第四十二話 下僕
[客観視点]
ランドールが作った洗脳薬は、リニア監視のもと、獣人モナカ・ヴァニーラに与えられることに。
そしてその実験結果を参考に、ほかの獣人たちを洗脳してリニアだけの下僕にする、という計画。
だが、都合よく扱われることに納得しないランドールは。
「だったらせめて、あの獣人の様子を観察させてください」
「あの獣人って、どの獣人?」
きょとんとした顔を見せるリニア。
「しらばっくれるんじゃねえですよ。実験台第一号のことに決まってるでしょうが」
「ああ、あれのことね。いいけど、私がいるときだけにしてもらえる?」
「なぜです?」
「なぜって、あなたが一人で計画に関わると、何をするかわからないし」
「やっぱり信用されてねえんだ」
「はいはい、そうね。あなたは信用されてない。だって散々裏切ってきたもの。これまでは私がねじ伏せるだけでよかったけど、今回はそうはいかない。獣人の軍隊を作る計画は、それくらいデリケートなのよ」
堂々とした優雅な態度で語るリニア。感情的になっている様子は微塵もなく、大物としての余裕を感じさせる。…その余裕が、逆にランドールの神経を逆撫でしてしまってもいるのだが。
「わ…わかりましたよ。ただ、ちゃんと見せてくださいよ?実験台第一号は、俺がもらうことになってるんですから」
[ランドール]
リニアの条件を飲むしかねえ。いまのところはな。
だが、必ず隙が生まれるはずだ!!そのときがリニアの足元を掬う絶好のチャンス!!
…で、翌日。
とりあえずはリニアさん同伴で、獣人への餌やりの様子を見せてもらうことに。
獣人たちは皆、地下の牢獄に囚われ、鎖で四肢を壁に繋がれている。目隠しと猿轡までされた状態で。目隠しは、暗闇でも目の効く獣人たちに城の内部や人の顔をなるべく見られないようにするため。猿轡は獣人どうしのコミュニケーションを防ぐほかに、“捕らえてから二日間は何も食べさせず放置する”という目的もある。いきなり洗脳薬の混ざった餌を与えても警戒されるから、空腹に耐えきれなくなったところを自ずと食わせるってわけだ。
お目当ての実験台第一号は、地下を二回右に曲がった突き当たりにいた。ほかの獣人と同じく、鎖に繋がれ目隠しと猿轡をされた状態で。この二日間、ほんとに何も食ってないと見えて、カリカリに痩せ細り、頭の上の耳は二つとも垂れ下がって、全身を覆う灰色の毛も萎れてところどころ黒ずんでいる。なんだか痛々しい。
「あれ?…耳は塞がなくていいんですか?会話を聞かれるとまずいような」
ふと疑問に思ったので、リニアに訊いてみたところ。
「余計なことを言わなければいいのよ。それはどこにいても同じ」
へえ、だったら目隠しもいらねえじゃねえか。
実際の餌やりは、兵士が三人がかりで行うようだ。餌の入った壺を床に置き、二人が獣人の首に剣の切っ先を突きつけ、残りの一人が猿轡だけをはずす。一人で行うと、噛まれる危険性が少しはあるからな…まあ、こんなに衰弱しきったやつが抵抗できるとは思えないが。
「クハッ、ガッ、ガルルル…」
獣人の口から、大量の
そして、先ほど猿轡をはずした兵士が壺を手にとって、その壺の細い口を、獣人の口の中に押し込む。…なんか、フォアグラ作ってるみてえだな。動物愛護団体が見たら発狂しそうな光景だぜ。
「ガウゥッ、コホコホッ…」
いきなり入ってきた餌に、むせてしまう獣人。咳と一緒に、餌が床に飛び散る。
壺を持っている兵士が、ふとリニアのほうを見て一言。
「やっぱりこの方法では食べにくいようです」
「こら、よそ見しない!」
リニアが警告した次の瞬間。
「ガアアウゥ!!」
ガチンッ
獣の顎は、あとちょっとのところで兵士の手を噛み損なって、代わりに空気を噛みちぎった。
「うわっ!?」
咄嗟に手を引っ込めたおかげで噛まれずに済んだが、兵士は腰を抜かし、ドシン、と尻餅をついた。
「はあ…」
何だか呆れた様子のリニアさん。
餌やり、上手くいってないみたいだな。
…これは計画に入り込むチャンス!!
「リニア様、せっかくだからこの俺が、もっといい餌のやりかたを考えましょうかい?」
「そうねえ…そうしたいけど、下手に介入させるわけにもいかないし。ルイージに相談するわ。彼は料理や看病にも詳しいから」
チッ、あの眼鏡野郎がいたか。俺の出る幕はねえってわけだ。
[サラ視点]
よし、じょうほうはてにはいった。つぎはつかってなじませるばん。
わたしがこれからしゅうとくするときめたのは、しょしんしゃむけのみっつのわざ。
ひとつは“てつこぶしのじゅつ”。これは、まじゅつでいちじてきにこうてつにしたこぶしで、あいてをなぐるわざ。
ひとつは“かぜばしりのじゅつ”。あしのまわりにまじゅつでかぜをおこし、そのきりゅうにのってすばやくいどうするわざだ。
そしてさいごのひとつは“ばくえんなげのじゅつ”。きばくせいのほのおをまじゅつでつくりだし、あいてになげつけるわざである。
…しょうじき、ふつうのまじゅつとなにがちがうのかよくわからない。にたようなわざは、ふつうのまじゅつでもあるはず。
だが、だからといってまじゅつけんぽうをためさないてはない。わたしでもたたかえるようになるなら、しゅうとくするかちはある。
ジャズマイスターきょうにきょかをもらい、ぶかにばしゃをださせ、いつもとおなじれんしゅうじょう…といってもただのだだっぴろいそうげんだが…にむかう。れんしゅうのまとにつかうどれいも、ぶかにうまでひきずってこさせている。
そうげんにつき、どれいをきにしばりつけ、れんしゅうかいし。
「や、やめてくれ…殺さないでくれ」
まっさおになりふるえあがるどれい。ざまあみろ、おまえはわたしにころされるためにうまれた、げぼくなのだ。
めをとじ、いしきをしゅうちゅう。
じぶんのこぶしが、かたいてつになるのをイメージ。
「…はああああっ!!」
かけごえをあげ、いっきにまりょくをみぎのこぶしにそそぎこむ!!
これが、まじゅつけんぽうのとくしゅなめんのひとつ。ふつうのまじゅつとちがって、わざのなまえをいわないのだ。これには、あいてにつぎのわざをよまれないようにする、というりゆうがあるらしい。…ただ、ふつうのまじゅつであっても、ランドールとかはわざのなまえをいわずにふいうちをすることもおおいのだが。
こぶしが、ぼうっとあつくなる。
ふと、みぎてをめでみてかくにんすると。
…こぶしが、ぎんいろにテカテカと光っている!!
「やった!!」
あとは、めのまえのあいてにぶつけるだけ。
ねらいをさだめ、どれいのひだりほほをなぐる!
…だが。
「ぶぅっ…」
どれいのほほにめりこんだこぶしは、いつものわたしのて。
なぐるちょくぜんで、もとにもどってしまったのか!?
「うう、こんなはずでは…」
ゆびのつけねがいたい。あいてをおもいきりなぐったせいだ。
「へっ、何だい小娘が。温室育ちの見かけ倒し!」
みかけだおし…だと?
きさま、げぼくのくせにちょうしにのるな!!
「もういちど…」
おなじほうほうで、こぶしにまりょくをしゅうちゅう。
ぼうっとあつくなってきたところで、こんどはもくしせずにそのまま…
「くらえっ!!」
ふたたびめりこませたわたしのては、ぎんいろのこうたくをおびていて。
「ぼごぉわっ!?」
どれいのかおが、ぐるんとよこにまわる。
そのくちから、なにかかたくちいさなものがコロン、ところがりおちた。
はだ、どれいのはがおれてとびだしたのだ。
[カラブ視点]
びっくりする事態が起こった。
ドクバールが、自ら帰ってきたのだ!
「どの面下げて戻ってきたジジイ!!」
ハサミンデリが激怒。やめてやれ、ドクバールにはドクバールの事情があったのだろうし、何より老体だからな…。しかし怒る気持ちもわかる。サソリーナが死にかけたんだ、その責任くらいは俺から問わないと。
「戻ってきたからには、誰に頭を下げるべきかわかっているよな?」
少しきつい言い回しではあるが…。
弱々しく震えながら、ドクバールが絞り出した答えは。
「…申し訳ございません、カラブ様」
「俺じゃない!!」
思わず怒鳴ってしまった。
ビクン、と縮み上がるドクバール。何てこった、これじゃ俺はハサミンデリとやってることが同じだ。
あと何か俺のうしろでみんなざわざわしている。そんなに俺は怖かったか?すまん、みんな…。
「か、カラブ様が怒った…それも味方に…」
サソリーナまで怯えている。…かたじけない、俺はお前のためにドクバールに怒鳴ったのに。
ここは、冷静にならないとな。
「その…ドクバール、お前はサソリーナに謝るべきだ、と俺は思ったんだ」
「ええ!?私ですか!?」
すっとんきょうな声をあげるサソリーナ。
「だってそうだろう。お前が毒で死にかけたのは、ドクバールの仕業なんだからな」
「それは…そうですけど、でも」
なんだか気まずそうなサソリーナ。
「何だ?」
「…その件は、結果として私が巻き添えになっただけで…本来狙われていたのは、カラブ様、あなたのはずでは…?」
サソリーナは、両手の人差し指の先どうしをツンツンとくっつけ合いながら、ぼそぼそと小声で意見を絞り出した。…そうか、ドクバールに操られて俺に毒を盛ってしまったこと、気にしてるんだな。だったらこの話をほじくり返すのはもうやめよう。
それより問題は、ドクバールをどうやって再び仲間として迎え入れるか。みんなを納得させるためには、少し厳しい態度をとる必要がある。とはいえ、ドクバールの事情を無視して一方的に責める気にもなれない。
「…ドクバール、お前は罪を自覚しているな?」
「はい…」
ただでさえ小柄なドクバールが、余計に縮んでいる。見てるとこっちの心が痛い…。
「その罪には事情があったはずだが、その件はどうなった?」
「事情…ですか?」
目をパチクリさせるドクバール。
「スモークとの会話を聞いたぞ。お前の家族、人質になってるんじゃないのか?」
また俺のうしろがざわざわ。
「か、家族が人質だって!?」
「誰かさらわれたんだ!!」
「おい、大丈夫か!?」
みんなが、ドクバールの家族の姿を探そうと視線を動かす。
「でも私たちなら、ここにいるわよ?」
ドクバールの娘が無事を伝えると。
「なんだ、やっぱりいるじゃないか」
「子どもたちも一緒だ」
「でも、どういうこと?」
そういえば俺は、サソリーナとハサミンデリ以外にはちゃんと説明してなかったな…。
「確認のために訊いておこう。ドクバール、お前には隠れた家族がいるな?俺たちの知らない家族が」
「…二十年ほど前、私はある女性と親密になり、関係をもちました」
「二十年前だって!?俺たちがもう走り回っていた頃じゃないか!!」
ドクバールの息子が驚き、声を上げる。
「私たちには…隠し子がいたのです!それを、あなた様にお伝えするわけにはいかず、つい…」
「黙っていたら、スモークにまんまと利用された。そうだな?」
「…一つの罪を隠すために、別の罪を…こんなことに!!こんなことになるとは!!あぁぁ…」
膝から崩れ落ちるドクバール。大粒の涙が、地面にポタポタと落ちて染み込んでいく。
「…もう俺たちに相談できるな?」
「相…談?」
震えながら、ドクバールは顔を上げた。
「カラブ様、こんなやつにまだ情けをかける気ですか?」
まだハサミンデリはドクバールを許せないようだ。
「そうですよ、国王以外の者が一夫多妻なんて!しかも隠れてコソコソ、はしたない!」
サソリーナ、お前、その言いかた…。それじゃ俺だけハーレムして許されてるみたいじゃないか。
ただでさえまだ俺の結婚相手は決まってないんだ、紛らわしいこと言うなよ…(“子孫をできるだけ多く残す”という戦略上、王家や貴族などが複数の相手と結婚することは少なくない。が、俺は新しい時代を築くためにも、できれば一人の伴侶と添い遂げたい…)。
って、いま重要なのは俺の結婚どうこうじゃない。ドクバールの処遇だ、処遇。
「…ドクバールは不貞行為をやらかしたが、それで生まれた子どもに罪はない。なんなら、俺たちが救うべきだ」
いよいよ周囲がどよめく。俺の一言でいちいち騒ぐなよ…。
「す、救うって、こいつの隠し子を?」
「カラブ様の命令とはいえ、さすがに…」
「私は嫌よ、父さんが不倫して作った子どもなんて!」
お前らが反対する気持ちもわかる。わかるけど。
「子どもには罪はないんだ!さっきも言ったろう。いいか?父親の不貞で生まれたばっかりに、そいつはいま、人質にされ殺されかかってるかもしれないんだぞ?」
周囲が静まり返る。
「…“父親”か。私の親父もえげつないことやってたもんなあ、隠蔽工作とか。…わかった、私はカラブ様に賛成する。その隠し子って人の気持ち、ちょっとわかるもん」
サソリーナ…
「ったく、しょうがないぜ。カラブ様の仰ることは正論だしな。だが危険な役と責任はドクバールに引き受けてもらう。それでいいってやつは挙手!」
ハサミンデリ…
みんなの中から、徐々に手が挙がる。
恩に着るぞ、お前ら。
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