第三十話 帰還
[客観視点]
海の上を
二人の目的は、モーター王国への帰還である。
「初っ端からこうして撤退すりゃあよかったんですよ!まったく、化け物相手に魔術の無駄撃ちなんて」
不満をタラタラと垂れるランドール。
「あら、私に言わせれば無駄はなかったはずよ」
「そりゃあ、ちょっとは効き目はありましたけど…でも相手の数が多すぎまさぁ。キリがない!」
「そうかしら?あなた一人では面倒でも、モーター魔術師団の総力をもってすれば」
「まさか、あいつらをあの化け物たちに差し向けようってんですかい!?無理無理、あいつら素人だから、返り討ちに遭っておしまいでしょうよ!」
「そうね。闇雲にこっちから仕掛ければ勝ち目はない…けど、フフフ…」
「何かお考えが?」
「まあ、詳しいことは国に戻って聞かせるわ。ここでは誰が聞いているかわからないもの」
無事に海を渡りきり、かつてのサーモン王国(といっても、陸上に作られた見せかけの国家でしかなく、本物は海底にあるのだが)にたどり着いた二人。
「お待ちしておりました、ハハッ。さあ、この馬車にどうぞ」
出迎えたのは、なんとジャズマイスター卿であった。
「ああっ、お前!!」
杖を構えるランドール。
「何の真似?あなたは私たちとは、敵対していたはずだけど」
リニアも刀の切っ先の照準を、目の前の老紳士に合わせる。
「敵対?まさか。私はただ、サーモン王国と手を組もうとしていただけ。そしてあなたがたは、偶然スモーク様と敵対しておられた。つまり我々が直接、対立する理由はどこにもないのです!ハッハ!」
「そう?でもあなたがスモークに加勢したばっかりに、私は多くの部下を失ったわ」
リニアのその一言により、
階段が崩れて落ちてきた兵士たち。
一人ずつ鮫に食われていった兵士たち。
彼らの悲鳴が、血が、そして死に顔が、次々にランドールの脳裏をよぎっていく。
「兵士などたくさんいるでしょう!!少なくとも、あなたのお国にはねっ、ハハッ!」
「てめぇ…」
ランドールがプルプルと震える。いくら薄情で卑怯なランドール・ノートンといえども、さすがにこのジャズマイスター卿のヘラヘラとした態度にはカチンと来たようだ。
「それとも…私に損害賠償を求めますか?それなら仕方ない。私のほうで、失われた分だけ兵士をそちらに送って寄越します。選りすぐりの強い兵士をね。ハハッ」
「いいえ。その必要はないわ。兵士なら、本領土の兄に頼むことにする。その代わり」
きっぱり、そしてあっさりとした、リニアの態度。
「何でしょう?」
「損害賠償の内容は、こちらで決めさせてもらえるかしら?」
[ランドール視点]
結局、俺たちはジジイの用意した馬車に乗って“技術の国”へ。今夜はこの国に一泊し、翌日にモーター王国に帰る、ということに。
「ジャズマイスター卿を信じて大丈夫なんですかい?何か企んでる可能性もありますけど」
「企みがありそうだからこそ、敢えて乗っかるのよ。相手がジャズマイスター卿の場合はね」
「でも、罠だったらどうするんです?」
「そうなったらそうで、こちらとしても打つ手はいくらでもあるわ。まあ、ジャズマイスター卿は賢いから、そこまで野蛮で卑怯な手は使わないはずだけど」
「モーター王国はどうするんです?連絡もなしってのは…」
「ルイージへの伝令が要るわね。私のほうからジャズマイスター卿に頼んでおくわ」
…数秒の沈黙。会話が途切れて、間がもたない。
何か話題は…。
「…ところで、さっきの“二つ槍の化け物”については」
「その話は国に帰ってからがベストだわ。いまは余計なことは言えないもの」
すっかり日が沈んで暗くなった頃、“技術の国”に到着。宮殿の二階、来客用の一人部屋に案内された。内装は落ち着きがありつつも、壁に大きな鏡があったり、窓はステンドグラスになっていたり、丸いテーブルの真ん中には手のひらサイズの彫刻が乗っていたりと、デザインに華がある。モーター王国の殺風景な部屋とは大違い。
部屋に入って鍵をかけ、広々とした大きなベッドの上に、ボスン、と尻餅をつく。
さて、一人になったことだし、そろそろもとの世界に戻る方法をガッツリ考えるか。
メリッサ曰く、残念ながらアイザック・ニュートンにはお目にかかれない。くそう、思い出したらあとから腹が立ってきた。
しかしここは技術の国。ということは、必要な実験器具が揃えられる可能性が高い。
まずは必要なものだが…ビーカー、素焼き板、針金、亜鉛板と銅板、そして硫酸。
ビーカーそのものはないだろうから、ガラスの器で代用するか。素焼き板は、まあ小さい植木鉢で大丈夫だろう。針金と金属板は武器職人に作らせるとして、硫酸…しまった、こいつはどこで手に入る?硫黄があれば作れるかもしれんが、しかしその硫黄もなかったりして…
仕方ない、硫酸の代わりに魔術で酸を作るとしよう。
技名は…“アシッド・メイキング”にでもするか。“アクア・メイキング”の酸バージョンだと思えば、イメージしやすい。
酸はそうやって回収するとして、ほかの材料は明日の午前中に全部揃えないとな。
[サラ視点]
わたしがめにしたカラブ・ドーエンのすがたは、ジャズマイスターきょうのはなしのそれとはすこしちがっていた。…せいかくには、ジャズマイスターきょうのはなしをきいて、わたしがかってにそうぞうしたすがた、なのだが。
くにぐにをあおってせんそうにかりたて、じぶんだけがそのおんけいをうけようとするやしんか。
そして、ジャズマイスターきょうのむすめをゆうかいまでしたおとこ。
そんなおそろしいけんりょくしゃが、わたしをころそうとはしなかった。
ただなかまのいばしょがどうとか、ジャズマイスターきょうのあやしいうごきがないかとか、そんなことだけをしつもんし、わたしがへんとうにこまると、やつはなかまをつれてすぐにきえた。
わたしは、そこまでとるにたらないそんざいなのか?
だとしたら、ジャズマイスターきょうがわたしをかくまっているりゆうは?
ベッドのうえでもうふにくるまっていると、ふとそんなぎねんがつぎつぎにうかびあがってきた。
[客観視点]
翌朝。
必要な材料を揃えるべく、ランドールは“技術の国”を探索。モーター王国への帰還を考えると、正午までには戻らなければならない。
ガラスの器と植木鉢は容易に購入できたのだが…。
武器職人はランドールから依頼を聞いて、顔を真っ赤にして怒鳴った。
「ふざけるな!!俺は武器一筋でずっとやってきたんだ!薄っぺらい板と針金を作れだ?冗談じゃない!帰れっ!!」
身の危険を感じたランドールは、尻尾を巻いて避難。
次に入った武器屋では、接客係のそばかす娘がジトッとした目でランドールを見下ろした。
「あのねえ、あんたみたいなガキのおもちゃを引き受けたら、あたしが店長に怒られるっつうの。ほらとっとと帰った帰った」
その次の武器職人はというと。
「小僧、その小さいケツを蹴っ飛ばしてやる!!」
ランドールは大慌てで避難。
その次の武器職人に至っては、
「殺すぞ!!」
あろうことか、自家製の刀を振り回しながら追いかけてきた。
結局、四件の店から追い払われたランドール。
正午まで時間がない!
五件目に入った武器屋は、ひどく寂れてボロボロ。一人の痩せ細った老人が、くたびれた様子で部屋の隅に座っていた。
ランドールの話を聞くと、
「そんな廃材ならそこに積んである。ただで持っていけ」
老人の指差す先には、ツヤツヤ光る鉱石が山積み。
「あ、ああ…しかし、ちゃんと加工してもらわないと」
「何のための加工だ。薄っぺらい板に、金属の紐?儂を馬鹿にしとるようだな。…ハハハ、これでも昔は国一番の職人と言われたもんだが…」
「経営が上手くいってないのか?」
「若いもんには勝てんのだ。スコーピオンズ・キングダムのせいでな」
「スコーピオンズ・キングダム?カラブ・ドーエンの?」
「ああ、あいつが王になってから、この国がなまじ有名になってしまったのだ。情報をほかの国にばら撒かれてな。武器屋を目指す連中が、儂の技術を学んでしまった。当時は儂も良かれと思って技を教えてやったが、いまとなっては後悔しておる…」
「だったら俺が、少し高めに代金を支払っといてやる」
「そういうわけにはいかん!職人の恥だ」
「もう既に恥はかいてるだろう。な、馬鹿げた依頼だと思うかもしれんが、俺にとっちゃあ急ぎの用なんだ。頼む、あんたしか引き受けてくれそうにない!俺は俺で困ってるんだよ!」
「しかし、そんなうまい話があるわけ…」
「なあに、悪魔との契約だと思ってくれればいいさ。悪魔は人の魂を奪う。職人にとっての魂は命じゃねえ、仕事へのこだわりと誇りだろ?俺はそれを奪いに来た。そう解釈してくれ」
これはチャンス、とばかりに口の上手さが光るランドール。袋の口を開け、職人の目の前にジャラジャラと金貨を出して見せた。
「金貨はざっとこんなもんだ、店をやり直せるか?」
「…金はあっても、気力と方法がない」
「あーもう、情けねえ職人だな。それじゃこういうのはどうだ?この金を使って、ほかの国で店を開けばいい」
「この年寄りに、住み慣れた町を出ていけと?」
「若い職人に勝つには、それしかない!まあ気を落とすな。この国を一歩出てしまえば、あんたほど腕の立つ職人はそういないさ。なんならモーター王国に来るかい?あの軍事国家なら、ここからそう遠くないさ」
「…とりあえず、お前さんの依頼には答えよう。モーター王国に行くかどうかは、あとで考えさせてくれ」
職人は重い腰を上げると、さっそく作業に取りかかった。
[ランドール視点]
よっしゃあ!!正午までに間に合ったぜ!!
ギリギリにはなったが、俺はなんとか道具を一式揃え、リニアのもとへ。
大型船に乗ってモーター王国に戻ると、ルイージが兵士どもを連れて待機していた。
「お帰りなさいませ、姫様。ご無事で何よりです。今回のあなたの作戦のせいで、問題が山積みですからな」
しれっときつい皮肉を垂れるルイージ。こいつ忠誠心あるのか?ないのか?
「あら、せっかく帰ってきたのに、休む暇はなさそうね。ランドールは部屋に戻りなさい。こういうトラブルの会議は、私とルイージ二人だけのほうが解決が早いわ」
さてと、思いのほか俺の計画は上手くいったな。
一晩休んでから実験する予定だったが、予定より早く行うことにする。今夜じゅうだ。
幸い、まだ夕日が少し残っている。作業には充分な明かりだ。
ガラスの器に植木鉢を入れ、上から見ると二重丸の形になるようにする。
「アシッド・メイキング」
右の掌から、わずかに黄色がかった透明の、酸の液体を放出。器と植木鉢の中にそそぐ。
次は、職人に作らせた金属のパーツを組み立てる。
亜鉛板と銅板の上端には、あらかじめ穴を開けさせておいた。だから、その穴に針金を遠して結ぶことが可能。
で、二枚の金属板のうち、片方を植木鉢の内側に、もう片方を植木鉢とガラスの器の間に浸すと…。
ジュウウウウッ、バチッ、バチバチバチ
酸が泡立ち、針金の周りで火花が飛ぶ。
このダニエル電池を取り囲む空間が、ぐにゃぐにゃと捻れてきた。
いまがチャンス!!
「パラレルワールド・ブリッジ!!この世界とほかの世界を、繋げたまえ!!」
ダニエル電池に手をかざし、ダメ押しの一手に術を唱えると。
ゴシャッチュイイイインギュウウウウン
七色に光る渦巻きが、目の前の空間に出現!!
やったぜ、これでもとの世界に帰れる!!
迷わず渦巻きの中に飛び込んだ俺が、目にしたもの。
周囲を見渡すと、真っ暗な中にいくつもの星が輝いている。まるで宇宙だ。
しかし実際の宇宙と違って、どういうわけか息はできている。まあ、呼吸という概念事態が成り立たない空間なのかもしれんが。重力という概念もないようで、俺はふわふわと浮かんでいる。
もっと周囲を観察すると、さまざまな色の光る球体があちこちに、俺と同じように浮いている。俺が来たほうを振り向くと、水色に光る巨大な球体が。
なるほど、すべての世界はこの光る球体から出入りするらしいな。
ふと、左下に誰かいるのに気づく。
深紅のワンピースを身につけたウサ耳の少女が、何やらズルズルと音を立てて、何か啜っている。
見覚えがあるぞ?
「あああっ!!」
「ん?」
少女が俺のほうを見る。しまった、ここに来たのがバレた!
…て、こいつ何か食ってやがる。どうやら食事を邪魔してしまったらしい。口の隙間から麺が数本、ぶら下がってる。
「プフッ!!」
麺を吹き出し、手もとの器に戻してしまう少女。よく見ると、こいつが食ってるのカップ麺じゃねえか。
「ちょっと!!あなた何しに来たのよ!!てかどうやって来たわけ!?」
「俺はもとの世界へ戻るため、ここに来た。案内しろ!」
「許可しません」
「なぜ?」
「なぜって、当たり前です。私はただ、あるべき魂をあるべき場所に移しただけ。間違いを修正したのです。正しいものを間違いに戻すわけにはいきません」
「じゃあ自力で戻ってやる!…ああっ!?」
金色の翼を広げようとするが、なぜか使用できない!魔力切れか!?
「愚か者。ここでは魔術は使えません。あなたの住む時空ではないからです」
少女がこっちに近づいてくる。逃げようとするが、距離を詰められてくる…でけえ!!こいつ、何メートルあるんだ!?
「ぐああっ、放せ!!」
少女に、指で背中を摘ままれてしまった!
「駄目です、時空Dに戻りなさい」
「せ、せめてチャンスをくれ!試しにもとの世界に戻してくれ。それでもし上手くいかなかったら、そのときは大人しく異世界に帰るから!」
「そんなリスクは冒せません。しかし、あなたに納得してもらうため、時空Rの“鈴木聡”の様子を、あなたに見せて差し上げます」
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