第二十五話 欺瞞
[客観視点]
ジャズマイスター卿が帰ったあと。
ランドールは、ただちに会議室へと向かった。
リニア本人に確かめておかねばならぬことがあるのだ。
会議室のドアを三回ノック。
「どうぞ。入っていいわよ」
リニアの声。
ランドールは、ドアを開けて室内へ。
「失礼します」
「あら、ランドール。どうかしたの?」
リニアは、書類を整理している最中であった。机の上には、山積みになった書類が置かれている。ルイージが作成したものだ。
ルイージ本人は別の用事があり、会議室には来ていない。
「その…先ほどは、ジャズマイスター卿とはどのようなお話を?」
「さっきの話?。貿易をもっと確実で良質なものにしたいから、本契約を結んでくれって言われたのよ」
「本契約?」
「ええ。このところ忙しくて、まだ簡易契約までしか進んでいないから」
「それで、結ぶんですか?その本契約ってやつを」
「んー、どうしようかしら」
“んー、”のタイミングでリニアは伸びをした。書類整理に若干、飽きてきたのだ。
「…結んであげてもいいけど、何しろ相手が何を企んでいるやら。…サラ・リーマンについても、多くを語りたがらなかったし」
それを聞いて、ランドールは内心ホッとした。
「で、サーモン王国どうこうについては?」
「サーモン王国なら、やっぱりジャズマイスター卿と仲良くしているみたいよ。それとなく探りを入れてみたけど、スモークの独裁政治を好意的に捉えているようだったし。距離を置くようにもう少し釘を刺しておくべきだったかしら?そうだわ、こんどジャズマイスター卿が来たときは、サーモン王国とはあまり密接にならないよう伝えておかないと」
そう言うと、リニアは再び手元の書類に目を通しはじめた。
「さ、サーモン王国といえば、その、メリッサ・ローゼンベルグについては、今後どのような扱いを?」
「メリッサ?」
再び手がとまり、リニアはきょとんとした顔を、ランドールのほうへ向けた。
「サーモン王国とメリッサの関係について、あなたに話したかしら?」
「げっ!!」
ランドールの顔が凍りつく。
「あ…さては盗み聞きしたでしょ!こらっ!」
リニアは悪ガキを脅すみたいに、半笑いで軽くランドールを叱りつけた。本気で怒っているわけではなさそうだが、臆病者を震え上がらせるには充分である。
「ち、違うんです!ええと…」
頭をフル回転させ、言い訳を考えるランドール。
「ルイージなら、チクったりしないはずよ」
先手を打つリニア。
ランドールができそうな言い訳は二つ。一つは、あくまでもジャズマイスター卿を警戒していた、という
保身に走るだけなら後者が良さそうだが、話を広げたいということも考えると、ランドールは前者を選択した。
「た、確かに盗み聞きしたのは認めますが、それはジャズマイスター卿の話が信用ならないからで。あのじいさん、胡散臭いでしょ?だから俺は…」
「あいつに乗せられると確かに危ないわね。ただそれは私も承知の上だし、あなたが心配する必要はないわ。怪しいと思ったら、ルイージも呼んで三人で議論できるし」
「そうですか。しかし、ローゼンベルグ家の化け物がどうとかって」
「“二つ槍の化け物”?見たらビックリするかもしれないけど、落ち着いて焼き払えば問題ないわ。所詮虫ケラだもの。ただ土地を荒らされるとさすがに困るから、あまり挑発しないほうがいいみたいだけど。ジャズマイスター卿もそう言ってたし」
「じゃあ、やっぱりメリッサのことは」
「逃がすのが無難みたいね。でも、ただでとはいかない。ちゃんと取り引きして、こちらにも利益を残してからじゃないと」
ランドールは、メリッサのいる牢屋へ向かった。平常を装いながら、その両足は大急ぎで。
「またあんた?あいにくだけど、まだ情報提供する気はないわよ。交換条件、忘れたんじゃないわよね?」
「お前をこの牢屋から出して、自由にしてやること…だったよな?」
「あら、ちゃんと覚えてるじゃない」
「朗報だ。お前の条件を呑んでやれるかもしれん。だがすぐにではない。そちらの情報が先だ」
ランドールは、わざと固い口調で少し横柄に言葉を発した。
「あら、じゃあ信用できないわ。アタクシがいくらあんたに協力してやっても、そっちが約束を守ってくれる保証はないもの」
「まあ聞け。俺もお前をナメちゃいねえよ。お前の家族のローゼンベルグ一家、そして“二つ槍の化け物”のこと。リニアから、いろいろと聞かされたしな」
「チッ…そんなとこまで調べてるなんて」
やや悔しそうに歯ぎしりするメリッサ。
「だから、お前との約束を破ると、それなりに損をすることになるんだよ。お前も、俺もな。それはお互い、嬉しくはなかろう。そこでだ。逆にお互いが、恨みっこなしで取り引きしたいと思うんだが」
「アタクシはいいけど、あんたの上官殿はなんて言うかしら?」
「リニアか。あいつはあいつで、お前と取り引きした上で逃がしてやると言っている。だがあいつのお前に突きつける条件は、俺のそれよりも跳ね上がるだろう。あいつは情報のみならず、具体的・物質的な利益をも望むはず。それに約束を守るとも限らねえ。あいつ、お前ら“悪役令嬢”とやらを毛嫌いしてたしな。俺ならあいつと違って、お前の知識を借りるためにお話しして終わり、ということもできるぜ?」
「それ、勝手にやっちゃって大丈夫なの?バレたら処刑かもよ?」
「ちょっとの時間逃げ隠れしてやれば平気さ」
「どうかしら?あの人、上品な見かけのわりに、手合わせした感じだと野蛮で物騒だったけど。逃げ出した部下のこと、地獄の底まで追いかけてきたりして」
「この世界ではそうなるかもしれんが、俺は大丈夫。
…ここだけの話、俺はもとの世界に帰るんだからな」
「…だから情報を欲しがってたってこと!?」
メリッサは目を丸くした。
「しっ、声がでかいぞ。周りに聞こえたらどうする」
人差し指を口の前にかざし、小声で注意するランドール。
「で、でも、さすがにアタクシでもわからないわよ。こっちとあっちを繋ぐ方法なんて」
「直接じゃなくていい。少しでも役に立ちそうな情報があれば、あとはそれらを組み合わせて、俺のほうで勝手に応用する」
「役に立ちそうな情報って…例えばどんな?」
「そうだな…科学実験に使えそうな器具や物質はどこにあるか、教えてほしい」
「残念だけど、この世界は科学の代わりに魔法で何とか賄ってる。用済みの技術は発達してないみたいよ」
「大したものじゃなくていいんだ。器具は導線とかフラスコとか、そんなのでいい。材料はそうだな…亜鉛と銅の板が一枚ずつと、硫酸。あと、できれば素焼き板も。ダニエル電池には素焼き板が欠かせないからな。ボルタ電池じゃ使えるかわから」
「ちょちょちょ、いっぺんに言わないでよ!アタクシ聖徳太子じゃないのよ!?それに、あんたと違ってアタクシ、理系科目にはあまり強くないもの。あんたの言うナントカ電池ってやつ、習った覚えもないわ」
「そうか…じゃあ、そういうのに詳しそうな、博士みたいなやつはいるか?」
「だから、ここでは科学の研究なんて、まともにやるやつは…待てよ?」
メリッサは、何か思いついたという具合に唇をペロリと舐めた。
「心当たりがあるのか?」
「確証はないけどね。その…あんたやアタクシと同じく、転生してきたやつがいたかもって。名前は確か…アイザック・ニュートンだったかしら」
「アイザック・ニュートン!?あの歴史上の偉人が!?」
「本人かどうかはわからないけど、会ってみる価値はあるかもしれないわね。何でも、魔術や魔法薬をそっちのけで、数式や物質、物理現象の研究ばかりしているって噂だし」
「どこに行けば会える?」
「居場所なんて知らないわよ」
「そうか…」
ランドールはうつむき、額に右の掌を当てた。
「でもまあ、探すの手伝ってあげてもいいわよ?」
「本当か!?」
「ここから出してくれたら、だけど」
「うーん…」
「信用できないってわけ?こっちはいろいろと、情報提供してあげたっていうのに」
「わかった、約束は約束だ。だがいきなりってわけにはいかない。まず釈放を早めるようリニアに掛け合ってみて、どうしても無理なら俺が勝手にお前を逃がす。それでいいだろ?」
「ナルハヤでお願いするわよ?ナルハヤで。ここ、牢屋というだけあって狭くて暗いし、ベッドも固いから」
「任せろ」
背を向けて牢屋をあとにするランドール。
そのうしろ姿を見届けたメリッサは、誰にも聞こえない小さい声でボソリと。
「アイザック・ニュートンが異世界にいるわけないでしょ?バーカ」
[サラ視点]
ジャズマイスターきょうがかえってきたのは、わたしがゆうしょくをおえたときだった。
「やれやれ、すっかり遅くなってしまいましたなあ。ハハッ、明日も早いというのに」
いまのわたしはジャズマイスターきょうをしんようせざるをえない。まじゅつのうでがみじゅくだから、かくまってもらうしかないのである。
だが、いつまでもこうしておとなしくしているのはきけん。
カラブ・ドーエンにねらわれたとき、はんげきできないとほろびるからだ…わたしだけでなく、リーマンのちすじそのものが。
[ランドール視点]
メリッサ釈放の引き換えとしてリニアに差し出すものは、一体何がいいだろうか?俺は自分の部屋で、じっくり考えることに。
まず、情報だけでは不十分。リニアはもっと物質的な利益を求めるはず。かといって、土地一つ持たない俺では、何かの生産は不可能。
うーん…。
「ランドール。こんな時間だけど、ちょっといいかしら?」
ビックリしたぁ!!
部屋のドアを開けて、ひょっこり顔を覗かせたのはリニア。
「“悪役令嬢”を逃がしてやるわ。明日中にね」
「ええっ!もう逃がすんですか!?」
「名案が浮かんだのよ」
…で、翌日。
俺はモーター騎士団・魔術師団を連れて、サーモン王国を訪問。
メリッサとの約束はオジャンだが、まあ仕方ない。どうせニュートンを見つけ出して、もとの世界に戻るんだしな。
サーモン王国の砦は、まだ完全には修復されておらず、ボロボロになっている。
「とまれ!何者だ!」
砦の入り口でサーモン兵にとめられた。焼き払っても突破できるが、今回の作戦は力ずくじゃまずい。城の中へ入り、サーモン王本人にも会う必要があるからな。
「国王陛下にお会いしたい。手を組もうと思ってな」
サーモン兵の一人が、王へ報告に向かい、再び戻ってきた。
「よかろう。しかし武器はここへ置いて行け。それと、引き連れていい部下も五人までだ」
兵士四人と、桃色のドレスを着た捕虜一人を連れて城の内部へ。捕虜の顔には袋を被せ、縄で上半身を縛り、足枷をはめてある。ドレスはズタズタで、裾がミニスカートくらいまで引き裂かれている。
なお、相手もよほど警戒しているらしく、俺たちの両脇には少なく見積もって二十人のサーモン兵が同行。
「おや?ランドール君じゃないか!また襲撃に来たのかい?」
先客として、ジャズマイスター卿とサラが来ていた。
「いや、まさか。こないだはリニアの命令でそうしただけだよ。だがもう、そんな必要はねえ。俺はリニア・モーターを蹴落としたんだからな!」
捕虜を目の前に引きずり出し、背中を蹴る。
「まさか、その奴隷みたいなのが姫君かい!?」
「だとしたら、ひにくなことだわ。あのリニア・モーターが…ざまあみなさい」
サラの冷たい声が、大広間の床に静かに響く。
「それより国王スモーク・サーモンはどこだ?俺は王と話をしに来たんだが」
「我なら、ここにいるぞ」
そう言って出てきたのは。
桜色の髪と、瑠璃色の瞳。若干、日焼けした肌。
全身を覆う、ゆったりとした白い衣装。そして銀の鎖帷子。
しかし最も驚くべき点は。
俺と同じ特化体質。
魔術師としての強大な力と引き換えに、見た目の成長が子どものままでとまってしまうのだ。
俺は落ち着いて、話を続けることにした。
「よぉ、国王さん」
「無礼者。我に対する口の効き方か?」
「そう突っ張らんでくれ。俺だっていまや国王なんだ」
「つまり対等な関係を築きたいと?」
「まあな」
「国王陛下、騙されてはいけません!これは何かの罠だ!」
ジャズマイスター卿が口を挟む。
「とんでもない。俺はわざわざ、あんたへのプレゼントとして、リニアを生け捕りにして連れてきたんだ」
捕虜を引きずって、スモークの目の前へ。
「プレゼントだと?」
「あんたにはこのリニア・モーターを処刑させてやろうと思ってな。手柄になるはずだぜ?」
「そうか!」
さっきまで仏頂面を決め込んでいたスモークが、いやらしい笑みを浮かべる。
チョロい。
「おやめください、国王陛下!!」
「黙れジジイ。俺はスモークに信用されたくてここまでやってるんだ!」
ま、スモークもどうせ、手柄だけ奪うつもりだとは思うが。
捕虜はもがくことすらできず、スモークの目の前で跪いて震えるだけ。恐怖で動けないのだろう。
ポタポタと滴の音。見ると、捕虜の足元に水溜まりが。
俺はうしろに下がり、捕虜から距離を取った。
「ではモーター王国の哀れな姫君よ。その顔を見せてくれ!」
スモークが、捕虜の顔に被せられた袋を真上に引っ張って脱がすと。
露になったのは、猿轡を噛まされ恐怖に凍りついた、メリッサ・ローゼンベルグの顔。
作戦成功だ。
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