第三十二話 真相

[客観視点]

ジャズマイスター卿がスコーピオンズ・キングダムに侵入したのは、突如として消えた女王サラ・リーマンを探すためであった。

「俺が誰かを拐っただと?ふざけるのも大概にしろ」

カラブにとっては、とんだ言いがかりのようだが…?

「きみの仕業でないとしたら、部下がやったのかい?ええ?」

「我が国の仕業ではないと言ってるんだ。わからんとは言わせないぞ、この腹黒ジジイ!」

「ではこれは何だね?」

ジャズマイスター卿が背広のポケットから取り出して見せたのは。

「それは…ドクバールの指輪?」

「やっぱりきみの部下じゃないか!こんな物がどうして、女王陛下の部屋に!?」

「…しかし、ドクバールは行方不明で」

「じゃあきみには責任はなくて、部下が勝手にやったと言うのかい?」

「ちょっと待て。その言い方には悪意があるぞ。そうだな…」

右の掌を額に当て、数秒間黙りこんだカラブ。出した答えは…

「だったら、その女王とやらは俺が見つけ出し、お前の屋敷まで連れて帰る」

「ハッ、そんな話を信用しろと?」

「そうでもしないと信用しないだろ?それに、上手くいけばドクバールも見つかるかもしれんしな。で、その女王とやらは、どんな人物だ?容姿とか、見てわかる特徴は」

「はあ…できればきみの手は借りたくないんだが」

「じゃあモーター王国にでも任せるか?」

「それは…わかったよ。あの国の姫君なんかに知れたら、一番まずいからね」

「では、余計な情報は漏らさずに探せばいいんだな?」

「ああ。では言うぞ。女王陛下はサラ・リーマン。きみもこの前サーモン王国で会ったろう」

「あの少女か!」

「しっ、大声を出すな。誰が聞いてるかわからん」

「いや、すまん。その…犯人の手がかりはないか?」

「だから、犯人はきみの部下で」

「実行犯はそうかもしれんが、黒幕がいるはずだ」

「黒幕?いたとしても、証拠が残るわけないだろ…待てよ?なぜ犯人は、女王陛下が私のところにいると知っていたんだ?」

「ドクバールが行方不明になったのは、サーモン王国での戦いの前。お前と俺意外に、サラの居場所を特定できそうなのは…」

「モーター王国?だとしたらまずい!」

急いで立ち去ろうとするジャズマイスター卿。

彼の右腕を引っ張り、カラブがとめる。

「いや待て。そうかもしれんが、別の可能性もある。スモーク・サーモンの可能性は?」

「馬鹿な。国王陛下は、女王陛下を誘拐なんかしなくても、交渉するはずだったんだぞ?」

「手分けして探そう。俺はモーター王国を探る。お前はスモークを探せ」


「逆のほうが、いいんじゃないか?」

二人の会話を盗み聞きしていた者が、不意に口を挟んできた。


「きみは…ランドール君?なんでこんなところに!」

「油断するな。モーター王国の罠かもしれん!」

魔術で青い光の槍を出現させ、その切っ先をランドールに向けて構えるカラブ。

「おいおい、まあ話を聞いてくれよ。俺もちょっと事情があって、国に帰りにくいんだ。リニアと敵対しちまってな。つまり…俺にはあんたたちと組む理由があるってわけだ」

ランドールの言葉を聞いて、二人で顔を見合わせるジャズマイスター卿とカラブ。

「どうする?信用するかい?」

「しかし…」

「迷ってる暇はないんじゃないか?二人とも人を探してるんだろ?こうしてる間にも、どんな目に遭ってるか」

「わかった、協力しよう」

先に話に乗ったのは、ジャズマイスター卿である。

「お前っ!そんな簡単に」

「いや、急がないといけないのは事実。もし騙されていたら、そのとき彼を始末すればいい」

「じゃあ決まりだな。俺に考えがある。ジャズマイスター卿は取り引きを装って、リニア姫に会いに行ってくれ。俺がわざと国を荒らすから、リニアに加勢するふりをしてサラを探すんだ」

「なるほど…しかし、そんなことをしたら余計にきみは」

「どうせいまから帰っても、結果は同じ。なんなら俺は、リニアを蹴落としたいくらいだぜ」

「何だって!?それが目的か!きみってやつは…まったく呆れたよ」

左右それぞれの掌をそれぞれの肩の横で上に向け、肩をすくめるジャズマイスター卿。

「女王が見つかれば問題はないだろ?言う通りにするんだ。そしてカラブ、あんたはスモーク・サーモンの本拠地を探すんだ。残念ながらどこにあるかわからんからな。海の中かもしれんが」

「海底都市か…探してみる価値はあるな。それに、スモークを探すだけなら、サラのことを無闇に言いふらさなくて済む。だがいいか?これは緊急時の作戦、言わば応急措置のようなもの。お前が妙な真似をすれば」

「はいはい、わかってるって。じゃ、作戦は採用ってことで」



[ランドール視点]

ジャズマイスター卿が急いでいることもあって、作戦は直ちに決行することに。

カラブはというと、部下を数人だけ連れて、スモーク・サーモンを探しに向かった。残りの連中は側近たちが管理し、出発の準備ができ次第カラブを迎えに行って合流するそうだ。



さあ、帰ってきたぜモーター王国。

姫君を引きずり下ろすためにな!!



[カラブ視点]

とりあえず、俺がサソリーナたちを連れて向かった先はローゼンベルグ家の屋敷。スモークと交渉していたメリッサなら、何か知っているかもしれない。

だがやつは所詮“悪役令嬢”。簡単に喋ってくれるはずがなかろう。だから、偵察して尻尾を出すのを待つことにする。



[客観視点]

ジャズマイスター卿がモーター王国を訪れると、出てきたのはリニアの腹心、ルイージ・グリーンであった。

「あいにくですが、姫様に会わせるわけにはいきませんな。こんな夜中に客人など、非常識です」

「そこを何とか、お願いするよ」

「しかし…」

渋るルイージ。

すると彼の肩越しに、リニアがひょこっと顔を覗かせた。

「あら、ジャズマイスター卿?ちょうどよかったわ。城の修復を手伝ってちょうだい」

「姫様!」

「ややっ、姫様自らそう仰るとはありがたい!是が非でも協力させていただきましょう。ハッハッハ!」

「助かるわ。じゃあさっそく、壊れた壁のところまで来てちょうだい」

「まったく…では案内しますが、あまり城の中をじろじろ見ないでくださいよ?」



魔術を使い、いとも簡単に城の壁を修復したジャズマイスター卿。

「ありがとうジャズマイスター卿。ではそちらの用件も聞かせてもらえるかしら?」

「はい?私のですか?」

「ええ。わざわざここに手助けをしに来たってことは、何か交換条件があるんでしょ?」

「え?ああ、そうでしたね。ハハッ…その…




スコーピオンズ・キングダムの老人を、見ませんでしたか?」




「スコーピオンズ・キングダム?」

「はい。白い髭を生やした、小柄な老人です。頭にターバンを巻いた」

「名前は?」

「ドクバール、だそうです。カラブ・ドーエンによると」

「カラブ・ドーエン?あなたにとっては因縁の相手じゃない。彼と会話したの?」

「会話というか…まあ、そうですね。結果的には会話に落ち着きました。最初は戦いになりかけたんですが、ひとまず話し合いということに」

「珍しいわね」

「たまにはそんなことも。ハハッ」

「それで、どんな会話をしたの?」

「そうですね…実はちょっと、私の敷地内にドクバールらしき人物が危害を加えてきまして。それでカラブを問い詰めたところ、ドクバールは行方不明になっているから知らん、と」

「なるほど…じゃあ、そのドクバールっていう老人を探せばいいわけね?」

「探していただく必要はございません。ただ、見かけていないかどうか、情報提供していただきたいだけで」

「残念だけど、この国の近辺には」

「リニア様!!大変です!!」

モーター王国の兵士が駆けつけてきて、リニアの言葉を遮った。

「何があったの?」

「ランドール・ノートンが現れました!国内を襲撃しています!」



[カラブ視点]

ローゼンベルグ家の敷地へ向かうには、海を渡らなくてはならない。

だから馬ではなく、魔術を使って飛ぶことに…

「カラブ様、あれを」

数人の部下を引き連れ、海に穴を開けて飛び込んでゆく、金色のドレスに身を包んだ令嬢の姿が。

「メリッサ・ローゼンベルグで間違いなさそうだな。どうやら、屋敷まで向かう必要はないみたいだ。尾行しよう。油断するな」



メリッサの痕跡をつけていくと、白い大理石のやしろにたどり着いた。

しめたぞ、きっとスモーク・サーモンの所有地だ。おそらく同じような社が、海底にはいくつも存在しているのだろう。

社の内部に入り、螺旋階段を降りていくと。


「…誰がこの娘を誘拐してこいと頼んだ!?はなから取り引きする予定だったのに!!」

スモークの怒鳴り声。

「し、しかし、メリッサお嬢様はこうするのが一番早いと」

ドクバール!?ここにいるのか!?

柱の影から様子を見ると、確かにスモーク、ドクバールと、もう一人…メリッサ・ローゼンベルグが広間にいる。そして三人の向こう側には、祭壇の上に生け贄のごとく横たえられた女王サラ・リーマンの姿が。

「あら、アタクシはサラを誘拐しろだなんて言ってないわ。“女王の一人でも捕まえてくれば?”ぐらいには提案したけど」

そうか…メリッサが余計なことをドクバールに吹き込み、そのせいで…。

しかし、なぜドクバールは俺にすら内緒でスモークたちと会っている?

「まったく貴様らは…おかげでジャズマイスター卿との交渉決裂の危機だぞ。どうしてくれるんだ!」

「スモーク様、どうかお許しを!」

「ええい黙れ、この役立たずの老いぼれめ!!ただでさえカラブ・ドーエンの暗殺に失敗した挙げ句、お次は交渉の邪魔と来た!このっ、能なしめ!!」

「ぐあっ…」

スモークめ、俺の部下を蹴りやがったな!ましてドクバールは老体だぞ!こぞうの姿をして、この暴君めが!

「キャッハハハハハ、器ちっちゃーい!!」

「もっと蹴らせろ!!さもないと家族を処刑してやるぞ!」

なるほど、全貌が見えてきたぞ。

サソリーナを魔術で操って毒を盛ったのはドクバール。そして、その命令を下した黒幕はスモーク・サーモン。俺を殺し損ねてあとがなくなり、代替案を必要としたドクバールは、メリッサに唆され、サラを誘拐してしまった。ドクバールがここまでする理由はおそらく、家族を人質にでも取られているのだろう。

…しかし、ドクバールに俺の知らない家族がいたとはな。さては不倫か何かによる隠し子だな?だから俺には相談できなかったのか。まったく、馬鹿なやつめ…。

「ぐおっ、おおう…スモーク様、どうかいまいちどチャンスを…」

「チャンスなら既に与えてやっただろうが。無駄にしおって!」

「んじゃっ、アタクシは帰るわよ」

「まだだ、お前はここに残れ」

「え~!?」

「当たり前だろ。ドクバールが余計なことをしたのは、お前の戯言のせいでもあるんだぞ」

「そりゃあ、なんてったって“悪役令嬢”ですもの」

「…ドクバールのみならず、貴様の家族も処刑してやろうか?ええ!?」

「やってごらんなさいよ、こっちは泣く子も黙るローゼンベルグ家よ?」

「ぬう…」

「できないんだ~」

「うるさいっ!!ええい、そんなに帰りたくばとっとと失せろ!!貴様のような雌豚の顔なんざ見たくもない」

「め、雌豚ァ!?こんなに美人でスタイルもいいのに、そりゃないでしょ?」

「それとドクバール、お前のことは断じて許したわけではないからな」

「それではスモーク様、私は一体どうすれば…」

「自分で考える頭がないなら教えてやろう。カラブ・ドーエンを呼び出し、ここに連れてこい!!」


その必要はない、と言っていますぐ現れたいところだが…格好つけるのはあまり賢くない。スモークの隙ができるまで待つことに


「ねえ、その必要はないんじゃない?ひょっとして、もうここに来てたりして」


メリッサめ、ことごとく余計なことを…!!



[ランドール視点]

モーター領土内の建物のうち、城から離れた位置にあるものをあえて数件破壊。

騒ぎがこっちに集中してるうちに、魔術でルイージ・グリーンに変装。

で、向かった先は城。何をするかというと…。



城の内部に潜入。

目的はただ一つ。

ローレンスのゴーレムと、金のアックスを探し出すのだ!

「おおっと!」

出会い頭に、メイドの一人と鉢合わせ。

「も、申し訳ありませんルイージ様!!」

真っ青になって頭を下げるメイド。ルイージあいつ、恐れられてんのな。

「あ、いや、その…こんどから気をつけろ」

「ルイージ様?」

きょとんとした顔を上げるメイド。

「俺は急いでるんだ。そうだ、この際お前に訊いておきたいことがある」

「何でしょうか?」

「ローレンス・モーターのゴーレムと、金のアックスはどこにある?」

「ゴーレムですか?一応、地下の研究室だったかと…」

「そうか!」

「確信はありませんけど…あなたがご存知かと思っていたので」

「あー、そういえばそうだな、しかし忙しくてド忘れしてたんだ。ありがとう、じゃっ!」

「変なルイージ様…」



[客観視点]

ルイージに変装したランドールが走り去ったあと。

「る、ルイージ様!?」

なんと、本物のルイージが、さっきランドールの来たのと同じ方向から走ってきたのだ。

「ランドール・ノートンがここに来なかったか?」

「いえ、見ませんでしたけど…」

「そうか…」

「ところで、ゴーレムは見つかりましたか?」

「ゴーレムだと?」

「ええ。さっきお探しになっていたではありませんか」

「何だと?…なぜそいつをとめなかった!?」

「ええっ!?」

「そいつはきっと、俺そっくりに変装したランドール・ノートンだ!!」



一方、スモーク・サーモンはというと。

「サーモン魚人兵団、このダンジョン内を捜索せよ!カラブ・ドーエンが隠れているかもしれん!」


「やれやれ、これでもう隠れておく必要はないな」


カラブ・ドーエンが、スモークとメリッサ、そしてドクバールの目の前に自ら姿を現した。

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