冰結宮殿のサクスヴェーダ ~人間味のない最強賢者が奴隷エルフを愛でたり育てたりする話~

北城らんまる

第一部 成長編(13歳)

Episode001 奴隷エルフ



 冰結宮殿、682階層。

 フィネアネス皇国領、とある街にて。


 白髪の青年は奴隷市場に訪れていた。

 

「……エルフか……」


 清潔感がある市場。

 皇国が正規で認めている市場だ。ここで取引される奴隷はすべて正規品で、食事や衛生面の管理も徹底されている。

 本日、エルフ族が入荷されたらしい。見た目年齢は16歳だが、実年齢や細かな容姿、ステータス等は発表されていない。


 エルフが入荷されたという噂だけで、奴隷競り市場の客席は満席に近い。奴隷コレクター、風俗店の店主、貴族のバイヤーというのが主な面子だろう。

 

「お待たせいたしました、本日の目玉商品のご登場でございます。名はエルリア・エル・マキアリス。出身地は300階層よりもさらに下層、なんと200階層大森林地帯! まさにエルフのなかのエルフといっても過言ではないでしょう!!」


 司会者の快活な声音とともに、壇上へ引き出された麗しの少女。

 なによりも目を引くのは長い銀色の髪だ。

 やや幼げな顔立ちと対照的な成熟しきった双丘は、会場中の男の視線を掴んで離さない。

 目玉商品とだけあって服飾も美しい。


 さっそくとばかりに値段を提示する司会者。それに二倍五倍と値段を吊り上げていく客人。

 優勢なのはやはり貴族のバイヤーだろう。

 特に会場の真ん中で札をあげる燕尾服のバイヤーは、値段の上昇に躊躇がない。


「…………やっぱ僕にはムリだな」


 落胆する白髪の青年。

 もともと奴隷がほしかったわけではない。

 けれど、エルフという種族には興味があった。

 だから本日、会場に来た。

 

 ただそれだけだ。


「終了でございます!!」

 

 司会者の声で奴隷競りが終了。予想通り貴族のバイヤーが高額で買い取ったようだ。バイヤーはさっそく依頼主と法具で連絡をとり、その喜びを分かち合っている。

 

 解散していく人々。

 白髪の青年は最後まで会場に残り、壇上に立っていた銀髪少女の残像を見つめる。

 しばしして。


「もうすぐ店を閉めるんだ。早く出て行ってくれないか」


「あ、すみません」


 こちらを身なりから階級の低さを見て取ったのか、やや鬱陶しそうに言う従業員。

 

「……今日、どうして二人目のエルフを売りに出さなかったんですか?」


「なんだと?」


「二人目のエルフですよ。両方とも売ればがっぽり儲けられるだろうに、出てきたのはあの美しい銀髪の女の子だけ。……あ、もしかして明日にサプライズ登場させるんですか?」


「あんた、その話どこで知った」


 明らかに表情が険しくなる男。対し白髪の青年は、あまり表情を変えない。


「僕は人よりちょっとだけ勘がいいんですよ。エルフ独特の冰力(ひょうりき)がもう一人……たぶんあの、薄暗い廊下の向こうからするんです」


「冰力使いか…………」


「ああ。だから、どうして競りに出さないのかなと思いまして」


「悪いこと言わねぇ、そのことはあんたの心の奥に留めておきな。どうせあんたには関係ないんだ」


 あくまでかわそうとする男は、そのまま向こうへ行ってしまおうとする。

 と、そのとき。

 ちょうど白髪の青年が指さした方向から、女の子の悲鳴が迸る。

 走って来たのは全身煤だらけの少女。年齢は13歳くらいで、貧相な体つき。それに反して大きな目が、ぎょろっとしている。


「どこに行くんだえ、小娘!!」


 ぼよんぼよん。

 そんな擬音語が見事に当てはまりそうな体つきをした、ご立派な腹をお持ちの男。声はどこか甲高く、手にはいかめしい宝石類がギラギラ輝いている。

 狸男を止めるのは、少し年老いた従業員。


「こ、ここ困りますロッキー様!! いくらこのお店を贔屓にしてくださるあなた様でも、商品への乱暴は価値の低下につながりますゆえ!!」


「何を言ってるんだえ! 乱暴にはしていないえ、ただ少し体を見せよと言っただけだえ! 暴れたのはあの娘のほうだえ!!」


「エルフは純潔性を売りにしております! お戯れはおやめくださいませ!!」


「ええいうるさい従業員だえ!! ボクのおとーさまに言いつけてやるえ、それでもいいのか!? あっ!?」


 あの太鼓腹男が少女に乱暴を働こうとしているが、オーナーらしき男は、商品の価値が下がるので止めたいようだ。

 

「……もしかして君、さっきの綺麗なエルフさんと一緒に連れてこられちゃったのか?」


 太鼓腹男から逃げてきた少女は、白髪の青年の背中に隠れている。

 それをいいことに、青年は堂々と会話を続けていく。


「君、名前は?」


「せ……セシリア……」


「セシリアって言うのか。可愛い名前だな」


 撫でれば、セシリアは戸惑いがちな表情を寄越す。

 この男が敵か味方か迷っている様子だ。さきほど乱暴されかけたので、当たり前の反応だろう。


「ちなみに僕の名前はベルティス。ベルティス・レオルト・エルマリアだ。今から君を購入するけど、もともと奴隷だからいいよね?」


「……?」


 きょとん、と。

 おそらくベルティスから悪意というものを感じないからだろう。セシリアはただ不思議そうに首を傾げていた。


「嫌って言わないなら別に構わないよな」


 ベルティスはそう言い、混乱の渦中にいる太鼓腹男と従業員に話しかける。


「この子を買いたいんです。いくらなら買えますか?」


「なんだえ貴様は!? いきなり割り込んできて、とぉっても無礼なのだえ!!」


「お、お客様それは困ります! この娘は……」


「今日、あの銀髪のエルフさんと一緒に売られるはずだった子ですよね? でもそこにいらっしゃるロッキーさんがこの娘をいたく気に入ってしまい、今日の競売にかけられなかった」


 図星なのだろう、従業員は押し黙っている。

 かわりにしゃしゃり出てきたのは太鼓腹だった。


「そこまで分かっているのなら貴様も分かっているだぇ、この娘はボクのもんなのだえ!!」


「じゃあなぜ購入しないんですか?」


「ぬぐ……」


「購入すればセシリアを好き放題にできる。でもこの男のかたはセシリアを商品と言った。……ってことはつまり、店のお得意様であるロッキーさんはセシリアを購入していない。……ですよね、お店のひと」


「そ、その通りでございますお客様」


 これの確認さえできれば、ベルティスは大満足だった。


「ロッキーさんに購入の意思がないなら、いまこの場で僕が買い取っても問題ないですよね」


「えぇ……ですがエルフは競売にかけることで店のとしての……その利益が……」


「ちなみに次の競売の予定はいつ?」


「そ、それは……」


「長引けば長引くほど、購入予定のないお得意様がセシリアを独り占めにする。そこでセシリアに乱暴を働けば、一気に商品価値は下がる。それでもし、傷物になったセシリアを誰かに安く買い叩かれでもしたら、店に正当な利益は入ってこないですよね?」


 オーナーは、チラチラっと隣のロッキーを窺っていた。

 太鼓腹よろしく、胴と頭が直接つながっているロッキーは、脂ののった頬を真っ赤にそめて今にも噴火しそうな顔をしていた。


「そ、それはボクへの侮辱発言なのだえ!! 誰の許可を持ってボクにそんな言葉をかけているんだえ!?」


「──どうなんです、お店のひと」


「無視するんじゃないえ!」


 かっちりと正装を着こなしたオーナーが、背筋をすっと伸ばして、


「おいくらくらいで買っていただけるのでしょうか、お客様。競売で贔屓は致しかねませんが、直接のご購入ですとロッキー様のようなお得意様をうちの店は大切にしております」


「そうですね、とりあえず値段はこれくらいで……」


 値段を提示すると、オーナーは思わずと言った様子で「こんなに?」と呟いた。

 横からソレを盗み見たロッキーが、ことさらに青筋をたてる。


「き、貴様のような身分の低い若造にこんな大金払えるわけないえ! 嘘をつくのはやめるのだえ!!」


「このあいだ臨時収入がありまして……。で、どうです? これではやっぱり少ないですか?」


「いえ、この子の価値通りのお値段でございます。きっとあなたは、この娘の真価を見抜いてここまでの大金を用意してくださったのですね」


「ええ、セシリアはこれくらいのお金で妥当かと。見た目もとても可愛いですし」


「ありがとうございますお客様。それは契約書の準備を致しますゆえ、別室への移動をお願いできますか?」


「もちろん」


「貴様らボクを無視し続けて本当に良いと思っているのかえ!?」


 お得意様だけを贔屓するオーナーではないようだ。店のため、あるいはロッキーというモノ好きな男より、謎だが真面目そうにみえるベルティスのほうが、セシリアの持ち主として相応しいと思ったのかもしれない。

 どうあれ、ベルティスにとっては好都合だ。


「行こう、セシリア」


 この日。

 ベルティスは人生で初めて奴隷を購入した。


 

 

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