第四十三話 獲物

[客観視点]

捕らえた獣人たちに、いよいよ洗脳薬を投与し始めたモーター王国だが…。

洗脳薬を混ぜた餌は、捕虜に食べさせるのがなかなか難しい。捕虜は体力を消耗しているから、普通の食べ物では噛むのに力を要し、また消化も困難。かといって、流動食などではせて吐き出してしまう。

さて、どうしたものか。

姫騎士リニア・モーターは、直属の部下ルイージ・グリーンにそのことを相談することにした。


「捕虜が食べやすい餌、ですか…」

指先で眼鏡をカチャリ、と少し上に上げるルイージ。

「何かいいアイデアはないかしら?食べさせやすいメニューとか、食べさせるコツとか」

「…画期的な方法ではありませんが、泥臭いやりかたが一つだけ」

「固さを調整しながら与えてみて、どれが一番いいか試すってこと?」

「それしかないでしょう」

「あーあ、ルイージなら何か知ってると思ったんだけど」

「勝手にがっかりしないでいただきたい。そもそも洗脳薬の歴史は浅いんです。はっきり言って、あまりにも注文が無茶だ」

「だってあなたは、看病とかにも知識があるじゃない」

「知識があれば何とかなるとお思いですか?知ってるのと、実際にやるのとは違う。看病とはそういうもの。だから俺は人の世話なんかしないんですよ」

「じゃあ誰がやってるの?」

「俺なら、部下に任せますね。実際の現場に関しては、寧ろメイドのほうがよくわかってるかと」

「だったらそのメイドを連れてきてちょうだい」

「かまいませんが、もう一つの問題はおわかりですかな?」

「もう一つ?」

「病人・怪我人と捕虜は、根本的に違うってことですよ。捕虜には敵意がありますから、鎖に繋ぎ、力ずくで押さえておく必要がある。もっとも、普通の看病だって相手が暴れたり、妙なプライドで突っぱねるとか、そういう難しさはあるようですが」

「じゃあほとんど変わらないじゃない」

「例えやることが一緒でも、目的が違いすぎます。看病は本来、相手の回復や生活の支えを試みるもの。あんたが俺の部下に押しつけようとしているのは、抵抗する家畜への餌やりと洗脳だ。心構えにズレが生じて、まともに取り組めないでしょうな」

「もう!じゃあどうすればいいのよ!」

ついにリニアは、お子様みたいに頬を膨らませた。

「どうすればいいって、自分でお考えになってください。そもそもあんたが言い出した計画で…待てよ?ちょっと心当たりが」

「何?何か思いついたの?」

身を乗り出し、橙色の目をキラキラさせるリニア。

「…いえ、はっきりした情報ではありませんがね。ジャズマイスター卿なら何か知ってるかと」

「確かに!彼なら何かいいやりかたを知っていてもおかしくないわ。でもそう簡単に教えてくれるかしら?」

「聞き出すのは至難の技。しかし当時の資料が残っていれば!」

「本領土を探ってみるわ!生前の父は、ジャズマイスター卿をよほどアテにしていたみたいだから」



[ランドール視点]

現在俺は、薄明かりを頼りに洗脳薬を一人で作ってる途中。

夜更けに何をやっているんだ…と自分でも言いたいところだが、こんな時間でないと研究室に忍び込めない。

誰かに見つかったらマズいので、戸締まりを入念にしておいた。


薄暗いので、間違えないよう注意して材料を大鍋に入れ、かき混ぜる。

ベースの液ができたところで、指を切って俺の血を数滴垂らす。

そして、ブクブクと泡立ち火花が発生したところで。

「…ヒプノシック・スラッグ」

外に聞こえないよう、小声でそっと唱え、掌から赤い光のナメクジをポチャン、と液の中へ。

液全体が一瞬赤く光り、紫色のドロッとしたペーストに変化。よし、できあがったぞ。

あとはこいつを持ち帰るため、袋に詰める。


用は済んだ、とっとと部屋に戻ろう。

扉の鍵を開け…


あれ?ドアが開かない!


一瞬焦ったが、どうやら自分で鍵を閉めてしまっただけらしい。鍵をもう一度逆方向に回すと、こんどはきちんと扉が開いた。

つまり俺としたことが、ドアの鍵をかけ忘れて洗脳薬を作っていたようだ。危ねえ、危ねえ。



リニアのやつは洗脳薬を獣人ごときに投与してやがるが、この俺は違う。


ローゼンベルグ家の“二つ槍の化け物”。

あのサイのように大きなクワガタどもを手なずけて、俺の配下にしてやるのだ!!


本当は日がのぼってから餌やりに出向きたいが、日中に出歩くとリニアに怪しまれる。

気づかれないよう、いまのうちに行動しておくか。



洗脳薬の入った袋を担いで、国の敷地の外へ。


…ローゼンベルグ家ってどこだ?


しまった、地理の本を部屋に置いてきた!!

取りに帰ろうにも、何度も出入りすると誰かに見つかる可能性が高い。

仕方ねえ、“二つ槍の化け物”じゃなく、別の強い生き物を探すか。


で、訪れたのは近くの森。

リニアのやつ、確か“蛇ならそのへんの森にうじゃうじゃいる”とか言ってたからな。蛇の軍隊、強いかどうかはわからんが、大蛇の一匹でも懐かせれば、それなりの戦力にはなるだろう。ツチノコが当たり前のように生息する世界なんだし、ティタノボアがいたっておかしくねえ。

だが、どうやって洗脳薬を食わせる?てっきりクワガタに投与するつもりだったから、樹液にでも塗ろうと思っていたんだが…。餌になりそうな食材を取りに城へ戻るか?いや、それなら地理の本を取りに帰っても一緒だろう。…ここで調達するしかない。餌になりそうな生き物を仕留めて、洗脳薬を混ぜるんだ。しかし、そう都合よく獲物なんて見つかるだろうか?

あたりを見渡すが、目視できるのは木々ばかり。

さすがにこんな夜更けじゃ、どんな生き物だってねぐらの中。そう簡単には見つからない。

だったら起こしてみよう。人に見つかるリスクは多少あるが、時間を無駄にはできない。俺だってそろそろ寝たいしな。

木々の間に横たわる、一本の丸太。直径はおよそ一メートルと、やけに太いな。あれだけ太けりゃ、中に動物が一匹眠っている可能性は高い。そいつを叩き起こして、仕留めて餌にすりゃあいいだろう。


丸太に向けて、火球を一発。


ボスンッ

ジュウゥゥ…


火球が命中した部分に、煙と、そして肉汁が。


…ん?肉汁?樹液じゃなくて?




ズズズ…




動いた。




丸太じゃない。




蛇だ!!

早く逃げ

「シャアアアアア…」

頭上から何か聞こえたぁ!!

見上げると、大きく口を開けた蛇の頭が!!

しかもその口の中には、鋭い牙がびっしり!

アナコンダか?いや、もっとデカい!

「ティ…ティ、ティ、ティティティ…ティタノボアだあー!!」

なんてこった、ほんとに出くわすなんて!こんなのが“いたっておかしくねえ”などと思っていた自分を殴りたい。…じゃなくって、とりあえず逃げないと!

覆い被さってくる蛇の口の中に、冷気を一発。

怯んだ蛇がひっくり返った隙に、金色の翼を展開!このまま飛んで逃げよう。

幸い、この森は逃げるのに上手く利用できる。縫うように進めば、相手も追ってこれないはず。だから木々の間をジグザグに

「シャアアアアア!!シャッ、シャアアアアア!!」

やっべえ、追いつかれる!!あんなデカブツが、こんなに器用に迫ってくるなんて!

…上だ、真上に直進しよう!さしものティタノボアも所詮はただの蛇、上空まで追ってはこれまい!

真上に急上昇し、真っ黒い空へと突き進む!!

やったぜ、森を抜けた!

「シャアアッ!!」

下を見ると、あと少しのところで俺に食らいつけなかった蛇が、顎をガチン、と閉じて、悔しそうにこっちを見上げるのが見える。


そうだ、こいつに洗脳薬を飲ませよう。


これだけ必死に逃げてきたのに、俺は洗脳薬を手放さずにここまで来た。不思議だ。

まあ何はともあれ、この大蛇をペットにしてリニアに差し向ければ、俺の下剋上も夢じゃない。

餌はないが、洗脳薬を直接やつの口に落とせば丸呑みしてくれるだろう。


袋の口を開け、逆さにして、中身を蛇の顔に落とすと。


「ブルルンックシュンッ!!」

きったねえ、くしゃみしやがったな!

ちゃんと丸呑みしろ間抜け、ああもう、せっかくの洗脳薬がもったいねえ…。


「シィィィィ…」

あれ、こいつめっちゃ怒ってる?真下の地面でグルグルとを巻いてやがるんだが。

何だかとぉーっても嫌な予感…。


「シャアアアアアッ!!」

うわっ、こいつジャンプして襲いかかってきた!!

もっと上に飛んで逃げ…


ガチッ


いってえええええ!!?」

くそー!!くそー!!くそくそくそーっ!!噛みつかれた!!足首に激痛がああああ!!

「放せ、放せー!!」

体を左右に揺らしても、俺の両足首に噛みついた蛇は、プラプラと下で揺れるだけ。

何とかしてこいつを引き離さないと。

まず火球を蛇の鼻先に放つ。

ボシュッ、ジュウゥゥ…

「フウゥゥン!!」

鼻を火傷しながらも、蛇は耐えている。

次は冷気だ!

ピシッ、カチカチカチ…

「ウゥウゥウン!!」

患部が凍っているというのに、やっぱり放してくれねえ!

どうすりゃいい…。


ええい、もう何でも放つしかねえ!!


「スコーピオンズ・クロウ!!」


二本一組の光の矢を真下に狙って飛ばすと、見事蛇の鼻の穴に一本ずつ命中!!

「ゴォッ!!?コッ…」

痛がる蛇。少しだが、顎の力が緩んだな。チャンス!!

「ヴァンパイア・ローズ!!」

掌から出した薔薇の蔦を、蛇の首に巻きつける!!

「グワァッ、アエッ、エエエッ」

首が締まった蛇は、とうとう俺の両足から顎を放した。一列に並んだ鋭い牙には、真っ赤な俺の血が絡みついている。

さっきまで自力でぶら下がっていた蛇は、薔薇の蔦で首吊り状態に。

蔦を掌から放すと、首が締まったままの蛇は地面にドシン、と落ちた。

「…プライミティブ・サンダー!!」

両足首の痛みを堪えながら、どうにか深紅の雨雲を発生させる。

その雨雲から、


ドオオオオオオン!!


雷が蛇に向かって直撃し、


…ドサッ


蛇は、真下で倒れ、動かなくなった。





…さてと、まずは怪我の手当てだ。

蛇の傍に降りて、魔法薬を両足首にかける。

シュウウウウ…

傷口が塞がっていく。ほんと万能だな、これ。

蛇ということは毒があるかもしれないから、油断はできない。が、ティタノボアほど巨大で原始的な種類なら、毒腺は発達していないだろう。


…あーあ、せっかくのティタノボアを、獲物にしちまったな。

それに洗脳薬も地面に散らばってしまった。その上でとぐろを巻いたばっかりに、蛇の体表には洗脳薬がべったり。

さて、この餌を食うのは、一体どんな生き物だろうか。

それほど強くないやつであっても、死体なら貪ることは少なくないだろう。


「グゥゥ、グゥゥ…」

鳩の声を低くしたような鳴き声。

こんどは何だよ…。また恐ろしい化け物だったりして。

声のするほうを見ると。


めっちゃデカいけど、カラフルな鳥。

しかも口の先は嘴じゃなく、蜥蜴のように丸みを帯びて、見るからに柔らかそう。

おまけにそのデカい図体を支えているのは、たった二本の足。

両手らしきものは見えない。たぶん、飛ばない鳥なんだろう。

丸々と太った胴体に、間抜けそうな顔。

円らな両目をキラキラさせながら、こっちに近づいてくる。


チッ、俺の仕留めたティタノボアを食うのはこいつかよ。

嘴のねえデカい鳩なんか、手なずけたって何一つ

「グワアァァ」




鳩の柔らかそうな口が大きく開くと、ステーキナイフのような歯が整列してお目見え。




鳩じゃねえ。




「ティラノサウルスだああああ!!」

大蛇の次は恐竜かよ、ほんとどうなってんだこの世界!!異世界ってこういうもんなのか!?

てか、ここは逃げるが勝ちだ!食われる前にさっさとズラかるぜ!!


…あれ?


ティラノサウルスは俺そっちのけで、蛇のほうにかぶりついた。

どうやら人肉には興味がないと見える。…人間が変な味だからか、それとも単に腹の足しにならないのか、それはわからんが。


…ちょっと待て。その蛇の体表にはべったりと洗脳薬がまとわりついてるはず。それをティラノサウルスが食ってるってことは…。




俺はティラノサウルスを手なずけることになるのか。




どうやら、今回の成果は捨てたもんじゃないみてえだな。

だが完璧に自分の配下に置くには、何回も洗脳薬を投与する必要がある。ティラノサウルスは強い上に、知能もそれなりに高いからな。

ということは同じ個体にちょっとずつ餌を食わせるのが無難。つまり目の前のこいつに、印をつけておく必要がある。リボンでもあれば、尻尾の先に結んでおけるんだが。

「グワゥ、アゥ」

恐竜は大蛇の真ん中あたりを咥えて、ズルズルと引きずって持ち去っていく。


どこへ向かうのかと、あとをつけると。


森の奥、その岩場にできた洞窟の前。


ここに来て恐竜は、ドシン、と大蛇を地面に落とした。いや、下ろした、と言ったほうが的確か。


お土産のにおいを嗅ぎつけて洞窟から出てきたのは、餌を運んできたのより一回り小さい個体が二匹と、さらに小さいのが二匹。

どうやらティラノサウルスの一家らしく、洞窟に住んでいるようだ。


また新しい餌を仕留めて、ここに持ってこよう。

そしてこいつらを手なずけ、リニアに差し向けて謀反を起こすのだ。

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