第二十四話 情報

[客観視点]

悪役令嬢メリッサ・ローゼンベルグに会うために、わざわざ牢獄を訪れたランドール。

個人的に用がある、とランドールが伝えると。

「アッハハハハハ!!」

狂ったように笑い出すメリッサ。

「何かと思ったら、ただのナンパ?あいにくだけど、ショタに興味はないのよ。とっとと帰りなさいな」

“ショタ”というワードを、ランドールは聞き逃さなかった。

「そう、それだ!!」

「だから、ナンパしても無駄だって」

「違う、そうじゃなくて!」

「違う違う、そうじゃなぁ~い」

「だから、それだって!」

「何が?」


「お前、所謂“異世界転生”でここに来たろ?」


「え?…あんたも!?」

「やっぱりそうだよなあ!!“悪役令嬢”って言葉を聞いたときから、怪しいと思ってたぜ」

「そ、そうなんだ…。で?アタクシと転生した者どうし、仲良くしようってわけ?」

「まあ、そうだな。俺が訊きたいのはだな…


お前がどうやって転生してきたか、だ」


「どうやってって言われても…アタクシは確か、コンビニにお昼を買いに行ったらトラックに跳ねられて死んで、ここで赤ん坊として生まれてきた。そして貴族の家で成長して、いまに至る…説明としては、こんなもんでいいかしら?」

「うーん…つまり、お前さんは順当に生まれ変わった、ってわけか」

「そうだけど?」

「俺はちょっと違ってな。バイト帰りにいきなり意識を失って、気がついたらこの世界で違う人間、ランドール・ノートンになってたってところだ」

「それ、“転生”っていうより“転移”なんじゃない?」

「さあな。俺は詳しいことは知らねえんだ。簡単に違いを教えてくれ」

「前世の記憶を持ったまま異世界に生まれて、新しい人生を送るのが“転生”。姿を変えずにもとの世界からワープして、異世界で過ごすことになるのが“転移”。…あれ?ってことはやっぱり、あんたも“転生”なのかしら。こっちの世界に来るにあたって、違う人間になってるみたいだし。うーん…」

「なるほど、とりあえずややこしいってことはわかった。“転生”にしろ“転移”にしろ、俺はとにかく情報が欲しい。ラノベなんて、あんまり読んだことねえからな」

「もったいなー。人生半分損してるじゃん」

「そんなに面白いのか?」

「少なくともアタクシは好きで読んでいたわ。アニメだって観ていたし」

「じゃあ、お前さんは“異世界転生”について、知識が豊富なんだな?」

「そう…だけど。でも、フィクションの情報なんてアテにならないかもよ?ここ、マジの異世界だから」

「アテになるかどうかはこっちで判断する。だからお前さんが知っている限りでいい、とりあえず“異世界転生”でありがちなこととか、話してくれないか?」

「そうねえ…」

メリッサは唇をペロリと舐め、ニヤリと笑った。

「…話してあげてもいいけど、タダってのは癪だわ」

「取り引きしようってか?」

「当たり前でしょ?」

「アテになるかもわからねえ情報のために?」

「嫌なら別にいいわよ?聞きたいって言い出したのはそっちだもの」

「…条件は何だ」

「そうねえ、この檻から出して、自由にしてもらおうかしら」

「できるわけねえだろ!そんなことしたら」

「何よ、あんた自分のボスが怖いの?意気地なし」

「…話は終わりだ」



[ランドール視点]

結局、大した情報は得られなかった。

あのメリッサってやつ、意外にだな。…ルイージはどうやって尋問したんだ?あんなズル賢くてしぶとい、口が軽いようで固い女を。

まあでも、今日は初対面だし、時間をかけて話を聞き出すのも悪くない。

いざとなったら、あいつの要求通り逃がしてやってもかまわん。このモーター王国は困るだろうが、もとの世界に帰る俺としては、知ったこっちゃない。ただ、帰る手段が見つかるまでは、モーター王国には迷惑をかけないのが無難だが。


ところで、もとの世界にどうやって帰るか…。


こっちとあっちを繋げてみるには…。




…もとの世界にしかないはずのものを、ここで再現してみるとか?例えば、電化製品とか。





[サラ視点]

こんやひとばんだけ、サーモンおうこくにとまることになった。さすがにひがくれたなかをかえるのは、きけんすぎるからである。


カラブ・ドーエンひきいるスコーピオンズ・キングダムも、くらやみのなかからきしゅうをしかけてくるかもしれない。


しかしとまっているからといって、あんしんはきんもつ。よなかにサーモンおうこくがおそわれるかもしれないからだ。


サーモンおうこくのけいびはだいじょうぶなのだろうか。

ただでさえにんずうがへって、てうすになっているというのに。





[客観視点]

翌朝。

モーター王国の本領土で、物資の荷造りを指揮しているディレク・モーター。といっても、正確にはリニアが送った手紙の指示通りに、受け売りに近い形で部下に指図しているだけなのだが。


ディレクはリニアの兄で、故:ローレンスの長男である。

青い髪と橙色の瞳だけは、妹のリニアによく似ている。が、どこか覇気のないつるっとした顔つきに無精髭、ボサボサのヘアスタイルと、リニアや父親とは明確に違いがある。正直、王族には相応しくない。但し衣装に関しては、まさに国王といった具合のきらびやかなそれを身につけている。具体的には良質な赤いマントに、金の王冠、様々な色の宝石がついた鎖帷子など。

見た目の通り、ディレクは王としては致命的に統率力に欠けるので、父親から一部受け継いだ財力と、同じく父親が時折与えるアドバイスを頼りに、国を治めてきた。といっても、支持率が著しく低いかといわれればそうでもない。

ディレクはお人好しなのである。弟や妹に甘いのはもちろん、国民たちに対しても情に流されやすい。自分の食事と同レベルのものを後先考えず国民たちに気前よく振る舞ったり、泣いている子どもがいると一緒に涙を流してしまうような男なのだ。もっとも、その人の好さを活かすだけの能力がないのが、彼の駄目なところではあるのだが。ちなみに父親に対しては、強引なやり方に不満があった模様。…お人好しのくせに、こういうところは恩知らず。基準が曖昧なのだ。

こんな人物では戦いなどまともにできやしないので、リニアがこっそり知恵や兵力を貸しており、そのこともあってディレクはいまや、リニアの言いなりなのである。


「ディレク様。スコーピオンズ・キングダムの連中が現れました。戦うつもりはなく、話をしたいとのことです。いかがいたしましょう?」

ディレクはポンコツだが、彼の部下はしっかりしている者が多い。生前ローレンスが心配して、優秀な補佐役をつけておいたおかげだ。

「スコーピオンズ・キングダム…?リニアは、自分以外の誰が来ても、警戒を解くなと言っていたが」

「でしたら、これを渡すようにと」

家臣は、カラブから受け取った一枚の紙をディレクに手渡した。



[カラブ視点]

お人好しで知られるあのディレク・モーターといえど、やはり直接会ってはくれないようだ。リニアが先回りしたに違いない。

だがドクバールの似顔絵は、彼の部下を通じて渡ったはず。

何でもいい、どんな小さい情報でもいいから、ドクバールの目撃証言を得ないと。



[ランドール視点]

メリッサのことは一旦、放置するとして。

俺は、もといた世界にある電子機器を、何かしらここで作り出すことにする。例えば蓄音機とかな。そのためには知識と知恵が必要。俺は、図書館に向かった。



一時間かけて図書館じゅうを探し回ったが、数学・物理・化学の本は一冊もねえ!!

どうなってる!?理科系は魔法にとって変わられたとしても、数学は建築とかにも使うだろうが!!

まったく…こんなのじゃ蓄音機どころか、豆電球一つ作れやしない。

仕方ねえ、開発するのはダニエル電池ぐらいで我慢してやるか。あんな原始的なので二つの世界が結びつくかはわからんが。

だがダニエル電池を作るにしても、金属の板や水溶液、導線なんかが必要になる。どこに行けば手に入るだろうか?少なくとも、このモーター王国にそんな上等なものはなさそうだ。


やはり、メリッサから少しずつ聞き出すのが無難か…。



[客観視点]

ディレク・モーターは、妹リニアに向けて手紙を書き、部下に運ばせた。内容はもちろん、カラブ・ドーエンの件。



一方、船に乗ってリニアのもとへ直接向かう者も。

ジャズマイスター卿である。

ちなみにサラには、ジャズマイスター卿の屋敷で留守番してもらうことに。リニアにサラの姿を見せると、まずいことになると判断したためだ。



リニアは部下から知らせを受け取ってすぐ、ジャズマイスター卿を会議室に迎えるように命令した。



「どうぞ、そこにお座りになって、ジャズマイスター卿」

リニアは、老紳士がドアから入ってくるのとほぼ同じタイミングで、そう指図した。老人に立っている時間をあまり与えない、そういう点では気が利くのである(もっとも、ジャズマイスター卿はそこらの年寄りと違って、背筋のまっすぐ伸びた健康そうな人物ではあるのだが)。

「では、お言葉に甘えて」

老紳士は帽子を取って軽く頭を下げると、言われた通り腰かけた。

「そちらの用件を聞く前に、まずはこちらから謝罪しておかないといけないわね。先日は、私の部下の魔術師団が、あなたに少し迷惑をかけたみたいだから」

「ああ、あの件ですか。ハハッ、どうかお気になさらず。なぁに、きちんとそちらに報告して置かなかったこちらが、誤解を招いたのも事実ですからなあ」

「うっふふ、大目に見ていただけてありがたいわ。それで、そちらの条件は?」

「そうですね、わざわざお伝えすることかどうかは迷いましたが、年のために。


…これからはもっと良好な貿易関係を、そちらと築きたいのです」


「それだけ?」

リニアはきょとんとした顔に。

「これだけだと話がぼんやりしておりますから、もっと具体的な話をしますと…そろそろ、本契約を結んでもよろしいかと」

「本契約…そうね。結んでもいいけど、中身をしっかりと確認させてもらえないかしら。例えば、在庫や出どころなんかについてまとめた資料とか」

「でしたら、屋敷に戻り次第作成いたします」

「それと、もう一つ


…サラ・リーマンを匿っているらしいわね」


「その話はやめていただきたい」

ジャズマイスター卿の顔が、一瞬険しくなる。


「どうやら図星みたいね」

「あいにく、こちらにも守秘義務というものがありますからね。誰が相手であろうと、こればっかりは譲れません。それに、あなたには関係のないことでしょう」

「そうかしら?私としては、仕留めたはずの女王が生きているというのは、まずいと思うんだけど」

「何がまずいのです?具体的に」

「国民の支持率、他国からの印象、それに…サラ本人が何らかの仕返しを行う場合もある」

「ハハッ、あなたほどお強いおかたが、そのようなご心配を?」

「狙われるのは私とは限らないわ。土地や国民が襲われるかもしれないし、もっと陰湿な手を使ってくるかも…そうならないように、確実に息の根をとめておきたかったんだけど」

「大丈夫。この私が何とかいたしますから、その点についてはどうかご心配なく」

「だとしても、厄介なのはサラだけじゃないわ。スモーク・サーモン、あの独裁王だって」

「独裁王は言いすぎでしょう、ハッハッハ!確かに強引なところはありますが、それくらいのほうが、荒くれ者を支配するにはピッタリだとおもいますがねえ、私は」

「あのねえ…あいつは、この国に“悪役令嬢”を差し向けてきたのよ?それもよりによって、あの穢らわしい肩書きを流行らせた元凶、メリッサ・ローゼンベルグ!」

「でも、追い返したのでしょう?」

「追い返すどころか、捕虜にして牢屋に閉じ込めてあるわ」

「何と!それは危険です!直ちに解放しないと」

再び険しい顔つきになるジャズマイスター卿。

「ローゼンベルグ一家の連中が取り返しに来るとでも?上等だわ、来るなら来てみなさいよ」

「さすがにまずいですって…」

「そんなに?」

「ええ、そんなにです」

「…はあ、わかったわ。あなたがそこまで言うなら。でもすぐに解放してしまうのはもったいないから、逃がすのは情報を聞き出してからにするわね」

「まあ、それなら…しかし、あまり時間をかけないほうがいいですよ?何しろ“二つ槍の化け物”は凶悪ですからな」

「どうせ虫ケラの大群でしょ?焼き払えばおしまいだと思うけど」

「あなたはご自分の目で確かめたことがないから、そんなことが言えるのです」

「そうね、警告だけは受け取っておくわ。でも臆病にはなれない」

「臆病と慎重は違います。そのことを、お忘れなく」



[カラブ視点]

ジャズマイスター卿はサーモン王国に訪れたあと、リニア・モーターに会いに行ったらしい。


残念だったなジャズマイスター卿、お前の情報は俺に筒抜けだ!!

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