第三十六話 防衛
[客観視点]
謀反を鎮圧したばかりのモーター王国へと向かう、メリッサ・ローゼンベルグ。
金色の翼で夜空を突き進む彼女が引き連れているのは、およそ五十頭はいるであろう、サイのように大きなオウゴンオニクワガタの群れ!!
通称“二つ槍の化け物”と呼ばれるそれらは、地面をドスドスと鳴らしながら走っている。
果たして、モーター王国の運命は!?
姫騎士リニア・モーターが魔術師団に説明したのは、以下のような内容である。
まず、二つ槍の化け物については、警戒すべきは数とパワーであり、よって国に近づく前に退治しなければならない。それに、固い甲冑に覆われているため、弱点だけに絞り込んで撃つ必要がある。ちなみにその弱点は、基本的には冷気と
「…長々と語ったけど、あなたたちがやることはシンプル。氷と雷の魔術で、化け物たちに一斉射撃をするだけよ」
「姫様!!…南西に、やつらの姿を発見しました。まだ間に合います」
「モーター魔術師団、戦闘用意!!虫けらどもを返り討ちにするわよ!!」
一方、メリッサ・ローゼンベルグは。
「やっと見えてきたわ。あれがモーター王国よ!全員、突撃ぃぃいいいっ!!」
化け物たちに命令しながら、金色の翼でひらりと真上に上昇するメリッサ。
その下をくぐりながら、
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド
一斉に勢いを上げて突き進む、二つ槍の化け物たち!!
遠方から迫り来るそれらを、ギラギラ光る橙色の瞳でまっすぐ見つめた姫騎士は。
「いよいよ来たわ。モーター魔術師団!!撃てーっ!!」
化け物たちに向かって一斉に解き放たれる、冷気と稲妻!!
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド
化け物は、びくともせずに向かってくる!!
「どうなってるんだ!?」
「効いてないぞ!!」
「姫様、やつらの弱点は、本当に合っていますか!?」
「考えられる原因は、一つしかないわね。
…威力が足りない。それに、狙いも少しずつはずれている」
それ、一つじゃなくて二つでは?というツッコミはさておき。
リニアの言う通り、モーター魔術師団とランドール・ノートンとでは、同じ魔術を放った場合、威力と精度が大きく異なる。…ランドールの腕前を基準に作戦を立ててしまったのが、リニア最大の誤算であった。
しかし、このまま次の手を打たないわけにはいかない!
さて、どうするリニア!?
「…だったら、一斉に猛吹雪を放ちなさい。…早く!!」
リニアの一声で、化け物のほうへ吹雪を発射する、モーター魔術師団。
最前列を走っていた化け物たちの動きが、徐々に鈍り始める。吹雪に押し返されているのみならず、雪がまとわりつき、その六本の足が
そして、最前列の動きがとまるということは。
ドドドドドッ、ドテッ、ドテッ、ダンダンダン…
うしろから来た化け物たちが、前にいるそれらにぶつかり、渋滞を起こしてドタドタと
その様子を見ていたメリッサは。
「ええい、小癪なっ!!オウゴンオニ部隊、全員、飛びなさい!!そうすれば渋滞しないわ!」
化け物たちの羽が、一斉に開く。
ブオオオオオオオオオオン
その黄金色の巨体が、ドローンのように上空に浮かんでいく。
だが、それはモーター軍にとっても絶好のチャンス!!
「羽が開いたわ!!全員、総攻撃よ!!」
モーター魔術師団の火球やら稲妻やらいろんなものが、化け物たちに向かって飛び出す!!
ブゥゥウウウン、ドンッ、ズザザザァ
露出した柔らかい部分に攻撃を食らい、次々に打ち落とされる化け物たち。
「やった、効いてるぞ!」
「このまま押しきろうぜ!」
「撃て撃て撃てーっ!!」
勢いに任せ、化け物たちを仕留めていく魔術師団だったが。
「うざってぇんだよ、この雑兵どもがァアア!!」
遥か上空でメリッサ・ローゼンベルグがレイピアを振りかざし、その切っ先から、魔術師に向けて五個の火球を連続発射!!
「「「「「おわあああっ!!?」」」」」
間一髪、火球を躱し、地面に倒れ込む魔術師団の連中。直撃こそ免れたものの、一瞬の隙が生まれる。
「ローゼン・ボム!!」
レイピアの切っ先から、十輪の黒薔薇を放つメリッサ。
「
咄嗟に指示を出すリニアだが。
ボシュッ、ドオオオオオオン
黒薔薇が、爆発。
薔薇の濃い香りと煙が混ざり合い、それを吸った魔術師団の者たちがゲホゲホと咳き込む。
「…おい、誰か倒れてるぞ!!…意識がない!!」
魔術師の一人が、別の魔術師の異変に気づく。
「まともに食らったんだ!」
「死んだのか!?」
「いや、かろうじて息が…」
だが、そうやって仲間の心配をすることで、敵の姿がそっちのけになってしまう。
メリッサは、そこまで計算していた。
「ローゼン・テンタクル!!」
レイピアの切っ先から薔薇の
「うわあ、助けてくれ!!」
「痛いっ、痛いっ!!ほどかないと!」
「おい、もがくな!こっちが引っ張られて絞まる!」
「リニア様、お助け…リニア様?」
リニアはもう、その場にいなかった。
「あーらら、大将に逃げられちゃったわね。お気の毒様」
メリッサは化け物たちのところまで戻ると、魔法薬の瓶を開けた。負傷した化け物たちの傷の手当てをするつもりだ。
「…いまのうちに、逃げるぞっ」
魔術師団のメンバーのうち、過半数の者たちが、絡まった蔦を抜け出して、仲間を置いて一目散に逃げ出した。
さて、リニアはどこへ行ったのか?
モーター王国の城に戻っていた!
そろそろランドールが意識を取り戻した可能性に賭け、呼びに来たのである。
そして…
「…やっぱり目を覚ましたのね、ランドール!さあ、来なさい。あの憎き悪役令嬢をやっつけるわよ!」
「悪役令嬢?」
「メリッサ・ローゼンベルグよ。この国に隙ができたのを知って、攻めてきたの」
「だったら、放っておくさ」
「…ランドール?」
若干、顔がひきつるリニア。声のトーンが低くなる。
「俺は謀反に失敗した負け犬。いまさらあんたたちに協力する義理はない」
「きょ、協力してくれたら、さっきの裏切りを許してあげてもいいわ」
「そうやってまた俺を利用する気なんだろ!だいたい、その条件だって本当かどうだか。現にさっきは、何の迷いもなく俺を殺そうとしたじゃないか」
「…私は、魔法薬をかけて、わざわざあなたを助けたわ。これでも殺そうとしたって言える?」
「それは都合が悪くなったからだ。メリッサの襲来か。こいつはいいや。俺は高みの見物でもさせてもらうぜ」
「メリッサは“二つ槍の化け物”を率いているわ。すぐそこまで来ている。反撃しないと、あなたもこの国と一緒に滅びるわよ?」
「別にかまわないさ。この国を巻き込んで無理心中、さっきの謀反だってそのつもりだったしな!」
「…何をふざけたことを言ってるの?感情的になって混乱しているようだけど」
「ハッ、わかってねえな。俺はいたって冷静だぜ。そうだな…
俺様をモーター王国の支配者にしてくれるってんなら、この国を守ってやってもかまわんが」
ランドールは、ぞっとするような笑みを浮かべた。
…のだが。
「アッハハハハハ!!何かと思ったら、そんなことを考えていたのね!傑作だわ。アーッハハハハ…」
笑いすぎて涙が出るリニア。この女が涙を流すのは、こんなふうにツボって爆笑したときか、
「じゃあ、本気で俺を国王にしてくれるのか!?」
「ふう…それはできないわね」
笑いがおさまり、人差し指で涙を拭いながら答えるリニア。
「何だと?」
「当たり前よ。私には統治者としての権利と義務がある。そう易々と明け渡すわけにはいかないわ」
「だったら、力ずくで奪ってやる」
「さっきもそうしようとして失敗したじゃない。あなたにはね、支配者に必要な鍛練と忍耐が欠落して」
「リニア様!!」
びっしりと汗をかいて部屋に入ってきたのは、モーター魔術師のメンバーの男。
「あら、もう突破されてしまったの?時間稼ぎくらいしてくれたらよかったのに」
「とんでもない!化け物も恐ろしいですが、何しろあのメリッサナントカって女が!!」
メリッサナントカとは、メリッサ・ローゼンベルグのことである!
「あの“悪役令嬢”ね…それで、いまどこに?国内まで入ってきたの?」
「わかりません、何しろ急いで逃げてきたもんで」
「急がないといけないのは確かなようね。ランドール、これが最後のチャンスよ。役に立つのが嫌なら処刑する。いいわね?」
刀を鞘から抜き、その切っ先をランドールに向けるリニア。
じっとりとした目で刀を、そしてリニアを睨み、それからそっぽを向く無言のランドール。
「…目先の体裁のために意地を張るつもり?ここは一旦流れておいて、事態が落ち着いてから先のことを考えるほうが、合理的だと私は思うけど。…賢い判断はどっちかしら?」
その頃。
薔薇の蔦に絡まれ、身動きの取れない魔術師たちは、無惨にも“二つ槍の化け物”たちの餌食に…
…ならなかった!!
リニアが戻ってきたのを知って、交代でルイージ・グリーンが駆けつけてきたのだ。そして、薔薇の蔦を剣で切って魔術師たちを救い出し、モーター王国の敷地内まで連れて帰ってきたのである!!
さて、国に戻ってきた彼らが目にしたのは。
「何やってたんだお前ら!!」
怒鳴り散らすルイージ!だが怒るのも無理はない。
彼らの目の前で、先に逃げ出した魔術師たちが、気まずそうに棒立ちしているのだから!
「す、すんません…」
「“すんません”だぁ?謝って済むと思うのか!!」
思わず、相手の横っ面を殴ってしまうルイージ!!
「ゴフッ…」
殴られた魔術師は、地面に倒れ込む。
「ルイージ様、我々にはどうしようもなかったのです!」
「どうしようもあっただろッ!!蔦から抜け出したんだったら、“二つ槍の化け物”たちを攻撃し、食いとめていればよかったものを!!」
「そんなのは無茶です!あんなの太刀打ちできない」
「時間稼ぎ一つまともにできないのか!!」
「落ち着きなさいルイージ。強力な助っ人を連れてきたわ」
「よう」
「きっ、金髪コウモリ!」
目を見開くルイージ。
「何だかえらいことになってるみたいじゃねえか」
「
「ふふっ。これでようやく、我が戦力が揃ったわね」
穏やかな笑顔を見せるリニアだが。
「揃った?馬鹿言わねえでください。魔術師団の数が減ってらあ」
ランドールの指摘の通り、確かにここにいる魔術師団のメンバーは、自力で逃げてきた連中と救出された者たちを合わせて、従来の七割しかいない!
残りの三割はどこへ行ったのか!?
「それが…俺たちと一緒にここへ戻ってくるはずが、途中でいなくなってて」
魔術師団の一人がそう答えた。
「怖じ気づいて国外逃亡かよ。くそっ、情けねえやつらめ」
顔をしかめ、地面を右足でガッと踏みつけるルイージ。
「彼らの分まで、ランドールがしっかり働いてくれるから大丈夫よ。とりあえずいまは、敵を追い返すのが先だわ。…モーター軍、反撃開始!!」
メリッサは“二つ槍の化け物”たちの治療を済ませ、それらを率いて再び侵攻を開始。
とうとうモーター王国にたどり着き、化け物たちがその一対の牙で、ガリガリと塀を削り始める!
「いよいよだわ…フン、何が生粋の軍事国家よ。たいしたことない、ざぁーこ」
勝ちを確信し、ほくそ笑むメリッサ。
だが、その様子をランドールが、金色の翼で塀の上に浮遊しながら見つめており…。
「プライミティブ・サンダー!!」
ランドールの魔術で、化け物たちの頭上に紅色の雨雲が出現!!
「やばっ!!オウゴンオニ部隊、避難…ヴァアアッ!?」
間一髪、直撃を免れるも、落雷の衝撃に吹っ飛ばされるメリッサと化け物たち。
「ようしお前ら、俺がさっきやったのを真似してみろ」
ランドールの指示通り、一斉に化け物たちの頭上に黒い雨雲を作り出す魔術師団。ランドールのそれよりは小さい雨雲だが、大量に集まればかなり強力だ!
「させるかっての!」
メリッサが、雨雲めがけてレイピアをかざし、その切っ先から炎のカーテンを放出すると。
ジュウッ
炎とぶつかって、雨雲が蒸発。
だが、その隙を突いて、こんどはルイージが、背後から接近してメリッサに斬りかかる!!
キィィン
メリッサはかろうじて、レイピアで相手のソードを受けとめた。
「フッ…」
ルイージが、不敵な笑みを浮かべる。
ブルルルルッバチバチッビビビィイ
「うっぐ、うぅう、うぇあっ!?」
唐突な痺れに、思わず武器を落としてしまうメリッサ。
よく見ると、ルイージのソードが、刃の部分に稲妻をまとっている。
その稲妻が、レイピアを伝ってメリッサの手を痺れさせたのだ!
落としたレイピアを拾おうとして、メリッサは手を伸ばす。
ルイージは、そのレイピアを拾わせまいと、真横に蹴り飛ばした。
「さてと…次はお前の始末か」
メリッサを仕留めようとするルイージ。
だが彼の背後に、化け物の一体が回り込んでおり、不意討ちを仕掛けようと二本の牙を振り下ろす!!
「させるかっ!!」
カァァン
リニアが、化け物とルイージの間に滑り込み、振り下ろされた化け物の牙を刀でキャッチ、そのまま力ずくで押し返す!!
「姫様っ!」
ルイージがくるりと振り向く。
その隙に、メリッサはレイピアを拾い上げた。
「化け物は私に任せて、あなたはメリッサを仕留めるのに集中しなさい。…フンッ!!」
リニアは刀をくるりと回転させ、化け物の顔の下に刀を差し込み、持ち上げるようにしてぽーんと放り投げてしまった。
そうこうしているうちにも、ランドールと魔術師団が化け物たちを落雷で一方的に撃っており。
放り投げ戦法に味を占めたリニアは、一体、また一体と、同じ要領で手当たり次第に化け物を投げ飛ばしていく(自分より遥かに大きなクワガタを刀一本で放り投げるその様は、まるでカブトムシだ!)。
明らかに不利な戦況となったことで、メリッサは。
「オウゴンオニ部隊、全員退却ーっ!!」
化け物たちを連れて、尻尾を巻いて逃げていってしまった。
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