第二十一話 復帰
[ランドール視点]
リニアの申し出に、俺は目を見開いた。
「復帰って…もうですか?」
「そうね。普通ならもう少し様子を見るところだけど、こっちにも事情があるのよ。また次の戦いに備えないといけない。そのために、あなたにも魔術師兼参謀として、戻ってきてもらわないと。…嫌だって言うなら、こちらとしても処分を考えないといけないわね。いつまでも捕虜として養うわけにはいかないもの」
ヒエエエ!!?しょ、処分って…こんどこそ本当に殺される!!
「わ、わかりました!!直ちに復帰します!!」
右足の鎖も外され、漸く解放された。
リニアとともに会議室へ向かう。ルイージはいない。あいつ、忙しいらしいからな。
「それじゃ、さっそく本題に入るわよ。次の相手は…
“悪役令嬢”よ」
は?
悪役令嬢って、ラノベとかに出てくるアレのことか?
「あ、あのー…悪役令嬢っていうのは?」
「ああ、そうね。ちゃんと説明しないと。“悪役令嬢”っていうのは、ここ数年で生まれた役職、というか、肩書きみたいなもの。秩序の破壊を目的として、人々を先導し、いろいろと迷惑行為をはたらいたりする下品な令嬢のことよ」
ふーん、つまり日本史に出てくる“悪党”みたいなものか。俺の知ってる悪役令嬢とは、ちょっと違う概念らしい。
「で、何でそんなのを相手にするかっていうと…単刀直入に言うわ。わけあって、ここに攻め込んでくる」
「つまり、こっちとしては相手を迎え撃つってことですか?」
「そういうことになるわね。そして今回敵対する悪役令嬢の名はメリッサ・ローゼンベルグ。よりにもよって“悪役令嬢”という肩書きを広めた張本人よ。おかげでほかの令嬢たちも、何人かは悪影響を受けて同じ道に走ってしまうようになった…。まったく、彼女たちの親は気が気じゃないでしょうね。娘が自ら、素行不良に憧れて飛び出していってしまうなんて」
お前が言うな!!…もう少しで言いそうになった。いかんいかん、いまリニアの期限を損ねるのは危険だ。言葉には気をつけないとな。
「とにかく、メリッサは粗暴で悪質な存在だけど、実力は高い上に兵力もそれなりにある。こっちも油断できないわ。本気で作戦を練らないと」
こんなことを言いながら、いつもと様子が変わらないリニア。何なら余裕すら感じられる。
さすが、実の父親を討ち取っただけはあるな。
[カラブ視点]
ザッコの薬を飲むと、サソリーナはみるみる顔色が良くなった。
「わ、私、具合が良くなったみたいです!!ありがとうございます!!」
「礼は俺じゃなく、ザッコに言わないとな」
とりあえずよかった…と思ったら。
「ようし、こうしてはいられません!いますぐ巻き返しますね!!」
よせ、急に起き上がったら…。
「う、うわあ!?」
立とうとしてよろめき、ベッドに尻餅をつくサソリーナ。
「うう、すみません…」
「まずは体力をつけないとな」
「カラブ様、大変です!!」
ハサミンデリが大慌てで、テントの中に駆け込んできた。
「ドクバールの姿が消えました!!どこにも見当たりません!!」
こんどはドクバールが!?
ドクバールは俺たちの知恵袋だから、ほかの国だって喉から手が出るほど欲しい存在。拉致されたとしても、あり得ない話ではない。
[サラ視点]
ずっとずっと、おなじまじゅつで、かきゅうだけをはなちつづけ、どれいをいためつけるだけのひび。でも、ころそうとすると、ねらいをはずす。なぜ、とどめをさせない?
れんしゅうでてこずっていると。
「女王陛下。練習のほうは、順調ですかな?」
ジャズマイスターきょうがあらわれ、ハットをかたてでとってえしゃく。
「だめ、やっぱりころせない。なぜか、しゅうちゅうりょくがきれる」
「陛下は、お優しい性格ですからな。ハハッ」
「やさしさなんていらない」
「陛下?」
「やさしさなんて、みのきけんをまねくだけ。もっとこうかつで、すきのないしはいしゃになりたい」
「うーん、それは困りましたねえ…。私としては、無理に性格をねじ曲げるよりも、自分の長所を活かすほうが、手っ取り早いと思いますが」
「いまのわたしに、ちょうしょなんてなにひとつない。ひとひとりころせない、おひとよしのしはいしゃなんて、ただりようされて、つかえなくなったらすてられるだけ」
「そこまでおっしゃるのなら…私から一つ、提案がなくはないですが」
そういうと、ジャズマイスターきょうはいっぽんのナイフをわたしにてわたした。
「これは…?」
「なんの変哲もない、普通のナイフでございます。ただ…
とどめを刺す、だけなら、これで十分ですよね?」
「これをつかって、どれいをころしてみろと?」
「さすがは陛下。お察しの通りです」
「でも、まじゅついがいでとどめをさしても、れんしゅうには…」
「陛下」
さっきまでヘラヘラしていたジャズマイスターきょうは、きゅうにまじめそうな、すこしけわしいかおつきになった。
「私の分析では、あなたの失敗の原因は魔術の出来ではなく、心の奥底で殺人を嫌がっているから、かと思われます。でしたら一度、やり方は問わず、相手の命を奪うとはどういうことか、ご経験なさるのが確実かと」
ふたたびおだやかなかおにもどる、ジャズマイスターきょう。
うけとったたんとうをもつ、わたしのてがふるえる。
こわがるな、わたし…。
「嫌なら結構です。私としても、陛下に人殺しを無理強いする気は毛頭ございませんから、ハハッ。やはり陛下のようなお人柄であれば、攻撃は諦めて、回復魔法で部下を救う兵法を用いるのが」
「いえ、わかった。このかたなで…
ひとごろしをけいけんする」
わたしはさっきまでまじゅつのまとであったどれいにかけよった。さるぐつわをかませて、きにしばりつけてあるから、ていこうされることはおろか、にげられることもないのだ。
「ムグッ、ムムゥ…」
どれいはなみだめになって、かおをそむける。
むだだ。
どれいののどにナイフをつきさす。
ブリッ
おもいおとがして、ナイフをさしたかしょからせんけつがふきだす。
ほんらい、どれいのひめいになるはずのいきが、むおんのくうきとなってきずぐちからコヒュッ、コヒュッともれだす。
もっとふかく、とどめをささなきゃ。
ナイフをもつてにちからをかける。まだきれていないところをきろうとして、ゴリゴリとうごかす。でも、おもうようにうごかない。
どれいはしろめをむき、からだぜんたいをおおきくふるわせる。ていこうしているというより、もはやただのはんしゃしんけいなのだろう。
わたしは、めのまえがグニャグニャになって、あいてがよくみえなくなってきた。なみだでしかいがにじんでいるのだ。はなのおくがいたくなってきた。
でも、これはさけてはとおれないみち。
わたしは、なんじゃくものでいるわけにはいかないのだ。
きがつくと、もうどれいはピクリともうごかなくなっていた。めをとじて、らくになったようにもみえる。
わたしが、こいつをころした。
「どうやら、あなたもこちらへ来てしまわれたようですね、女王陛下。
…これが、人を殺すということです」
ジャズマイスターきょうのこえはすこしざんねんそうに、それでいてドライにきこえた。
[客観視点]
かつてリーマン王国のものであった、モーター王国第三副領土の塩田。
そこから海を渡り、“技術の国”“果実の国”“農業の国”の三つの国を越え、さらにだだっ広い平原と切り立った谷を進むと、ある一つの王国にたどり着く。
サーモン王国。
リニアに領土を奪われた際、女王サラ・リーマンが当初の予定では身を隠そうとしていた国である。
現在の統治者はスモーク・サーモン。順当に王位を受け継いだ、成人男性である。ワンマンな政策が目立つものの、裏を返せば、荒くれ者を力ずくで纏めあげる実力とリーダーシップがある。
サーモン王国は海沿いに位置しており、表向きは漁業を、裏では麻薬をメインとして、他国との貿易を行っている。それゆえに国民たちは航海のプロが多く、島国や海賊などにも詳しい。そして彼らは、一般に敷居が高いとされる水の魔術にも長けている。当然、国王のスモークも同様、というより、寧ろ国民たちよりも水の魔術に明るい。国土や町並み自体はモーター王国第三副領土とさほど変わらないものの、実質的には海洋を拠点としているため、影響力はかなり大きい。
悪役令嬢との闇取り引きぐらい、スモークにとっては簡単なことなのだ。
[ランドール視点]
リニアとの会議が終わったその日から、俺は魔術師団の育成を再開。といっても、こいつらは火球、稲妻、翼の三つは既に使い慣れている。
そろそろ新しく魔術を教えられそうだ。“コールド・スネーク”(地面を氷が這っていく)と“ミリタリー・プラント”(地面から生命のない木の根を出現)でも教えてやるとしよう。“アイス・バリア”(文字通り、氷の盾)と“ディスガイスド・ソード”(光の剣)もな。
どうやら魔術師団も個々の能力には差があるようで、俺と同じやり方だけでは、やりにくいやつもいるだろうからな。
同時に、俺も新しく魔術を身につける必要がある。
…そうだな、氷と稲妻、植物の技のバリエーションを増やしておくか。炎と同じように、直線放出型と範囲放出型をバランスよく身につけておけば、戦い方の幅も広がるだろう。
隣接攻撃型も、そろそろ自分に合ったものを書物で調べることにする。正直、光の剣はあまり使わないからな。
あとは、回復型。こちらもあまり使ったことがないから、この際習得しよう。
書物に目を通し、使えそうな技をピックアップ。
まず氷の技だが、これは“コールド・ニュート”と“コールド・クロコダイル”を身につけよう。前者は直線放出型で、ダイレクトに冷気をぶつけて相手を凍らせる技。習得済みの“コールド・スネーク”に比べると命中率は劣るが、こちらは相手を凍傷させたりと、威力が高い。後者は吹雪で相手を包み込む技で、威力は不十分だが命中率が高く、目眩ましに使える。
次に稲妻の技だが、“プライミティブ・サンダー”と“ライトニング・アロー”をチョイス。前者は相手の頭上に雨雲を発生させて落雷を複数回叩きつける技。後者は稲妻を矢の形に圧縮して放つ隣接攻撃型で、時間差で静電気を発生させるオマケつき。ちなみに習得済みの“ライトニング・バード”も、原理的には稲妻を活用して発生させているらしく、あの光の翼を相手にぶつければ痺れさせるのも可能、だそうだ(そのような攻撃には滅多に使われず、もっぱら飛ぶだけに使用することが多いようだが。また、水の中で使用する際には、さすがに使い手本人が感電することはないようだが、周囲には影響が出ることもあるため注意が必要…まあ、俺には関係のないことだ)。
植物の技については、“ヴァンパイア・ローズ”があれば十分だろう。薔薇の蔦を相手に巻きつけ、棘を突き刺すと同時に体力や魔力を吸い取る技だ。攻撃と回復を兼ねた技は、後々必要になるしな。
バリエーション的にはこんなもんでいいだろう。あとは敵との戦いで、良さそうなのを見つけて模倣すればいいからな。
ところで、実はリニアのほうも、新たに国民を育成するらしい。
俺が魔術師向きの体質ではないと判断した国民たち。彼らを、防衛団として使えるまでに訓練するという。
[客観視点]
サーモン王国の城の、応接室。四方を囲む大理石の壁にはアンモナイトの殻と、三葉虫がところどころ埋まっている。床には、コバルトブルーの柔らかいカーペットが敷かれており、部屋の真ん中には正方形のテーブルが一つ。それを挟んで向かい合う二つの、グリーンのソファ。
その応接室に、スモークは一人の女性を招待した。恋愛関係などではなく、単なる取り引きの相手として。
早い話が来客は、メリッサ・ローゼンベルグ。
このあとリニアたちと激突することになる、悪役令嬢だ。
既に腰かけていたスモークは、メリッサを真向かいのソファに座らせ、話を切り出した。
「残念な知らせだ、メリッサ。どうやら我々の侵攻計画は、リニア・モーターに筒抜けらしい。つまり不意打ちは難しくなった」
「あら、アタクシにとってはそんなことどうでもいいですわ。正々堂々、相手の土地を台無しにしてやるだけですもの」
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