第四十六話 動物

[客観視点]

ティラノサウルスの“訓練”と称し、一つの農村を壊滅に追いやったランドール・ノートン。

ではこれが何のための“訓練”なのかというと。


もちろん、その目的は主君リニア・モーターへの謀反である!



ティラノ軍団たちはみな、戦いかたを覚えるのに成功したのだ。

パープルタイガーは建物の破壊と雑兵の蹴散らしかたを、ブルーパンサーは頭上からの襲撃を、レッドサーバルとグリーンチーターは一人の人間を集中して狩る技能を習得。ホワイトピューマに至っては、ランドールの魔術を見よう見まねして、口から小さな火球を放てるように。


この五体の強みをもとに、ランドールはポジショニングを考案。

まずパープルタイガーが国を荒し、兵士が出てきたらブルーパンサーと二体で圧倒。リニアとの対決はランドール自ら担当するが、レッドサーバルとグリーンチーターもサポート。ホワイトピューマはランドールたちの後衛について、掩護射撃で二つのチームをサポート。という方針だ。



ランドールは、特にホワイトピューマをもう少し育成することにした。魔術のバリエーションを増やすためだ。

「火球はできてるから、次は稲妻を試してみよう」

まずはランドールが実際に、稲妻を放つところを見せる。

「さっき俺がやったのを真似してみるんだ」

口をガバッと開けたホワイトピューマ。びっしりと並んだ歯と歯の間で、静電気レベルの小さな稲妻がパチパチと発生。

「もっと前に飛んでいくのをイメージするんだ!ほら」

もう一度、ランドールが稲妻を撃つところを見せると。


「グワァ」


バチバチバチッ


ホワイトピューマは、再び口を大きく開け、前方に細い稲妻を放つことに成功。

「ようし、次は冷気を放ってみろ」

さっきと同じようにランドールが冷気を撃つところを見せると、ホワイトピューマは真似して、白いボールのようなものを口から放出。ボールは木にぶつかって、表面に氷を張らせた。

どちらも威力は人間に比べるとまだまだ、ではあるが“ティラノサウルスが魔術を使う”ということ自体、脅威になる。それがランドールの狙いであった。

暫く火球、稲妻、冷気を打ち続けていたホワイトピューマだが、急に調子を崩してアグアグと口を開閉した。

「どうした?…ああ、わかったぞ。魔力切れを起こしたんだ。魔術は使いすぎると、一定時間使えなくなる」

「クー…」

不安そうに顔を傾けるホワイトピューマ。

「まあ気にするな。時間がたてばまた使えるようになるし、こんな道具もある」

ランドールが懐から取り出したのは、一本の瓶。魔法薬が入っている。

「こいつを飲めば、すぐにでも魔力が回復する。口に合うかはわからねえが、試しに飲んでみるか?」

「グワァ」

少しかがんで、大きく口を開けるホワイトピューマ。

「よし、じゃあ飲ませるぞ。マズかったら吐き出してかまわん」

ティラノサウルスの口の中に魔法薬を流し込むランドール。

口を閉じたホワイトピューマは、少しばかり口の中で液体を転がしていたが、ゴクリと飲み込んだ。そして効果を確かめるべく、大木に向かってまた火球を一発放った。



ティラノサウルスの食事も兼ね、ランドールはパラサウロロフス狩りを通してティラノ軍団に技を練習させることに。

しかしランドール自身もまた、新たな技を習得しようとしていた。

攻撃面は充実してきており、防御・移動もそれなりにできる。ということは、次にランドールが身につけるべきは“回復型”の魔術。

書物を開いたランドールは、回復型魔術の中から“エマージェンシー・ヒール”と“エナジー・リカバリー”を選択。前者は傷を治す技で、後者は魔力を回復させる技。いずれも魔法薬に比べると効き目では劣り、その上自分自身には使うことができない。が、瓶を開ける手間を省くことはできる。これらの技にランドールが目をつけたのは、ホワイトピューマが怪我をしたり魔力を使いきった際にサポートするためである。

だが、練習しようとしてふと、ランドールは困ったことに気づいた。

…傷を負った相手がいなければ、回復などしようがないのだ。



パラサウロロフス狩りを終えて、ティラノ軍団を巣まで送ったランドール。

日が沈みかけているのもあって、そのままモーター王国に帰ろうとしたそのとき。

「ランドール!」

よりによって、まさかのリニアさん登場!

「うげっ!」

苦い顔になるランドール。

「こんなところで、夕暮れまで何をしていたの?」

「か、書き置きは残しましたよ!?“実験のために近くの森へ行きます”って」

「ええ、そうね。確かに読ませてもらったわ。だけど…」

「何ですか?」

「森は危険よ。竜がいるわ。それこそハトリュウとか」

「ぎっく!?」

「どうかしたの?」

「い、いえ、何でもありません。危ないならとっとと帰りましょうや。それより、新しい魔術を習得したいんですがねえ」

ランドールは咄嗟に話題を変えた。

「魔術?」

「ええ。しかし練習しようにも、その…回復型の魔術でして」

「ああ、それなら相手がいないと不可能ね。ちょうどいいわ、あなたに見せたいものがあるの」



[ランドール視点]

“見せたいもの”って何だろうと思ったら…。


「実験台第一号は、見事洗脳に成功したわ!」


なーんだ、獣人かよ。しかも捕まえた中では一番よええやつ。

そういや、くれるって言ってたっけ。いまさら犬一匹もらったってなあ…。こっちにはティラノ軍団が既にいるんだし、はっきりいって獣人なんざ用済みなんだが。


「あなたが…ご主人様?」

クリクリで、こっちを不思議そうに見つめる獣人。

何が成功だよ、俺のことを認識できてねえじゃねえか。

「…うん!ご主人様、だね!だってにおいがするもの!」

「お、おう…」

一応、においで俺が飼い主だってわかってるらしい。

にしても馬鹿っぽいな、こいつ。洗脳薬のせいか?でもティラノサウルスはもっと利口だぞ。

「喜びなさい、ランドール。この獣人は、あなたの言うことなら何でも聞くはずよ」

何でも、か。だったら…


リニアへの反逆に協力してもらおうじゃねえか!!


「あたしはモナカ・ヴァニーラ。よろしくね、ご主人様!」

「俺はランドール・ノートン。こっちこそ期待してるぜ」



傘下に入ってもらったからには、まず能力を分析しないとな。

リニアに話を聞かれないよう、モナカを俺の部屋まで連れてきた。

「何これ!?ふかふかー!」

「こら、ベッドの上に勝手に乗るんじゃねえ」

「はい…」

しょんぼりして、床に座り込むモナカ。耳が垂れ下がってる。

「いや、その…勝手には駄目だと言ったんだ。それより、お前に二、三質問がある。戦闘スタイルに関わる話だ。一つ、お前の血液型は何型だ?」

「血液型?」

「魔術を使うか使わないか、に絡んでくる」

「えっと…」

ああ、こいつは自分の血液型を知らないようだな。そういえば、犬は人間よりも血液型の種類が多く複雑だと聞いたことがある。聞くだけ無駄か。

「じゃあ質問を変える。魔術を使ったことはあるか?」

「ない。そもそも獣人は、魔術をあまり使わないの」

「ではもう一つ。お前は獣人の中では強いほうか?」

「うーん…」

右手で左腕の毛皮をワシワシとかきむしるモナカ。

質問の内容が難しかったか…。

「自慢できる力は?パワーとか、スピードとか」

「力は、獣人の中ではそこまで強くない、かな。どっちかっていうと、俊敏な動きに自信があるかも…」

口で訊いても分析にならない。しゃーねえ、実際に訓練しながら考えるとしよう。



[客観視点]

洗脳済みのモナカに与えられた部屋は、それでももとの地下牢の一室。

これはモーター王国にとって獣人があくまでも“奴隷”であることに加え、故郷の“氷の国”から救出が来るのを警戒しているためでもある。

床には大きなかごがあって、その中に毛布が敷いてある。これが獣人用のベッド。

その中にモナカはすんなりと入り、犬のように丸まって眠りについた。

こういった扱いに嫌悪一つ示していないのは、洗脳薬がよっぽど効いているからである。



翌朝。

ランドールはモナカを、ティラノ軍団の巣穴の前まで連れてきた。

ノシノシと歩いて巣穴から出てくる、ティラノサウルスたち。

「ガルルルル!」

身構えて唸るモナカ。

「怯えるこたぁねえ。こいつらは味方だ」

「…そうなの?」

「ああ。しかも強いだけじゃねえ。利口な上に忠実だ」



ランドールが次に狙った獲物は、またしても農村。ただしショコラクリーマ村に比べて土地が広く肥えており、大きな川も近くにあるため、作物を育てるにはもってこいの場所である。…というより、ショコラクリーマ村の土地が貧相なだけなのだが。


破壊と襲撃をティラノサウルスに任せつつ、ランドールはモナカに魔術を教えることに。

「まずは火の玉を撃つ練習だ。いいか?俺がやって見せるから、しっかり見ておけ。…ワンディメンショナル・フレイム!!」

ボシュッ

村の小屋の一つ、その壁に火球が命中。大きな穴を開けると同時に、メラメラと引火する。

「さっき俺がやったのをイメージしながら、意識を集中するんだ。標的は…向こうの馬小屋にしよう。さあ撃て」

「ワ、ワンディ…何だっけ」

「ワンディメンショナル・フレイムだ」

「ワンディメンショナル、フレイム!!…ワンディメンショナル、フレイム!!…ワンディメンショナル」

「うーん、技の名前より、実際に撃てるところをイメージしたほうがいいな。…もう一回!」

「ワ、ワンディメンショナル!!」

ポヒュッ

豆粒ほどの火の玉が、馬小屋に向かって飛び出す。が、さすがに小さすぎたのか、ぶつかる前に消えてしまった。

「惜しい!次はもうちょっと威力を」

そのとき。

黒い甲冑を身につけた騎兵たちが現れた。その中の一人は見覚えのある藍色の旗を掲げている。


「モーター軍!?なぜここに!?」

ランドールは目を見開いた。

村を救いに近くの国が兵団を寄越してくることまでは、ランドールも計算ずくであった。しかし、その相手がモーター王国というのは、大いなる誤算!!

実は、この騎兵たちはモーター王国の“第二副領土”の連中。ランドールが場所を知っているのはリニアが治める“第三副領土”と、かつてローレンスが治めていた“本領土”の二つだけ。第二副領土の場所を確かめていなかったことが、ランドールの失敗である。


「我らの監視下で暴れるとはいい度胸だな」

騎兵たちをかきわけるように後ろから出てきたのは、リニアと同じ紺色の髪にオレンジの瞳をもつ、端正な顔立ちの男。

長男ディレクよりは少し若いが、リニアより若干年上といったところ。髪はぴったりとした七三で、手足が長く、背筋がまっすぐ伸びている。

生前の父親と同じ金の甲冑。


彼こそはモーター四兄弟の次男、オルト・モーターである!!


オルトもほかの兵たちと同じく馬に乗っている。が、ほかの馬が茶色であるのに対し、オルトを乗せているのは全体が夜空のように真っ黒で、たてがみだけが鮮やかな朱色。しかも頭には真っ白いツノが一本。ユニコーンである!


「誰だ貴様…さてはリニアの兄貴か!」

「妹を知ってるのか?」

「ええい、ティラノ軍団!やっちまえ!!」

村を襲っていたティラノサウルスたちが、くるりと向きを変えて一斉に兵団のほうへ走り出す!!


「獣が」

そう吐き捨てると、オルトは金のソードを腰の鞘から引き抜いた。


「お前の相手は俺だぜ!!」

金色の翼を背中に展開し、一直線にオルトめがけて突き進むランドール。

あと三メートルまで間合いを詰めたところで、パーにした右手を突き出し、掌から火球を発射!

「ふんっ」

剣で火球を凪ぐオルト。

飛翔したランドール。次は斜め上から稲妻を放つ!

「ぐっ…」

オルトは馬の手綱を左に引っ張り、稲妻を回避。

ふわりと着地したランドールは、オルトのほうに振り向きながら次の手を…


打つつもりが、オルトの向こう側に、味方のブルーパンサーの姿が。

魔術を使うと、味方に当たる可能性が。

しかしブルーパンサーは兵士どもを頭上から襲うのに夢中で、ランドールに背を向けている。

撃つべきか、撃たざるべきか?


その迷いを、オルトは見逃さなかった。

「せいっ!!」

馬で飛びかかりながら、ソードをランドールに振り下ろすオルト!

「うわぁっ!?」

転倒しながらも、とっさに光の盾を右手に出現させ、ランドールは切っ先を受けとめた。

しかし尻餅をついた状態に。これでは不利だ。

「どうした?そんなものか。…情けない」

オルトが、グイグイと剣で押してくる。意外と力が強い!


「ガウッ!!」

モナカがランドールを助けようと、オルトの右腕に飛びついた!


「邪魔だっ!」

モナカを振り払うオルト。

「ぎゃうっ…」

突き飛ばされたモナカは、地面に仰向けに。

「獣人か。にしては力が弱いな」

「スコーピオンズ・クロウ!」

オルトの真下から、二本一組の光の矢を飛ばすランドール。

矢は馬の右肩を掠めて、オルトの右腕に直撃。

しかし金の甲冑に防がれてしまい、オルトへのダメージにはならず。

「その程度か」

オルトがもう一度剣を振り下ろした、そのとき。


「クルルルルゥッ!」

飛び出してきたレッドサーバルがオルトの左半身にしがみつき、首筋に噛みつく!!

「ぐあっ!?」

さしものオルト・モーターも落馬。地面に転がる。

「ヒィーヒヒヒン!!」

主人の感触を失ったユニコーンは、パニックになってドタドタと上下に跳び跳ね、地面を前足でかきむしった。

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