第二十八話 反撃

[ランドール視点]

四体の化け物たちを前に、俺は絶体絶命!

「さてと、いまからランドールおまえを使って遊ぶわけだが」

アンコウのオッサン声が、部屋に低く響く。

「待て!お前たちに協力してやる。俺は腐っても魔術師だ、損はさせねえ!」

「お前のようなホラ吹きを信用すべきではないと、スモーク様もさっきおっしゃったばかりだぞ?」

カニの嗄れ声。

「よく聞け。俺はお前たちを見て、正直もったいないと思っている。そうだ!この際だから俺たち五人で、スモークを裏切ってこの世界を支配しようじゃねえか!」

どうにか交渉を持ちかけるも、

「なんと!?あのスモーク様に反逆とは、恐ろしくて考えられもせぬわ!」

とカニ。

「そんなことしたら、五人まとめて処刑されちゃいますぅ!」

とエビ。

「処刑どころか、もっと酷い目に遭うかもな…」

とアンコウ。

「話は終わりだ。ではゲームを開始する。“ビーチバレー”というんだ。ルールは簡単。一匹の獲物を、落とさないようにみんなで弾き合うんだ。落としたやつの負け。それを獲物がくたばるまで繰り返し行って、一番負け数の少ないやつが優勝だ」

イカによる“ビーチバレー”の説明が恐ろしすぎる。

「違う…それは本来、ボールでやるんだよ…」

「“ボール”?なんだそれ?」

ああそうか、ここは異世界だからボールの概念がないんだ。

… 待てよ?

「おい、ボールはないのに、なんでビーチバレーのことは知ってるんだ?」

「それは、悪役令嬢が教えてくれたからだ。名前は確か…メ、メル…」

アンコウは、頭をポリポリ掻きながら思い出そうとする。

隙を見つけるならいまのうち。

「…メリッサ・ローゼンベルグ」

くそっ、カニがアンコウの代わりに答えやがった!

「そうそう、そんな名前だ!確かスモーク様の取り引き相手だ」

「こら、闇取り引きだ。オートロ、余計なことを敵に教えるでない」

「いや、すまんなじいさん。何せ、油断してたもんで」

「ねぇ~、せっかくだからもうビーチバレー、始めちゃいましょうよー。早くしないと、遊ぶ時間が終わっちゃいますぅ」

「じゃ、俺からいくぜ。それっ!」


もうだめだ、化け物たちに弄ばれて終わりだ。


もとの世界に帰るはずだったのに。


ビーチバレーやろうぜ、お前ボールな、とでも言わんばかりに、イカが俺を放り投げた。


体が宙を舞う。視界がグルグルと回転し、吐きそうになる。


「お次は俺だ!」

アンコウの野太い声。




…ざけんな。




ざけんなざけんなざけんな。




「…ライトニング・バード!!」

アンコウに弾かれる寸前、俺は金色の翼を広げてやった!

「いてっ!!」

「どうしたオートロ、噛まれたか?」

「違う、ビリッとしたんだ!!」

ライトニング・バードの追加効果、静電気。

そして化け物たちの気がそれた瞬間に、やつらの手の届かねえところまで上昇!

「何がビーチバレーだ!!文化を知った気になりやがって!!調子に乗るんじゃねえや、この下等生物どもが!!」

「言ってくれたな!!撃ち落としてやる!!」

挑発に乗ったアンコウは、頭の提灯を七色に光らせ…。

「よせ!やつはお前を怒らせようとしておるだけだ!」

「とめるなじいさん!魔術には魔術だ、食らえっ!!」

アンコウが振りかざした提灯の先から、隕石みたいにばかでかい火球が飛び出してくる。

「うおっ!?」

さすがに俺も一瞬ビビるも、火球を回避。

壁に火球が命中。一見、頑丈そうな石の壁には、ちょうど俺が通るのに十分なサイズの穴が!

「やったぜ!逃げ道作ってくれてサンキュー!じゃあなっ!!」

「待てっ!!」

穴をくぐって脱出する俺を、イカの触手が追ってくる。

しかし一旦出てしまえばこっちのもの。イカは俺の姿を見失い、ウネウネと手探りで探してやがる。

「…プライミティブ・サンダー」

穴越しに魔術を放ち、さっきの部屋の中に黒々とした雨雲を作り出す。

落雷の衝撃に備え、両耳に指を突っ込んで目をぎゅっと閉じると。


ドオンドオン、という衝撃が、体に振動として伝わり、そして、再び静かに。


おそるおそる目を開け、穴の中を覗くと。


四体の化け物たちが、ズブズブと水の中に沈んで消えていくのが見えた。



[客観視点]

物語の都合上、少しだけ時間を遡ることにする。

ランドールが化け物たちを前に震え上がっている頃。

目の前で行われている数々の対決を見て、スモークは自分サイドの勝利を確信してほくそ笑んでいたのだが。

「あら、ちょうどいいところに来たわねスモーク。ちょっと手伝ってもらうわよ」

そう言うとリニアは、いきなりスモークに突進し、彼の首根っこをむんずと掴んだ。そして、あろうことか空中のジャズマイスター卿に向かって投げつけた!!

「ああっ!!」

突然飛んできたスモークを避けきれず、右肩にぶつかられてクルクルと回転するジャズマイスター卿。

リニアが次に目を向けたのは、素人魔術師団を薔薇の蔦で絡めて高笑いしているメリッサの姿。

「もう一投!!」

油断している悪役令嬢に飛びかかり、その細い首を掴んで、またしても老紳士に投げつけるリニア。

が、同じ手は通用しないのがプロの世界。バランスを取り戻したジャズマイスター卿は、冷静になって左に平行移動し、悪役令嬢を躱した。

「グエッ!!?」

壁にぶつかり、螺旋階段を転がるメリッサ。

「次は私の部下を投げつけますか?ハハッ」

余裕を見せるジャズマイスター卿。


リニアは無言で、ジャンプしながら、刀を突き刺すように投げた。


しかし、ジャズマイスター卿は跳んできた刀の先を、光の盾で弾く。


「伝家の宝刀までも投げてしまわれますか。もはや踏んだり蹴ったりですなあ。…おや?姫君はどこに!?」

ジャズマイスター卿の視界から、リニアの姿が消えた!


リニアは、マッハで螺旋階段をかけ上がっていた。通ったところが削れて、階段の真ん中がスロープになるくらいの勢いで。


その位置はあっという間に、ジャズマイスター卿より高いところに。


螺旋階段からジャンプし、勢いよく飛び降りるリニア。

着地先は、ジャズマイスター卿の脳天!!


「うぐっ!!?」

リニアによる着地の衝撃で、頭が大きく上下に揺れるジャズマイスター卿。

リニアは再び螺旋階段に飛び移ると、壁に刺さった愛刀を回収。

ジャズマイスター卿は、ゆらりと傾いて落下した。

「ジャズマイスター様!!ご無事ですか!?」

部下たちが老紳士に駆け寄る。

「…あ、ああ。ちょっと気を失いそうになったが、大丈夫だ。…しかし引き上げたほうがいいな」

「勝負あったわね。サーモン王国との交渉は諦めなさい、ジャズマイスター卿」

そのとき。


ドオンドオン、と衝撃が。


その場全体が上下に揺れ、壁から削れた石の粒が砂のようにザラザラと降ってくる。


数秒の沈黙のあと。


「…ただいま戻りましたぜ、リニア様!どうやらそちらも決着はついたようですなぁ」

上のほうから、ふわりと降りてきたランドール・ノートン。ちょうどさっき四体の化け物を倒して、戻ってきたところなのだ。

「よく帰ってきたわ、ランドール。向こうの部屋はどうだった?」

「そりゃあもう、あいつら見かけ倒しでしたよ。ちょっとこっちが反撃したら、すーぐくたばった」

「じゃあやっぱり、私のは当たったわね」

「“読み”って?」

「あの状況であなたを一人放置しても、自力でカタをつけて帰ってくる。それができなければ、部下にした意味はない」

「じゃあ、助けに来てくれる気はなかったんですかい?」

「当たり前よ」

「あんまりだぁ!!」

「ふふっ」

「笑い事じゃねえですよぉ!」

「そうがっかりしないの。化け物がたいした相手じゃないのは、ルイージの調査で確認済みだったわ。それに私の経験上、本当に危険な相手は人間だけ。海の怪物ごときが、一流の魔術師に勝てるはずはないもの」

「じゃああなたは、最初からあの部屋に何がいるか知って…」

「まあ、いるかいないかの確証はなかったけど」

「うーん…」

ランドールは言葉に困った。なんだか自分はいつも、リニアの掌で転がされている…そんな気がしてきたのだ。


「おのれ…この俺様を馬鹿のように扱いおってが!!目にもの見せてくれるわ!!」

隅のほうに倒れていたスモークが、その小さな体をずっしりと起こしながら怒鳴った。


「あら、ずっと逃げ隠れしていたあなたが、いまさら何をできると言うの?」

すっかりスモークを小馬鹿にした様子のリニア。




「クックック、実はな…俺が逃げたり隠れたりしていたのは、このダンジョンに貴様らを誘い込むためだ!!」




「ダンジョン?…モーター軍全員、急いで地上に避難しなさい!!」

“ダンジョン”という言葉を聞いてスモークの企みを読み取り、顔色を変えるリニア。


この“ダンジョン”のことは、ルイージすら把握していなかったのだ。

このことは、スモークが味方にさえ腹の中を明かさずにいたことを意味する。自分以外、一切信用しないワンマン王だからこそ成せる技…。


一斉に螺旋階段をかけ上がる、モーター軍の兵士たち。しかし真ん中が削れてスロープになっており、思うように進めない。

魔術師団のほうは、金色の翼でするすると上に上がっていき、真っ先に脱出に成功。

リニアとランドールは、まだ下の階に残っている。様子を見ながら殿を務めるためだ。




「我が名はスモーク・サーモン!!我がダンジョンよ、起動!!」




スモークの命令により、仕掛けが作動。


真っ白い壁、柱、螺旋階段…その全てが、砂のように崩れていく。


悲鳴を上げながら落ちていく、モーター軍の兵士たち。

先へ先へと階段を上がっていた兵士ほど、落下による怪我がひどくなる。

特に先頭のほうを走っていた数名は、床に叩きつけられた瞬間、目と口を半開きにして、ピタリと動かなくなった。


「ああもう…」

左の掌を額に当て、うなだれるリニア。目の前に落ちてくる部下に対して、ただただがっかりした様子。

目を見開いて真っ青になっているのは、寧ろランドールのほうだ。


だが、仕掛けはそれだけで終わらなかった。


次は、床までもが崩れたのだ。


「「うわああああっ!!?」」

リニアとランドール、そしてモーター兵たちが落ちた先は。


「み、水だあ!!リニア様、俺たち水没してます!!」

バシャバシャともがきながら叫ぶランドール。


だが。

「モガッ、ゴガガァ、ゴボッ…」

リニアは溺れていた。ずっと陸上で戦ってきたため、泳いだことがない。そのうえ、固い筋肉と強固な骨密度、身につけた鎧のせいで、体が沈みやすいのだ。

ほかの兵士たちも、同じように沈みかけている。

かろうじてランドールだけが、どうにか水面から顔を出して浮かんでいる。


モーター軍とは対照的に、ジャズマイスター卿の部下たちは皆、金色の翼で空中に浮かんでおり、そのうち二名は主君の両脇を抱えており、避難する準備は万端。

「どうやら、こんどは国王陛下が反撃する番みたいだねえ、ハハッ…」

頭から血を流してぐったりし、部下に運ばれながらも、ジャズマイスター卿は皮肉を捨てて、部下とともに去っていった。


「案外、呆気ないな。本領を発揮してやろうと思ったのに。ともかく、水中なら俺の勝ちだ!ワーハッハッハ!!」

高笑いするスモークだが。

「にゃろう!!」

ランドールが、八つ当たり気味に右の掌から稲妻を放つ。

「ぐおおおっ!!?」

稲妻をもろに食らって、ポチャン、と水没するスモーク。


…しかし。

「な、何だ!?うわぁ、助けてくれ!!」

スモークの落ちた場所にいたモーター兵が一人、不自然に沈み始め、抵抗虚しく引きずり込まれてしまった。



[ランドール視点]

一人、また一人と沈んでいく兵士たち。

よく見ると、彼らの沈んだ場所の水だけ、黒っぽく変色してるような…


「…フッハッハッハッハ!!それっ…次はお前…ハッハッハ!!」

スモークの声だけが、兵士の引きずり込まれる位置から、途切れ途切れに聞こえて、少しずつこちらに近づいてくる。一体何をしてやがる?


俺は深く息を吸い込んで、水中に潜って確かめることにした。


水の中で目を開ける。最初はぼやけてよく見えないそれが、段々とはっきりしたものに変わっていく。


向こう側に、真っ黒い煙のようなものが。




…遠くのほうで一匹の鮫が、兵士を引きずり込んでは、ガブガブと噛み殺してやがる!!

煙のように見えたのは、兵士の血だ!!


「うわぁっ!!」

俺はすぐさま水中から顔を出した。

鮫の正体は、おそらくスモークで間違いない。

ったく、何がスモーク・サーモンだ!!ジョーズ・シャークじゃねえか!!

「ライトニング・バード!!…あっ」

しまった、魔力を使いきった!!これじゃ脱出できねえ!!


「…お困りのようねえ、ランドール」

見ると、メリッサが金色の翼でふわふわと浮かんでいる。

「た、助けてくれ!鮫がいる!!」

「そうねえ、助けてあげてもいいけど…


あんた一人だけよ。リニアを含め、ほかの連中は助けられないわ」


…は?

そりゃあ俺としては、自分だけ助かってもかまわないが、しかし…メリッサ側にはどういう意図が?


「うわあああ…」

「嫌だ!あううう…」

兵士の悲鳴が、少しずつ迫ってくる!

いまは、深く考えてる余裕はねえ!

「わかった!俺一人でいいから、助けてくれ!!」

「ふーん…あいよっ」

メリッサは、薔薇のつたを俺に巻きつけると、水中から引っ張り出した。


「ランドール…そいつを信用しないで…私を助けて…」

隅のほうで、壁にしがみついたリニアが、力ない声でほざいてくる。

「アホか!いまは自分のことだけで精一杯なんだよこっちは!助かりたかったら、水の上でも走ってみろってんだ!!」



メリッサに引っ張られ、そのまま運ばれて俺は地上へ。祠の外まで脱出した。

「よかった、恩に着るぜ。…あのー、」

「何よ?」

「この蔦、もうほどいてくれてもいいぞ?」

正直、トゲがチクチクして痛いしな。




「…ハァ?捕虜は縛っておくのが基本でしょ?こんどはアタクシが、お前らモーター王国の連中に反撃する番じゃい!!」

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