第四十話 獣人
[客観視点]
ランドールの仕掛けた氷の罠から抜け出し、逞しい四肢でしっかりと氷上に立つ、虎の獣人コーン・フレイカー。
リニアは、くるりとターンして虎から距離を取り、姿勢を正して刀を構え直した。
現段階での二人の間合い、およそ二メートル。
虎が獲物を仕留めるのか、それとも姫騎士が猛獣を狩るのか…。
果たして、勝負の行方は!?
グルルルル…
自動車のエンジンみたいに低く唸りながら、ゆっくりと間合いを詰めていくコーン。
その顔の中心に照準を定め、刀を構えたままジリジリと前に進み始めるリニア。
先に仕掛けたのは…
「ヴァンパイア・ローズ!!」
先手を打ったのは二人のうちどちらでもなく、まさかのランドール!
…といってもその標的はコーンであり、実質リニア側が仕掛けたも同然ではあるのだが。
ランドールの右の掌から薔薇の
「…グオオオオッ!!」
虎の喉から飛び出す、凄まじい咆哮。
そして、
プチチチチッ
意外なほど軽い音を立て、薔薇の蔦は引きちぎられてしまった。
「マジかよ…」
真っ青になるランドール。
「隙あり!!」
こんどはリニアが斬りかかろうとして、虎の真横から突進!
だが、虎は先ほど引きちぎった薔薇の蔦をむんずと両手で掴むと。
「ええい!!」
鞭のように振りかざし、リニアの足首に向けてフリスビーのようにスイング!
「うぅっ!?」
文字通り足を
すぐに起き上がろうとするが、虎の右前足に首筋を押さえつけられてしまった。
「残念だったな、姫騎士。力はあるが、やることが無謀すぎた」
虎は左前足を振り上げ、相手にとどめを…
…刺そうとしたときだった。
「スコーピオンズ・クロウ!!」
ランドールが、二本の指先を前に向ける形で右手をチョキにして、その指先から二本一組の、赤い光の矢を発射!!
ザシュッ
「ふおおっ!?」
光の矢は、虎の首の左側を深く削って消えた。
その傷口から、鮮血が飛沫となって散り、氷の上に垂れる。
隙を突き、リニアは虎の前足をくぐって脱出。
「はああっ!!」
刀を前に突き出す!!
「やったぜ!」
ぬか喜びするランドール。
…だが、虎はあろうことか、刀の切っ先を左手で鷲掴み!!その大きな握り拳の内側から、血が流れて刀を伝う。
「これしきのことで…小癪なっ!!」
すかさず、右手でリニアの顔を引っ掻く虎。
「ぶっ…」
頭が右に大きく振られ、ドサッと横に倒れるリニア。左頬に、四つの深い裂け目が。
「ちくしょう!」
とうとうランドールは、敵に背を向けて逃亡を試みる。
が、
「逃がすものかっ!!」
虎は、足元に転がっている薔薇の蔦を右手で三本掴むと、上空のランドールに向かって放り投げた!
その蔦が、ランドールの金色の翼にくるくると巻きつく。
「ぐっ…うわぁっ!…ああ…」
落下するランドール。そのままドシン、と膝で着地。
「ぐうううっ!!?」
涙目になるランドール。無理もない、両足を骨折したのだ。
しかも着地したのは、よりによって虎のすぐ目の前。
「打ち落としてしまえばあとはこっちのもの。…貴様から先に片付けてやる」
コーンが、逞しい左腕を振り上げる。
ランドール、絶体絶命!!
「…ぐ、グレイテスト・シールド…」
左手から、逆三角形の赤い光の盾を出現させたランドールは、虎の爪をカチン、と弾いてガード!!
「何?…味な真似をするじゃないか。だがいつまで続くかな?ええいっ!!」
続けざまに、左右の手で交互に、何度も盾を引っ掻くコーン。
その腕力に、盾が何度も持っていかれそうになりながらも、ランドールは黙って必死に耐えている。
しかし無情にも、盾にはピシッ、ピシッ…とヒビが。
「我が爪に引き裂けぬものなどない…これで最後だ!!えいっ!!」
パリィンッ
とどめの一撃が、光の盾をガラスのように粉砕。
…しかしランドールも反撃しないわけがないッ!!
「ジョウ・スターリン!!」
砕け散った盾の裏側から、虎の顎に向けて宝石の群れを発射ァ!!
「うぐぉっ!!?」
宝石たちにアッパーカットされ、真うしろにひっくり返るコーン!!
そして、ダメ押しといわんばかりに、
「…エエエアアアアアアア!!」
倒れていたリニアが息を吹き返し、パワフルな叫び声を上げながら立ち上がった!!その勢いのまま振り上げた刀を、虎の喉元に向けて振り下ろす!!
「ぬぅうっ!!」
間一髪、右腕で刀をガードするコーン。
プシャッ
鮮血が飛び散る。刀の刃が、深々と虎の前腕の外側に食い込んでいるのだ。
「…どうしますリニアさん?…
ランドールが、両足の骨折の痛みを堪えながら問う。
「あいにくだけど、それは現実的ではないわ。洗脳するまで捕まえておけないもの。…ここでとどめを刺す!!」
質問に答えながらも、刀で相手の腕を下に押さえつけていくリニア。
危うし、コーン・フレイカー!!万事休すか!?
「族長に手を出すな!!」
横から飛び出してきたのは、灰色の毛皮に覆われた一人の少女。
リニアの左側から組みつき、頬の傷に爪を差し込む!!
「ぐっ!?」
さしものリニアとて、傷口を抉られては悶絶。襲ってきた少女を振りほどこうとして、刀を虎の腕から離してしまう。
押さえつけていた力がなくなったことで、虎には反撃するチャンスが。
「ゥウ、ガァルルル!!」
二本の後ろ足で立ち上がるコーン!!
…だが。
「あら、いいことを思いついたわ」
リニアは、少女の首に右腕を回すと、左手で持っている刀をコーンに向けた。人質作戦である!!
「族長、あたしのことは構わないわ。この女を殺って!!」
自分を犠牲にしてまで、コーンにリニアを倒させようとする少女。
「モナカ!!」
コーンが叫ぶ。
どうやらこの獣人の少女、“モナカ”という名前らしい。
「ふっふっふ、どうやら私の思惑通りってところね。単体では強くても、仲間を捨て駒にはできない」
「当たり前だ、お前たちのような腐った軍事国家と一緒にするな!!」
「じゃあどうする?私としては、この娘の命と
「貴様…」
「信じるな族長!この女はあんたを殺したら、どうせあたしのことも始末する気で」
「はいはい、小娘は黙ってなさい。人質のくせにうるさいわよ」
「…人質なら、こっちにもおるわい!!」
横にいたランドールに飛びかかるコーン。
ランドールは逃げようとするが、両足が折れているせいで立つこともできず、ただ横に倒れ、そして、あっという間に虎の左前足にがっちりとホールドされてしまった。
[ランドール視点]
何てこった!!虎の野郎に人質にされちまった!!
しかも、リニア相手に人質作戦ってことは…
「あら、私なら物怖じしないわ。その魔術師を煮るなり焼くなり好きにしたら?」
やっぱりかーッ!!
くそう、見捨てやがって。覚悟しとけよ、必ず仕返ししてやるからなー!!
「モナカとこやつとを交換しろ。断ったら、こやつの命はない」
アホか。リニアにそんなこと言ったら、断るに決まってんだろ。
こうなったら、自分で何とかするっきゃねえ。
この状態で一番、使えそうな魔術は…。
“アルティメット・バード”。あれなら虎を弾き飛ばせるし、そのまま飛んで逃げられる!!
「ねえ、そもそもだけど、ランドールを人質にしておけると本気で思うの?」
「何だと?」
「アルティメット・バード!!」
残りの魔力を振り絞って、虹色の光の翼を背中から展開!!
同時に背後で、チュドーン、と虎を弾く音が。
「うおあアアアアッ!!?」
振り向くと、吹き飛ばされた虎が仰向けで氷の上を滑っていくのが見えた。
…逃げるならいましかねえ!!
虹色の翼で羽ばたき、斜め上へと突き進む。
そのまま、氷山のてっぺんまで到着。
そこには既にモーター軍の連中たちが待機していた。魔術師団は紫色に光る磁力の絨毯の縁に整列していて、兵士たちは縛り上げた獣人どもを取り囲む形で絨毯の上に集まっている。どうやら、これから捕虜を連れて帰るところだったようだ。
やっと少し安心したぜ。というわけで着地し、虹色の翼を解除。
「…いってえ!!」
緊張の糸が解けたせいで、両足に激痛が!!そうだ、骨折してたんだった!!
「どうしました?ランドール様」
「どうしたもこうしたもねえ、魔法薬持ってこい!!足の骨が折れちまってよお!!」
くそう、これ絶対、変な方向に曲がってるぜ!!複雑骨折じゃなきゃいいけど…。
「ほ、骨?骨用の魔法薬ってどれだ?」
「てか、骨って魔法薬で治るのか?」
「医者に見せたことはあるけど…」
「よ、用法は?塗るのか、飲むのか…」
おろおろする魔術師団の者たち。役立たずの素人め!!
「ああもう、ポンコツどもが!!何でもいいから、魔法薬持ってこいよ馬鹿ぁ!!」
「魔法薬を使ってもすぐには治らないわ。だって骨折には傷口がないもの」
声のするほうを見ると。
…リニアが、さっき捕らえた獣人の少女を抱えて、いつの間にか立っていた。よじ登ってきたのか、はたまたジャンプ一つでここまで飛んできたのか…。
んなこたぁどうでもいい。
骨折の治療が先だぁ!!
「じゃあ、どうやって治療するんですか?」
魔術師の一人が、リニアに訪ねる。
「簡単よ。わざと肉を裂いて、傷口から魔法薬を流し込めばいいの」
え?
それってまさか…
「私がやるから、みんなよく見ておきなさい。…さあ、ランドール。折れた足を見せなさい」
刀を鞘から引き抜き、こっちに歩いてくるリニア。
…来んな来んな来んな来んな来んな!!
「な、何をするつもりですか!?やめてくださいっ、リニア様!!」
「そうはいかないわ、早く治療しないと。折れたまま中途半端に治ったりしたら、もとに戻せなくなっちゃうもの。…こら、臆病者。そっちが見せないなら、力ずくで引っ張り出すまでよ!」
言葉通り、俺はあっさりリニアに仰向けにひっくり返されてしまった。
もう駄目だ、覚悟するしかねえ…。
ブシュッ
何かの飛び散る音が、足のほうから聞こえた。
「うわああぁぁあああ!!!」
「我慢しなさい、まだ片方しか切ってないんだから」
医療技術が野蛮すぎる。これだから異世界は嫌いなんだ!!
ブシュッ
「あああぁぁ、ぅああああ!!ああぁ…」
「もう少しの辛抱よ」
両足の中に、何か冷たいものが流れ込んでくる。
耐え難い感覚…だったはずが、すうっと痛みが引いてきた。
「…な、治った…」
「だから言ったでしょ?」
「はぁ…その、ありがとうございます」
「体の中を治すには、外から切り開いて修復する。これが“手術”っていうものよ」
「しかし、麻酔とかないんですか?」
「マスイ?何それ」
やっぱり、この世界には麻酔なんて概念ねえのな。そこかしこで悲鳴が上がってそうだぜ。
「いえ、何でも。それより、びっくりしましたよ。治療のためとはいえ、いきなり刀を持ち出すんですから」
「ふっふふ、その様子だと、骨折した経験があまり多くないようね」
当たり前だ。普通に生きてりゃそんな大怪我なんてそう多くないはず…いや、俺の常識とこっちの世界のそれとじゃ、事情が違うのか。
「姫様、ご自身の傷も修復なさってください」
そう口を挟みながら、横からリニアに魔法薬を手渡す兵士。
「あら、そういえば私もわりと深い傷を負っていたわね。ありがとう」
確かに、虎の爪で顔をザックリ行かれてたもんな…。
受け取った魔法薬を左頬の傷にかけ、セルフで治療するリニア。
…あれ、さっきリニアが連れてきたはずの捕虜はどこに行ったんだ?どこにもいないぞ。
ちょっとリニアに訊いてみるか。
「ところで、さっき捕まえた少女はどうしたんです?」
「少女?…ああ、獣人のことね。ええと…あら、いないわ!!何で誰も見張ってなかったの!?全員、探しなさい!!」
リニアの一声で、その場にいた兵士と魔術師たちが一斉に辺りをキョロキョロ、そしてウロウロし始める。
馬鹿ども、闇雲に探したって見つかるわけねえだろ!
「きっと、さっきの虎のとこに逃げやがったんですよ!探してきます。ライトニング・バード!!」
真っ先に氷山の上まで飛行し、下を確認すると…
やっぱりいた!!
氷山の下のほうを、国へ向かって駆け降りていく獣人の後ろ姿。
逃がすかっ!!
「ローゼン・テンタクル!!」
薔薇の蔦を伸ばし、獲物に絡ませる。
相手はジタバタともがく。
もがけばもがくほど、ますます蔦は絡まる。
捕獲成功だ。
「文字通り尻尾巻いて逃げるつもりだろうが、そうはいかねえぞ!貴様らには、俺たちの実験台になってもらうんだからな!ハッハッハ!!」
捕まえた獣人の数は、およそ二十人。
少ない気もするが、一人あたりのパワーを考えると、戦闘員としては十分だ。
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