第三十五話 癇癪
[客観視点]
ゴーレムの金のアックスを刀で受けとめ鍔迫り合いになりながらも、ランドールが今回起こした謀反の真の目的を見抜いて指摘したリニア。
「…どこを見てそう思った?」
ポーカーフェイスを固めて無感情を装い、いつもより一オクターブ近く低い声で問うランドール。
「あら、図星だった?ごめんなさいね、ふふっ」
「てめえ…ハッタリか?」
「根拠があるからハッタリではないわね」
そこで一旦言葉を区切ったリニアは、目を閉じてすぅっと息を吸い込むと、目を開けて再び語り始めた。
「…まずさっきも言った通り、あなたは目的を見失っている。それから計画も
「少なくとも、獲物はお前だぞ!?」
ドスの効いた声で、リニアの解説を遮るランドール。同時に、ゴーレムの腕に力がこもり、金のアックスでリニアの刀を前方に押しつける。
「獲物、ねえ…。それは私以外に、八つ当たりできそうな相手がいないからでしょ?…ああ、それに、あなたの様子がおかしかったのは、今回だけではないわ。サーモン王国から帰ってきて、“技術の国”で買い物をしていたときから。あのとき何を買っていたのかしら?私に隠す必要があって、かつ謀反には使えない道具なんて。使えるなら、今回の謀反で使うはずだもの」
「さ、さっき飲んだ魔法薬を買ったんだ!!」
まともに答える必要はないのに、なぜかムキになって嘘をついてしまうランドール。
その隙を突いて刀にグッと力を込め、斧を押し返すリニア。
ランドールは一瞬だけ目を見開いたものの、わざとゴーレムから力を抜き、リニアの力を利用して真うしろに、ゴーレムごと飛び退いた。
刀を構え直すと、リニアは再びきっぱりとした態度で語りを続けた。
「“技術の国”でわざわざ買う必要はないものを?このモーター王国で買えばいいのに。…確認のために訊くけど、買い物は魔法薬じゃないわね?ガラスの器と植木鉢はともかく、あの金属の板と針金は何なのよ」
「最初から見てやがったな!?このアバズレが!!」
とうとうカチンと来て、怒鳴ってしまうランドール。
「当たり前よ、あからさまに怪しかったんだもの。まあ私も暇じゃないから、ここに戻ってきてからは、部下に命じて代わりに見張らせたわ。そしたら何?ヘンテコな実験の末、渦巻きの中に消えたっていうじゃない。これは私の予想だけど…
どこか遠く離れたところへ、移動しようとしたんでしょ?」
ランドールは何も答えず、恨みのこもった目でじっとリニアを睨んだ。
「…正確には、移動そのものには成功したけど、その先で失敗したってところかしら。だって実験そのものが失敗したんだとしたら、諦めずにやり直すはずだし。ここまで
目的地に着いたはいいけど、その先で追い払われた、とか?」
当たらずも遠からず。
「…だったらどうなんだ!?貴様を始末することに、変わりはねえ!!」
激昂してしまうランドール。その小さな手で、ゴーレムを操るための糸をぎゅっと握りしめる。
その隙に。
悶絶してうずくまっていたルイージが、それでも剣の柄を握りしめ、歯を食い縛って顔を上げる。
剣に稲妻を纏い、その切っ先をランドールに向ける!!
「貴様の出る幕はねえ!!」
ゴーレムの左手をルイージに向け、宝石の群れを放つランドール。
「うおおおっ!?」
飛んできた大量の宝石をかろうじて躱すも、剣を弾かれ、手放してしまうルイージ。
「オオオウ…」
おまけに宝石の一つが足の傷口に刺さり、またしても悶絶。
だが、ランドールの一瞬の隙を突いて、こんどはリニアがランドールに斬りかかる!!
「させるかっ!!」
リニアの刀を、ゴーレムの金のアックスで受けとめるランドール。
再び、鍔迫り合いの開始。
「てめえ、俺を挑発すれば何とかなると思ってんだろ…そうはいかねえぞ!!」
[ランドール視点]
さあて、この憎ったらしい姫騎士を、どう始末してやろうか…。
本当はこの手でグチャグチャに、生きたまま手足の先から切り刻みたい。こいつが憐れに泣き叫ぶ姿を拝みたいからな。
だが、そんな余裕はかませねえ。相手は猛者だ、油断するとこっちがやられる。
悔しいが、一思いにサクッと仕留めるしかないようだ。このまま確実にとどめを刺す。
それには“ダイレクト・ブラスター”一択だろう。まだ充分な魔力は残ってるしな。
ナマの魔力を貴様の顔面にぶつけてやる。
顔の真ん中に、でっかい穴を開けてやるぜ!!
ゴーレムの右腕に力を込め、金のアックスをリニアに押しつける。まるでこのまま力ずくで、押し潰そうとしているかのように。
案の定、リニアは刀でアックスを押し返してくる。馬鹿め、そっちは囮だ!!
ゴーレムの左手をパーに開き、スタンバイ完了。
「ダイレクト…え?」
一瞬、ぞっとするような笑みを浮かべたリニアが、ふわりと真うしろに飛び退く。
こいつ、急に力を緩めやがった?
勢い余ったゴーレムが、バランスを崩して前につんのめる。
だ、駄目だあ!!
踏ん張ろうとしても、ゴーレムに首がないせいで、前に滑り出してしまう。
その一瞬の隙を、リニアが見逃すはずがない。
案の定、刀の切っ先が、左上から右下に向かって斜めに降ってくる。
左肩に焼けるような痛みが走り、その痛みが胸を斜めに通って、右の脇腹に降りる。
直後に、ドシン、と地面に尻餅をつき、衝撃で視界が揺れる。
…結局、俺の負け。
ゴーレムから滑り落ちたのみならず、斜めに斬られて致命傷を負った。
もう、俺には使える
ああ、俺はやっぱり、リニアに斬られて死ぬのか。
軍事国家の姫騎士リニア・モーターに。
全身の力が抜け、大の字にひっくり返ってしまう。
せっかく地面に引き寄せた月が、だんだんともとに戻っていくのが見える。
あーあ、情けない人生だぜ。
何が一番情けないって、リニアが卑怯な手を使わず、俺を見事な武術だけで完封したこと。
暗くなっていく視界の中で最後に見えたのは、月がすっかりもとの大きさに戻ってきれいに収まりきった、満天の星空であった。
[カラブ視点]
ジャズマイスター卿との協力は不本意だったが、月の異常事態を解決できたのでよしとするか。
…って、大事なことを忘れるところだった!
サラ・リーマン。
あの年端もいかぬ女王を、ジャズマイスター卿に無事に送り届けないとな。というより、ジャズマイスター卿を連れてきたほうが早いか。
[サラ視点]
つきがもとのじょうたいにもどったあと、カラブ・ドーエンがジャズマイスターきょうをつれてもどってきた。
「女王陛下!ご無事でしたか!心配しておりましたよ、ハハッ」
うそつき。どうせわたしのことは、つごうのいいどうぐだとしかおもっていないくせに。
「さあ、約束は守ったぞ。サラの誘拐が我々のしわざでないことは、わかったろう」
「どうかねえ?ドクバールとかいうのが実行犯なのは間違いなさそうだが。現にここにいないじゃないか」
「あいつなら、スモーク・サーモンと一緒にいるのを見た。残念ながら俺たちを裏切ったらしい。それと、メリッサ・ローゼンベルグもいたぞ。あいつが余計なことを吹き込んだせいだ」
「はあ…あの“悪役令嬢”が、一枚噛んでいたのか。だからこんな、面倒なことに」
「ドクバールはスモークの命令で、俺を殺そうとして失敗。焦って挽回しようとしたところを、メリッサに唆された。確か…“女王の一人でも誘拐すればいい”とか、そんな紛らわしい形でな」
じょおうの…ひとり?
「じゃあ、わたしじゃなくてもよかったってこと?」
「メリッサはお前を想定していたと思うがな。はっきりサラ・リーマンという名前を出さなくても、取り急ぎ誘拐しようとすれば、ドクバールはお前に目をつける。メリッサの性格なら、そこまで読んでいたに違いない。サラ、お前はほかの女王より弱い。狙いやすい。自覚しておけ」
「気にしてはいけませんよ、女王陛下。まだまだ伸び代があるということです!」
「そうやってまた現実を誤魔化すのか?」
「女王陛下は魔術の練習に励んでいらっしゃる。やる気を削ぐようなことは許さん」
たがいににらみあう、カラブとジャズマイスターきょう。
わたしも、このふたりのような、じつりょくしゃになりたい。
いや、“なりたい”ではおわらせない。ぜったいになるんだ。
さっき、サソリーナがまじゅつについていろいろとおしえてくれたけど、そのなかにひとつ、みみよりなじょうほうがあった。
“まじゅつけんぽう”
かりょくがひくくても、まりょくをいかしてたたかうほうほうのひとつ。
それをみにつければ、わたしのちからでも、じぶんのみをじぶんでまもれるはずだ。
[客観視点]
瀕死の重症を負ったランドールは、意識を失って仰向けに倒れている。
リニアは、ランドールの傍に座り込み、魔法薬の瓶を開けた。
「また治療するんですか?この金髪コウモリを」
ルイージは腕組みして仁王立ちしながら、そう吐き捨てた。
「ええ、そうよ。だって使えるものは使わないと」
振り向かず、平然と答えるリニア。この場合の“使えるもの”とは、ランドールのことである。
「使える?…こいつのおかげで、一体どれだけの損害になったと思ってるんです?」
「だからこそよ。この代償はランドール本人に、しっかり支払ってもらわないと」
「そのために、こいつを復活させると?馬鹿げています。また裏切るに決まってる!」
ついに声を荒らげるルイージ。溜まっていたストレスが、爆発した模様。
「じゃあ、ほかにいい考えがある?」
くるりと振り向いて、ルイージの目を見て問うリニア。ルイージとは対照的に、かなり落ち着いた様子だ。
「それは…」
急に勢いを失うルイージ。いい答えが思いつかないのもあるが、内心怖じ気づいたのだ。リニアの橙色の瞳には、相手に有無を言わせぬ何か不気味なものがある。それをルイージが実感するのは、今回が初めてではない。
「私としては、やらかした張本人に取り返してもらうのが、一番効率がいいと思うけど」
「…そうはおっしゃいますが、こいつが素直に言うことを聞きますかな?それに、具体的にどうやって補償してもらうのか…」
「そうね、やっぱり戦いで結果を出してもらうしかないんじゃないかしら。…私の予想では、メリッサ・ローゼンベルグがここに攻めこんでくる」
「またあいつですか?しかし、あの程度じゃ金髪コウモリを使うまでも」
「メリッサだけで攻めてくると思う?」
「まさか…“二つ槍の化け物”?」
「本気のメリッサならやりかねない。こっちも追い返すだけの策を立てないと」
だがメリッサは、このとき既に、“二つ槍の化け物”を率いてモーター王国に向かっていた。
スモーク・サーモンがあまりに不機嫌なので、メリッサはめんどくさがって、自分がさっさとモーター王国を潰してしまおうとしているのだ!
危機を察し、一瞬固まってから、急いでランドールの傷口に魔法薬をかけ始めるリニア。
「どうかされましたか?…姫様?」
「ランドールは私が何とかするから、この国の魔術師団を召集して。…急いで!早く!」
わけがわからず、ただ言われた通りにダッシュで魔術師を集めにいくルイージ。
「じっくり話をしている暇はないわ。さあ、早く目覚めなさい。…ランドール!」
基本的に魔法薬は万能アイテム。命が尽きるまでに間に合いさえすれば、ほとんどの傷を修復してしまう。
だが、完治するまでの時間については、傷の程度や負傷者本人の体力などによって違いが出やすい。
ゆえに、致命傷を負ったランドールが意識を取り戻すまで、どれだけの時間を要するかわからないのだ!!
「リニア様!ご命令通り、連れてきました」
モーター魔術師団を全員、呼び出してきたルイージ。
「またかよ…」
「こんどは一体何だ?」
「寝るとこだったのに…」
口々に不満をこぼす魔術師団。
「黙れ!!一刻を争う事態だぞ!!」
ルイージの怒号。魔術師団全員が縮み上がる。
「ランドールは手当てしたけど、ひっぱたいてもまだ起きないわ。回復を待つしかないみたい」
「ったく。金髪コウモリの役立たずめ!」
「みんなを呼んでくれてありがとうルイージ。詳しいことは私から説明するわ。…みんなよく聞いて。この国に、化け物たちの大群が攻めこんでくる」
「何だって!?」
「そりゃあないぜ!」
「餌になるなんて御免だわ」
こんどは弱音を吐き始める魔術師団。
「静かに!!」
リニアの一声が、魔術師団を黙らせる。
「まず私の話を最後まで聞いてちょうだい。いいわね?化け物は確かに強いし、恐ろしいと思うかもしれない。だけどこっちには勝算がある。私は、化け物の弱点を知ってるの。やつらは、魔術で撃退できるのよ。国を守りたければ、あるいは…生き残りたければ、一緒に戦うの。わかった?」
…返事がない。
「わかった!?」
「「「「「はいっ!!」」」」」
リニアの気迫に脅され、ようやく従う気になったようだ。
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