第二十二話 令嬢
[客観視点]
“悪役令嬢”メリッサ・ローゼンベルグによるモーター王国襲撃作戦。
それを事前にリニアが知ることができたのは、腹心であるルイージ・グリーンのおかげである。ルイージは内政の管理のほかに、他国に怪しい動きがないか、偵察するという仕事もあるのだ。単にモーター王国の外を観察するだけなら、彼は部下を送り出すだけなのだが、他国内にまで潜入するともなれば、下っ端の兵士には任せられない。だから、ルイージ自身が、主君のリニアにすら伝えず、勝手に一人で担当してしまう。実力者の彼なら魔術で変装できるし、また正体がバレたとしても追っ手を始末して帰還できるのだ。
襲撃当日。
メリッサは、五十人の兵士を率いてモーター王国第三副領土へ。
「ふん、なーにが生粋の軍事国家よ。大したことないじゃない。…うわっ!?」
メリッサを乗せた馬車が横転!リニアが突進してひっくり返したのだ。
「何すんのよ!!痛いじゃない!!」
逆ギレしながら、馬車から出てきたのは。
紅色の、丸みのあるショートヘア。
左右の耳の上に一輪ずつ、髪飾りとしてとりつけられた黒薔薇。
ややつり目気味で、瞳は青紫。
身につけている金のドレスには、首周りと袖口、スカートの裾とウエストに、真っ黒いふわふわとした羽毛が、縁取るようにあしらわれている。
身長はリニアと同じくらいで、女性にしてはほんの少し高い程度。
バストサイズ自体は大きすぎず小さすぎずといったところだが、手足や腹部が細いのに加え、ドレスの胸元には所謂“谷間”と“下乳”が見えるよう三本の切れ込みが入っているため、主張が激しい。
腰には武器として、一本の銀のレイピアが。
「あら、敵を負傷させるのは当然のことだけど?」
背筋をまっすぐ伸ばした状態で、刀の切っ先をメリッサの顔に向けて構えるリニア。
「上等だわ!!そのルールにのっとり、この悪役令嬢があんたを仕留めてやる!!」
メリッサは勢いよく、腰のレイピアを引き抜いた。
[ランドール視点]
リニアがモーター王国を守っている間、俺には俺のやることがある。
魔術師団を率いて、俺がいままさに向かっているのは。
サーモン王国。“悪役令嬢”を差し向けてきたと思われる黒幕だ。
飛行用の魔術“ライトニング・バード”のおかげで、俺たちが到着するのにそう時間はかからないはず。
モーター王国を出発してからほんの三十分程度で、もう崖を越えたからな。
消費した魔力を回復するために、魔法薬は各自懐に忍ばせてある。…まあ、俺一人に限っていえば、技を使った魔力の回復も試してみたいところだが…。
[客観視点]
リニアの構えの姿勢が剣道そっくりなのに対し、メリッサのそれはフェンシングに近い。
果たして、先に仕掛けるのはどっちか!?
「悪いけど、先手はアタクシが貰うわよ!!」
メリッサが、レイピアの切っ先を突き出す!!
「そんな細い剣一本で、我が愛刀“クチガポカン”に勝とうってわけ?」
刀をくるりと小さく回し、レイピアを横に弾くリニア。
レイピアの刃が、ぐわんぐわんと揺れる。
「アタクシのはねえ…ただの剣じゃねえっつうの!!ローゼン・ストーム!!」
メリッサの剣の先から、真っ黒い薔薇の花びらが大量に飛び出してきて、竜巻のように渦を巻き、リニアに迫る!!
花びらというだけあって、ダメージはほぼないに等しいのだが、この技の真に恐ろしいところは、目眩ましとしての機能。
リニアの視界が花びらに遮られ、メリッサの姿が消える。
どうするリニア!?
「悪いけど、目眩ましなら慣れてるのよ。もっと厄介なのを、ここ最近で二度も食らったのだから!!」
落ち着いて薔薇の花を刀で払いのけるリニア。
ちなみにリニアの言う“もっと厄介な目眩まし”とは、宝石の群れのことである。
確かに固い宝石と違って、花びらはダメージが少ない分、処理しやすそうだが…。
花びらはふわり、ふわりとして手応えがなく、宝石と違ってまとわりついてくる。
「ああもう、鬱陶しいわね!」
若干、苛立つリニア。
その大量の花びらの隙間から。
「隙ありイイイイイイイイ!!」
銀色に光る細長いものが、急に突き出してくる!!
「甘い!!」
リニアはあろうことか、相手のレイピアの切っ先を右手で鷲掴みに!!
一応、手の部分も鎧に覆われてはいるが、それにしたってものすごい度胸だ。
「うぐぐ…」
メリッサはレイピアを掴まれ、押すことも引くこともできない。どの方向に力を加えても、刀身がしなるだけ。
「降参しなさい、メリッサ・ローゼンベルグ。思ったより、大したことないわね」
…だが。
メリッサは、咄嗟の悪巧みを思いついてニヤリと笑った。
「ローゼン・テンタクル!!」
レイピアの切っ先から、太く長い数本の薔薇の茎が飛び出す。
「うっ…」
レイピアの先を掴んでいるリニアの右腕に、棘の生えた茎がグルグルと蛇のように巻きつく。
左手で刀を振り上げ、茎を切断しようと振り下ろすリニアだが。
「もう一丁!!」
剣の先から、更に数本の茎を追加で生やすメリッサ。
こんどは、リニアの左腕と刀に絡みつく。
「…」
無言で、薔薇の茎を引きちぎろうと両腕に力を込めるリニア。
しかし。
「クックック…無駄よ。薔薇ってのはねえ、棘がこれでもかってくらい生えてるの。一度噛みついたら、そう簡単には放さないわ。焦って剥がそうともがけばもがくほど、食い込んでくる…クックック…」
「だったら、このままお前を倒すしかないわね」
「え?」
「…はああああああああっ!!!」
気合いを込め、リニアが左足を軸にくるりと右にターンすると。
「うぎゃあああああああっ!!?」
茎ごと引っ張られたメリッサは、顔から地面に叩きつけられ、
「うぐっ…」
舌を噛んでしまった。
「これで、落ち着いてゆっくり薔薇を引き剥がせるわね」
言葉の通り、巻きついた茎を丁寧に両腕からほどいていくリニア。
その隙を、メリッサは見逃さなかった。
「…ファイア・シース!!」
紅色の炎がレイピアを包み、薔薇の茎に燃え移る。
間一髪、茎の束をほどききって地面に捨て、うしろに飛び退くリニア。
茎を伝ってきた炎は、あとちょっとのところで獲物を捕らえ損なった。
こんどはリニアの反撃。
地上から三メートルの高さまでジャンプして、メリッサに斬りかかる。
「ろ、ローゼン・テンタクル!!」
またしても薔薇の茎を剣先から発射し、相手を絡めようとするメリッサだが。
刀を斜めに振り下ろし、迷いなく薔薇の茎どもを一度にぶった切るリニア。
「悪いわね、私は一度食らった技は、分析するようにしてるから」
そしてリニアは着地すると、メリッサの体を担ぎ上げ、そのまま再びジャンプ。
そして、着地と同時に、その勢いに任せてメリッサの頭部を地面に突き刺した。
[ランドール視点]
見えてきたぞ、サーモン王国。
なんだか、国全体が大理石でできてるな。国を囲う塀も、城も、それ以外の建物も。
勿体ねえ。いまから俺が、破壊してやるんだからな!!
金色の翼をより強く羽ばたかせ、飛行スピードを上げる。
魔術師団の先頭にいた俺は、部下どもより一足先にサーモン王国の塀の傍へ。そして、壁にそっと掌を当てる。
塀の門を守っているのは、たった三人の、青緑の甲冑をつけた兵士たち。
「な、何だ、あの魔術師の群れは!?」
「兵士どもを集めてこい!そしてスモーク様に伝えろ。攻撃があれば、直ちに迎え撃て!!」
俺たちに気づき、狼狽える向こうの兵士たち。
遅えんだよ、バーカ。
「…カンヴェニエン・ディストラクション!!」
さっきまでしかと立ちはだかっていたサーモン王国の塀が、砂のように崩れ去る。
せっかくの大理石を崩してしまうのはちと惜しいが、俺の知ったことじゃない。
俺は、頃合いを見てもとの世界に戻るんだからな。
「へ、塀が!!塀が崩れたぞ!!」
ぞろぞろと、敵の兵団がパニックになりながら出てきやがる。
「プライミティブ・サンダー!!」
魔法の杖を振りかざしながら、覚えたてホヤホヤの技名を唱えてやると。
杖の上端で、水晶玉が一瞬、七色に光る。
七色の光は水晶玉から飛び出し、
敵どもの頭上で、血のように赤い雨雲に変化。
次の瞬間。
大地を揺るがすほどの爆音とともに、深紅の
雷をもろに食らった数名は黒焦げ。その周りにいた者たちは、
「ウワアアアアア!!熱い!!熱いよおお!!」
「助けてくれー!!」
「おい、しっかりしろ!!目を開けてくれ!!」
体に火が燃え移り発狂する者もいれば、さっきの衝撃で意識を失ったものもいるようで。とりあえず、相手サイドは大混乱ってわけだ。
この期をボーッと見てるわけにはいかねえ!!
「ライトニング・アロー!!」
杖の水晶玉から、光の矢をばら蒔く。
矢が刺さった獲物たちは悶絶し、おまけにその矢が静電気を発生させ、ほかの兵士まで動けなくなる。
この隙に、俺は再び飛翔し、魔術師団の先頭へ戻る。
「モーター魔術師団、総攻撃開始!!もっと多くのサーモン兵を、血祭りにあげてやれ!!」
今日の任務は、サーモン王国の土地を荒し、国王スモークを脅迫すること。そして同時に、サーモン王国の兵力をちょっとでも多く潰しておき、次の戦いでリニアが勝ちやすいようにしておくことだ。
[客観視点]
「スモーク様!!謎の魔術師団が、我が国に攻めこんできました!!」
サーモン兵の一人が、ランドールたちのことをスモークに報告。
「ええい、追い返せ!!」
「それが、我が国の兵士たちを、次々に血祭りに!!」
「だったら兵を追加しろ!俺が率いてやる」
魔法の杖を握りしめ、玉座を出ようとするスモークだが。
「国王陛下。ここは私にお任せください」
次々にサーモン兵の息の根をとめていく、モーター魔術師団。
「へっ、どんなもんだ」
「ざまあ見ろ!!」
「俺たちがこんなふうに敵を倒せる日が来るなんてなあ!」
空から一方的に敵を始末する作業に、酔いしれる魔術師たちだが。
一人だけ、違和感を抱くランドール。
「…どうも変だぞ?この国には兵士はいるのに、巻き添えを食う国民がいねえ。それに魔術師も出てこない。どこかに避難してるのか?」
「おや?会ってみたら顔見知りじゃないか。ハッハッハ!」
「ええっ!?」
ランドールの目の前に現れたのは。
清潔感のある、グレーのスーツ。
紳士的な、短めのハット。
真っ黒いレンズのサングラス。
「ジャズマイスター卿!?お前が、なぜここに!?」
「なあに、客人として招かれていたんだ。そしたら外が騒がしくなって、何事かと思って来てみたわけさ。ハハッ」
「者ども、あの気障なジジイを殺してしまえ!!」
火球やら稲妻やらを、ジャズマイスター卿に向けて一斉に放つ魔術師団。
しかしジャズマイスター卿は、それらの攻撃をヒョイヒョイと躱してしまう。
「やれやれ、何人集めたって素人は素人。私にとっては訳ないさ。…では反撃といこうか!!」
魔法の杖の上端を、魔術師団のほうへ向けるジャズマイスター卿。
一瞬、杖の水晶玉が七色に輝き、そこから炎の幕が飛び出して大きく広がり、魔術師団に襲いかかる!
「怯むな!避けるか、バリアでガードするんだ!!」
ランドールの指揮で、一斉に氷の盾を構える魔術師団。炎のカーテンが覆い被さってくるのを、どうにか防ぐ。
せっかく出現した氷の盾はドロドロに溶けてしまったが、おかげで負傷は免れた。
「ほう、調教はよくできているみたいだねえ。一人あたりはアマチュアだが。ハハッ」
「アマチュアだと?…この俺はそうでもないぞ!!」
ランドールが水晶玉を向けたのは、ジャズマイスター卿の頭上。そこに、紅色の雨雲が出現。
「なるほど、プライミティブ・サンダーか」
真上から降ってくる雷を、真横に飛び退いて回避する老紳士。相手の技を読んでいる。
こんどは足元を狙って、杖から冷気を飛ばすランドール。
しかし、これも警戒なステップで器用に避けられてしまう。
だが。
ランドールは杖から魔術を次々に放ちながら、杖を持っていないほうの手、すなわち左手をチョキの形にして、指先をジャズマイスター卿に向けた。
「…スコーピオンズ・クロウ」
二本の指先からそれぞれ一本ずつ、赤い光の矢が飛び出す。
「ああっ!!」
ジャズマイスター卿は、二本一組の矢が飛んでくるのを見逃しはしなかったが、その速さに躱しきれなかった。
老紳士の右腕を、赤い光の矢が掠める。裂けた灰色の袖から、鮮血が飛び散る。
両膝をついたジャズマイスター卿は、傷口を左手で押さえた。
「ざまあ見ろ、油断するからだよ。アホじい」
おもむろに立ち上がり、ランドールのほうを向く老紳士。その顔はいつもと違い、かなり険しくしかめられている。
キレた理由は“アホじい”呼ばわりされたから、ではない。
「その技を使うってことは、きみは本気で私を怒らせたいようだ」
“スコーピオンズ・クロウ”
カラブ・ドーエンを連想させるこの技は、ジャズマイスター卿にとってはよほど気に入らないのだ。
「グレイテスト・シールド」
左手に、正三角形の黒い光の盾を出現させるジャズマイスター卿。
右手に持った杖を、ぎゅっと握りしめる。
「
ランドールも、左手に紅の光の盾を作り出す。
一対一の決闘。
…かと思われた、そのとき。
「まって。そのたたかい、わたしもさんかさせてもらうわ」
一人の少女の声。
赤紫のツインテール。
白い、ふんわりとしたドレス。
女王サラ・リーマンが、魔法の杖を片手に現れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます