第四十五話 訓練

[客観視点]

ティラノサウルスを手懐けることに成功した、ランドール・ノートン。それも一体ではなく、巨大なのを一体、一回り小さいのを二体、そしてもっと小さいのを二体、計五体。

一方、リニアの計画した獣人洗脳計画は、未だ遅れをとっている。

こんどこそ、ランドールの謀反は成功するのか!?



獣人の実験台第一号、モナカ・ヴァニーラは、少しずつではあるが、洗脳薬の入った餌を食べるように…というより、食べざるを得なくなっていた。耐え難い空腹のせいだ。

加えて、餌のほうにも改良が。固さの微調整に加え、獣人が普段食すであろう材料などを中心に作ったことで、衰弱しきった獣人でも食べやすくなったのである。

この実験結果を踏まえ、ほかの獣人たちにも同じ餌が与えられることに。


…だが、モナカの餌とほかの獣人たちの餌には、一つだけ大きな違いが。


モナカに投与される洗脳薬はランドールが作ったものであるのに対し、ほかの洗脳薬はリニアの血液を材料に使用している。


つまり、洗脳に成功した場合、モナカはランドールの配下に、ほかの獣人はみなリニアの配下になるのだ。



[ランドール視点]

飼い慣らしたティラノサウルスをすぐにでもリニアに差し向けたいところだが。

さすがにパワーだけで圧倒できる相手ではないから、作戦をきちんと立てておく必要がある。


まず、謀反の実行は夜中。できれば戦いか何かでリニアが疲れきっているところを襲撃するのが望ましい。相手が寝静まっているというチャンスだけでなく、ティラノサウルスの性質もあるからな。もともと野生でも、優れた視覚と嗅覚を活かして暗闇の中で獲物を襲う、ということはあるらしいから、利用させてもらう。つまり、無理のない範囲でペットに行動してもらうってわけだ。

次に、ポジショニングを考える。五体全てが同じ戦法に出るのは愚行。体格に個体差があるから、それを長所にしたい。一番デカいやつはパワーがあるから、城を破壊したり町を荒らすのに使える。逆に小さくて細身な二体は…といっても人間とほぼ同サイズだが…スピードがあって小回りが効くので、人間を直接襲うのに適任。そして中くらいの、デカすぎず小さすぎずってやつ二体だが、一体は小さいやつらの護衛にして、もう一体は一番デカいやつの用心棒にしよう。

いまのところ、作戦はこんなもの。ざっくばらんだが、細かいことは訓練しながら調整していけばいい。



で、実際にティラノサウルスたちを訓練するわけだが。

デカいのとか、小さいのとか呼んでるとややこしいから、名前をつけることにしよう。オスかメスかがわからないから、できればどちらでも通用する名前がいい。

幸いにも、ティラノサウルスたちは羽毛の色で見分けがつく。名前の参考にもさせてもらおう。

一番デカいのは全体が灰色だが、首の回りだけ光沢のある綺麗な紫色。“パープルタイガー”と名づけよう。

中くらいのやつのうち一体は全身真っ白、もう一体は青みがかった灰色。それぞれ“ホワイトピューマ”と“ブルーパンサー”に決定。

小さいやつは両方が茶色だが、尻尾の色だけが異なる。片方は赤、もう片方は緑。だから“レッドサーバル”と“グリーンチーター”にしておこう。



ティラノサウルスたちに各々の名前を伝え、訓練を開始。

「よし、まずは破壊の練習だ。パープルタイガー、その木を横倒しにしてみろ」

標的の木に近づいたパープルタイガーは、まず鼻先を幹にグイグイと押しつけ、ちょっとやそっとで動かないであろうと思ったのか、くるりと振り向いてこちらを見た。

「あー、そうだな。やりかたがわからないと…こんなふうに引っこ抜いたらどうだ?」

草むしりの要領で花を一本引っこ抜いて見せると。

「クー、クー…」

木に噛みつこうとするパープルタイガー。しかし、顔を傾ける角度には限界があるらしく、うまくフィットしない。足のバランスを崩さないか心配だ。

「よせ、もういい。この命令は撤回だ」

言われた通り、木から後ずさりするパープルタイガー。

さすがに訓練初日で“木を倒せ”っていうのは無茶な命令だった。真上から花をむしるのとはわけが違う。そもそも人間相手の戦いで、木を引っこ抜く必要はない。

「お前には別の練習メニューを考えておく。その前にお前ら、レッドサーバルとグリーンチーター。走る練習をしてもらおう。あそこに倒れている大木の前まで行って、ここに戻ってこい」

指示通りに往復して戻ってきた二匹。

「うん、よくやった。よくやったが、まあ、練習になるかっていうと…いや、お前らはよくやった、うん」

こんな練習では、モーター軍に勝てる力は身につかない。悲しいかな、これは監督である俺の問題だ。

しかし現段階で収穫はある。こいつらは知能が高く従順で、俺の指示を理解している。それにアバウトな命令であっても、一応は何とかやってみようとしてくれるし、その上で方法がわからないとより明確な指令を求めてくる。この傾向がわかったところで、一歩前進だ。

それを踏まえて、もっとこう、実践的で成長に繋がるような訓練のしかたがあれば…。




思いきって、村でも襲ってみようか?




いきなり本番、というのはリスキーだが、それは相手が抵抗できる場合の話。力無き村人たちであれば、蹴散らすことは可能。

そもそもティラノサウルスは潜在能力が高い、ということは体のほうはさほど鍛える必要がない。どちらかというと、いまのこいつらに足りないのは“モーター軍を圧倒するための精密な戦略”。具体的には、城を破壊するためのプロセスや、武器を持った人間を仕留めるための戦法。だったら無力な村人たちを襲いながら、少しずつレベルを上げていけばいいってわけだ。



[客観視点]

何の変哲もない農村。もちろん農作物で生計を立てている。村の名前は“ショコラクリーマ村”といって、村長の苗字が由来。とりわけ砂糖などの甘いものを扱っているわけではない。

国と違って武力らしい武力はなく、自ら身を守る術はほぼない。代わりに、近隣の国から守ってもらい、その見返りに農作物を献上する、といった方法で安全を保っている。

そもそも物騒な国々にとって村とは“襲う理由がない”存在であり、国どうしの戦いの巻き添えを除けば、賊以外の者が村を襲撃することは少ない。


…だが、このショコラクリーマ村には、理不尽極まる理由で脅威が忍び寄っていた…。


金色の翼で空に浮かびながら、ショコラクリーマ村を見下ろすランドール。その下には、五体のティラノサウルス!

「ようし、ティラノ軍団!この村を制圧するぞ!パープルタイガー、あの家の屋根を破壊しろ!」

ノシノシと歩きだし、木造の小屋の前でピタリととまるパープルタイガー。

「グワァオ」

その大きな口を開け、屋根に噛みつくと。

バキィッブチブチブチッ

あっさりと屋根を引き剥がしてしまった。

「な、何だ!?」

「ハトリュウだ、逃げろーっ!!」

小屋の中にいた二人の青年が、裏口から飛び出してくる。

「逃がすかっ!」

上から稲妻を放ち、二人の行く手を阻むランドール。

「だ、誰だお前は!?」

「答えるわけねえだろ、これから死ぬやつに対してなぁ!」

「何だと?」

「レッドサーバル、グリーンチーター!この人間たちを仕留めるんだ!」

次の瞬間。

幼体の華奢なティラノサウルスが二体、獲物に向かって飛びかかる!!

「クルルゥ、ワゥッ」

村人の一人の首にかぶりつくレッドサーバル!

「助け…ああっ…」

“助けてくれ”と言う途中で喉に恐竜の牙が食い込み、声が出なくなる村人。噛み傷からはおびただしい量の出血が。

「フゥッ、クルルルルルルルルゥ」

グリーンチーターは、もう一人の村人に突進!

「ああっ!!?」

突き飛ばされた村人は、真うしろに転倒。


レッドサーバルは、獲物の首を噛み潰し、ついに息の根をとめるのに成功。

一方、グリーンチーターは右足で相手の胸を押さえつけると、腹部を食いちぎってとどめを刺した。


「よし、スタートは順調だ。この調子で」

「クー…」

ブルーパンサーが、何かランドールに尋ねるように鳴き声を発した。その隣にはホワイトピューマも。

「ああ、そうだな。お前たちにも出番を与えないと…」

ランドールがあたりを見渡した、ちょうどそのとき。

「何だ何だ!?」

「おい、ハトリュウだぞ!!」

「なぜ村にやってきた!?」

先ほどの騒ぎを聞きつけ、村人たちがくわや棒、スコップなんかを持って次々に建物から出てきた。

「これはこれは!獲物のほうからやって来るとは。こいつぁ豊作だぜ。ブルーパンサー、ホワイトピューマ!やつらを蹴散らせ!」

二体のティラノサウルスが、村人たちを狩ろうと前に進み出た。



…一時間後。

「ヒャーッハッハッハ!!やったぜ!!」

歓喜するランドールと、仁王立ちしているティラノサウルスたち。

彼らの目の前には、無惨に破壊された家々と、そこらじゅうに転がる村人たちのむくろ。そして、荒縄でぐるぐる巻きにされた、村の生き残りたちが十数人。その中には村長の姿も。

「儂らが一体、何をしたというんだ!?」

村長が叫ぶ。

「知らねーよ、こんなとこに村を作ったのが運の尽きだったんじゃねえか?ヘッヘッへ」


…だが。


ランドールはふと、向こうから大勢の騎兵たちがやってくるのを見つけた。


モーター軍ではない。


ショコラクリーマ村の危機を知って、隣の国の騎兵隊がやってきたのである!!



[ランドール視点]

まったく、面倒なことになったぜ。

こんなつまんねえ村を救いに、兵士たちが駆けつけるとはな。

数では向こうが圧倒的に有利な上、武器まで持ってやがる。

せっかくのティラノ軍団に万が一のことがあったらもったいねえ。ここは一旦、俺が相手をしながら引き上げるか。

「プライミティブ・サンダー!!」

相手の兵士どもの頭上に深紅の雨雲を出現させ、いかずちをダイレクトに叩き落とす。

直撃を食らったやつらは黒焦げに。その周囲の連中はオロオロしながら逃げ惑う。

「ツーディメンショナル・フレイム!!」

立て続けに炎の束を走らせてやると、案の定先頭の兵士たちに燃え移って地獄絵図。

ハッ、大したことのねえモブ兵どもが。


「隙ありーっ!!」

「進めーっ!!」


しまった、両サイドから別の隊が回り込んできやがった!!

ティラノ軍団を逃がそうにも、間に合わないっ!!




「グワァゥ」




…ブルーパンサーが、馬で突進してきた一人の兵士を、頭からパックンチョ。




レッドサーバルが飛び出して、別の兵士にしがみつき、馬から引きずり下ろす。

騎手を失った馬は暴走し、兵士たちに突っ込んで隊の自滅を招く。




反対側から向かってきた兵士を、三人まとめて軽々と蹴っ飛ばすパープルタイガー。




「…いいぞやっちまえ!!」

さすが、やっぱりティラノ軍団!並みの兵士が何人集まったって、力の差は歴然。

このままティラノたちに任せっきりにすることも可能ではあるが、俺も加勢しないとな。

火球、稲妻、そして冷気を、兵士どもの群れに放り投げてやると。

ティラノサウルスに気をとられている兵士たちは、避けることもできずに一発、また一発と食らって倒れていく。

体に火が燃え移り、パニックになる兵士。

電気ショックで仰向けになり、死にかけのセミのように手足をビリビリと震わせる兵士。

体が凍りついて、動けなくなる兵士。


ボッ


…ん?

視界の右上のほうでチラッと、火が見えた気が。


見ると、ホワイトピューマが口から火を吹いてる!

俺の魔術を真似しようとしてるらしい。どこまでも賢い生き物だぜ、まったく!

「ホワイトピューマ、あともう少しだ!火の玉が前に飛んでいくのを、イメージするんだ!」


ボオッ


ボシュッ


…ホワイトピューマの口から出た小ぶりな火の玉が、前にすっ飛んでいき、遠方の兵士の一人にぶち当たった。

「やったなホワイトピューマ!!いいぞ、その調子だ!!」

ホワイトピューマは、さらに火球をもう一度発射!

パラサウロロフスの吹く炎に比べると威力は劣るが、それでもサブウェポンとしては十分じゅうぶんだろう。

「ハ、ハトリュウが火を吹いたぞ!!」

「手に負えない!」

「退却するんだーっ!!」

慌てふためく兵士たち。情けないことに、背を向けて逃げ出しやがった。


追い討ちをかけてもいいが、ここはいったん休憩。ティラノたちの体に傷がないか確かめるためだ。

大丈夫そうに見えても、小さな怪我とかがあるかもしれないからな。



[客観視点]

ランドール率いるティラノ軍団に恐れをなした兵士たちは、自国へおめおめと帰ってきた。

その尋常でない様子を察した国王は。

「な、何があった!?」

「陛下、ハトリュウが!ハトリュウたちが!!」

「ハトリュウだと?なぜあんな野性の化け物に戦いを挑んだ!?」

「ただのハトリュウではございません!魔術師が操っておりまして…」

「魔術師か…」

そのとき。




「よお、俺が何かしたかい?」




声の主は、金髪ピンク眼の小柄な美少年。




ランドール・ノートンである!




「あいにくだが、お子様の出る幕では」

「陛下!!やつです!!やつがハトリュウを連れた魔術師!!」

国王の言葉を遮って警告する兵士。

「何?貴様が…そうか、さては特化体質!」

「アタボウよ、俺はガキじゃねえ。それにこの国を壊滅させることも可能だ」

ランドールのうしろから、ノソノソと歩いて姿を現すティラノサウルスたち。

「待て。…どこの魔術師かは知らんが、取引をしよう」

「取引?まあ、条件によるかな」



こうしてランドールは、たった一日で村を自分の領地にした挙げ句、一国との内通に成功したのである!


だが、ランドールに吹いている追い風はそれだけではない。


…モーター王国では、洗脳薬によってすっかり下僕と化した獣人モナカ・ヴァニーラが、主人の帰りを待っているのだ。

謀反に使われることも、承知の上で。

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