第四十七話 侵攻

[客観視点]

レッドサーバルを剣で払いのけたオルトは。

「…落ち着けっ!!」

ユニコーンを一喝して暴れるのをやめさせると、再び鞍に股がろうとした。

が、

「クルルゥ、フゥッ」

今度はグリーンチーターが、真うしろからオルトに飛びかかる!

「しつこいぞ!」

二度も同じ手は食うまいと、オルトはしゃがみこんでグリーンチーターを避けた。


そうこうしているうちにも、パープルタイガーが騎兵どもを蹴散らし、ブルーパンサーが兵士たちの頭を咥えては放り投げ、ホワイトピューマが火球や冷気や稲妻を放っている。

全体で見ればランドール側が優勢だが、オルト・モーターに対してだけは苦戦。

果たして、勝つのはどっちか!?


ふと、ランドールが視界の中にいないことに気づくオルト。

「どこだ!?」


「…ジョウ・スターリン!!」

ランドールの声は、オルトの頭上から降ってきた。

…宝石の群れとともに!!


「ぐっ…ぐおぉっ!?」

さすがに真上から降ってくる宝石の群れを躱すことはできず、オルトは右腕でユニコーンの頭を、左腕で自分の頭を庇った。

「ヒィーヒヒヒヒヒン!!」

両脇腹を無数の宝石が掠め、血を流しながらパニックになって走り出すユニコーン。

「…おのれ、魔術師め。侮るべきではなかったか。…全軍、退却だ!!」

生き残りの騎兵たちを連れて、オルトはユニコーンに乗ったまま引き上げた。



[ランドール視点]

どんなもんだぃ!!俺たちの圧勝だ!!

…とはいえ、こっちも無傷だったわけではない。

レッドサーバルの両足の脛に、横一文字の切り傷があって、出血している。

さっき相手を襲ったときに、剣で追い払われていたもんな。そのとき掠ったのか…。

治療してやらねえと。

魔法薬を…


待てよ?


こいつは“回復型魔術”を試すチャンスじゃないのか?


回復型を練習するには、“味方”で“傷を負ったやつ”が必要。そしてレッドサーバルの足の傷に関しても、そこまでの深手ではないし、間違って変な治しかたをしてしまうリスクもない。


「じっとしてろよ、レッドサーバル。その傷を魔術で治してやる。


…エマージェンシー・ヒール!!」


緑色の温かい光の玉が、右の掌から飛び出し、レッドサーバルの体に届いた瞬間、その全身を包み込む。


レッドサーバルの両足の傷が、ひとりでに回復。

傷一つない綺麗な状態に戻る。


「クルルゥ、フゥッ、フゥッ」

レッドサーバルは、治ったばかりの両足でピョンピョンと跳び跳ねた。

よし、味方の怪我は治せたし、こっちも新しい技を習得。狙い通りの一石二鳥だぜ。

「ご主人様…いまのって」

ふと声のしたほうを見ると、モナカが不思議そうにレッドサーバルを見つめている。

「ああ、魔術を使った回復だよ」

「それ、あたしもやりたい」

「そうだな。さっきのは上級者向けだから、火球や稲妻を練習したほうがいいだろう」

「そっか…ワンディメンショナル・フレイム!ワンディメンショナル…」

モナカは再び、小屋のほうを向いて火球の練習を始めた。



[客観視点]

オルト・モーターとの戦いで手応えを感じたランドール。

リニアへの反逆を、三日後には実行することに。

だがランドールのには、一つの懸念があった。


魔術師団をどうやって相手取る?


ランドールはリニアに応戦せざるを得ないし、モナカやホワイトピューマの魔術では対抗が難しい。

魔術に精通した協力者が、一人は必要。

ランドールが丸太に座って考え込んでいると。


ドオオオオン

ドガアアアア


東の方角から、爆発音が。


ランドールが見に行くと。


「お、俺が何したってんだ…」

両膝をつき、左腕から血を流している騎士が一人。

その目の前には、金色のドレスを身につけた、紅色髪の女が。

「あんたは罪なき村を救い、一国の王からも英雄として認められた。そういうやつを始末するのは、“悪役”として当然でしょ?」

“悪役令嬢”メリッサ・ローゼンベルグ!!

ランドールは飛び出していた。懐柔する気である!

メリッサがレイピアで騎士の喉を突き刺し、とどめを刺した瞬間。

「メリッサ!」

「ゲッ、あんた!モーター王国の!」

黒薔薇の花びらをレイピアの先から放つメリッサ。

「待ってくれ、戦いに来たんじゃない。話があって来た」

「話?悪役令嬢に、何の話があるってのよ?」

「俺の謀反に協力してくれ」

「はあ!?」

「タダでとは言わない。モーター王国を乗っ取った暁には、報酬をくれてやる」

「あのねえ、アタクシだってプライドがあるの。ひたすら悪いことをするのが、悪役であるアタクシの仕事。金で言いなりには…待てよ?あんた“謀反”って言ったわね。“国を乗っ取る”…いい響きだわ」

メリッサは、目を細めて舌なめずりした。



そして、ついに謀反当日。

朝っぱらからリニアが、やっと洗脳できた獣人たち六人に剣を持たせ、稽古を行っていた。昼間に軽食つきの休憩を挟んで、それから稽古を再開。そして、鍛練は夕方まで続いた。


夕暮れの、すみれ色の空。

それは、リニアたちの稽古終了と同時に、ランドールの謀反開始の合図でもあった!!


「リニア様!!ハトリュウが国内に!!」

兵士の一人が走ってきて、汗だくになりながら報告。

「来たわねランドール!!」

リニアのオレンジ色の瞳が、ギラリと光った。


モーター王国の敷地内に並ぶ、肉屋、靴屋、服屋などの建物。

それらを一つ、また一つと、パープルタイガーが破壊していく。

パニックになり逃げ惑う人々を、ブルーパンサーとホワイトピューマが威嚇し、一方向へ追いたてる。

その先には、モーター王国の城。

避難してきた民間人たちが邪魔になって、城から出てきた兵士どもはなかなか配置につけない。リニアとて例外ではなく、もぞもぞと人々の中を進み出てくるのがやっと。

一方、魔術師団の連中は空を飛べるため、すぐにパープルタイガーの周辺の屋根に着地したものの。

「でけえ…」

「あれがハトリュウかよ」

「化けモンじゃねえか…」

震え上がる魔術師団。

「ど、どうする?」

「どうするったって、攻撃だろ」

真うしろにブルーパンサーが回り込んでいることには、彼らは気づいていない。

パクッ

魔術師の一人を、うしろからブルーパンサーが咥えて放り投げた。

「おい、いま何か吹っ飛んでったぞ?」

パクッ

別の一人を、今度はホワイトピューマが咥える。

「う、うわああああ!!?」

「ぎゃあああ!!」

「逃げろーっ!!」

仲間の首から下がホワイトピューマの口からぶら下がっているのを見て、一目散に屋根の上から飛び立つ魔術師たち。

しかし逃げた先には。

「ヤッホー、アタクシのこと覚えてる?」

メリッサ・ローゼンベルグが立ちはだかり、レイピアの切っ先から黒薔薇の花びらを撒き散らした。


人混みをかきわけ、やっとティラノサウルスたちの目の前まで出てきた兵士たちだが。

「うわ、ああっ!」

断末魔にしてはあまりに拙い叫び声。

ブルーパンサーが、真上から兵士の一人の頭を咥えて、体ごと放り投げたのだ。

「ハトリュウを何とかしなさい!!」

リニアの命令で兵士たちが剣をかまえ、三体に突撃しようとしたとき。


「“ハトリュウ”だ?そんなだっせぇ名前で呼んでやるなよ。こいつらは“ティラノサウルス”ってんだぜ」

現れたのはランドールと、そのうしろにモナカ、レッドサーバル、グリーンチーター。

「アッハハハハハ!!また変な名前で笑わせないでよ!ハハハハハ…」

またランドールのネーミングセンスがツボるリニア(正確には“ランドールがもといた世界のネーミングセンス”なのだが)。

「笑ってられるのはいまのうちだ!!ツーディメンショナル・フレイム!!」

ランドールはリニアに向けて炎の束を発射!!

それを軽々と避けるリニア。

だが、彼女のうしろでは兵士たちが炎の巻き添えを食って地獄絵図に!

「やってくれたわねランドール。現在、この国の兵士は例年より少ないのよ?」

「自業自得だろうがっ!!」

続けざまに、ランドールは冷気の塊を発射。


その様子を城の上から窺っていたルイージは。

「弓兵隊!!あのデカいハトリュウたちを狙え!!」

城に隠れていた配下の弓兵たちが、一斉に矢を放つ!!


「スリーディメンショナル・フレイム!!」

矢が飛んでくるのに気づいたランドールは、炎のカーテンで矢をガード。

黒こげになった矢が、パラパラと地面に落ちる。


「隙ありっ!!」

一瞬の余所見をしたランドールに突進し、真上から刀を振り下ろすリニア!!


「クルルルルゥッ」

だが、レッドサーバルがリニアに真横から跳び蹴りを食らわせ、あろうことか横倒しに!!

「くっ…いい度胸ね」

今度はそのレッドサーバルを始末しようと、立ち上がって刀を構え直すリニア。

その右から、

「ダイレクト・ブラスター!!」

ランドールが、ナマの魔力を発射!!


「うっ…」

魔力は、リニアの両腕の間を掠めながら通過。

さしものリニアも、思わず刀を弾かれて落としてしまう。

すぐに刀を拾おうとするリニアだが。


「アルティメット・バード!!」

七色の翼を生やしたランドールが、リニアに突撃!!

「うぐぁっ!!?」

脇腹に七色の翼が直撃したリニア。左に五メートル吹っ飛んで転がる。


その隙に、弓兵たちが第二の矢を一斉に発射!!

「させるかっ!!」

再び炎のカーテンで矢を防ぐランドール。

しかしその隙に立ち上がったリニアが、物も言わずにランドールのうしろで刀を振り上げる!!


「フルルルルゥッ!!」

グリーンチーターが、左からリニアに跳び蹴り!!

「ぅあっ!?」

またしても転倒するリニア。


「おおっ、助かったぜ、グリーンチーター。ありがとよ」

振り向いて、背後で何が起きたのかを察したランドール。

グリーンチーターはピョンと跳び跳ね、リニアから少し距離をとった。自分の身の安全を確保すると同時に、ランドールが次の一手を打ちやすいようにするためだ。利口であるッ!!

「まったく、邪魔なハトリュウだわ…」

「だから、ティラノサウルスだっつってんだろうが!!ヴァンパイア・ローズ!!」

右の掌から薔薇の蔦を放出し、リニアに絡めつけるランドール。

「てめえからじっくり力を奪い取ってやる…」

ランドールは、リニアの体力を吸い上げ始めた。




「…危ないっ!!」

モナカの声。


ランドールの背後に、いつの間にかルイージが。右手には、炎を纏ったソード。


ザシュッ


ランドールが振り向くより先に、その小さな背中をルイージが切り裂いた!!


「うがぁっ…」

目を見開いたランドールはそのままドサッと倒れて地面に伏せてしまった。

彼の視界の隅に、キリモミ回転しながら落ちてきたのは。

「メリッサ、お前もかよ…」

「うぐっ!!…油断したわ。やつら、思ったより腕を上げてたみたい…」

メリッサのドレスのうしろ側が破れ、露出した背中はひどい火傷を負っている。魔術師団たちに不意を突かれ、撃ち落とされたのだ。さすがに多数を一人で追いかけたせいか。


しかも、ランドールたちに接近していたのはルイージだけではない。

弓兵たちを連れてきていたのだ!!

ティラノ軍団、危うし!!


「撃てーっ!!」

ルイージの命令を合図に、一斉に放たれる無数の矢。




ボオッ


炎のカーテンが、矢の群れに覆い被さった。

パラパラと落ちる、黒焦げの矢。


炎を放ったのは、ランドールではない。


ホワイトピューマが、ランドールの真似をして魔術を使ったのだ!!


「姫様!!あいつハトリュウのくせに魔術を使ってきます!!」

真っ青になるルイージ。

「まずいわね。さすがに想定外だわ」

などと言いながら、リニアは落ち着いた様子で、自分に絡まった薔薇の蔦をきちんと一本一本ほどいている途中。


だが、魔術を使ってランドールの助太刀を試みる者は、ホワイトピューマだけではない。


「治れー、治れーっ…治れーっ!!」

毛皮に覆われた両手をランドールの背中にかざし、ひたすら“治れ”と唱えるモナカ。

掌の肉球から、緑色の温かい光が。


技の名前こそ忘れていたものの、モナカはランドールがかつて使った回復技“エマージェンシー・ヒール“を覚えていたのだ!!


ランドールの背中にパックリと空いた傷が塞がって、ひとりでに完治。

背中の激痛が消えたことに気づいたランドールは。

「…あれっ?まさか、お前が?」

「…治った?ご主人様」

「ああ、助かったぜ。さっきの技、俺以外のやつにも使えるか?ほら、ブルーパンサーとか」

ランドールの指差す先では、リニアに訓練された獣人たち六人が剣を振り回し、ブルーパンサーとホワイトピューマの足を攻撃している。確かに、回復の必要あり。

「やってみる。…治れーっ!!」

両の掌から緑色の光を放つモナカ。

「上に向けて撃つんだ!獣人たちが邪魔にならないように、うおっ!?」

モナカにアドバイスしながらもくるりとターンし、光の盾を出現させたランドール。うしろからルイージが斬りかかってきたのに気づいたのだ。

パチンッ

ルイージの剣の切っ先を、ランドールの盾が弾く。

「姫様!!早く!!」

「わかってるわよ!!」

リニアは、薔薇の蔦をほどききるのにもう少し時間がかかりそうだ。

レッドサーバルがリニアの足を蹴ったり、手に噛みついたりして、作業を邪魔しているせいである。

「クルルルルゥッ、ワゥッ」

追い討ちをかけるように、地面に落ちているリニアの刀を、グリーンチーターが口で拾い上げた。

「こらっ!返しなさい!うっ…」

「フルルルルゥッ」

レッドサーバルの妨害。

グリーンチーターは、リニアの刀を持ち去ってしまった。

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