第二十九話 逆転

[客観視点]

一人ずつ鮫に命を奪われていく、モーター軍の兵士たち。

彼らが怯え逃げようともがく中、リニアだけが反撃に出始めた。壁を伝って水面より上まで這い上がったのだ。


助かりたかったら、水の上でも走ってみろってんだ


ランドールが挑発のつもりで捨てていった文句は、皮肉にもリニアにヒントを与えることに。


なんと、リニアは着水しながら足を小刻みに上下させ始めた。本気で水の上を走るつもりだ。

最初は沈みかけていたリニアだが、次第にコツを掴んだのか、水面で直立できるようになってゆく。


「来るな、噛まないでくれ…」

「姫様!お助けを!」

そうこうしているうちにも、次々に兵士たちは犠牲になってゆく。


ついに、水面を走る技術を身につけたリニア。

兵士どもの間にチラリと見えた鮫の背びれをめがけて、水面を蹴ってジャンプ!

「ハアアアッ!!」

鮫の頭上に着水すると同時に、刀を真下に突き刺した!!


「オオオオオオオオウ!!ウウウ…貴様…」

スモークの苦しそうな声だけを水中から聞かせ、鮫の姿は水底へと沈んでいった。



[ランドール視点]

ちくしょう、ちくしょう…。

何でメリッサなんかを信じちまったんだ。

おかげで俺はいま、薔薇の蔦でグルグル巻きにされ、馬車のうしろに繋がれ、引きずられている。いて、いて、いて、痛えっつうの!!薔薇のトゲといい、地面との摩擦といい、なんというかもう痛いものが多すぎる!!

何てザマだ…。

しかし、ほかにやりようはあったのか?

あのとき、俺は魔力を使いきり、自力での脱出は不可能だった。相手がメリッサであろうと、頼るしかなかったのだ。じゃなきゃジョーズ・シャーク、もといスモーク・サーモンのごはんになっていたところだ。

仕方ない。このまま引きずり回されるのは癪だが、ここは一旦、魔力の回復とチャンスを待つしかねえ。

メリッサのやつ、あとで細切れにしてやるからな!!



[客観視点]

ダンジョンの壁をヤモリのようによじ登り、容易たやすく地上までたどり着いたリニア。

「あら、まだいたのね。もう帰ってしまったとばかり思っていたわ」

リニアの目の前には、モーター軍の魔術師団が集団で棒立ちしていた。

「それが…一度は国に帰ったのですが、ルイージ様があなたを救出してこい、それまで帰ってくるなと」

魔術師の一人、太った中年の角刈り男が事情を説明。

「私なら大丈夫だけど、ほかの兵士が危ないわ。魔法薬は持ってるかしら?」

「はい、常備している分だけですが」

「足りないかもしれないわね。…とりあえず、生きている兵士だけを運び出してちょうだい。重かったら鎧を脱がせて、武器も捨てていくこと。魔法薬は、特に重傷を負っている者の応急処置に使いなさい。それと、一人ルイージへの伝言を頼むわ」

迅速に指示を出すリニア。

「何を伝えれば?」

「私だけは無事であること。魔法薬がもっと必要なこと。それと、馬車も要るわね。兵士を運ぶために」

「あの…一つ質問が」

別の魔術師、赤毛を三つ編みにした若い痩せぎすの女が疑問を唱える。

「何かしら?」

「生きている兵士だけ、助けろとおっしゃいましたよね?既に亡くなっている兵士もいると?」

「ええ。残念だけど」

残念だけど、と口で言うわりに、態度はきっぱりとしていて顔色一つ変えない。そういうところがこの姫騎士リニアの恐ろしいところである。

「じゃあ、そいつらも運ばないといけませんな」

と角刈り男。

「なぜ?」

「なぜって、国に持ち帰って墓に埋めないと」

「その必要はないわ」

「そんな!」

三つ編み女が声を上げる。

「助かる命が優先よ。死体まで運んでいたら、邪魔になるわ」

「国のために死んでったやつらは置き去りですか!?」

「それが戦争よ。兵士たちは常にそういう経験を積んできた。あなたたちは、戦力になって間もないからわからないでしょうけど」

口をつぐんで下を向く魔術師たち。彼らはもとは一般の、非戦闘員の国民だったのだ。ランドール・ノートンに魔術を教わり、前線に出て戦うようになるまでは…。



[ランドール視点]

そういえば…メリッサの馬車が俺を引きずりながら進んでいるのは、俺が海を真っ二つにカチ割ってできた道。

この海、急にもとに戻ったりしないよな?薔薇の蔦で縛られたまんまで波に呑まれるなんてごめんだ。

第一、この海は放っておいて戻るのか?そうでないならないで、どうやって戻す?環境への影響は?

…なんか、いろいろ不安になってきた。


一時間も引きずられたあと。

やっと馬車がとまった。切り立った崖に直面したのだ。

馬車はずっと、俺やモーター軍が来たのとは逆向き、つまりサーモン王国から離れていく方向に進んでいた。だから実質、海を渡って向こう岸まで来たことになる。

「お嬢様、陸地までたどり着きました。上に上がりましょうか?」

メリッサの部下が問う。

「そうねえ、そうしてもいいけど、ここで休憩しよっか。そこの情けない捕虜にしておきたい話もあるし」

そう言うと、メリッサは馬車から降りて俺の目の前まで来て仁王立ちした。

「何だよ?」

「お前はいま、ものすごくガッカリしているわね」

「当たり前だ」

「でも、もう一つガッカリさせておかないと」

「は?」


「アイザック・ニュートンは、この世界に存在していないわ。アタクシの嘘っぱちよ」


「…あっそ」

「あら、もっと落ち込むと思ってたけど」

「いまはそんな気分じゃねえんだ。ニュートンのことはすっかり忘れてたぜ。たぶん、あとから来るパターンだな、そのガッカリ感は」

「そう。じゃあ楽しみにしてるわ」

「お前、ほんっとクソだな」

「当たり前よ。だってアタクシは悪役令嬢なんだから。他人ひとの不幸を喜ぶのは、悪役の本質でしょ?」

悪役の本質、か。…まったく、タチが悪いぜ。


そのとき。


「うおっ!?」

ガタガタと、地面が揺れ始めた!!


「何なのよ、地震!?」

「お嬢様、あれを!!」

狼狽するメリッサとその部下たち。




俺が真っ二つに割った海が、もとに戻ろうとして、道の両側から押し寄せてくる!!

やべえ、波に呑まれる前に逃げないと!!




「全員、陸に避難しなさい!!」

メリッサの一声で、次々に崖の上に飛び乗っていく部下たち。その中には、馬車を運び上げていく怪力も。

俺もとっとと避難を…


「捕虜は駄目よ。ここに置いていくわ」


…は?


「ふざけんなああああ!!?」

冗談じゃねえ!グルグル巻きで海の中なんて、確実に死んじまう!!

「だって、お前なんか助けたらまた裏切るでしょ?」

半笑いでほざきやがるメリッサ。

「助けてくれたら、協力する!!」

「アホか!!リニア・モーターならいざ知らず、このアタクシは信用しないわよ!騙っされっんぞっ!!」

騙されんぞ、の言い方だけ、妙にクセがある。さては元ネタがあるな?だってこいつは俺と同じ世界から転生し…。

じゃなくて、いまは俺の身を守らねえと!!

メリッサは俺を一人置き去りにして、陸へと飛んでいった。


そうこうしているうちにも、波が迫ってきてる、急がねえと!!

「ライトニング・バード!!」

金色の翼を生やすも、薔薇の蔦が絡みついているせいで広げられない。

「無駄よ。そのローゼン・テンタクルは、魔術で引きちぎることができないもの。オッホッホ!!」


終わった。


飛沫がかかってきてる。


魔術が使えないんじゃ、なすすべがない。




ん?波?




「…マイナスディメンショナル・フレイム!!」

蔦の隙間から両手を出して、左右それぞれを両側の波に向ける。


迫りくる波の勢い。その力学的エネルギーが、魔力に変換されて俺の手に吸い込まれる。




波の勢いは落ち着き、緩やかに。しかし膝下まで水面は来てる。このまま水没するわけにはいかない!


冷静になって目を閉じる。


七色の翼が、薔薇の蔦を引きちぎって展開されるのをイメージ。




「…アルティメット・バード!!」





[客観視点]

薔薇の蔦を引き裂き、ランドールの背中から左右に広がったのは、七色に輝く光の翼。

「なっ…」

メリッサの顔がひきつる。


「こんどはこっちの番だぜ?」

不適な笑みを浮かべ、ランドールは急上昇。そしてメリッサたちより高い位置から、猛スピードで滑空。

「…よけろぉ!!」

部下どもに指示を出しながら、真っ先に真横に逃げるメリッサ。

「まずはお前だ!!」

ランドールは滑空の勢いに任せて突撃しながら、その七色の翼をメリッサの部下の一人に引っかけた。

「ぐっ!!?」

チュドーン、と音がして、吹き飛ばされる獲物。腹から煙を出しながら、地面を転がる。

実はこのアルティメット・バード、翼そのものがナマの魔力でできているため、当たった敵は火傷しながら弾かれるのだ。

「次はお前ら二人ぃ!!」

「ぎいいっ!!」

「ぎょあっ!!」

二人の獲物を、左右それぞれの翼で刈り取るランドール。

「ええい、アタクシが相手よ!!」

メリッサが腰の鞘からレイピアを引き抜き、その切っ先をランドールに向ける。

「上等だ!」

ランドールは両の掌から火球を発射。

「ローゼン・ストーム!!」

メリッサのレイピアの先から、大量の黒薔薇の花びらが放たれる!

火球はメリッサにたどり着く前に、空中の花びらに引火。ほぼ全ての花びらが燃え、巨大な一つの炎に。

その炎を、

「マイナスディメンショナル・フレイム!!」

魔力に変換し、左の掌で一気に吸い込むランドール!


そのとき。


「あなたの言った通りね、ランドール!私、水の上を走れるわ!!」

リニアが、剣道そっくりの構えの姿勢で、海面上を摺り足で進んでくる!

「ええっ!?リ、リニア様、なぜ!?」

ランドールが目を見開く。彼は人間が本当に水の上を走ってきたことにはもちろん驚いている。だが一方、自分があっさり見捨てた上司の生存と、その上司が万全の状態でここに来たことを、まずいと思って怯えてもいるのだ。

「なぜって、迎えに来たのよ。悪役令嬢と取り引きでもして、鞍替えされたら困るから」

「はあ…」

「でもまあ、その心配はなさそうね。見るからに敵対しているし」




しかし、仲間を迎えに来たのはリニアだけではなかった。




ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド




の大群が一斉に、内陸のほうからこちらへ、土煙を上げながら走ってくる。




「あら、どうやらアタクシにも味方が駆けつけてきたようね」

そう、はメリッサを仲間として迎えに来たのだ。




「リニア様、あれって…」

ランドールの指差す先には。




水面を蹴ってジャンプし上陸したリニアが、の正体を確認。

「…二つ槍の化け物ね」





[ランドール視点]

冗談じゃねえ、ありゃサイのように大きなオウゴンオニクワガタだ!!

“ローゼンベルグ”の“二つ槍の化け物”ってそういうことかよ!

あんなデカいクワガタの群れ、どうしろっつうんだ。あの牙で噛まれたら真っ二つ、そうでなくとも全身が固い装甲。ついさっきサーモン王国でやっつけた四体の化け物が、ただのお寿司に思えてきたぜ…。

「とっとと逃げましょうよリニア様!!」

「ランドール、試しにあいつらに火球を放ってみなさい」

は?

ふざけてんのかお前!?

「あんなのと戦えってんですかい!?」

は試しよ。炎がどこまで通用するか、確かめておかないと」

「じゃあ…試すだけですよ?」

渋々、クワガタどもに向けて火球を放つ。

ボシュッ

間違いなく当たったが、しかしびくともしねえ。ずんずん進んできやがる!

「ほら、効いてない!さっさと逃げましょうよ!!」

「落ち着いて。次は炎と、それからいかずちを放ってみなさい。それから」

「何言ってるんですかあ!!」

「いまのうちに試しておきたいのよ。何が効いて、何が効かないのか」

なぜそんなに落ち着いていられる!?

「隙ありッ!!」

メリッサの声と、

カチャッ

という金属音。

「この悪役令嬢たちは私が足止めしておくわ。ランドールは技を試しなさい!」

そんなにリニアあんたは化け物相手の実験が大事か…。

「わっかりましたよぉ!!ツーディメンショナル・フレイム!」

仕方なく、迫ってくる化け物のうち真ん中にいるやつのあたりに炎の束をお見舞い。

「プライミティブ・サンダー!!コールド・ニュート!!」

向かって左側から来るやつらの頭上に雨雲を発生させ、右側のやつらには冷気をぶつけてみる。


冷気を食らった一体だけが、凍りついて動きが鈍る。その一体にぶつかったうしろのやつらが、ドタドタとうしろで玉突き事故を起こす。

「これだ!!」

次々に、迫ってくるほかのやつらにも冷気をぶつけまくる。

クワガタどもは、さっきと同じように最前列のやつらが凍りついて急ブレーキ、そのうしろのやつらがドタドタと渋滞。

「やったぜ!」


…と思ったら。


ブオオオオオオオン


ブオオオオオオオン


ブオオオオオオオン


「ええっ!?」


あろうことか、うしろで渋滞していたクワガタたちは羽を広げ、ドローンみたいに空中に浮かびやがった!!巨体ゆえにスイスイ飛べるわけではなさそうだが、少なくともこっちの攻撃を克服してやがる…!

そして数が多すぎる。これじゃ凍らせたってキリがねえ!


「もう充分よ、ランドール。引き上げるわ」

いまさらかよ、リニアさん!!

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