなんだよ!!」


 その隙を好機と見たか、暗器を所持していた男がベルティスに向かって猛然と突っ込んでくる。

 ベルティスは両手片足を筋肉増強のこの男を縛るのに使ってしまっている。

 このままでは、やられてしまう。


「お……兄…………ちゃん!!」


「あぁ、ごめんねセシリア。ちょっとだけ待ってて」


 セシリアの叫び声に、ベルティスの視線は暗器使いからセシリアの方角へ。

 隙だらけのベルティスに勝利を確信した細身男は、にやりと笑う。


「死ね───ッ!」



「我がマスターに向かってなんたる口の聞き方でございましょう」



 男の目の前に、突如現れた長髪の女性。

 いつの間に、なぜ。

 いや、この女性はいったいどこから現れた?


「その汚らわしい顔を地面に押し付けなさい」


 ただ女性が男の頭を掴み、優雅に地面に押し付けた。

 それだけで、男の頭は奇怪な音を立てて地面にのめりこんでいく。

 

「やりすぎだローレンティア。さすがに死なれたら困る」


「も、申し訳ございませんマスター。……でもマスターに死ねなどという罵詈雑言は、わたくし聞きとうございません」


 ローレンティア。

 すらっとした肢体に、男を魅了してやまない豊かな胸。

 黒髪の三つ編みを肩から流した妖艶な女性は「でもマスター」とベルティスの足もとへ視線を送る。


「そちらの男は、すでにのびて昇天なさっています」


「……そういや僕、ここ最近は一般的な人間と闘ってなかった気がする……。力加減間違えた?」


 とにもかくにも、ベルティスは大柄の男の状態確認。

 幸い肩を脱臼しているだけで、死んだわけではなかった。


「ふふ、マスターはうっかりやさんですね」


「……面目ない」


「そんなマスターも可愛いのですけれど…………あら?」


 ローレンティアは、少し離れた場所で肩を震わせているセシリアの存在に気付く。

 

「なんと可愛らしいお嬢さんでしょう。マスター、このかたは?」


「エルフのセシリア。一目惚れして買ったんだ」


「まぁ、わたくしという存在がいながら一目惚れとは……。言いたいことは山ほどありますがとにかくこの場を離れて自宅に戻りましょう。ここは人間が多くて嫌です」

 

 

 


  

  

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る