第三十九話 氷山
[客観視点]
“氷の国”を襲撃するため、スノーシューを開発することにしたモーター王国。
その一大プロジェクトの鍵は、かつてランドールが世話になった、一人の武器職人が握ることに。
武器作りの技術を活かして金属を加工し、靴底の骨組みを作っていく。
半日足らずで、その骨組みが一足ぶん完成。
そしてその骨組みは靴屋の手もとに渡り、厚手のブーツとして仕上げられた。
ブーツは、靴底の幅が広くかんじきのようになっている。靴裏にはグリップ用のツチノコの皮が張りつけられており、その皮を貫いて金属のトゲが二十本ほど突き出ている。
その試作品第一号は、リニアでもランドールでもなく、モーター軍の兵士の一人が試すことに。身体能力の高いリニアや、小柄で体重の軽いランドールを実験台にしてしまうと、普通の兵士が同じように扱えるかわからないからだ。
まず、凍った水溜まりの上をダイレクトに歩いてみると…実験は失敗。金属のトゲが災いし、スケートのようにツルツル滑ってしまう。ツチノコの皮がほとんど氷に接していないためだ。
次に、氷の上に雪を被せて、もう一度歩くと…こちらは見事成功。雪にトゲがしっかりと食い込み、ツチノコの皮も滑りどめとしての力を発揮。
第一号を参考に、改良版の第二号をランドールが考案。靴裏全面に均一なトゲを並べるのではなく、土踏まずの部分にだけトゲを生やし、土踏まず以外の部分にツチノコの皮を張る、というもの。
第二号は直ちに発注され、第一号のときと同じ流れでスムーズに完成。
こちらは実験結果もよろしく、氷の上だろうと雪の上だろうと効力を発揮。
遠征に参加する人数分のスノーシューが、量産されることになった。
[ランドール視点]
いよいよ今日が、遠征当日。
俺は魔術師団を率いて空を飛び、リニアは騎兵団を率いて地上を移動(ほかの連中は馬に乗っているのに、リニアだけが自分の足で、先頭を摺り足で移動している。相変わらず人間離れしたやつだ…)。
麓に到着。ここからは地上の連中を、俺たち魔術師が引っ張り上げる。つっても腕力では不可能だから、魔術を使う。
タイタンズ・ハンド。前にジャズマイスター卿が使っていた、魔力で巨大な光の手を出現させる技だ。俺はちょこっと試しただけでコツを掴んだが、ほかの魔術師たちは一週間練習して、それでも全体の三割しか習得できるやつはいなかった。よって少ない人数で運搬しなきゃならねえ。
「モーター魔術師団、作業開始だ。俺に続け!ライトニング・バード、そしてタイタンズ・ハンド!!」
背中に金色の翼を生やし、両手を発光させて巨大な手の形に。
その光の手を開き、掌を上に向け、左右の手をくっつける。
そしてその掌に兵士を一人だけ座らせ、ちょっとだけ掌を丸め、籠のようにする。水を
で、山頂まで兵士を運んだのはいいのだが。
…人手が足りねえ。こんなにちまちま運んでたんじゃあ、時間がかかりすぎる。さすがにこの運搬だけで日が暮れはしないだろうが、このあと獣人と戦うんだから、その時間も考慮しないといけない。
タイタンズ・ハンドを解除し、魔術師団を連れて麓まで戻る間に、何か新しいアイデアがないか、考えを張り巡らせる。
そして、麓に着いたとき。
「ねえ、ランドール。これだと少し時間がかからないかしら。もう少し効率的な魔術があるといいんだけど」
案の定、リニアも同じことを考えていた。
「そうですねえ…一つ思いついたことが」
「試してみなさい」
…目を瞑り、目の前に磁力の絨毯が広がるのをイメージ。
「マグネティック・カーペット!!」
前に突きだした両手。
右の掌から赤い光が、左の掌から青い光が飛び出し、糸のように編み込まれる。
わずか五秒で、紫色に光る巨大な絨毯の完成だ!!
この絨毯は磁力でできているから、上に乗っているものを本来よりも軽量化して運べるだろう。
「なるほど、この絨毯に乗せてもらうわけね!兵士は全員、この上に乗りなさい」
さすがリニアさん、察しがいいぜ。
まずリニア自ら絨毯の上に座り、命令された通りに兵士たちが続く。
「モーター魔術師団、この絨毯を掴め。でもって兵士たちを運ぶんだ!」
俺の指揮で一斉に魔術師たちが動く。
絨毯の
そのまま山頂まで移動し、運搬作業は一瞬で終了した。
[客観視点]
さて、モーター軍が到着した山頂の様子はというと。
不揃いな形の巨大な氷が、壁や柱のようにあちこちに生えている。足場は真っ白い雪に覆われてはいるが、その雪の隙間からはやはり氷が見えている。
標高が非常に高いため気温が低いのだ。モーター軍の者たちは保温用の魔法薬を体に塗ってはいるが、それでも
ここで、モーター軍はスノーシューに履き替えて移動することに。スノーシューというだけあって、厚手の生地に毛皮もついており、ブルブルと震えて寒がっていた者たちも少し落ち着いた。
少し進むと、氷の開けた場所に到着。
真下に見えるのは、一面雪に覆われた国。氷でできた巨大な宮殿が奥に一つと、その前に並んだいくつもの
「あれが氷の国よ。…ほら、獣人たちが出てきたわ」
雪室から這い出してくる、人の形をした生き物たち。
しかし、全身が暖かそうな毛で覆われており、頭の上には形こそ様々だが耳が二つ立っていて、腰からは尻尾が生えている。
次から次へと雪室から出てくる彼らは、性別も年齢も様々。子どもの獣人たちは真っ白い雪の上を走り回りながら、雪を投げ合って戯れている。それを見守っているのは、大人の獣人たちだ。
…まさにこれから獣人狩りが始まろうことなど、彼らには知るよしもない。
「あともう少し…よし、そろそろいいわね。あんまり待っているわけにもいかないもの。モーター軍、出撃開始よ!!」
リニアの一声を合図に、作戦が決行された。
「スリーディメンショナル・フレイム!!魔術師団、俺に続けーっ!!」
まずランドールが、続いて魔術師団が一斉に、氷山の上から炎のカーテンを噴射。
炎に気をとられ、パニックになりながらも宮殿のほうへ逃げる獣人たち。
しかし炎の真の使い道は、足元の雪を溶かすことにあった。
「おおっと、逃がしてたまるかよ!」
金色の翼で氷山の上から飛び出したランドールが、そして魔術師団の連中が、獣人たちの目の前に先回りし、上空に浮かんだまま、さらに炎を追加で放出。
ドロドロのびちゃびちゃになった雪を踏みながら、ぎこちなく走って逃げようとする獣人たちだが。
「コールド・クロコダイル!!」
ランドールが下に向けて猛吹雪を放ち、魔術師団もあとに続く。
吹雪は、たちまち雪解け水を凍らせてしまった。
「な、何をする!?」
「何だこれは!?」
足首から下が氷に捕らえられ、動けなくなってしまう獣人たち。どんなに足を引き抜こうともがいても、びくともしない。
氷の上にほどよく雪が覆い被さり、モーター軍にとっては歩きやすい足場になってきたところで。
「モーター軍、下に降りるわよ!!」
兵士たちを連れたリニアが、氷山から降りてきて、獣人たちの目の前に現れた。
獣人一人を取り囲む兵士は三人。荒縄と、鎖のついた枷を所持している。
しかし両腕を振りかざして抵抗する獣人を前に、なかなか拘束できない。氷に足が嵌まって逃げられないとはいえ、桁はずれの怪力を持つのが獣人なのだ。
「ヴァンパイア・ローズ!!」
ランドールが両手を獣人たちに向け、掌から薔薇の
四、五人の獣に薔薇を絡め、体力を吸いとり、苦しめていく。
「いまの見ただろ、魔術師団。お前らも真似して、やってみな」
そのとき。
「何やら騒がしいと思ったら…貴様ら、何をしておる!?」
宮殿からのしのしと出てきた、筋骨隆々たる巨体。
全身が、金地に黒の縞模様。
猛獣特有の、鋭い眼光。
まさに虎そのものといっても過言ではない、その獣人は。
“氷の国”の族長、コーン・フレイカーである!!
「何って、獣人狩りをしているところよ」
平然と答えるリニア。
「獣人狩りとな…ではこっちも、人間狩りをさせてもらおうか!!」
[ランドール視点]
次の瞬間、虎は勢いよくリニアに飛びかかってきた!! …狙いが俺じゃなくて助かったぜ。
「ふんっ!!」
反撃をしようと、刀を斜めに振り下ろすリニア。
しかし虎のほうも、両手の鋭い鉤爪を何度も振りかざす。
そしてその鉤爪をリニアが刀で弾く度に、シュイン、シュインと金属の擦れ合う音が聞こえる。
「ランドール!魔術で掩護しなさい!ほかの者たちは獣人狩りに集中すること!いいわね!?」
虎の猛攻に耐えながらも、指示を出してくるリニアさん。…マジかよ、俺だけ名指しで手伝えと言われちまった。
虎の背中に向けて、火球を一発。
「フゥッ!!」
勘づいた虎は、右にサッと体をずらし、火球を回避。
獲物を仕留め損なった火球が、リニアにぶつかりそうに…。
と思いきや、リニアもくるりと身を翻し、火球の直撃を免れた。
ボシュッ、ジュウウ
火球は、足場の氷に直撃して消滅。その跡として氷が深くえぐれ、握り拳一つほどの大きさの溜まりが。
そうか!虎の足元に火球を放って、部分的に水溜まりを増やせば…。
リニアが再び、虎に斬りかかった。
虎は両手の爪で軽々と刀を弾いてはいるが、おかげでこっちの襲撃には気づきそうにない。
チャンス!
続けざまに、火球を連発!!
ボシュッ、ボシュッ、ボシュッ、ジュウウウゥ…
氷に水溜まりを仕掛ける。あとはこの罠に虎が足を突っ込んでくれたら、一気に仕掛ける計算だ!!
…だが、コーンはリニアに応戦しながらも、水溜まりを器用に躱している。
ひょっとして、罠に気づかれているのか?
…じれったいぜ!!
火球じゃ話にならねえ、もっと広い範囲の氷を溶かしてやる!!
「ツーディメンショナル・フレイム!!」
コーンの足元めがけ、炎の束を発射!!
「ふおおおおっ!!?」
急に足場がベチャベチャになったせいで、足を滑らせて前に転倒する虎。ビチャッと音を立て、四つん這いの姿勢に。
それでいい、獣は獣らしく、四足歩行でもしてな。
…“歩行”させる気はねえけどよ!!
「コールド・スネーク!!」
虎の足元めがけ、ダイレクトに冷気をぶつける!!
ピキキキキ…
水浸しになった足場が凍りついて、虎の四肢をガッチリ捕らえる。
「やったぜ、狙い通りだ!!」
「あー…ランドール?」
リニアの気まずそうな声。
しまった。
リニアの両足も一緒に凍らせちまった!!
とんだ戦犯じゃねえか!!何やってんだ俺!!こいつは裏切りでも何でもなく、ただのミス。何てざまだ…。
「す、すんません!」
ここは、リニアの足場に炎を…
待てよ?足場の氷を溶かすと、虎の手足も自由になっちまうかもしれねえ。一体どうすりゃ…
「愚か者。味方をよく見ないからそんなことになるのだ」
敵の分際なのに正論で説教してきやがるコーン。
「るっせえ!!要は
虎の背中めがけ、ダイレクト・ブラスターを発射!!
「うおおおおっ!!?」
コーンの野太い叫び声。無理もねえ、ナマの魔力をモロに食らったんだからな。
虎の背中の真ん中に炎が灯り、真っ黒い煙が立つ。
ジュウウウゥ…
肉汁の音。どうやらひどい火傷を負ったと見えるな。
コーンのやつ、プルプルと震えてやがるぜ。
「ハッハッハ、ざまぁ見ろ!!偉そうに説教するからバチが当たったんだ、見かけ倒しのネコ科動物め。ハーッハッハッハ!!」
こりゃいい、笑いがとまらねえ!!
「…ねえ、敵は重症を負ったんだし、もう氷を溶かしてくれてもいいんじゃない?ランドール」
リニアの声に、ふと我に帰る。
「そうでした!いま助けま…」
いや、これはチャンス。
「馬鹿言っちゃいけませんよリニアさん」
「ランドール?」
「この俺があんたを助けると思いましたか?」
「…どうしたの?」
きょとんとした顔で首を傾げるリニア。相変わらず腹立つ顔だぜ。
「どうしたもこうしたもねえですよ。あんたを置き去りにして帰れば、モーター王国には新しい支配者が必要になる。…そう、この俺様こそが、新しい国王だ!!」
「…私を生き埋めにする、ってことかしら?」
「あーまあ、そうしたいのは山々なんですがね。そこまで油断はいたしませんとも。…ここでいま、とどめを刺してやる!!ダイレクト・ブラスター!!」
リニアの胸の真ん中めがけ、魔力の束を発射!!
これで心臓を串刺しに…
…と思ったのもつかの間。
リニアは体を大きく反らし、魔力の束をギリギリで避けやがった!!
氷の上だからってイナバウアーみてえなことしてんじゃねえ!!
「…そう。じゃあ、自力で抜け出すしかないわね」
しかも立て続けに、リニアは刀を逆手に持って、その切っ先を足場に突き刺した。
ピシピシと氷がひび割れる。
そして、リニアは両足を氷から引き抜いて見事脱出。
「じ、自力で出られるんなら最初からそうすれば!!」
「わかってないわね。私はあなたに挽回させようとしたのよ?自分のミスを自分で片付ければ、戦犯はなかったことにできたのに。…欲に目が眩みすぎよ、もったいないわね」
「くそっ…」
「とはいえ、獣人狩りは上手くいったから、そのぶんの功績は認め…」
「…フゥンッ!!」
バキッ
「うぇ!?」
俺は思わず、目を見開いた。
虎の野郎も、力ずくで右手を引き抜きやがった!!
どうやら、リニアが氷に入れたビビは、虎の足元にも僅かながら届いていたようだ。
バキッ、バキッ、バキッ…
そのまま、左手を、右足を、そして左足を引き抜き。
虎は、完全に氷の罠から脱出した。
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