第三十三話 暴挙
[客観視点]
もとの世界へ戻るのに失敗し、
一方、スコーピオンズ・キングダムの王カラブ・ドーエンは、海底に作られたスモーク・サーモン王の隠れ家であるダンジョンに潜入。すると、そこには行方不明になった家臣のドクバールと、誘拐されたリーマン王国の女王サラの姿が。
それぞれの権力がぶつかり合う中、果たして、彼らの運命は!?
リニアの腹心ルイージ・グリーンそっくりに魔術で変装し、城の中に侵入したランドールは、ついにお目当ての首なしゴーレムと、金のアックスの安置されている部屋に着いた。
ゴーレムは四肢をそれぞれ鎖で壁に繋がれており、アックスは壁に鉄の輪で固定されている。
「…カンヴェニエン・ディストラクション」
ゴーレムを繋いでいる鎖と、アックスを固定している輪を、いとも簡単に魔術で破壊するランドール。
「見つけたぞ!」
振り向くと、本物のルイージの姿が。
「一歩遅かったな。このゴーレムとアックスは、俺様が貰った!!」
ルイージそっくりの変装を解き、本来の金髪ピンク眼の小柄な美少年の姿に戻ったランドールは、そのままゴーレムに飛び乗って肩車の姿勢になった。ゴーレムの首の断面からは紫色の糸が複数本飛び出し、ランドールの両手の指に巻きつく。この糸により、ランドールはゴーレムをマリオネットのように操ることができるのだ!!
「させるかっ!!」
剣を振りかざしながら、アックスを相手より先に奪おうと突進するルイージだったが。
「あらよっと!」
ゴーレムの足でルイージを蹴飛ばすランドール。
「ぐぉっ、おおぅ、ぐうぅ…」
床を転がるルイージ。
「じゃあ、お目当てのアックスはいただいてくぜ。ついでにこいつもな。あばよ」
金の斧と、ルイージの剣までもをゴーレムの腕で拾い上げたランドールは、壁を破壊して城の外に脱出した。
一方、スモーク・サーモンのダンジョンの、大広間では。
「カラブ・ドーエン…のこのこやって来るとはいい度胸だ。サーモン魚人兵団、この間抜けを捻り潰してやれ!!」
あちこちからぞろぞろ出てきて、カラブを取り囲む兵士たち。青緑の甲冑を身につけているので一見普通の兵士に見えるが、唯一露出している顔の部分は、鯛にそっくりな赤い魚である!よく見ると顔全体がヌルヌルしており、首の回りには真っ白い泡がある。このヌルヌルと泡のおかげで、陸上でも一時間程度なら活動できるのだ。
さて、どうするカラブ!?
「ほう?魚人か。なら話は早い…弱点はわかりきってるからな!!ツーディメンショナル・フレイム!!」
炎の束を両の掌から放ち、周囲の魚人どもを焼きはらうカラブ。珍しくスコーピオンズの特有の技ではなく、基本的な魔術である。…もっとも、大は小を兼ねる、とはよく言ったもので、カラブほどの実力者なら初心者向けの技を使いこなせてなお当たり前なのだが。
「ぎゃああああっ!!」
「熱いっ!!助けてくれえええ!!」
「スモーク様、スモーク様お助けをー!!」
呆気なく一網打尽にされる魚人兵士たち。別に彼らが弱いわけではない。並みの人間たちなら腕力で簡単にねじ伏せる連中なのだが、今回は相手が悪すぎた。
「ええい、情けない!頭を使え、頭を」
「しかしスモーク様、この状況では考えるより先に、焼き魚になってしまいます!」
「我々は一体どうすれば!?」
「仕方ない、俺が指示を出してやる。いいか?こっちにはサラがいるんだ。カラブはそれを取り返しに来た。あとはわかるよな?」
サラをそれ呼ばわりするスモーク。酷い男である。
「はっ、そうか!!」
スモークのヒントを受けて、祭壇の上で寝ているサラを取り囲む魚人たち。
「我々には人質がいる!」
「この娘を傷つけられたくなくば、おとなしく降伏しろ!」
卑怯な手段に出る魚人たち。
「お前たちにはサラを攻撃できない。スモークの取り引き相手のはずだからな」
強気に応じるカラブ。
「そ、そうか…どうする?」
「どうするったって…スモーク様の指示に従うしか」
「スモーク様、どうしましょう?」
おろおろする魚人兵団。致命的に頭が悪い。
「馬鹿ども、かまうでない。サラを取り囲んでおけば、カラブとてこちらを攻撃できないのは目に見えておろうが!」
「なるほど、確かにその通りだ。お前らを攻撃すれば、サラが巻き添えになるからな」
「そうだ、カラブ・ドーエン。わかったらおとなしく引き下がれ」
カラブを追い返そうとするスモークだが。
「だったら人間には害のない魔術で、お前らを倒すしかないな。
…スコーピオンズ・クライメイト!!」
ブオオオオオオオオオオオオオオオ
「おらおらおらおらぁっ!!ハーッハッハッハ!!」
両の掌から、凄まじい勢いの熱風を放出するカラブ。いつもよりテンションが高い。
「うぎゃああああ!!熱い、熱いいいい!!」
「皮膚が乾燥するーッ!!」
「息が!!息ができなっ…」
熱風により乾燥させられたせいで、皮膚へのダメージと鰓呼吸困難に襲われる魚人たち。
…この熱風、一応は人体に危害を加えるほどの威力はないのだが、それでも人間にとっても普通に熱いらしく。
「あつううううううぅー!!!?」
さっきまで祭壇の上で眠っていたサラが、熱風に巻き込まれて飛び起きる。寝ているときに急に熱風が飛んできたら、誰でもびっくりはするようだ。
「すまんなサラ!さすがに熱くしすぎたか!?ハーッハッハッハ!!」
なぜかノリノリなテンションのカラブ。
「…カラブ・ドーエン?…スモーク・サーモン?…それにこの、さかなのばけものたちは…」
状況が理解できず狼狽えるサラ。
「ええい、役立たずどもが。こうなったら俺様一人で戦ってやる!アクア・ビュート!!」
右手から水流を放出し、鞭の形にするスモーク。
「悪いがいまは、お前の相手をしている暇はない」
床を蹴り、そこから五メートルの高さまでジャンプしたカラブは、サラの目の前に着地。
「逃がすかっ!!」
水の鞭を振りかざすスモーク。
しかしカラブは、サラをお姫様抱っこすると、飛び跳ねて水の鞭をあっさり躱し、スモークから距離を取った。
「ジャズマイスター卿との約束があるんでな」
「おのれ…
我が名はスモーク・サーモン!!我がダンジョンよ、起動!!」
真っ白い壁が、柱が、螺旋階段が、砂のように崩れ始める。
「スコーピオンズ・キングダム!!全員、撤退する!!」
カラブの命令で、背中に金色の翼を生やし、次々に脱出していくスコーピオンズ・キングダムの連中。
「お前もだ、ドクバール」
カラブだけが、翼で宙に浮きながら、ドクバールを待っている。
「カラブ様…」
決断を迫られるドクバール。もとの主君であるカラブについていけば、家族がスモークにどんな目に遭わされるかわからないのだ。
「早く来い、そのうち床も崩れるぞ」
カラブの言う通り、いずれは足場も消える。それがダンジョンというもの。
黙って背中に翼を生やすドクバールだが、宙に浮いたまま進もうとはしない。
「その老いぼれはこっちの道具。もう
乱暴に吐き捨てながら、水の鞭でカラブを叩きつけようとするスモーク。
「…後日、もう一度迎えに来る。そのときまでにどうするか、決めておけ」
ドクバールにそう命令すると、カラブはサラを抱えたまま飛び去った。
[ランドール視点]
さあて、脳筋のお姫様をどう始末してやろうか…。
ジャズマイスター卿を囮に使うのは成功だが、やつは所詮、腹黒のプロフェッショナル。そういつまでも協力をアテにはできないだろう。俺を裏切ってリニア側につく可能性は高いしな。
かといって、俺とゴーレムだけでリニア含むモーター軍を相手にするのは至難の技。
この不利な戦況をひっくり返すには、何かもっとスケールの大きな奥の手を…。
夜空に浮かぶ満月。
あれを使わせてもらうとしようか。
「見つけたわ!」
リニア・モーター。のこのこやって来るとは間抜けなやつだ。
「どういうつもり?下剋上のために大損害を与えてくるなんて、本末転倒もいいところよ。そんな者には国を任せられないわ」
「任せてもらえないのは百も承知。自分で奪い取ってやるさ。何ならこの国を潰してやる」
「だから駄目だって言ってるのよ。これまでの謀反は役に立つから容認しておいたけど、今回ばっかりはそうもいかないわね。目的があやふやになって、計画性を失っている」
「計画ならちゃんとあるぜ。あれを見ろ」
「満月?」
「グラビティ・コントロール!!」
月に両の掌を向け、魔術を唱えると。
左右それぞれの掌から七色の光が飛び出して、どちらも月に直撃
月が七色に発光し始め、それから少しずつこっちに近づいてくる。
風が吹き始め、次第に強くなってくる。
作戦、成功だ。
「見つけたぞ金髪コウモリ!」
「この風は一体何だね?ランドール君、何をしたんだ?」
ルイージと、ジャズマイスター卿も駆けつけてきた。
「よおジジイ、やっぱりそっち側についたか」
「当たり前だ!きみの軽率な悪巧みに、何の理由もなく加担するわけないだろ!」
「じゃあ、あんたも俺の手で始末するしかねえな。後回しにはなるが」
「私たちを相手に、勝てると思うわけ?それにこっちには兵士団も、魔術師団もいるのよ?」
「わかってねえようだな。こうしてる間にも、あの月はどんどんこっちに近づいてきてるんだぜ?いま起きてる強風も、月の引力の影響だ!」
「インリョク?何それ」
「ハッ、そんなことも知らねえのかアバズレ!!そんな頭でよく一国の統率ができるよな。いいか?月ってのはそもそも衛星、つまり俺らが見てるよりずっと巨大で、だからその、惑星である地球と衛星である月との間には、万有引力が」
「デタラメ言ってねえでわかるように説明しろ!!金髪コウモリ!!」
「いや、説明を聞いてる暇はないね。見ろ!もう月があんなに大きく!!」
ジジイの指差す先では、月が夜空の一割ほどを埋め尽くすまでに。
「理屈はよくわからないけど、もとに戻さないとまずいのは確かね」
「じゃあせいぜい頑張ってみんなで食いとめなよ。その間に俺は…」
ゴーレムを使ってリニアに飛びかかり、真上から斧を振り下ろす!!
「くっ…」
斧を刀で受けとめやがるリニア。
「俺はこいつと、一騎討ちでもさせてもらうからな!!」
[客観視点]
ランドールの魔術によって地上に迫り来る、月!!
これを、ジャズマイスター卿とルイージは、一体どうするのか!?
「何とかしてあの月を、もとの大きさに戻すんだ!!」
「しかしじいさん、もうあんなに月はデカくなってるぜ。どうやって戻すんだ?」
「そうだねえ、確かランドール君曰く、あの月は実際に膨れ上がって肥大化しているわけではなく、近づいてきているから大きくなっているように見えるだけ、だったはず。ということは月を遠ざけて、もとの位置に戻せばいい!」
「だから、それをどうやってやるんだ、って聞いてんだ!一番大事なゴールから教えてくれよ。ったく…」
「焦っても何も解決しないよ、ルイージ君。だが解決法は見えた。ランドール君は月を近づけるのに魔術を使った。ということは、こちらも魔術を使って逆のことをすれば」
「そんなことなら早く言え!!」
二人のうしろでは、リニアとランドール…正確にはランドールに操られたゴーレムとが、カチャカチャと金属の音を立てて鍔迫り合いをしている。
夜空の三割を埋め尽くす月に向かって、ジャズマイスター卿は魔法の杖上端の水晶玉を、ルイージはソードの切っ先を向ける。
「それではルイージ君、月がもとの状態に戻るのをイメージするんだ。技名を考えないと…とりあえず、ポジショニング・リターン!!」
ジャズマイスター卿の杖の水晶玉から、七色の光が飛び出して月に当たる。
「右に同じ」
ルイージが、剣の切っ先から同じように光を発射。
月の接近がストップし、引き返し始める。
…ところが。
「おおっと!!」
ランドールが、ゴーレムに乗ったまま月に向かって、再び“グラビティ・コントロール”を連続で何回も発射!!
月が、またしても地上に引き寄せられる!!
「くそっ!!」
負けじと魔術を連続撃ちして、抵抗するルイージ。
「早く食いとめるんだ!!」
ジャズマイスター卿も魔術を連続で撃つ。
再び、月がペースダウンし始める。
が、
「あらよっと!!」
ゴーレムの足で地面を蹴って後退し、リニアから距離を取ったランドールは。
「じゃあ一つ、こいつを試してみるとしようか…」
ランドールが懐から取り出したのは、魔法薬の瓶。ラベルには“魔力増強”と書かれている。つまりドーピング用だ!
「飲ませるかっ!!」
ゴーレムに飛びかかるリニア。
だが、軽々と躱すゴーレム。
とうとう、魔法薬の瓶を開け、ランドールは中身を飲み干した。
「ああ…体が内側からカーッと
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