第二十七話 水底

[客観視点]

モーセの十戒が如く、海を真っ二つにカチ割ったランドールは、そのままリニアとともにスモークの跡を辿った。

その先には。

なんと、サーモン王国の城と同じく真っ白い大理石でできた、小屋ぐらいの大きさの祠が。

「私は部下を連れてくるから、ランドールはスモークを探してちょうだい」

そう言うと、リニアは音速の摺り足で崖の前まで引き返し、ジャンプ一つで崖の上に戻った。


祠の中に入ると、階段が螺旋状に下に向かって続いており、その階段も、壁も天井も床も、全て真っ白い大理石。

潜んでいるかもしれない敵の不意打ちに警戒しながら、ランドールは螺旋階段を降りていった。



リニアがサーモン王国の城に戻ると、ちょうどスコーピオンズ・キングダムの連中が引き上げていくところであった。

「あら、せっかくの助っ人だと思ったのに残念。モーター軍全員、私に続きなさい!!スモーク・サーモンを仕留めるわよ!!」

生き残った百数十人の部下たちを率いて、再び例の祠へと向かうリニア。


「おわなくていいの?」

ジャズマイスター卿に問いかけるサラ。

「うーん、確かにスモーク様を助けないのはまずいですが、何しろ女王陛下の身に危険が及びますからなあ…」

「わたし?…なら、しんぱいはいらないわ」

「失礼ですが女王陛下、先ほどはカラブ相手に怖じ気づいておられたではありませんか」

「それは…」

サラが、言い返せずに斜め下を見つめる。

「今回はカラブがあなたのことを、とるに足らないと判断したから助かったのです。リニア様ではそうはいきません。あなたの命を、迷わず狙ってきます」

「で、でも、きょうりょくしゃがいたほうが…」

そのとき。

隠れて一部始終を聞いていた者が、ぴょんっ、ぴょんっ、とカンガルーみたいに跳ねながら出てきた。縄と足枷で拘束された、“悪役令嬢”メリッサ・ローゼンベルグである。

「フガ、フガ、モガガアガア」

猿轡の隙間から、何か言っている。

「なんだね?そいつが邪魔なら、取ってやろう」

ジャズマイスター卿が、メリッサの猿轡をほどくと。

「加勢なら、アタクシがしてあげるわ。ロリは危ないから引っ込んでなさい」

「ろ、ろり…?なにそれ」

この世界には存在しない単語。転生経験のあるメリッサだから出てくるのだ。

「どうやら女王陛下、あなたのことを意味する言葉かと」

「あら、理解が早いのね。ジジイならもう少し固い頭かと思ったけど」



[ランドール視点]

ひたすら螺旋階段を降りてはいるが…もうマンション十階分も降りたような気がするぞ?

いまのところ、敵の襲撃はゼロ。ここまで安全だと逆に怪しい。

あいつら、俺に気づいて逃げやがったか?


そのとき。


長く続いていた螺旋階段が、床に接地して途切れているのに気づいた。


一番下の階まで、たどり着いたのか…?


念のため、階段がほかにないか見渡して探す。が、それらしきものはない。

やはり、この階が終点らしい。ということは、スモークが待ち伏せしているかも…。




頭上から、階段を降りてくる大勢の足音が。

しまった、うしろを取られたか!?


魔法の杖を構え、追っ手を待ち伏せ。こうなったら、一人で蹴散らしてやる!!




…と思ったら。

「あら、もう追いついちゃったみたいね」

なんだ、リニアとモーター軍の連中か。とりあえず敵襲じゃなくてよかった…。

「俺が見たところ、敵の姿は見当たりません。どうやらこの一番下の階に隠れているのかと。探しますか?」

「慎重にね。ここまで静かということは、待ち伏せしている可能性も高いわ。なんなら逆に、誘き出すくらいじゃないと」

「誘き出すったって、いったいどうやってです?相手も馬鹿じゃありませんぜ?」

「そうね…」

まさか、俺を囮にする気じゃねえだろうな!?



結局、俺がモーター軍を見限ったふりをして、スモーク側に加勢の話を持ちかける、という形に。やっぱり囮は俺かよ!!ちくしょう!!

おそるおそる、様子をうかがいながら、一人前に進み出る。

真っ白いはずの大理石の廊下は、明かりがないせいで灰色に見える。

これじゃ、敵が潜んでいてもわかりはしない。明かりをつけなきゃな。

「…フレア・メイキング」

魔法の杖、その上端の水晶玉に、握りこぶし程度の火を灯し、松明の代わりに。

橙色に照らされた廊下の中を、一歩ずつ進んでいくと。


突然、廊下全体が緑色に変化!!

何があった!?

…いや、落ち着いてよく見ると、廊下の壁にランプが等間隔で並んでいて、緑色に点灯しただけ。リーマン王国の船にあったのと同じ、魔法薬を用いたランプだ。まったく、驚かせやがって…。どうやら誰かがいると反応してくらしい。


廊下の突き当たりには、石のドアが一枚。

取っ手に手をかけ、音を立てないようにそうっと…


ギイイイイ


やっっっべ!!思いのほか軋みやがった!!


いまの音、敵にバレてないといいが…。

だが隙間から様子は見えそうだ。中をこっそり覗くと。


広々として薄暗い、石の部屋。よく見ると円筒状になっているようで、ここと同じような扉が、円陣を組むように数十枚、ぐるっと一周並んでいる。

向こう側の扉が見えるということは、明かりがどこかにあるはず。

どうやら、明かりは部屋の下のほうにあるみたいだ。現に床が、ぼんやりと光って…


この床、よく見ると小刻みに揺れてる?




床じゃねえ、水だ!!




「…あやつらめ。どうやったかは知らんが、海を干上がらせおって!」

老人のものと思われる嗄れた声が、水の中から聞こえる。

「まったくですぅ、これじゃ避難もできないじゃないですかぁ。マエビア困っちゃうなぁ~」

こんどは若い女の、甘えたような声。所謂“萌え声”ってやつか。俺はあんまり興味ねえが。

「お前のせいだぞモンゴー!!あんなヘボ軍隊をスモーク様に献上しおってが!」

野太いオッサンの声。

「お前こそ、ロクな装備作らなかったじゃねえか!!」

若い男の、ちょっとハンサムな声。所謂“イケボ”。

「あのなあ、お前の集めた痩せぎすじゃあ、俺の特製の武器は、まともに扱えんのだぞ?」

「だから、それを克服するのがお前の仕事だろ!」

どうやら、オッサンとイケボが喧嘩しているらしい。

「二人ともいい加減にしろ!何のためにこうして隠れていると思っている!?」

スモークの声だ。あいつも水中にいるのか。

しかしどうやって潜んでいる?水中で呼吸する魔術でもあるのか?

「ふぇぇ、スモーク様が怒っちゃいました!」

「どうかお怒りになさらず、スモーク様!」

萌え声が怯え、嗄れ声がスモークをなだめる。

「ふん、まあよかろう。相手は間違いなくここにたどり着くはずだ。そのときがチャンス!さしものリニア・モーターも、水中ではまともに戦えまい」


なるほど、そういうことか。

この部屋はやつらの隠れ家兼トラップになっていて、俺たちが泳いで渡ろうとした瞬間に引きずり込むって寸法。

甘いぜスモーク!俺が聞いてるのも知らずにべらべらと作戦内容を喋るなんてな!

さっそくリニアに報告し…




ボシュッ


…なんかいま、うしろで火球の音がしたぞ?

「リニア様!メリッサ・ローゼンベルグが現れました!」

うしろのほうで、モーター兵の一人が叫ぶ。

メリッサのやつ、余計なことしやがって!!




「外が騒がしいぞ?…貴様!!」

水中からひょこっと出てきたスモークの首と、目が合う。

そしてスモークの部下が四人、同じように水中からせり上がってきて…




「ううーわあっ!!?」

俺は発狂しそうになって、思わず声を漏らした。




スモーク以外、四人揃ってグロテスクなバケモンじゃねえか!!





[客観視点]

ドアを閉めたランドールは、リニアの目の前までダッシュ。

「どうだった?」

「“どうだった?”じゃないですよお!!み、水の中から、き、気持ちの悪いモンスターがぁ!!」

「そう…じゃああの二人を突破して、引き上げるしかないわね」

リニアの視線の先には。

メリッサ・ローゼンベルグと、ジャズマイスター卿。

「アタクシ、闇取引を忘れたことはありませんのよ?」

「姫様には悪いが、サーモン王国から離れてもらおうか!!ハハッ!」


そう、陸上のサーモン王国は、貿易を行うための場所にすぎない。


真のサーモン王国は、海底にこそあったのだ!!




ランドールが閉めた石のドアがバタン、と開き、巨大なイカの触手が一本、飛び出してくる。


「ぐぇっ!?」

ランドールの腹に、触手が巻きつく。

「ランドール?」

「リ、リニア様、助け…ウワアアアアア!!!?」

触手に引っ張られたランドールは、廊下をものすごい勢いで引きずられ、例の化け物たちの部屋へ。

そして、石のドアがバタン、と閉まった。


「ハッハッハ、ランドールくんは退場か!」

「あら、あなたたちの相手は、ランドールがいなくても充分だわ。少なくともいまこの状況ではね」

「おや?姫様。ご自分のお気に入りの魔術師を、お見捨てになると?」


「あの程度、自力で生還できないほど…ランドールは甘くないわよ?」

リニアの橙色の瞳が、ギラギラと挑戦的に光り始めた。



一方、例の化け物たちの部屋では、ランドールが自分の置かれている状況にガタガタと震えていた。

ランドールを触手で掴んでいるのは、青白いイカの化け物“モンゴー”。端正な顔立ちの若い男だが、首から下はイカの胴体(一般に頭と誤解されがちな、カップ状の帽子みたいな部分)で、頭皮からは髪の代わりにイカの十本足が生えている。

テッポウエビの化け物は、萌え声の正体“マエビア”。ブロンドの髪をもつ若い女だが、胸部から下は赤紫のエビのそれであり、二つの乳房を甲殻類らしい殻がビキニのように覆っている。両腕の肘から先もエビのハサミになっていて、右手のハサミは左手のハサミの三倍近く大きい。

アンコウの化け物“オートロ”。モンゴーと言い争っていたオッサンである。全身深緑色で、首から下の体つきはがっしりと逞しいが、皮膚は両生類のようにヌルヌルとしていて、手足には水掻きがついている。首から上はチョウチンアンコウそのまんまで、この魚の特徴である提灯は蛍光灯のように白く光っている(実は、さっきまでこの部屋を水中から照らしていた明かりの正体も、彼のこの提灯である)。

そして嗄れ声の主は、カニの化け物“ズワイダラバ”。全体は真っ赤なガザミ、しかし本来ならカニの顔(目や口があるところ)があるはずの部分には、白い髭をフサフサに蓄えた老人の顔がめり込んでいる。ちなみに彼とモンゴー、マエビアの三人は、両目が真っ黒い複眼になっている。

そしてこの四体の恐ろしいのは、各々がゾウのような巨体であること。特にモンゴーに至っては、その長い触手のせいで恐竜のようにすら見える。

「スモーク様、この魔術師めをいかがいたしましょう?」

ズワイダラバが問う。

「ま、待った!俺は交渉しに来たんだ!モーター軍が負けちまってよぉ、俺はあんたたちに鞍替えしようと思って…」

「馬鹿を言うな!この嘘つきめ、さっきもそう言って俺を欺いたくせに」

「それは、リニアの命令に従っただけで!!」

「もういい!お前と喋っても時間の無駄だ。ようし、この魔術師はお前たち四人にくれてやる。好きにしろ」

「さっすがぁ、スモーク様は話がわかりますぅ!」

スモークとマエビアの、どこかで聞いたようなやり取り。

「俺は向こう側のようすを見てくる。さっきお前が盗み聞きしていたとき、扉の隙間から、ちらりとリニア・モーターの姿が見えた気がしたしなぁ。フハハハハ!」



再び、ジャズマイスター卿とリニアの対決。

老紳士が放つ稲妻や火球を、姫騎士は軽々と躱しながら接近。

「タイタンズ・ハンド!!」

左手を黒く光らせ、巨大化させるジャズマイスター卿。

「二度も掴ませないわよ!!ハァアッ!!」

リニアは突進しながら、そのまま姿勢をうしろに倒し、ジャズマイスター卿の左手をくぐりながら、その両足めがけてスライディング!!

「ああっ!!」

前に転倒する老紳士。

「勝負あったわね」

再び姿勢を起こし、構えを作り直すリニア。その刀を、ジャズマイスター卿めがけて振り下ろす!!


キィン


右手に正三角形の黒い光の盾を出現させ、刀をはじくジャズマイスター卿。

もう一度、こんどは斜めに斬りかかるリニア。

しかし老紳士は、うしろに飛び退いて躱す。

突進するリニアだが。

「ライトニング・バード!!ハッハッハ!!」

金色の翼を背中に生やし、空中へと上昇するジャズマイスター卿。こうなっては、リニアとて攻撃できない。


メリッサはというと、薔薇の花びらを撒き散らして目眩まししながら、モーター軍の素人魔術師たちをたった一人で圧倒。


ジャズマイスター卿の部下の兵士数人が、モーター軍の兵士どもを、数の差を押しきって互角に戦っている。


この戦いの場に現れ、一通り見渡して状況を把握したスモークは。

「どうやら俺が加勢しなくとも、決着はつきそうだな!!ハッハッハ!!」


果たして、ランドールの、リニアの、そしてモーター軍の運命は!?

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