第三十七話 書物
[客観視点]
“悪役令嬢”メリッサ・ローゼンベルグと、彼女率いる“二つ槍の化け物”たちを追い返し、王国の領土を守りきったモーター軍。
「ランドールがいるのといないのとでは、やっぱり大違いね」
「戦力としては確かにそうですが、裏切りがそもそも発生しなければ、このような事態にもならなかったのでは?」
ルイージが呈した苦言に対し、リニアは。
「はいはい、その通りね。けど、落とし前はつけてもらったわ。それに、次の作戦でもランドールには活躍してもらうわけだし」
「“氷の国”ですか?」
「ええ。獣人たちを捕らえるにしても、そのあと使うにしても、一流の魔術師が必要になる。…はーい、みんなよく聞いて。あなたたちのおかげで、土地を守れたわ。今日はそれぞれの家に帰って、ゆっくり休みなさい」
[ランドール視点]
モーター王国の城、おなじみの自分の寝室に戻ってきた。
…また、ここに来るとはな。
このままリニアに仕え続けるか、また新しい謀反を企てるか。それは、明日から考えることにしよう。今日はもう眠い。
ベッドに潜り込もうとすると、ドアをノックする音が。
「失礼します」
入ってきたのは、食事を台車に乗せて運んできたメイド。
ああ、そうか。晩飯食ってなかったな。
「一度ここに運んできた分は、もうずっと前に冷めてしまったので作り直しました。まったく、何度も支度するこっちの身にもなってください」
「おう、そうか。悪かったな」
正直、このメイドには何の恨みもない。
「ふっふふふ…」
「な、何かおかしなこと言ったか?」
「いえ、何も。ごゆっくりどうぞ」
メイドは部屋を出て、ドアを閉めた。ドア越しに、廊下を歩く音が遠ざかっていく。
夕食をとっていると、ふいにある計画が浮かんできた。
ローゼンベルグ家の“二つ槍の化け物”。
サイのように大きな、オウゴンオニクワガタの群衆。
あいつらを洗脳して、俺の配下にできないだろうか?
化け物たちを
[客観視点]
メリッサがモーター王国を襲撃し始めた頃、既にジャズマイスター卿はサラを連れて自分の屋敷に帰っていた。同じくカラブ・ドーエンも、スコーピオンズ・キングダムの仲間たちのもとへ帰還。
つまり
翌朝、幼き女王サラ・リーマンは、ジャズマイスター卿の部屋を訪れた。
ドアを三回ノックし、
「ジャズマイスターきょう。わたしだ、サラ・リーマンだ。すこしききたいことがある」
と声をかけたが、返事がない。
「女王陛下、どうかされましたか?」
振り向くと、背の高い茶髪のメイドが一人立っている。
「このやしきのなかに、としょしつはあるかしら。まじゅつについてかかれたほんを、さがそうとおもって」
「図書室ですね。ご案内いたします、こちらへどうぞ」
屋敷内の図書室はかなり広々としていて、びっしりと書物の詰められた本棚が、いくつも並んでいる。
「書物の種類については、本棚の側面に表記されていますから、お好きな本をお選びくださいませ」
「ありがとう。その…あなたはもちばにもどらなくていいの?メイドのしごとって、いそがしいとおもうのだけれど」
「通常はそうですけど…今回は、私が見張り役に選ばれましたので」
「みはり…やく?」
「ええ。陛下に身の危険がないよう、今後は警備をより一層強化するようにと、ジャズマイスター卿からの指示を受けまして。本日から我々が交代で、陛下を監視させていただくことになりました。…どうかお気になさらず、お好きな本をどうぞ」
ニコニコと微笑みながら、その優しく細めた両目がサラをしっかりと見つめている。
「…わるいけど、もうちょっとしせんを、その、なんていうか…じっとみていられると、えらびづらいというか…」
「陛下の身の安全が第一です。先ほど申し上げました通り、お気になさらず」
仕方なく、サラは見張られたままの状態で本を選ぶことに。
だが幸いにも、サラのお目当ての本は、ちょうどすぐ目の前の本棚に収まっていた。
辞書のように分厚いその本を、小さな手で本棚からそっと引き出すサラ。
その赤い表紙には、金色の文字で“魔術拳法の基本と習得”と記されていた。
[ランドール視点]
相手を洗脳する技術は、きっとどこかに存在するはず。
そのヒントを探す場所といったら、ズバリ!図書館だ。
モーター王国の図書館を訪れ、手がかりになりそうな本を…見つけたぁっ!!思ったより早くてラッキーだぜ、ヘッヘッヘ…。
“毒薬学”
洗脳だけじゃなく、致死性の毒薬から、幻覚を見せる程度に至るまで、しっかり分析して書いてある。しかも解毒剤についての詳細つき。やるじゃねえか。
洗脳薬のページを開き、さっそく読んでみる。
フムフム…これはいいことを知ったぞ。
洗脳には魔術を使う方法と、毒薬を用いる手段と、二種類あるらしい。
魔術によるものは即効性があるものの、効果は一時的。使い手の力量も関与するため、あまり安定した効果は期待できない。
一方、毒薬は効果が遅く、少しずつ影響が現れる。一度に大量の毒物を摂取すると人体に危険があり、洗脳どころではない。そのため、少しずつ盛っていく根気が必要だが、一度浸透してしまうと半永久的な効果が得られ、適切な解毒剤を使わないと解除できなくなってしまう。
目の前の相手をその場で操って使いたいなら魔術、捕虜の食事に混ぜてじっくりと洗脳したいなら毒薬、というのが一般的な使い方のようだ。
…しかしどちらの方法を使っても、相手の免疫力や精神力、自我の強さなどによっても左右されるらしく、歴戦の猛者やそれなりの実力者に対しては何の効き目もないので注意、か…。
くそっ、リニアやルイージを洗脳することは不可能ってわけか!
あいつらを道具にしてしまえば、俺は世界征服だって朝飯前なのによぉ。トホホ…
だがまあ、ローゼンベルグの二つ槍の化け物は、所詮デカいだけのクワガタ。人間の実力者と違って、虫は頭が悪いはずだから、洗脳するのは簡単で…
「ここにいたのね。探したわ」
ゲッ!?
「リ、リニア様、いつの間に!?」
「次の作戦会議に、呼び出しに来たのよ。外出するのは勝手だけど、これからはメイドにどこに行くか伝えて、紙をもらって部屋に書き置きを残すように」
「は、はあ…そこまで…」
鬱陶しいやつめ。
「面倒だと思ってる?」
ギクッ!?
「め、滅相もない!!」
「あのねえ、ランドール。あなたは軍の主力であり、軍事参謀でもあるのよ?もう少し自覚をもってもらいたいんだけど」
「自覚、ですか…」
マジかよ、俺そんな重要なポストについてたのか。自分で言うのも何だが、何度も裏切ったのが嘘みてえだな。
「まあ、今回はすぐに見つかったからよかったわ。これから一緒に会議室に来なさい」
で、いざ会議室に来てみると。
「よぉ、金髪コウモリ。また重要な話にお前を交えるのは残念だ」
ルイージめ、リニアの前だからってえらそうにしやがって。俺が書類を燃やすと脅したら、ビビってたくせに。
だが、いまは腰を低くしておくのが無難。新しく反逆する予定もないしな。
「はいはい、会議を始めるわよ。…次に私たちが攻め落とす国は、ここ」
リニアが指差した、地図上の一点。
“氷の国”と書かれている。
「我が国は、前回のサーモン王国との戦いで兵士を失ったわ。だから、氷の国から奴隷を引っ張ってきて人数を補充するのよ。“氷の国”には、戦わせるのにうってつけの蛮族たちがいるわ」
「“獣人”といってな、獣と人間の混血で、身体能力が高い」
「なるほど。しかし、奴隷なんかを兵士として使えますかね?」
「それは俺も考えた。不満分子が多くては、お前のように裏切るんじゃないかってな」
「え…?」
「ふふっ、それならもう対策済みよ。獣人は力はあるけど、文明が未発達。…毒薬を使って洗脳すればいいのよ。あなたがさっき読んでいた本みたいに」
「ぅわぇっ!?」
リニア!!お前、余計なことを!!
「何を企んでいた?」
ルイージの眼鏡が光る。
「ち、違うんですよ!俺はただ、ちょうどモーター軍には戦力がもっと必要だと思っただけでして、その…」
「年のために言っておくが、俺や姫様に通用すると思うなよ」
「わかってまさぁ、本にも書いてありましたし…」
「それで?誰を洗脳しようと思っていたわけ?」
「それは…」
“二つ槍の化け物”なんて、はっきり言えるわけがねえ。ここは誤魔化しておくか。
「その…
「それだと“二つ槍の化け物”あたりが的確ね」
「うぇあぁーっ!?」
バレた!!
「さてはお前、やつらを支配下に置いて反逆を」
「まさか!!」
「じゃあなぜ慌てる?どう見ても図星だが」
「た、確かに化け物たちを洗脳すれば、モーター軍の役に立つとは思います。ですが…そもそも、どうやって洗脳するんです?毒薬を飲ませるには、まずあいつらを捕まえないと」
「そうね、さすがに無茶だったわ」
よかった…話は流せたぜ。
「と、とにかく、氷の国のことを考えましょう。“獣人”とか言いましたよね?とりあえずは、そいつらを捕まえましょうや。毒薬を試すいい機会だ、アッハハハハ…」
[サラ視点]
せっかくてにいれたしょもつだが、メイドのしせんをせなかにうけながらよむはめに。
だが、サボるわけにはいかない。いっこくもはやく、“まじゅつけんぽう”をつかえるようにならないと。
ひょうしをめくって、よみすすめていく。
“まじゅつけんぽう”とは、まりょくをもちいたぶじゅつであり、おもにけつえきがたがAがたのものたちによってつかわれる。まりょくをたいりょうにストックできながら、たかいかりょくをはっきできない、そのようなものたちにむけてあみだされたようだ(こういうてんで、ほんらいのたかいかりょくをいかすためにまりょくをそこあげする“まじゅつぶき”とはついをなす)。
ぐたいてきになにをするのかというと、しんたいのうりょくをまりょくでおぎなったり、てあしのさきにまりょくをまとってあいてをこうげきしたりする、らしい。
ここまでが、このしょもつのさいしょのページにかいてあること。
つぎは、まじゅつけんぽうのかくりつされたれきし。もともとこのわざは、りんせつこうげきがたやかいふくがたのまじゅつをおうようすることからはじまっており、そのはっしょうのちは、とおくはなれたひがしのくにで…
…みたことのない、きらびやかなくに。ひとびとがいきかっている。
「サラ、お腹が
おとうさま…
…ハッ、しまった!!
よんでいるとちゅうで、しょもつをまくらにしてねむってしまった!わたしとしたことが、なんとぶようじんな。せいとうにえらばれしじょおうだというのに…。
ふと、せなかになにかやわらかいものがかかっているのにきづく。…もうふだ。
「お目覚めになられましたか。そろそろ昼食のお時間です」
みぎどなりのいすには、メイドがすわっている。
「えっと…このもうふは…あなたが?」
「いえ、私は見張りの役目がありますから、後輩に運んでこさせました」
[客観視点]
サラの見張り役のメイドは、休憩を挟むために時折ほかのメイドに交代しながら、基本的には丸一日、ずっとサラを監視していた。
というのもこの見張りシステム、当番の者が休憩や手伝いを必要とするときのために、近くの部屋や廊下に後輩を二人、配置しているのだ。
そして、その日の夜。
昼間ずっと見張りの仕事を立派に勤めあげたメイドは、夜番の者にバトンタッチし、ジャズマイスター卿の部屋へと向かい、報告書を提出。
「いやぁ、ほんとにご苦労。明日はゆっくり休むといい」
「お言葉に甘えたいところではありますが、私としては明日は、庭のお手入れでもさせていただきますわ。今日は室内でじっと座っておりましたから、お日様を浴びながら体をほぐしたくなってしまいまして」
「そうかい。では、そうしたまえ。だが無理はするなよ。君みたいな使える人材は、一人でも多いほうがいいからね。ハハッ」
「ふふふっ、では私は、今日はもう失礼させていただきま…ふぁーあ」
「ああ、お疲れ。睡眠をしっかり取れよ。ハハハッ…さてと、私は報告書に目を通すとしようか。ふむ…女王陛下は、魔術拳法の本を…ページの最初からじっくりとお読みになって、途中で居眠りを…ハハッ、これはアドバイスが必要と見た」
それからジャズマイスター卿は、サラの部屋に行き、ドアの下からサラ宛に、一枚の手紙を差し込んだ。
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