第四十四話 調教
[客観視点]
数名の兵士を連れ、モーター王国の本領土を自ら訪れたリニア。
「姫様、ご用件は?」
見張りの兵士が問う。
「兄のディレクに会いにきたの。相談したいことがあって」
「…伝えて参ります」
ほどなくして、ディレク本人が出迎えに来た。
「リニア!来てくれて嬉しいよ」
「直接会うのは五年ぶりね」
「ああ。親父からは会うのをずっと禁止されていたもんなあ」
四兄弟の結託を恐れていたローレンスは、実子たちが領土をもつようになった時点で、父である自分以外のどの身内とも会わぬよう、目を光らせていたのだ。…その戦略が返って災いし、リニアによる反逆を引きとめる者がいなかったのが、ローレンス最大の誤算である。
「ええ。…ところで一つ相談したいことがあって」
「何かな?何でも言ってくれ。お前には、何度も助けてもらったしな」
二人はローレンスの生前、ずっと手紙で内通していたのである。リニアはディレクに知恵を貸したり、またディレクにとって危険な相手を兵力で潰してやったりしていたのだ。
「じゃあ単刀直入に言うわね。父が残した資料を探したいの。図書館とか、城の中とか」
「資料か。そうだな、必要最低限のものは親父の書斎にあるし、それ以外は地下にまとめて置いてある。どんな資料が必要なんだ?俺が探して持ってこようか?」
「ありがたいけど、自分で見つけるわ。そこまで兄さんに苦労させたくないもの」
「そうか。じゃあ、ゆっくりしてってくれ」
リニアが気遣いを装って兄の手伝いを拒んだ真の理由、それは作戦の内容にあった。
いくら妹を溺愛するディレクでも、その本質は単なるお人好し。獣人の奴隷化には難色を示す可能性があるからだ。
真っ先にリニアは、城の地下室へ向かった。父とジャズマイスター卿の研究が資料として残っているとしても、ディレクにとってそれが重要である可能性は低い。第一、リニア自信が父を討ち取った直後、ディレクに手紙でそう伝えたのである…“現在の政治に必要な新しい書類以外は、まとめて地下に保管だけしておくように”と。
薄明かりを頼りに、本棚に並んだ古びた書物の中から、目的の書類を探し出さなくてはならない。
…さすがに一人で行うのは不可能。
リニアは、連れてきた兵士に手伝わせることにした。
[ランドール視点]
ティラノサウルスを手なずけるにあたって、俺は新しい洗脳薬を作っている最中。
だが、薬だけでは食ってくれない。また新たな獲物を仕留めて持っていかないとな。
相手は一頭じゃなく子連れ。大蛇一匹程度、家族全員でなら丸々と平らげてしまう。デカい獲物が必要だ。それこそ草食恐竜とか。
しかし巣を見つけたのは大きなアドバンテージだ。いつでも同じ個体に餌をやれるからな。それに家族連れということは、一気に複数のティラノサウルスを対象にできる。
せっかくだから、一度に大量の洗脳薬を作っておいた。長持ちするらしいからな。
だがそのせいで少し貧血気味だ。ちょっと休んで、生物の本でも読みに図書館へ行くとするか。
リニアが遠出しているいま、思いきって国を乗っ取ることも考えた。が、ティラノサウルス育成計画がおじゃんになるリスクを考えるとそれは愚行。ルイージ・グリーンが目を光らせているしな。
図書館から動物の図鑑を引っ張り出してきて、ティラノサウルスの餌になりそうな生物がいないか調べる。
…やっぱり、恐竜が多い。この世界に魔力が存在する影響で、絶滅を逃れたのだろうか?だが名前が異なっている。例えば、ティラノサウルスは“ハトリュウ”という、何ともなっさけない名前に。
それ以外にもカオスな生物がいろいろいたり、逆に馴染みのある普通のゾウやライオン、キリンなんかは見当たらないが…まあ、いまのところはどうでもいい。
ティラノサウルスの主食といえば草食恐竜だが…。
“サイリュウ”もといトリケラトプス、これは却下。仕留められれば文句なしのご馳走にはなるだろうが、そもそも倒すのが難しすぎる。図鑑にも“並みの武器や魔術では通用せず、またツノや嘴の殺傷能力も高い”“多くの狩人たちがサイリュウを仕留めようと試みたが、返り討ちに遭って悉く命を落としている”とあるしな。
“カメリュウ”もといアンキロサウルス、これも却下。理由はトリケラトプスと同じ。図鑑には“間違って激突した馬車が粉砕されるなどの事故多発”“特にうしろに回り込むと、偶然尻尾が直撃して死亡事故に繋がるため非常に危険”などと記載されているしな。
もっと手軽にハントできて、かつティラノサウルスの腹の足しになりそうなのは…。
“カモリュウ”もといパラサウロロフス、こいつに決定。ツノも鎧もないから、こいつなら俺でも倒せる。それに生息域も広い。現にティラノサウルスの捕食対象として…ん?
“主に薬草を主食としており、体内に魔力を溜め込んでいる”
“ハトリュウなどの天敵に襲われると火を吹いて身を守る”
…まあ、大丈夫だろ。
とりあえずパラサウロロフスを探すため、森へ入ったはいいが…そう簡単に見つかるだろうか?
森の奥に、半径三十メートルはあろうかという大きな湖を発見。
その
長い尻尾と、逞しい四肢、そして滑らかに隆起した背中。
うしろにカーブした
アヒルのように平たい嘴。
パラサウロロフス!
しかも一体じゃねえ。幼体を含めると、少なく見積もっても五十頭はいる。群れで行動する性質があるためだ。
茂みに隠れ、じっと相手の様子を窺うとしよう。
獲物たちは、これから何が起こるのか知るよしもない。
狙いを定めると同時に、どの魔術を使うべきか、考えを張り巡らす。
図鑑によると、相手は火を吹くらしい。ということは冷気は使わないのが無難。ダイレクト・ブラスターは威力は高いが、魔力を消耗しやすい。稲妻は…消去法だが、使ってみる価値はある。まずは普通の稲妻“クラック・イン・フロント・スペース”を使ってみて、火力が足りないなら“プライミティブ・サンダー”で補おう。
ここから一番近いパラサウロロフスの背中に、狙いを定める。
…稲妻を発射!!
「ブゥウォオォオォオ!!?」
電撃をもろに食らったパラサウロロフスの巨体が、ブルブルと震え
思ったより効いてるな!
おまけに、その周りの連中たちもパニックを引き起こし、ラッパみたいな叫び声を上げながら、鶏冠を七色に光らせ…
ボオオオオッ
ボオオッ
ボオオオオッ
…口から炎の息吹を放ち始めた。
マジかよ、まるでファンタジー世界のドラゴンだ!って、異世界にそんな突っ込みは野暮かもしれん。
しかし、んなこたぁどうでもいい。問題は、俺にとって相手が常軌を逸した危険生物だってことだ!
パラサウロロフスたちは、四方八方に火炎放射をぶちかましてやがる。やつらが平常心を失い、敵の姿もわからないままに無駄撃ちしてくれてるのだけが、俺には唯一の救い。寧ろチャンスかもしれねえ、相手が混乱してるんだからな。
というわけでもう一発!
「ブォオォオ!?」
「ブォオオォオォオ!!」
稲妻を食らったパラサウロロフスたちが、一頭、また一頭と震えては倒れていく。
この調子で全滅させれば気分はいいだろうが、目的を見失ってはいけない。
俺の狙いは、ティラノサウルスの餌を調達すること。いまパラサウロロフスを皆殺しにしてしまうのは都合が悪い。腐って保存できなくなるしな。
そろそろ一体だけに集中して、とどめを刺すとしようか。
アホ面でこっちを見つめているパラサウロロフスどもに、次の一手を
って、やつらこっち見てんじゃねえか!!
「「「「「ブォオオオオオ!!」」」」」
しまった、見つかったぁ!!
慌てて木陰に身を隠すが、ドシドシと足音が近づいてくる。あんなのに踏まれたりしたらひとたまりもねえ。
だったら飛んで逃げる!
金色の翼を展開し、天に向かって上昇。
そのまま森を抜け、真下を見下ろすと。
ボオオオオッボオッボオオッ
ボオオオオッ
ボオオッボッボオオオオッ
およそ十メートル下で、パラサウロロフスたちが懸命に首を伸ばし、炎をこっちに吹き続けている。
届かないとはいえ、ものすごい迫力。まるで怪獣だ。
この怪物をどうやって仕留めれば…。
待てよ?仕留める必要なんてあるのか?
いくら相手が火を吹くドラゴンといっても、その動力源は薬草由来の魔力。つまり無限ではない。
このまま消費させよう。
だが、待ちぼうけももったいねえ。粘るだけじゃなく、効率的な行動はできないだろうか?
そうだ!いいことを考えたぞ!
「おーい、こっちだこっち!」
相手を挑発し、空中を俺が移動すると。
案の定、やつらはヒョコヒョコと俺についてくる。
かかったな。
そのアホどもを率いて俺が向かった先は、例のティラノサウルスの巣穴。
「…ホーッ、ホーッ、ホッホー…」
獲物のにおいを嗅ぎ付け、洞窟からティラノサウルスがノシノシと二本の足で歩いてくる。
「ブオオオオオッ!!?」
先頭にいたパラサウロロフスが天敵に気づき、
それを見たほかの連中も。
「ブォオオ!!」
「ブォブォ!!」
「ブオオオ!!」
一斉に怯んで背を向ける。
その背中に、稲妻を発射!!
「ブォオォオ!!?」
直撃を食らった一匹が、ブルブルと震え上がってドスン、と倒れる。
「クー…」
ティラノサウルスが、じりじりと獲物に近づく。
ボッ…
一瞬だけ火を吹くパラサウロロフス。
しかし魔力が尽きたのか、もはや抵抗する手段にはならず。
「グワァー」
大きく口を開けたティラノサウルスは、そのままパラサウロロフスの首に噛みついてとどめを刺した。
さてと、この餌に洗脳薬をかけるわけだが。
今日は一掴みだけにしておこう。この前仕留めた大蛇には、大量の洗脳薬がまとわりついていた。分量を調整しておかないと、肝心のティラノサウルスたちが毒にやられてしまうからな。
[客観視点]
仕留めたパラサウロロフスの腰にサッと洗脳薬をかけたランドールは、モーター王国へと帰還。
ちょうど同じタイミングで、リニアも資料を持ち帰ってきた。
「あら、ランドールも留守にしていたの?」
「ええ、まあ。ちょっと魔術の練習で」
「そう。…事前の断りもなしに?」
「イェッ!?」
ランドールは思い出した。前にリニアから、何の連絡もない勝手な行動は控えるよう、注意されたことを…。
「言わなかったかしら?メイドに行き先と用件を伝えるか、書き置きを部屋に残しておくようにって」
「い、急いでいたもんですから!それに、習慣になってないもんで、うっかり忘れていましたよ。アハハ…」
「国のそとは危険だから、特に気をつけてね。敵がいるかもしれないし」
「はい…」
「ところで、その袋は何?」
「ぎょあっ!?」
「あ、さては洗脳薬でしょ」
「え、ええ!そうですとも。獣人ばっかりじゃ軍の戦力にはならないかと、ほかの生物を…それに、餌やりの方法もいろいろ試してみないことにははっきりしませんし」
「餌やりの方法なら、こっちでも調べていたわ。本領土で面白いものを発見したの」
「“面白いもの”…といいますと?」
「一つは、父が生前書いていた日記。そしてもう一つが、洗脳薬についての資料よ」
リニアは、二冊の本を取り出して見せた。いずれも古びて、カピカピになっている。
「うへぇ、ボロボロだ」
「そう。特にこの資料のほうは…ほら、ページがところどころ切れて、
「じゃあ、使いもんにならねえでさぁ」
「焦らないの。私が思うに、消えたページは意図的に処分された可能性が高いわ。その内容がどのようなものだったのか、はっきりとはわからないけど、探す手立てはある。それがこの日記よ。例えば…」
そう言うと、リニアはパラパラと日記のページをめくった。資料本のページが切れた箇所を確認しながら…。
「ほら、資料と日記は、基本的に同時進行で書かれている。照らし合わせると、対応する内容が見えてくるわ。資料ほど具体的なことは書かれていないにしろ、日記のほうにその日何があったとか、どんなことがあって苦労したとか、そこから推測して情報が得られるってわけ」
[ランドール視点]
リニアさんの方法だと筋は通っているが、泥臭くてまどろっこしい。
ということは、洗脳作戦は俺が一歩リードしてるってわけだ。…リニアに洗脳薬が見つかったのは少し痛いがな。
にしても、ティラノサウルスってのは実に利口なやつらだ。俺の狩りを手伝ってくれるんだからな。
俺が魔術で攻撃して獲物を弱らせると、ティラノサウルスがとどめを刺して仕上げをしてくれる。どうやら、自分たちにメリットがあることをよくわかっていると見える。
洗脳薬の効き目もあるが、こうして共同で狩りを行うことで、だんだん俺に懐いてきてるようだ。現にこいつら、俺が巣穴の近くを通るとクークーと喉を鳴らして挨拶するようになったし、獲物を見つけると俺にこっそり知らせにくるようにもなった。
最初の投与から、二週間というところだろうか。
「ようしお前ら、一回だけジャンプしてみろ」
言われた通りにぴょん、と跳び跳ねるティラノサウルスたち。ドシン、と地面が上下する。
「次は、しゃがんでみろ」
連中が、言われた通りにしゃがむ。
「その次は、回れ右だ。わかるか?ゆっくりでいい。…そうだ」
くるーり、とスローペースではあるが、右に一回転して戻ってきた。
完璧だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます