第五十話 建築

[客観視点]

モーター王国改めノートン王国の隣にある森林を国立公園にするため、プロの建築家を五人呼び寄せたランドール。

建築家たちの話によれば、百人の作業員を集めれば三日で防壁が完成する、とのこと。

その作業員たちが素人でもかまわないと聞いたランドールは、さっそく国民たちを総動員することに。



まずランドールは、使用人たちを明け方に呼び出し、計画を説明した。

「…建築家たちには設計をしてもらっているし、実際の作業では指揮を担当してもらう。つまり、あいつらの手足となって動くやつらが必要ってわけだ。そこでお前らにやってほしいことが」

「お言葉ですが、我々にはほかの仕事がございます。城を管理したりしないと。それに、力仕事はどちらかというと」

「わかってるよ、んなこたぁ!…何もお前らに直接やれって言ってるんじゃない。やってほしいことは二つある。一つ、この城の前に国民たちを集めること。もう一つ、捕虜を説得して懐柔することだ…無理なら洗脳してかまわん」



朝っぱらから城の前に召集された、大勢の国民たち。

彼らに命令を下す役割は、ランドール自ら担うことに。

「ようし、よくぞ集まってくれた。では貴様らに命令する」

「命令だと?お前が?」

「聞く耳持たないわ」

「帰ろう、帰ろう」

一斉に引き上げようとする国民たち。

「てめえら!命惜しくはないのか!?」

ランドールは怒鳴りながら、火球を一発、国民たちの足元に向けて放った。

ドゴォッ

地面の石畳、その火球を食らった箇所だけが、直径一メートルほど深く抉れる。

その周囲にいた六人は転倒。ほかの者たちも、火球の威力を見て真っ青に。

「いいか?いま現在、この国を支配しているのはこの俺、ランドール・ノートン様なんだぞ!つまりお前らの命を牛耳ってるのは俺だ!よく覚えとけ」

こうしてランドールは、国民たちを恐喝して従わせることに。

「お前らを、五つのグループにわける。建築家は五人いるからな。あいつらの設計した通りの防壁を、あいつらの指示に従って作れ」



国民たちが作業に向かったのを見届けると、ランドールは、魔術によるトラップの仕込みを行った。専用の魔法薬に、トラップ用の魔術を投入して液体を作る。これを壁に塗りたくることで、従来の短期的な効果ではなく、少なくとも五年はトラップが仕掛けられた状態になる。

完成した液体の入った壺を自分の専属メイドに渡し、壁ができあがったら国民たちに塗らせるよう伝えると、ランドールは自分の部屋に戻り、ベッドに潜り込んで眠りについた。

謀反に成功してから一睡もしていないので、さすがに起きていられなかったのである。



では、防壁造りの進捗を見ていこう。

まずは骨組みからスタート。高さ十メートルはあろうかという鉄骨を、国と森の回りを一周させるように建てていき、間に鉄筋を張り巡らせる。最初は国民たちだけでとろとろと作業していたが、懐柔された兵士たちが途中で参加。さらに資材運びにはモナカとティラノ軍団も加わり、作業スピードは向上。この日の夕方までには、骨組みの三分の二ができあがった。

建築家と作業員たちは夕食を兼ねた休憩をとることに。食事は、モーター…もとい、ノートン王国の使用人たちが提供。ランドールの専属メイドは、主君の様子を見に行ったが、ドアには鍵がかかっており、ドアをノックしても出てこないので、眠っているものと判断。夜中の作業は危険ということで、その日は国民たちも建築家も睡眠に入った。敵が迫ってきたりして台無しになるといけないので、ティラノ軍団とモナカ、メウボシ、タクアス、ノゾワナ達が交代しながら外を見張ることに。

翌日の正午、骨組みが完成。

次は、木製の型枠で骨組みを囲んで、建築家たちが事前に作っておいたコンクリートを流し込む。ちなみにこのコンクリートは特殊な魔法薬を含んでおり、軽くて素人でも扱いやすく、かつ短時間で乾燥するように改良されている。懐柔済みの魔術師が合流し、作業はさらにスピードアップ。この作業は二日目の夕暮れには終了。

コンクリートが固まるのを待ちながら、魔術師たちはトラップ用の液体を作ることに。ランドールが作ったぶんだけでは足りないと、建築家が指摘したからだ。一方、それまで作業に取り組んできた国民たちや兵士は、再び休憩を開始。

そして三日目、いよいよ仕上げに取りかかる。コンクリート壁にトラップ液を塗っていくのだ。この作業についてはさほど時間はかからず、朝に始まって正午には完成した。



そして、その日の夕方。

ランドールは慌てて飛び起きた。部下に任せっきりにして見張りを怠ったことに、いまさら身の危険を感じたのである。

何てことをしてしまったんだ…。

ランドールは、隙だらけの自分を嘆いた。思い返せば、排泄のために起きては眠った記憶が、何度かある。二度寝、三度寝と怠惰を繰り返すとは、何たる不覚。敵襲がなかったのは幸いだが、それにしたって部下の手抜き工事がないとも限らない。

ランドールが頭を抱えていると、ドアをノックして専属メイドが部屋に入ってきた。

「お目覚めですね、ランドール様。お食事をご用意いたします」

「あ、ああ。それもいいんだが、その…」

「何でしょう?」

確かに腹は減っている。だが防壁の様子も心配だ。

「…壁の工事が進んでるか、見てきてもいいか?すぐ戻ってくるから」

「でしたら、どうぞ。お食事をお持ちするまでに少し時間がありますし、完成した防壁をご覧になってきてください」

完成した…自分が、眠っている間に。

「…俺は、どのくらい寝ていたんだ?」

「そうですね、三日前の朝からですので」

「じゃあ、時間にして二日半も!?」

「左様でございますわ」

ランドールは、ダッシュで城の外へ向かった。



灰色のコンクリート壁は、夕日の影響で橙色を帯びている。国と森とを一まとめにぐるりと囲んではいるが、下のほうにはいくつかの出入り口が。川も塞がないよう、アーチ状の通り道が用意されている。さらに階段も用意されており、除き穴から外を見張ることも可能。

こんなに簡単に防壁が完成するとは!!

ランドールは感心しながら、一通り壁を見て回った。



[ランドール視点]

俺が寝坊してる間に完成しちまったのはシャクだが、出来映えには目を見張るぜ。

だが内見ばかりしている暇はない。防衛システムができあがった以上、次は内政に目を向けないとな。

リニア政権のときは、内政の大半をルイージが管理していた。やつの残した資料を参考にするのがスタンダードではあるが…もしそのほとんどをやつが持ち去っていたら、ちと難儀な話にはなってくる。

だが内政といっても、所詮は異世界。こんな剣と魔法の国では、せいぜい国民の取り締まりと食料・物資の保管、建物の調査くらいだろう。


…いろいろと思考を張り巡らせていたら、腹が減ってきた。

二日半も何一つ食わずに寝ていたんだ、脳の栄養が足りてねえ。

具体的なことは、夕食を終えてから改めて考えるとしよう。



で、本日の献立だが。

野菜サラダ、白パン、またしても正体不明の肉。

今回の肉は身が茶色く、皮が銀色。平たく七枚に切られていて、食感が鰹のタタキに、味がローストビーフに似ている。…魚だろうか?

それと、デザートの小鉢。一口サイズのリンゴとメロン、そして果肉が黒いオレンジ。

飲み物は、今回も杏仁豆腐味の白い液体。


食べ物に手をつける前に、ふと気になったことが。


「あ、一ついいか?」

部屋を出ようとする専属メイドを呼びとめる。

「何でしょう?」

「お前は俺の専属なんだよな?」

「はい」

「だったら、俺の仕事を手伝ってくれないか?ルイージみたいに」

「私がルイージ様の代わりに!?アッハッハッハッハ!!」

突如、爆笑するメイド。普段は落ち着いてるのに、珍しいな…。メイドはヒィヒィと呼吸を整え、両目をハンカチで拭った。何だよ、涙が出るほど可笑しかったのか?

「俺がそんなに変なこと言ったか?」

「へ、変ですよ。だって、フッフッフ、できるわけないじゃないですか」

「そりゃあ、最初から完璧にやれとは言わんが、しかし」

「ルイージ様が内政を担当できるのは、政治に関する知識があってのこと。私は城に仕えるための教育しか、受けておりませんので」

「いまから勉強したらどうだ?資料を読み漁ったり、図書館で」

「無理です!」

メイドは、きっぱりと断りやがった。その様子には、マイナスの感情は一切見られず、寧ろ自分の立場に一定の誇りすら持っているように思えてくる。

「そこを何とか…」

「お言葉ですが、メイドの仕事はとっても忙しいんです。その上、私はメイドの中でも高い立場にいますから、下っ端の管理や教育をしないと。だから、政治を学ぶ暇なんてないんです」

「そんな…」

「政治はご自分でなさるか、人手が欲しいならほかを当たってください。その代わり私は、あなた様の身の回りのお世話に関しては、責任をもって担当させていただきますからね」

「…欲のねえやつだな、お前は」

「欲?」

“欲”という概念すら知らないとでもいうような、キョトンとした表情。リニアみてえな顔すんな、ムカつくから。

「いや、あれだ。出世のチャンスを与えてやろうと思ったのに」

「嬉しくないです。できそうもないことに手を出して、挙げ句余計な責任が新たに乗ってくるなんて」

「考えようによってはそうだが、しかし」

「皆が皆、あなた様のように上を目指すわけではないのです。従属する立場に甘んずることもまた、選択肢の中の一つですから」

それが、こいつの理想なのか?…というより、そもそもこの世界の住民はそういうやつが多いのかもしれない。一部の権力者か野心家でないと、自由を求めるという発想に至ることすらできないのだろう。



[客観視点]

翌朝、ランドールはさっそく、ルイージの部屋(のはずなのだが、いまとなっては彼がリニアとともに国外逃亡したため、誰の部屋ともいえない状態にある)を探ってみることに。

この国の内政を調べるためである。



部屋に入ってさっそく、ランドールは目を丸くした。

資料という資料が、どこにも見当たらないのだ!

まず本棚がない。そして、机の上にも書物や書類といったものは、ない!

ランドールは机の引き出しを開けた。が、まさかのからっぽ!

そんなはずがない!!ランドールは頭をフル回転させた。どこかに仕掛けがあって、そこに隠してあるのか?

…が、よくよく考えたことで、ある一つの結論にたどり着いたランドールは、がっかりした様子でハァ、とため息をついた。


ルイージ・グリーンは潔癖症だから、自分の部屋に紙類を極力置かないのだ。

紙を放置しておくと埃の原因になるし、こと異世界においては虫がくこともすくなくない。

だからきっと、自分の部屋以外の場所に、重要な書類をまとめて隠してあるはず。

ランドールは、城の地下にそれらが眠っていると予想した。



城の地下は、半分が牢獄、二割が倉庫、残りの三割が資料室。

牢獄は城の一階にも存在するのだが、スカウト予定の実力者や要人を捕らえておく一階と違い、地下牢は奴隷や下級兵士にするための捕虜を押し込めておくことが多く、また拷問部屋を兼ねているため、部屋ごとに物騒な拷問器具が備えつけられている。

倉庫に関しても、あまり使われない武器や道具が置かれており、よく使うものや食料などは、もっぱら地上の倉庫に。

このように、地下は基本的にあまり重要ではないものを保管しておくことが多い。

しかし資料室だけは、ルイージや彼の部下が出入りすることが多く、定期的に掃除されることもあるという。また、資料室の出入りには鍵が必要であり、何か重要なものが隠されている可能性も。


ランドールは、専属メイドに鍵をもらい、地下の資料室に足を踏み入れた。


手持ちのランプだけが室内を照らしているため、かなり暗く、ランドールの目の前以外はほとんど見えない。その上なまじ広いようで、ズラリと並ぶ本棚がどこまで続いているのやら。

が、埃やカビなどといった臭さは感じられないのが、この部屋がいつも掃除されている証拠。

各本棚の側面には、その本棚にどんな種類の資料が置かれているのかが、木のプレートに書かれて掲げられている。

“国民名簿”、“国内生産記録”、“貿易記録”…。

ランドールは、各資料のうち一番新しいものを探すことにした。



[ランドール視点]

いくつか引っ張り出してみて、妙なことに気づいた。


直近一年以内に作られたと思われる資料が、ない!


本棚の中身は、上段の左が最も新しく、右下に向かって古くなっている。その法則は間違いないはずなのだが…。

一番新しい資料に、俺の名前も塩田のことも、乗っていないのだ…つまり、俺がこの世界に来てからの記録が。

まだ書かれていない可能性も考えたが、ルイージの細かい性格、ほかの資料が一週間置きに小刻みに作成されていることも踏まえると、作ってはいたがわざとどこかに隠した、と考えるのが無難。

あるいは、この前の謀反の際、やつらが持ち去ったか…。

どのみち、一年以内の資料を探すのは不可能に近い。


…しゃあねえ、ここに残ってる古い資料をもとに、自分で作成するか。

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