第四十一話 洗脳
[客観視点]
お目当ての獣人たちを捕らえるのに成功したモーター軍は、磁力の絨毯に乗って国へ帰還。
次にやることは、捕虜を洗脳するための毒薬の開発である。
翌朝、リニアはランドールを連れ、会議室にルイージを呼んで三人で集まった。
「さてと、例の毒薬の開発だけど。ランドール、あなたに任せるわ」
「ええっ!?い、いいんですか!?」
目を丸くするランドール本人。
「当たり前でしょ?我が国で魔法絡みのことといったら、あなたが一番適任なんだから」
「はあ…ありがとうございます」
「いつも言ってるが、妙な真似はするなよ。聞けば昨日だって、姫様を見捨てて逃げようとしたそうじゃないか」
釘を刺すルイージ。
「その謀反を帳消しにするチャンスでもあるんだし、がんばってね」
「はい…ただ、その…」
「何かしら?」
「洗脳薬の開発は、俺だって初めての試みです。できれば時間をいただきたいのですが」
「時間ね…確かに開発には期間を要するでしょうけど、なるべくでいいから効率よく頼むわよ?こっちとしては一刻も早く兵士が欲しいわけだし」
「あんまり猶予を与えると、また悪巧みしそうだしな」
ルイージが半笑いで皮肉る。
ランドールは内心キレかけたが、落ち着きを装って話を続けることにした。
「…具体的には、いつまでに仕上げればいいですかね?最長で」
「そうね…一週間もあれば十分じゃないかしら」
「い、一週間!?あれだけの獣人どもを!?」
「あっははは、何もやつら全員をとは言ってないわよ。実験台の第一号、その一人だけを洗脳してくれればいいわ。私たちは、その様子を観察すると同時に、あなたの研究内容についても見学させてもらうから」
「見学、ですか?」
「ああ、お前の見張りも兼ねてな」
「へえ、やっぱり信用してねえんだ」
「ふてくされないの。私たちはただ、あなたの研究を参考にしたいだけよ」
「ま、とにかくやってみますよ。本を読んだ感じだと、そこまで難しそうでもありませんからねえ」
[ランドール視点]
つーわけで、獣人の洗脳に取りかかるわけだが…。
うしろのほうでリニアとルイージが、書類と万年筆を持って直立してやがる。だけじゃなく、周囲には魔術師団の連中のうち五人ほどが同じように仁王立ち。くそっ、やりづらいぜ…。
実験台第一号は、“モナカ”とかいう名前の少女に決定。無謀にもリニアに挑みかかってきた、例のあいつだ。
選ばれた理由は、リニア曰く“獣人としてはあまりに弱いから”。実験である以上、最初は失敗する可能性がある。一定以上強い獣人たちを、無駄にはできない。だったら、弱いものから先に試す。残酷ではあるが、筋は通った話だ。
大鍋に魔法薬と材料をぶちこみ、木製の杓子でかき混ぜる。ここまでは、ローレンスの死体をゴーレムにしたときと同じ要領。
だが使ってる材料は違う。動植物をまんべんなく入れていたゴーレム液と違い、こっちは基本的に毒草だけ。種類は豊富だが、どれも植物。
ベースの液ができあがると、こんどは俺の指に傷をつけ、血を数滴垂らす。ちょっと痛いが、我慢我慢。“洗脳する相手の主君になる存在の体の一部”を入れているのだ。これが、動物性の材料をベース液に使わない理由。例えばトカゲの尻尾なんかを混ぜると、ご主人様が俺なのかトカゲなのかわからなくなって、洗脳が曖昧になってしまう。純度を高くするには、余計なものを極力入れないようにすること、らしい。
…しっかし、リニアも馬鹿なやつだ。この時点で、この俺に獣人の主君の座を譲ってしまったも同然なんだからなあ。ククク…。
ブクブクと泡立つ液体。その表面に、ピリピリと赤い火花が飛び散り始める。
ようし、そろそろだ。
掌を液にかざし…
「ヒプノシック・スラッグ!!」
掌に、赤い光のナメクジが出現。つるりと滑り出て、液体の中にポチャン。
ちなみにこのナメクジ、本来は直接相手の頭やうなじに張りつけて操る技なのだが、それだと一時的な効果にしかならず、また弱い相手にしか通用しない。しかしこうやって洗脳薬の開発に役立てることで、効果を持続的なものにできるのだ。
「火花が飛び散ったら、魔術で光のナメクジを投入するのね…」
俺の作業を見ながらメモを取るリニアたち。
…まあ、本に書いてある通りにやるだけなんだけどな。字面と白黒の図しかないから、実際誰かがやってるのを見るほうが、わかりやすいってことだろう。
洗脳薬の全体が一瞬赤く光って、ドロッとした紫のペーストに。
完成だ。
「ご苦労だったわランドール。一仕事終えたんだから、部屋に戻って休んでいなさい」
んじゃっ、お言葉に甘えて…っと、その前に。
「そうしたくはありますが、一つやっておくことが」
「何かしら?」
「洗脳薬の出来を確かめないと。そのために、まず実験台の獣人に投与して」
「投与なら、こっちでやっておくわ。食事に混ぜる必要があるし、効果がわかるまで時間がかかるもの」
何だよ、やけに親切だな…。
で、部屋に戻ってきたのはいいが。
さて、どうする?急に時間ができちまった。
新しい謀反の計画でも…いや、いまは見送っておこう。気が熟すのを待つべし。
じゃあ、次の戦いに備えて魔術のレパートリーを増やすか?やっといて損はないが、あとでもできるっちゃできる。
もっとこう、こんなに時間の余ってるときしかできなさそうな…。
せっかくだから、この世界についてもうちょっと調べてみるか。
例えば、この世界の地理とか、歴史とか。
とくに地理を調べておくと、どのような気候があって、どこにどんな民族が住んでいるとか、今後の作戦会議に役立つ。リニアに作戦を提案しやすくなるし、いざとなったら謀反にも使えるだろう。
歴史については、まあいろんな家系の特色や思想などを把握できるから、知っておいて損はない。
で、向かったのは図書館。毎度世話になってらあ。
幸い、この世界においても地理・歴史はそれなりに重宝されているようで、専用の区画は隅のほうにだがすぐ見つかった。
それぞれの分野の本が並んだ本棚から、一冊ずつをチョイス。分厚いものも多いが、俺が選んだのはいずれも、学校の教科書程度の比較的薄いもの。この世界の地歴については、俺はまったくの初学者だからな。
まず地理の本だが、これの著者はかの有名な魔術師ニック・パナソウ。最初の数ページは見開きいっぱいの地図になっており、その先に各地域や国家などの詳細が本編として記されている。
そして歴史の書物。こちらの著者は、なんとジャズマイスター卿。あの胡散臭いグラサンジジイ、本も出してやがったのか。まああいつの人物像はさておき、肝心の本の中身はというと、最初に年表があって、それから有名な出来事やそこに関わる人物について一つ一つ解説、という、シンプルだがよくできた構成だ。
なお、作成されたのはいずれも十年ほど前であるから、情報が多少古いかもしれん。
とりあえずは地理優先で、書物を読み進めることにする。
だが闇雲に読んだって知識は身につかない。
そうだな、まずはモーター王国がどのように書かれているか、分析するとしよう。事実とどれだけ差異があるか、指標になるからな。
地図上のモーター王国は…あれ、こんなに大きかったか?と思ったら、こっちは本領土。俺の住んでる第三領土は、リーマン王国の近くだから…このあたりか?違う国の名前になってる。さすが十年前、どうやらまだここはモーター王国の領土ではなかったらしい。リニアが八つのときだもんな。おそらく、このちっぽけな国をリニアの父ローレンスが制圧し、娘にプレゼントしたってところだろう。そしてそのローレンスはもうこの世にいない。しかもよりによって娘のしわざとは、なんという皮肉。
…どうも情報が古すぎて、読む気になれねえ。いやまあどちらかというと、情報そのものが古いというよりは、実際起きてる出来事が早すぎるだけなんだが。
仕方ねえ、一旦地理は置いておこう。気候なんかを調べるのには使えるが、国家に関しての情報はまるでアテにならねえからな。
次は、歴史に手をつける。
最初に見るのは、もちろんモーター王国のページ。もちろん、情報源としての指標にするためだ。といっても、古いのは覚悟の上だが。
ふむふむ…この当時、ローレンスはジャズマイスター卿と親密な協力関係にあったようだ。というのも、もともと軍事国家のモーター王国にはプロの魔術師や魔法薬学士がなかなか定着しない傾向にあったため、ジャズマイスター卿がいろいろと手助けしてやっていたらしい。具体的には、戦いに使える魔術師の育成、死霊術によるゴーレムの実験、捕虜を洗脳するための毒薬の研究…
あれ?俺がいまやってることと似てるな。
毒薬に関しては、次のように書いてある。
“新しく始まった分野である以上、毒薬の扱いにはまだまだ謎が多い。こと洗脳薬に関しては、実用化が進み誰でも開発できるようになるまでは、モーター王国も私を用済みにはできないだろう。もっとも、それは毒薬の研究だけに限ったことではなく、魔法全般における話ではあるのだが”
…けっこう攻めた言い回しだな。場合によっては怒られそうだ。まあ、これだけ皮肉ってもお咎めなし、になるだけの確証が、ジャズマイスター卿にはあったということか。ローレンスは強敵ではあったが、けっこうアホそうだったしな。
…待てよ?
“こと洗脳薬に関しては、実用化が進み誰でも開発できるようになるまでは、モーター王国も私を用済みにはできないだろう”
リニア。
てめえ、
やりやがったな?
最初だけ俺に洗脳薬を作らせ、そのプロセスを魔術師団に見学させてやがった。そして俺に気を遣うふりをして、現場から俺を遠ざけた。その真の狙いは、俺がいなくても洗脳薬を量産できるようにすること!
よくも俺を爪弾きにしやがったな!!
[客観視点]
研究室で大鍋をかき混ぜる魔術師たちと、彼らを監視しているリニア。
そこに、ドンッ、とドアを開け、ランドールがドスドスと足を踏み鳴らしながら現れた。
「あら、ランドール。休んでていいのに」
「“休んでていいのに”じゃねえよ、ああ!?てめえ、この俺を騙しやがったな!!」
「騙してないわよ。嘘はついてないもの」
「あーそうですかいそうですかい。ったく、てめえの魂胆は見え見えなんだよ!まず俺が最初に洗脳薬を作って、その様子を魔術師団の連中に見せる。で、あとは用済みってわけだ」
「物事はいい方向に受けとめなさい、ランドール。あなたは開発者として、この国の役に立ったのよ」
「うるせえ、俺には何の見返りもねえじゃねえか」
「見返りなら用意してあるわ。実験台第一号の獣人には、あなたの洗脳薬を投与する。だから、あれは実質あなたの道具になるのよ」
「へー、ありがとうございます。ってそんなのに納得するかよ!!どうせ俺には、あんな使いようのねえのを一匹プレゼントかい。やってらんねえや」
…そうやってモーター王国が獣人洗脳計画を進めている頃。
ジャズマイスター卿の屋敷の図書室では、幼き女王サラ・リーマンが魔術拳法の本を読みふけっていた。それも、技の使い方のページだけを。
というのも、ジャズマイスター卿が以前、サラの部屋に置いていった手紙に、
“女王陛下がお読みになっている本は、実用書に区分されます。ですから、順を追って最初のページから読む必要はないかと。いち早くほしい情報から集めるのが、実用書を読む際の基本です”
とアドバイスが書かれていたのだ。
サラの目的は、サソリーナから聞いた“魔術拳法”なるものを、一刻も早く習得すること。
そのために、ジャズマイスター卿のいう通りに本を読んでいるのだ。
誰の話でもつい鵜呑みにしてしまうのが、サラの悪い癖なのである。
一方、スコーピオンズ・キングダムにも新たな動きが起ころうとしていた。
一度は離反したと思われていた執事、ドクバールが帰ってきたのである。
それも、たった一人で。
ギラギラと太陽が照りつける草原を、カラブに率いられ進んでいくスコーピオンズ・キングダムの連中。
彼らを遠方から見ているドクバールの両目は、黄緑色に怪しく光っていた。
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