第四十九話 森林
[客観視点]
ランドールがティラノサウルスの巣の前で見張りをしている頃。
国内では、せっせと使用人たちが作業に取りかかっていた。
倒れているモーター軍の兵士と魔術師を、まずは息があるか確認し、生きていれば捕虜にする。それが、ランドールから与えられた使用人たちの任務。
“支配者が変わったから”という理由で、味方であるはずの兵士たちを捕縛させられるのは理不尽…かと思いきや、意外にも“やらされている”といった様子はない。寧ろ日頃の鬱憤を晴らすいい機会だとでも解釈しているのだろう。現に作業しながら
「ざまあ見なさい、なっさけない」
「日頃からえらそうにするから、バチが当たったんだぜ」
「これ、私たちも下剋上してることになるわね」
などとほざいたり、笑ったりしている。
特にメイドたちは乗り気のようで、気絶した兵士と魔術師を一人、また一人と、荒縄や枷を使ってしっかり縛り上げる。そして拘束済みの捕虜を、執事たちが二人一組で城へ運んでいく。
手際のよさを女が発揮し、力仕事を男が担うという、洗練されたチームワーク。これはランドールが指定したわけではなく、あくまでも彼らが日頃から数多の仕事をこなして身につけた習慣なのだ。
[ランドール視点]
せっかく乗っ取った国を留守にしているので、気が気じゃねえ。専属のメイドと、獣人のモナカに見張りを頼んではいるが…。
だが現時点ではティラノ軍団を優先せざるを得ない。リニアが隙を狙ってくるとしたら、まずティラノ軍団から片付けようとするだろうしな。
それに国の周囲にはトラップを仕掛けたから、敵襲があれば音や光ですぐにわかる。トラップだけで安心はできないが、何かあったら駆けつけて様子を見ればいい。
国内で謀反が起きる可能性も考えたが、いまのところ意識があるのは使用人と一般国民だけ、つまり非戦闘員ばかり。いざとなったら、俺がねじ伏せることは簡単だ。
さぁて、見張ってるだけだと眠くなっちまうし、具体的な策を立てるとしようか。
まず最優先は、この森をノートン王国の敷地に含める方法。
王国から近いとはいっても、これだけ大きな森林をぐるりと囲むには、それ相応の建築が必要になる。それにただ囲ったところで、敵が入ってきては意味がない。
“技術の国”にでも出向きたいところだが、あまり国をがら空きにしたくはないし、睡眠も取りたい。今晩だけならまだしも、寝ずの番は命取りだ…特にこんな、野蛮な世界においては。
うう、駄目だ。考えごとをしてると、余計にうとうとしてくる。
座っているとそのうち居眠りしちまうから、体を動かそう。
ついでに森の中を見回りでもするか。
使える材料とか、何かヒントがあるかもしれねえ。
ティラノ軍団の巣穴から目を離すのはちと怖いが、トラップを仕掛けてあるから大丈夫だろう。
巣穴を出て、森林を探索。
しかし夜の森は真っ暗で、月明かりだけが頼り。
どんな危険があるかわからねえ。警戒して進まねえとな。
金色の翼で上から確認することも考えたが、こう暗いと細部がよく見えないだろうし、自分の姿が目立つと危ない。
というわけで、なるべく音を立てずに歩いてるわけだが…。
ん?木々の間に、何やら橙色に光る点のようなものが。
あれは…
…焚き火か?
何てこった!誰の仕業か知らねえが、火事にでもなったらどうしてくれる!
消しに行かないと。
だが、焚き火があるということは近くに人がいるということ。
リニアたちは本領土に行ったはずだが、だからって油断はできねえ。
息を殺し、足音もできるだけ立てないようにしつつ、それでいて大急ぎで駆け寄っていくと。
「誰だ!?」
火を焚いた張本人らしき声。
しまった、接近に気づかれた!
バシュッ
焚き火のほうから、火球が一つ飛んでくる。
くそっ、相手は敵意丸出しだ!
「撃てーっ!」
別の声が合図になって、立て続けに複数の火球が飛び出す。ちくしょう!相手は複数人だ。
だがそんなに強そうな相手ではない。
こっそりと、やつらのうしろ側に回り込み、
「…コールド・ニュート」
焚き火に冷気の塊を投げつけると。
ボオオオオォォン
急激な温度差による爆発。
「ぐわっ!!」
「ぬぅっ!?」
「ああっ!!」
焚き火の周りにいた連中は、爆発に巻き込まれて転倒したようだ。声からして男二人と女一人、らしい。
正体を確かめるべく近寄ってみると。
「…お前らは!」
相手は三人とも、かつて俺が育成した魔術師団のメンバー。
それも“二つ槍の化け物”たちにモーター王国が襲われた際、逃げ出して行方不明になったやつらの一部じゃねえか。
「しまった!見つかったぞ!」
「報告されるわ!」
「逃げよう!」
俺に背を向けて走り去ろうとする三人。
逃がすかっ!!
「ヴァンパイア・ローズ!!」
薔薇の蔦で絡めとり、三人を確保。体力と魔力を吸いとる。
「クー」
振り向くと、俺のうしろからブルーパンサーが現れた。
「わりぃ、起こしちまって」
心配して来たのか、あるいは単に眠りを妨げられただけか。
「…クー」
ブルーパンサーは、俺が捕まえた三人に鼻先を近づけた。においで正体を探っている。
「く、来るな!」
「いやああぁ!!」
真っ青になる魔術師たち。臆病者め、さすが国外逃亡しただけのことはある。
「落ちつけ!お前らを殺すつもりはない!…まあ、場合によってはそうしても構わんが」
急に静かに。
目の前の魔術師たちは、目と口を真ん丸にして固まってる。まるで
「…リニアのことは心配するな。刀を奪って追放した」
「「「何だって!?」」」
「だからいまは俺が支配者。つまりお前らを生かすも殺すも、この俺次第ってわけだよ。…どうだ?少しは媚を売る気になったか?」
「信じられんな、あのリニア様が」
「でも嘘を言ってるかも!」
「そうだ!お前みたいなホラ吹きを信用できるかよ!ここでは俺たちを許すと言って、リニア様の目の前で処刑する気なんだ!」
「ああ、それなら構わないぜ?こいつはブルーパンサーといってな、強力にして利口、そして俺への忠誠心も高い。晩飯を食ったから飢えてはいないだろうが、夜中に目が覚めて小腹が減ってるかもなあ。クックック…」
「グワァ」
これ見よがしに大きな口を開けて見せるブルーパンサー。
なお実際には、ティラノ軍団が俺の指示で人を襲ったり仕留めることはあっても、味わったり飲み込むといったことはない。少なくともこの世界におけるティラノサウルスは、人間を“ほかの生き物より圧倒的にまずく、腹の足しにもならない”と認識している…と図鑑にも書いてあった。
ブルーパンサーがわざわざ口を開けて見せたのは、おそらく俺の意図を理解し、同調したうえでの行為だろう。
「わ、わかったわ!!協力するから!」
「おい、こんなやつ信じて大丈夫かよ?」
「餌になるよりマシでしょ?」
「俺もだ。頼む、命だけは!」
「じゃあ俺も!」
とうとう命惜しさに頭を下げ始める三人。
すっかり手駒になったな、チョロい。
「いいだろう、ではさっそく、一つお前たちに頼みたいことがある。“技術の国”へ行き、建築家を連れてこい。できれば一人ではなく、複数人だと助かる。それと、俺の名前はなるべく出さないように。警戒されると厄介だからな」
[客観視点]
こうしてランドールに懐柔された、三人の魔術師。
一人はメウボシ・レドルといって、鷲鼻と赤毛が特徴の小太り男。
一人はタクアス・イェルマン。痩せぎすで少し背が高く、頬骨が張り出している金髪の男。
そしてもう一人はノゾワナ・グリーンという女。三つ編みにしたオリーブ色の髪と、そばかすがトレードマーク。
ちなみにノゾワナの名字はルイージと同じ“グリーン”ではあるものの、血縁関係はない。
三人は“技術の国”へ行き、建築家を探し、ランドールの言いつけ通り“モーター王国”の名を語って説得。
五人の建築家を連れて、モーター王国…もとい、現ノートン王国に帰ってきた。
「ようこそ!我が王国へ!」
ランドールは、既に城の前で待機していた。
「誰だこいつ?」
「誰って、この国の新しい支配者だよ!」
「「「「「はあ?」」」」」
「まぁお前らが理解できないのも無理はねえ、昨日なったばっかりだからなぁ」
「なったって…いったいどうやって…」
「謀反だよ、謀反。俺はリニア・モーターを蹴落とし、この国をノートン王国として支配することになったのだ!」
「なんだそれ!?」
「約束が違うぞ!」
「“リニア・モーターの依頼だ”って言うから、俺たちは」
「黙れっ!!」
ランドールは、威嚇のために火球を建築家たちの足元に発射。
ボシュッボオオオオン
「「「「「うわぁっ!!?」」」」」
爆風に吹き飛ばされ、転倒する五人。
「てめえらに文句言う資格はねえんだよ。ネームバリューはリニアのが上かもしれないがな、俺には貴様らをねじ伏せる力がある!…殺されたくなかったら、俺の命令に従うんだな」
「わ、わかった…」
「言う通りにしよう…」
「ようし、それでいい。ではお前らに依頼する建築だが…口だけじゃ説明できねえ。会議室に来てもらおう。こっちだ」
建築家たちを会議室に連れてきたランドールは、彼らの目の前に紙を広げ、簡略化した図を描きながら説明を始めた。
「これが俺たちのいまいる場所、つまりノートン王国とする。そしてこっちが、この国の近くにある森だ。俺が考えてるのは…この二つをいっぺんにぐるりと囲む、こんな感じの防壁を造ってほしい」
「ちょっと待て、森といっても、具体的にどの森なんだ?」
「ここから一番近くにある森だよ。わかんなきゃあとで案内してやる。で、造ってもらうのはただの壁じゃ駄目だ。防衛のために機能をつけてくれ。例えば、敵を察知したり、罠が発動するような」
「なぜ森を?国の警備を強化するだけじゃいけないのか?」
「俺は、この森を敷地に含めたいんだよ。国立公園として扱うつもりでいる」
「コクリツコウエン?なんだそりゃ?」
この世界には、“国立公園”なる概念が、歴史上まだ存在しないのだ。
「まあ、“国が管理する自然”ってとこだ」
「意味がわからんなあ。いったいなぜ?」
「そこまでお前らが深入りする必要はねえ。ただ建築家として、仕事をしてくれりゃあそれでいい」
「報酬は?」
「たんまり弾んでやりたいところだが…お前らが調子に乗ると困るからな。まあ常識的な範囲内で支払ってやる」
「わかった。とりあえずその森を見て案内しよう」
ランドールに連れられて、例の森にやって来た建築家たち。
「へえ、思ってたよりでかいなあ」
「こりゃあ時間がかかりそうだぜ」
「時間って、どのくらいだ?」
ランドールが訊くと。
「短くても、三年はかかるぞ」
建築家の一人が答えた。
「さ、三年!?そんなにか?」
目を丸くするランドール。
「だってお前さん、俺たちはたったの五人だぞ?石を積むだけで一年は費やすぜ」
「もっと短縮できないのか?一ヶ月とか」
「一ヶ月だぁ?ハッハッハ、無茶言うな。それじゃ簡単な木の柵で囲って終わりだ」
「そんな…」
「まあどうしてもって言うなら、建築家をあと三十人は雇うんだな。それと、報酬もたっぷり用意してくれ」
「「「「ハッハッハッハッハッハ…」」」」
いい気になる建築家たち。
「くそぅ…」
ランドールは地面を睨んだ。
このままでは、国の予算を全てつぎ込むことになりかねない。第一、金が用意できたところで、仕上げるのに時間がかかりすぎる。先ほどランドールは“一ヶ月”などと提案したが、かなり妥協している。本当はたったの一日で造ってほしいところなのに。
だがそのとき、ランドールに名案が浮かんだ!
「…待てよ?人材さえいれば、早く進めることは可能なのか?」
「あ、ああ、そうだが」
「それは、全員が建築家じゃなくてもいいのか?作業員とか」
「チッ、バレたか…」
建築家の一人、若い男が、苦い顔をした。
ほかの建築家たちもガックリと肩を落とす。
「はあ、気づかれては仕方あるまい。…実は建築のほとんどは…大規模な場合なんかは特にだが…見習いや素人を集めて、俺たちの指導のもとで行うことが多い」
初老の建築家が、白状してしまった。
「てめえら、俺をカモにしようとしたな!?ふざけやがって!!」
ランドールは火球を放とうとして、右の掌を突き出した。
「う、撃たないでくれ!」
「冗談だったんだよ!建築家ならみんなやってる!」
「あとでちゃんと説明するつもりだったぁ…」
真っ青になる建築家たち。先ほどの得意気な様子はどこへやら…。
「はあ、ったく…今回だけは大目に見てやる。その代わり、ちゃんとやるんだぞ?で、作業員、つまり、国内から俺が引っ張ってきた人材を含めると、何日かかる?」
「そ、そうだな…人材の質にもよるが…平均して、百人で三日というところだ。俺たちが設計して、指揮をとって、作業員たちが言われた通りにやる。それだけだ」
「なんだ、それを聞いてホッとしたぜ。この国には多様な人材が揃ってるからな」
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