第二十六話 乱戦

[客観視点]

ランドールがスモークに差し出した捕虜の正体は、メリッサ・ローゼンベルグであった。

ということは…。


「やったわねランドール!!」

大広間の天井から、忍者のように降りてきた姫騎士リニア・モーター。腰の鞘から刀を抜き、切っ先をスモークに向けて構える!

「おのれ貴様ら!!さてはランドールとかいう魔術師め、さっきの話は全部嘘か!?」

「当たりめぇだ!!もし俺がほんとにリニアを蹴落としたとしても、わざわざ生け捕りにしてまでほかの国にプレゼントするかよ!!」

そう、ランドールが謀反に成功した話も、スモークと交渉したいという目的も、全部ランドールの嘘だったのである!

ぞろぞろと大広間に入ってくる、モーター騎士団の兵士たち。

サーモン王国の兵団は、ただ狼狽えるのみ。


「くそう!!」

身を翻し、真っ先に大広間の奥へと逃げていくスモーク。

「待ちなさい!!」

スモークの背中を追うリニア。

ランドールもあとに続こうとしたのだが。


「おっと、きみの相手は私だよ」

立ちはだかるジャズマイスター卿。

「わたしもいる」

魔法の杖を構えるサラ。

「いけません女王陛下、安全な場所へ!」

ジャズマイスター卿としては、魔術初心者のサラがいると邪魔なのだ。

しかし。

「いまからにげだしたって、どうせてきとはちあわせするかのうせいがたかい。だったら、つよいみかたのちかくにいないと」

サラは、言うことを聞く気はないようだ。

「…では私が敵を引きつけますから、女王陛下は掩護射撃をお願いします。なるべく敵からは距離をとってください。いいですね?」



スモークが逃げた先は、切り立った崖のふち。その下では、白い波がザバザバと重い音を立てて蠢いている。

「もう逃げられないわよ。覚悟なさい!」

刀の切っ先を向け、ジリジリと獲物に迫るリニア。


「どうかな…?」


次の瞬間、スモークは地面を蹴って、真うしろに背中から飛び込んだ!


「待て!!」

瞬時に崖の先端まで駆け寄り、真下の海を覗き込むリニア。


しかし、スモークの姿はどこにも見当たらず、ただ琥珀色の海面がうねっているだけだった…。



[ランドール視点]

サラはともかく、さすがはジャズマイスター卿。軽々と魔術を避けやがる。

正直、俺はかなり苦戦中だ。

こっちとしてはモーター騎士団と魔術師団の数で圧倒するはずだったのだが、あいにくジャズマイスター卿も部下を連れてきていたようで、城の外側から銀の甲冑姿の兵士どもが、ぞろぞろと入ってきやがる。おまけに向こうの兵士の中には剣の代わりに魔法の杖を持ってるやつもいて、どうやらそいつらも魔術師らしく、当たり前だが魔術で攻撃してくる。そうなってくると、こっちの部下は相手の部下に対処するのが精一杯。だから、ジャズマイスター卿の相手は俺一人。まあ、部下に手伝わせたところで簡単にこのグラサンジジイは倒せそうにないが。


「ランドール!」


やったぜ、リニアが戻ってきた!

これで戦況は、こっちが有利に…


「ちょっとこっちへ来て!見てほしいものがあるの!」


ハア!?

ふざけんな!!いまそれどころじゃねえっつうの!!

こちとらジャストで猛者ジジイに手を焼いてんだよ、見てわかんねえのか!?


「姫様、残念ながらランドールくんは、いまちょっと忙しいみたいです。あなたも加勢なさったらいかがです?私なら、二体一でも喜んでお相手いたしますよ。ハハッ」

ジジイ…どこまでも余裕見せやがって!!


「…スコーピオンズ・クロウ!!」


チョキにした右手を前に突き出し、二本の指先から赤い光の矢をお見舞いしてやる。


「二度も同じ手は食わないよ!!」

残念ながら、ジジイは身を翻して矢を躱しやがった。

「くそっ…」

「しかし私を怒らせることには成功したようだ」

ジャズマイスター卿の顔が、ぎゅっとしかめられている。

「隙あり!!」

リニアが、ジャズマイスター卿に斬りかかる!!

…が、今度はその刀を正三角形の黒光りする盾で弾くジャズマイスター卿。

「君たち、まとめて片付けてあげるよ。


…ダイレクト・ブラスター!!」


ジャズマイスター卿がかざした杖の先から、七色の光、すなわち魔力の束がそのまま飛び出してくる!!


「うおおっ!!?」

なまの魔力が、俺の右腕を掠めやがった!!いってえ!!

その直後、背後でドデカい爆発音が聞こえ、前に突き飛ばされる。


「うぎゃああああ!!?」

「熱いイイイイ!!!」

「助けてくれー!!!」

うしろで、魔力の爆発に巻き込まれたのであろう兵士どもの悲鳴が上がる。声だけじゃ、敵か味方かもわからねえや。


ふと右を見ると、リニアがジャズマイスター卿に突進していくのが見える。


「タイタンズ・ハンド!!」

ジャズマイスター卿は左手を黒く光らせ巨大化、リニアを鷲掴みに。

「くっ…」

巨大な手に持ち上げられたリニアは、ジタバタと両足で空気を掻く。


俺はというと、立ち上がって攻撃に移ろうとするも、

「いてっ!!?」

右腕に鋭い痛み。見ると、袖の裂け目から、抉れた肉が確認できる。


終わった。


もう、リニアたちを置いてにげるしかねえ!!




…と思ったそのとき。




どこからともなく現れた、群青色の人影。

「おらぁっ!!」

青い光の槍を、ジャズマイスター卿めがけて振り下ろす!!


カラブ・ドーエン。

やつが、こんなに都合よく参戦するとは!!


「ああっ!!」

間一髪槍を躱したジャズマイスター卿だが、バランスを崩してリニアをうっかり手放しやがった。


「まさかカラブあなたに助太刀されるとはね」

「ジャズマイスター卿は俺に任せろ。お前はスモーク・サーモンを追え」



[客観視点]

リニアとランドールは、スモークが飛び込んだ海のほうへ。

残りのモーター軍の戦力はというと、ジャズマイスター軍との戦いにより少し数が減ってきていたものの、次第に勢いを取り戻しつつある。スコーピオンズ・キングダムの連中が味方に加わったためだ。

「モーター王国に手を貸すとは。君らしくないねぇ」

いつも通り軽快な口調のジャズマイスター卿だが、表情はかなり険しい。


「勘違いするな。俺はお前に用があって来たんだ」


「やっぱりねえ…それで?何の用で来たんだ?」


「その話は、これから説明させてもらう。戦いを交えながらな!!おらぁっ!!」

カラブは、槍の先をジャズマイスター卿に向け突進した。



スモークが飛び込んだあたりの海面を覗き込む、リニアとランドール。

ちなみにランドールは、魔法薬を右腕の傷にかけ、セルフで治療を済ませたところだ。

「ね?どこに行ったかわからないでしょ?あなたの魔術なら、追跡できるかもって思ったんだけど」

「足跡なら魔術を使って確認できますけど、水中で使えますかねえ?」

「とりあえず、試してみて。駄目なら別の手段を考えるわ」

「ランドスケイプ・ストーキン!!」

ランドールは目を閉じると、スモークの足跡を探した。

「どう?」

「やっぱり見えません。水中には痕跡が…おおっと?」

「どうしたの?」

「遠くのほうに、足跡が光って見えます。どうやらちょっと泳いで移動したあと、途中からは海底を歩いているのかと」



ジャズマイスター卿とカラブ・ドーエンの対決は、両者一歩も譲らず。

ちなみにサラの掩護射撃は、残念ながら役に立っていない。リニアやランドール、カラブが相手では命中しないのだ。

「戦いながらでは話がしづらかろう!なぜこのタイミングでここに来た!?私に用があるなら、屋敷に来ればいいのに!」

「お前の誤魔化しを防ぐためだ。出張先なら、お前も少しは部が悪いだろうと思ってな!」

「まったく…君のそういうところが、苦手なんだ!!グレイテスト・ハンマー!!」

ジャズマイスター卿は黒い光のハンマーを右手に出現させ、カラブに殴りかかった!!

「おらぁっ!!」

ハンマーを槍で受けとめるカラブ。そのまま鍔競り合いに。

「ちょうどいいから本題に入ってやる。俺がここに来たのはな、行方不明の部下を探すためだ!!」

「行方不明の部下?なぜ私に訊こうと?」

「俺が真っ先に疑うとしたらお前だろう。ドクバールという小柄な老人だ。拉致してないよな!?」

「知らんっ!!」

“知らんっ!!”を掛け声に、ジャズマイスター卿はハンマーにグイと力を込め、その勢いで真うしろに飛び退いて、カラブから距離をとった。



[ランドール視点]

さて、どうやって海中のスモークを追うべきか。

そのまま潜水、というのは得策ではない。相手は途中から海底を歩いているのだから、何かしらの術か特殊能力のようなものがあるはず。だから、バカ正直に泳いでいたら、相対的にこっちが不利になる。

かといって海の上から攻撃しても、水の抵抗を受けるので相手にダメージはなかろう。それに、相手の位置が見えないのに真上からバシャバシャと水音を鳴らすなんて“いまからあなたたちを襲いますから逃げてください”と言っているようなもの。そもそも、魔術師の俺ならともかく、刀一本で接近戦のリニアでは、水中の敵を海上から狙い撃ちなんて不可能だ。


つまり本質的には“どうやってこっちに有利な状況を作り出すか”だが…。


「ねえ、ランドール。この際だから、海を干上がらせちゃえばいいんじゃない?」

「え!?」

「だってそうでしょ?この海が消えてしまえば、私たちは堂々と海底を歩ける」

「無茶ですよ。池ならまだしも、海みたいなデカいものを干上がらせるなんて」

「そんなの、魔術を使って試せばいいじゃない」

「しかし、仮に成功しても、後先考えずに実行したら、我々が困るのでは?」

「そうねえ…いいアイデアだと思ったんだけど」


…待てよ?


「そうだ!完全に干上がらせるのは無理でも、海を真っ二つにカチ割ることはできるかもしれません!」

「そんなこと、できるの!?」

リニアが目を丸くする。

「いえ、その…保証はしませんが、魔術でやってみる価値はあるかと」

「とりあえずやってみなさい。上手くいけばそれでよし。駄目なら別のプロセスを考えるわ」



[サラ視点]

ジャズマイスターきょうと、とつぜんあらわれたあおいふくのおとこ。ずっとたいけつしている。わたしもジャズマイスターきょうにみかたしようとまじゅつをうつが、ぜんぜんあたらない。むしろ、みかたにあててしまいそうになる。

「きみの部下なんぞ、私にとって興味はない!」

「興味がなくても、何か目的があるんじゃないのか!?お前なら考えそうだ!」

「だとしても、私ならもっと上手くやるねえ!きみの部下を拐うなんて、単純すぎると思わないのか!?」

こうやってぎろんしながらも、おたがいまじゅつをうちあうてはとまらない。かきゅうとか、いなずまとか、ひかりのやとか、いろんなものがあちこちにとんであぶない。わたしは、はしらのかげにかくれているしかないのだ。しかし、いつまでもかくれているわけにはいかない。ゆくゆくは、ジャズマイスターきょうのようにどうどうとたたかわなければ…。

「もういい!お前に訊いても答えないようだ。第三者の意見を参考にしないとな。例えば…


そこに隠れている女王とか」


うそ…わたし?


「きみってやつは、年端もいかぬ少女を巻き込もうってのかい!?」

「巻き込んだのはお前だろう、ジャズマイスター。どんな悪企みがあってここに連れてきたのかは知らんが。…では女王サラ・リーマンに訊こう。さっきの話、ジャズマイスター卿は何か嘘をついたり、誤魔化していなかったか?」

なぞのおとこは、ジャズマイスターきょうからめをはなさずに、わたしにきいてきた。



[ランドール視点]

広々とした海面。スモークの足跡が向かった方向へ、魔法の杖を向ける。


目を閉じる。海が真っ二つに裂け、道ができるのをイメージ。…まるでモーセの十戒だ。




「…フォースド・シー!!」




次の瞬間。

足場が小刻みに震えはじめ、とうとう上下にガタン、と揺れた。

「うわぁっ!!?」

バランスを崩し、危うく前に落っこちそうになる。体の重心をうしろに傾け、なんとか海ポチャだけは免れたが、尻餅をついてしまった。いてぇ!


「すごい地響きだったわね、ランドール。…見て!!」

リニアが指差す先には。


海を真っ二つに裂き、一直線状に姿を現した海底が!!



[サラ視点]

どうしよう。てきにしつもんされるなんて、おもってもみなかった。なにかこたえないと…。

「どうなんだ?俺とジャズマイスター卿の議論は、聞こえていたはずだが。サラ、お前はその年にしては学があるから、話は一通り理解できたはずだ」

「女王陛下、お逃げください!!この男はカラブ・ドーエンです!!」


こいつが…カラブ・ドーエン…!?


まさかこんなにはやく、このきけんじんぶつに、わたしがみつかってしまうなんて!!


あたまのなかがまっしろになる。まじゅつをうつことはもちろん、にげることもできない。あしがすくみ、こしがぬけてすわりこんでしまう。

もうだめだ、ころされる!!


「俺は情報が欲しいんだ。サラ、もう一度訊く。ジャズマイスター卿の話に、どこかおかしいところはなかったか?あるいは、このじいさんがここ数日、誰かを捕まえて帰ってきた様子とか」

「わ、わからない…わたしはジャズマイスターきょうとは、ずっといっしょにいるわけじゃないし、それに…わたしはじぶんのまじゅつのことばっかりで…その…ジャズマイスターきょうが、だれをつかまえたとか、そういうことはあんまりしらなくて…」


「これでわかったろう、女王陛下に訊いても、アテにはならないと。いい加減にしろ」

ジャズマイスターきょうの、おこったようなあきれたようなこえがひびく。


「…お前にもサラにも、質問するだけ無駄か。では引き上げるとしよう。スコーピオンズ・キングダム、撤収!!」

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