第四十八話 占領
[客観視点]
「治れーっ!!」
モナカの肉球から飛び出した光が、ブルーパンサーとホワイトピューマに届く。
二頭の足の切り傷はすぐに修復。
「うおおおお!?」
「おおお?」
洗脳済みとはいえ、さすがに獣人たちも狼狽。あとずさりし始める。
「グワァ」
ブルーパンサーが大きく口を開け、獣人の一人を頭からガブリ。
ホワイトピューマが口から炎を吐き、弓兵どもを圧倒。
パープルタイガーが、獣人を二人踏み潰す。
その様子を見たメリッサ・ローゼンベルグは。
「おい、ケモノギャル。…あんたに言ってんのよ!」
「え?あたし?」
モナカが丸い目をしてメリッサのほうに振り向く。
「ほかにいないでしょ。…アタクシのことも治療しなさい。現状、味方でしょ?」
「うん…わかった」
モナカは、掌から光を放ち、メリッサの傷も治した。
「さぁてリニア・モーター、いよいよ決着をつけるぞ!!」
勢いのままにランドールが放った炎の束は、リニアの周囲に放置された薔薇の蔦に引火。
「くっ…」
かろうじて蔦をほどき終わったリニアは、身を翻して炎を躱したのだが。
「ダイレクト・ブラスター!!」
ランドールはナマの魔力を放出!!
「うあぅっ!!?」
左肩に魔力を食らったリニアは、地面に尻餅をついた。
傍にルイージが駆け寄る。
「金髪コウモリ一匹ならまだしも、やつの味方はハトリュウ五体に回復要員。そして何の目的かはわからんが、悪役令嬢まで。…引き上げましょう」
「どこに引き上げるっていうの?私たちの領土はここなのに!」
意地を張って、提案を突っぱねようとするリニア。
「本領土、あなたのお兄様なら、無条件で匿ってくださるかと」
「…そうね、その手があったわ。モーター軍、私に続きなさい!本領土に避難するわよ!」
リニアとルイージ、兵士と弓兵それぞれ十数人ずつ、魔術師がたったの五人と、そして獣人が三体。
彼らは、モーター王国の敷地内から逃走した。
ランドール・ノートン、初勝利!!
「か…勝った?勝ったのか!?」
目を見開き、呆然と立ちつくすランドール。
「フルルッフゥッ」
レッドサーバルが跳躍し、歓喜を表現。
「ホーホー」
「ホッホッホー」
パープルタイガーとブルーパンサーの、低い鳴き声。
ボゥッ
ホワイトピューマは、空に向かって火を吹いた。咆哮の代わりといったところか。
「ご主人様が、この国の新しい支配者だ!!」
モナカが、モフモフの体でランドールに抱きつく。
「あ、ああ。そうだな。まだ実感がわかねえけど…」
「ワゥッ」
グリーンチーターが、どこかに隠していたリニアの刀を咥えて戻ってきて、そしてその刀をランドールの足もとに
カランッ
と落とした。
「こいつは…リニアの愛刀!!これがここにあるってことは、リニアはもう戻ってこれねえ!やったなグリーンチーター!」
「クルルゥッ」
「よくやった諸君。ではモーター王国を制圧した記念に、まずは勝利の味を噛みしめるとしようか。ティラノ軍団、歌を歌ったことはあるか?」
ティラノサウルスたちはちょっとだけ顔を見合わせ、それから
「…ホーッホーッ♪…ホッホー♪」
とキジバトのような声を奏でた。
「よし、それでいい。では俺がリズムをとるから、気持ちよく歌え!」
ランドールが両手を振りかざして指揮を始めると。
ホーッホーッ♪ホッホー♪ホーッホッホー♪ホッホー♪
ホーッホーッ♪ホッホー♪ホーッホッホー♪ホッホー♪
…ティラノサウルス五体の合唱である。
[ランドール視点]
思えば、ここまで長かったな…。
重ねてきた数々の苦労が、頭を
くそっ、涙で視界が滲んでやがるぜ。へへっ…。
ホーッホーッ♪ホッホー♪ホーッホッホー♪ホッホー♪
ホーッホーッ♪ホッホー♪
「何やってんの?」
ふと、メリッサが訊いてきた。
「ああ、ちょっと景気づけに、儀式的なものをと」
「ふーん。じゃ、アタクシは帰るわよ」
え?
「ちょっと待て。まだ報酬は」
「あー、それはもういいから」
笑いながら答えるメリッサ。何だよ、“悪役”を名乗ってるくせに、妙に親切だな…。
「しかし、金貨の山分けくらいは」
「金貨なら、うちにたくさんある。それに、欲しいものはもうじき手に入るわ。“悪役”にとって、金貨よりずぅっと大事なものが」
ぺろーり、とメリッサは舌なめずりした。
「“欲しいもの”って?“金貨より大事なもの”って何だよ?」
「まそれは見てのお楽しみ。それじゃっ」
“悪役令嬢”は、あっさりと帰っていった。
さぁて、初勝利に酔いしれるのはこのへんにして、と。
…国王になったからには、政策を考えなきゃな。
もちろん、そこまで難しいあれこれを計画するつもりはない。モーター王国民は所詮、学のない野蛮な人間ばかり。恐竜のほうがずっと利口なくらいだ。
だからといって何の考えもなく威張り散らすだけではまずい。刀を奪って追放したとはいえ、リニアはまだ生きている。やつの腹心ルイージも同様。その二人を抜きにしたって、ほかの国の連中が襲ってくる可能性は大いにある。
というわけで、まずは防衛から固めるとしよう。
リニア政権のときはルイージが留守を守っていた。俺の場合はティラノ軍団とモナカに任せることになるわけだが…忠実で強力な優等生ばっかりだから、信頼はできる。が、指揮官不在だと万が一ってときに不安だ。遠征にも彼らを連れていきたいしな。
そして防衛以外にも優先すべきことはもう一つある。食料の確保だ。
リニアとルイージがどのようにしてどこから調達していたのか、俺は全く知らされていない。軍事の相談しかされなかったからな。これからは内政・外交も調べることが必須。ったく、やることが多いぜ…。
だが!文句ばかり言ってもしょうがねえ。いま手元にあるものを全部使えば、トータルではプラスになるはず。
まず戦力についてだが、ティラノ軍団とモナカだけではない。周囲を見渡すと、負けたモーター軍の兵士や魔術師があちこちに倒れている。こいつらがみんな死んでるわけじゃないだろう。生きてるやつは懐柔するか、捕まえて洗脳すればいい。死体はゴーレムに改良する。完璧な作戦だ。
次に領地。たったいま占領したばかりのこのモーター王国(つまり現在は、ノートン王国ってことになるが)のほかに、俺は既に二つの土地を手にいれている。ティラノ軍団の訓練をするために強奪した、二つの農村だ。一つ目の村は痩せていて、作物を育て続けるには不向きと見た。だから畑を埋め立てて、俺好みに改造するとしよう。二つ目の土地は広大で、作物もよく栄えていた。そのまま食料確保に使うのが適任。
そして取引相手。一つ目の村を占領した直後、その村をもともと守っていた国に押しかけ、難なく交渉に成功した。もし戦力や物資で困ることがあれば、助けを求めることは可能だ。
とまあ、いろいろ考えごとをしているうちに、すっかり日が暮れて真っ暗になっちまった。
とりあえず国の周りにトラップでも張って、夕食と睡眠に入るとしよう。
…しまった。
俺とモナカはまだしも、ティラノ軍団はどこに寝させる?
巣穴に戻すとなったら、狙われる可能性が。
しゃーねえ、今夜だけは一晩中、俺が起きて見張っててやるか。
早いとこ国内に寝床を作ってやらねえと。
とりあえず、俺とモナカは腹ごしらえのために城の中へ。ティラノサウルスたちには、昼間のうちにパラサウロロフスを二体食わせておいたから、晩飯はもう少しあとでいいだろう。
しかしリニアを追放したとあっては、その部下の給仕たちもアテになるかわからねえ。ぶっちゃけ、騒ぎの間に逃げ出したやつもいるだろうし。
「お帰りなさいませ、ランドール様」
おやおや?
出迎えてくれたのは、いつも俺に食事を運んでくるメイド。最初にこの国に来たときから、ずっと同じ。
「お、おう…」
「どうかなさいましたか?」
「いや、あまりにも平常運転だから、つい…」
「私はあなたの専属メイドですから。いかなることがあろうともあなたのお世話をする、それが私の役目です」
「はあ…そりゃいいけど、お前は大丈夫なのか?一応、リニアの部下だろ」
「そのリニア様から受けた命令でもあります、あなたへの奉公は」
「へえ、不思議なもんだ」
「不思議ではありません。メイドとはそういうものです」
何という皮肉。リニアの言いつけを忠実に守るやつが、そのために俺に忠誠を貫くとは。
「まあ、俺は助かるがな。それはそうと、俺たちは腹が減ってるんだ。夕食を頼む」
「左様でございますか…ランドール様のぶんは既に下準備をしておりまして、できたての状態ですぐご用意できますが、そちらの…」
「モナカだ。こいつは、モナカ・ヴァニーラ」
「モナカさん、ですか。モナカさんのぶんは、私の担当ではないので、調理場に確認しないと…」
「あたしのご飯、ないの?」
モナカの両耳が垂れる。
「大丈夫だ、何とかして用意する手段はある。そもそも今回の謀反は想定されていないはずだったから、食事は予定通り用意されている。そうだろ?」
「え、ええ。私の範囲では存じ上げないというだけで、おそらくは…ひとまず、確認して参りますね」
結局、二人ぶんの食事は無事に提供された。
しかし俺とモナカとでは、扱いがかなり異なる。
俺の目の前、テーブルに置かれているのは、木の実入りパン、ツチノコ肉のスープ、野菜サラダ、そして一口サイズの蒸しケーキ。飲み物は、例の杏仁豆腐みたいな味の謎ジュース。
それらを食ってる俺の足もとで、モナカは桶に入った木の実と生肉を、ガツガツと貪っている。まさに“獣”扱い。
さすがにちょっと気まずいので、俺のぶんのパンでも少しちぎってわけようか、と一瞬、思った。しかし、いま優遇しすぎると、状況がきつくなったときに返って扱いを悪くしなきゃいけなくなるし、それに獣人の体質にも合うかどうかわからん。
そういえば俺は獣人の生態に詳しくない。生物学の本でも見つけて調べるとしよう。
[客観視点]
食事を終えたランドールは、モナカを部屋に戻らせ、自分は城の外へ。
使用人たちに、地面に転がっている兵士や魔術師のうち生きている者を捕虜にするよう命じた。自分でやると効率が悪いからだ。
そしてティラノサウルスたちに見張りを任せ、自分は一人で巣穴を調べに行った。
「フレア・メイキング」
左の掌に小さな火を出現させ、洞窟の中に足を踏み入れる。
洞窟の入り口は幅十メートル、高さ八メートル。
突き当たりまで進むと緩やかに右へとカーブしており、さらに踏み込んでいくと、開けた空間に。
どうやらここが、洞窟の最奥であり、ティラノサウルスたちの寝床らしい。
ランドールは洞窟内を照らし、その全貌を確かめた。
直径三十メートル、高さ十五メートルといったところか。
地面には、ふわふわしたものが敷き詰められている。
…羽毛だ。
ティラノサウルスたち自身の羽毛が、カーペットのように足元を覆っている。
その上を歩こうとすると、
ムニュッ
羽毛の足場に右足がめり込み、転びそうになるランドール。予想以上に羽毛が厚く重なっているのだろう。
ランドールは考えを張り巡らした。
当初の予定では、この巣を国内に再現する予定であった。しかしそれには、時間も労力も資材もいる。
思いついたのは、ダイレクトにこの洞窟そのものを、王国の近くに引っ張ってくるというアイデア。魔術を使えば、土地を一つ切り取って移動させることも不可能ではないはず。
だが、この洞窟が森の奥にあることを考えると、下手に城の近くへと引っ越させた場合、ティラノサウルスに余計な負担をかけるリスクも。生き物を扱うには、それなりに自然の生態系も意識しなくてはならない。ランドールに転生するずっと前、まだ小学生だった頃の“鈴木聡”は、夏祭りで入手した金魚を飼っては死なせてきた。その苦い経験から、ランドールは生き物の飼育がデリケートであることをある程度は認識している。
…ということは、国内に巣を作るのもあまり得策ではなかったということ。
つまりここにある巣穴はそのままに、国の敷地として管理しなくては。
じゃあ国を森の中に移動させるか?人間ならほかの生き物に比べ、引っ越しという概念にそこそこの耐性はある。しかしそれでも移動を渋る国民は多いだろうし、森林は野生のフィールド。まだ
つまり二つの土地そのものには極力手を加えず、ティラノ軍団の巣穴を国と繋げる必要がある。
…この森自体を、敷地内として扱うことはできないだろうか?
幸い、モーター王国…もとい、ノートン王国からそう遠くはない。隣といっても過言ではない。
森林の周辺をぐるりと塀で囲い、国立公園のような扱いにする。そして洞窟に繋がる道だけを整備すれば…。
ランドールは国に一旦戻ると、敷地の周りに三種類の防衛用魔方陣をそれぞれ四つずつ、計十二個仕掛けた。一種は“トリガートラップ・グラウンドクラッキング”で、あとの二種は“トリガートラップ・フレイムアロー”と“トリガートラップ・サンダーウォール”。最初のものは一度使ったことがあるが、実際に発動するところをランドールはまだ見ていない。
それから、ランドールはティラノ軍団を連れて再び洞窟へ向かい、無事に巣穴に戻ったのを見届けると、洞窟の近くにも同じトラップを各種一つずつ仕掛け、見張りを開始した。
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